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15:キミとの違い


『オネーサン、既読になってんだけど?』


『オーイ、どうかした?』


『もしかして具合悪い? 大丈夫かよ?』


 あれから数日。

 何となく返信をする気になれないまま、怜央くんからのメッセージが溜まっていく。

 さすがに既読スルーのままでは感じが悪すぎるだろう。そう思った私は、のろのろと文字を打ち込んで久しぶりのメッセージを送信した。


『ごめんね、ちょっと仕事が忙しくて』


 そこに既読の文字がつくのは早くて、すぐに新たなメッセージが送られてくる。


『なんだ、良かった。倒れてんのかと思った』


『って、良くはねえか。オネーサン、頑張り屋なのはわかるけど、疲れてんならちゃんと休んどけよ?』


 そうして、『お疲れ様』とお茶を差し出す謎の生き物のスタンプが追加される。

 私がそれに『ありがとう』というスタンプを返すと、それ以上の追撃が来ることはなかった。

 彼を避ける形になってしまっているが、これは仕方のないことだろう。


(彼女、可愛かったな)


 ベッドに寝転んだ私は、あの日の帰り道に目にした光景を思い返す。

 ミルクティー色のふわふわツインテールに、制服を着ていたので恐らく高校生なのだろう。もしかすると、怜央くんの同級生なのかもしれない。


 モデルのように手足がすらりと長くて、若さもあって、並ぶ二人はとてもお似合いだった。私とは正反対で、雪乃に近いタイプかもしれない。

 あんなに可愛い彼女がいたというのに、私みたいな女に時間を割いていただなんて。


 LIMEのやり取りだって、彼女が知ったらきっと嫉妬するだろう。

 同じ土俵に立てるとも思っていないが、彼女が勘違いをするような要素は排除するに越したことはない。


 怜央くんはきっと、人に対する距離感がバグっているのだ。だから私も、優しい言葉を掛けられて勘違いをしてしまっていたのかもしれない。


(父親が娘を嫁に出す時って、こんな心境なのかな……?)


 正確にはちょっと違うかもしれないが、今の私にはそんな表現が最適な気がした。

 弟の姉離れは寂しいが、彼女のことを大切にしてあげてほしい。


 私の『良いこと』はこれで終わるのかもしれないけれど、思いがけず楽しい時間を貰えたのだからそれで満足するべきだ。

 楽しみに思えることなら、また新しく見つけていけばいい。


 だからきっと、寂しいなんて感じるのは今だけなのだ。


「あれ、今日はあんまり調子良くなさそうだね?」


「茂木先輩……」


 あれからメッセージが送られてくることもなく、私はひたすら仕事に打ち込んでいた。

 仕事が忙しいという言い訳を、怜央くんは言葉そのままに信じたのだろう。きっと私の邪魔をしないように、連絡するのを控えてくれているのだ。


 その優しさが、私の中の罪悪感を膨らませていく。

 せめて言葉を事実にしてしまおうと、片っ端から仕事をこなしていたのだけれど。


「いや、仕事の調子は良さそうだけど。元気が無いって言った方が正しいかな」


「そんな風に見えますか? 私としてはいつも通りなんですけど」


「自覚が無いっていうのは良くない兆候かな。桜川さんさ……」


「桜川さん! ちょっと急ぎでお願いしたい仕事があるんだけどいいかしら!?」


「あ、はい……!」


 私のことを心配してくれているらしい茂木先輩だが、その言葉をまたしても遮ってきたのは西条さんだ。

 ここまでくると、同僚の言う通り本当に声を掛けるタイミングを見計らっているのかもしれない。


 とはいえあくまで仕事中なので、不必要に私語を挟むのも良くないとは思う。

 茂木先輩に頭を下げてから、私は西条さんのところに仕事を受け取りに向かった。



 ◆



 渡された資料の内容に目を通してみると、やはり急ぎというほどの仕事ではなかった。声を掛けるための口実だったのだろう。


(……あれ?)


 いくつかの簡単な仕事を渡された私は、戻ってきたデスクの上にある物を見つける。

 折り畳まれた水色の紙は、一見すると捨て忘れたゴミのようにも見えるのだが。


 デスク周りは常に整理整頓しているので、ゴミをひとつだけ捨て忘れるということは考えにくい。それを広げてみると、中には文字が書かれていた。


『仕事終わったら、ちょっと飲みに行かない? 茂木』


 それは、茂木先輩が残していったらしいメモだった。

 驚いて茂木先輩のデスクがある方を見ると、どうやら先輩は私がメモを確認するか様子を窺っていたらしい。


 どう? と言いたげな視線を向けてくるので、私は軽く頷いて見せた。


 仕事を終えて帰宅をしたところで、どうせやることも無いのだ。

 せっかく誘ってくれたのだし、たまには会社の人と食事に行くのも気分転換に丁度良いかもしれない。

 そうと決まれば、私は残業にならないよう目の前の仕事を手早く片付けていくことにした。




「急に誘ってごめんね。予定とか無かった?」


「いえ、大丈夫です。先輩から飲みのお誘いなんて、ちょっと意外でびっくりでしたけど」


「アハハ。桜川さんはお酒強いの?」


「うーん、人並みですかね。人と一緒には飲むけど、一人でわざわざ家飲みしたりはしないです」


 先輩が誘ってくれたのは、駅の近くにあるオシャレな隠れ家系の居酒屋だった。

 賑わってはいるものの、半個室になっているので周囲の目を気にせずに済むのは気が楽でいい。


 まずは一杯目のビールを乾杯して、気になるものを注文しつつ基本は先輩のオススメに任せることにした。


「このお店、よく来るんですか? この辺で食事ってあんまりしないから、こんなお店があるって知らなかったです」


「頻繁ってほどではないけど、そこそこね。秘密の隠れ家みたいなものだから、会社の人には教えたことないんだ」


「隠れ家なのに、連れて来てくれたんですね」


「うん。桜川さん、何だか元気が無かったから。美味しい物食べたら少しは元気になるかなって……安易だったかな」


「いえ、嬉しいです。気遣ってくださってありがとうございます」


 先輩に気を使わせてしまうほど変化があったのかと思うと、申し訳ない気持ちもある。

 けれど、今はその優しさが素直に嬉しかった。


 茂木先輩とは4歳差だが、外見からはその程度の差なんて感じ取ることはできないだろう。

 きっと傍から見ても、先輩と一緒にいておかしいと思われることなどない。遅い時間に出歩いていたって、誰に咎められることもない。


「僕が口出ししていいことじゃないかもしれないけど、最近は結構楽しそうにしてたから……もしかして、彼氏絡み?」


「えっ!? いや、違いますよ。彼氏とかいないですし」


「え、そうなの? 桜川さん綺麗だし、当然いるものかと思ってたんだけど」


「いやあ、ハハ……」


 お世辞だろうとわかっていても、面と向かって綺麗だなんて言われるのはやはり照れてしまう。

 先輩のように人気のある人は、女性を褒めるのにも慣れているのだろう。


(怜央くんも、スマートに褒めるよなあ)


 良いと思ったものを良いと口にして、ストレートに感情表現をしてくれる。

 そんな怜央くんの彼女なら、きっと惜しみない愛情を受け取ることができるのだろう。


「桜川さん?」


「あっ……ごめんなさい、ちょっとボーッとしてました」


「いいよ。それよりほら、オススメの明太子入り出汁巻き卵きたよ」


「わあ、美味しそうですね」


 今は茂木先輩と食事をしているというのに、他の人のことを考えて意識を飛ばしているなんて失礼すぎる。

 そう思って取り分けてもらった出汁巻き卵を口にしたというのに、どうしてまた頭に浮かぶのは怜央くんのことなのだろうか?


(苦いのはダメって言ってたけど、辛いのもダメなのかな……?)


 オススメされた料理は確かにどれも美味しかったはずなのに、店を出る頃にはその味なんて忘れてしまっていた。


Next→「16:不機嫌なキミ」

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