14:キミの恋人
二人で出掛けた日以降も、怜央くんはほぼ毎日のようにLIMEのメッセージを送ってくれていた。
特にこれといって重要な用件が書かれているわけではないので、いわば雑談だ。
私はそれほどマメな方ではないのだけれど、怜央くんと話す時間は一種の癒しのような感覚を味わえた。
(怜央くんて犬っぽいトコあるし、アニマルセラピーみたいなものなのかな?)
本人に言ったら怒られそうなので口にはしないものの、可愛いと感じることが多いのも確かなのだから仕方がない。
「桜川さん、今日は何だか楽しそうだね。何かいいことでもあった?」
「えっ、そうですか? いつも通りだと思いますけど」
怜央くんに返信し終えたところで、茂木先輩にそんなことを言われた私は目を丸くする。
今日も普段通りに仕事をしていたつもりだったというのに、茂木先輩からは違って見えていたというのだろうか?
「じゃあ、桜川さん自身も気づかないような、嬉しいことがあったのかもね」
「私も気づかないような……?」
そう言われれば、確かに良いことはあったのかもしれない。
少し前までは、私の生活の中に起こる出来事は悪いことの比率の方がずっと多いものだと感じていた。
けれど、ここ最近は少しだけ違っている。悪いこともあったとはいえ、それと同じくらい嬉しい経験もしているのは確かなのだ。
そして、その嬉しい経験をさせてくれているのは……多分。
「どこの誰だか知らないけど、桜川さんにそんな顔をさせられるなんて……少し、妬けるな」
「茂木先輩、何か言いました?」
目を惹く金色を思い浮かべていた私は、茂木先輩が何か言ったのを聞き逃してしまう。
顔を上げると、先輩はいつものように爽やかな笑顔のまま首を振っていた。
「いや、何でもないよ。それより桜川さん、週末なんだけど……」
「桜川さん! ちょっと来てくれるかしら」
「あっ、はい! 茂木先輩、ごめんなさい。ちょっと行ってきます……!」
茂木先輩が何かを言おうとしていたのだが、それを遮るように西条さんが私を呼ぶ声がする。あの怒り方は、間違いなく仕事に関するお叱りを受けるのだろう。
そう判断した私は、少しでも早く動く方がいいと茂木先輩に頭を下げて西条さんのところへと向かうことにした。
「西条さん、絶対さっきのわざとだと思うんですよね」
「え? さっきのって?」
「桜川さんのこと呼びつけてたじゃないですか、茂木さんとの話の途中に!」
「ああ、あれは午前中に使った会議室の件で呼ばれたから」
「それがわざとだって言ってるんですよ!」
午前中の仕事を終えて、弁当を持参していた私は珍しく同僚たちの集団に混ぜてもらって食事をしていた。
私のことを快く思っていない人もいることを知っているので、普段は必要以上に関わらないようにしている。
……なのだが、今日はどういうわけだか昼休憩に入るや否や、同僚の一人に声を掛けられたのだ。
何かあるのかと思っていたのだけれど、どうやら西条さんのことを話したかったらしい。
(私っていう存在以上に、共通の敵がいると仲間意識が芽生えるのかな)
西条さんを敵だと認識したことはないのだが、少なくともここにいるメンバーは彼女に対して良い感情を抱いていないことはわかる。
「だって、会議室がきちんと片付いてなかったって話ですよね? それって別に桜川さんのせいじゃないし」
「でも、最後に会議室を出たのは私だったから」
「だとしても! あのタイミングで呼びつけてまで指摘するって、絶対わざとですって!」
「そうそう。少しでも茂木さんと話す機会減らしてやろうって、魂胆が丸見えだった」
「そうかなあ……?」
確かに、会議室の件についてはあのタイミングでわざわざ指摘することでもないというのはわかる。実際何かを言われるほど、会議室も散らかってはいなかったのだ。
(西条さん、本当にわざとやったのかな……? それにしたって、茂木先輩は私のことなんか何とも思ってないだろうに)
誤解があるのなら解いてしまいたいが、こればかりは簡単に踏み込める問題でもない。どうしたものかと頭を悩ませるうち、貴重な昼休憩は過ぎていってしまった。
自分の仕事を片付け終えた私は、少しだけ残業をしてから会社を出ることに成功した。
いつもならここから更に新たな仕事を引き受けたりもしていたのだが、今日は早めに帰りたい気分だったのだ。
やるべきことはやっているのだから、たまには自分を甘やかす日があってもいいだろう。
(帰ったら夕飯作って、ゆっくりお風呂入って、それから……いつもより、ちょっとだけ長くお喋りできるかな)
手にしたスマホのロックを解除すると、昼間に送られてきていたメッセージを見返す。
『今日はチョコクロワッサンとドデカプリン。オネーサンの昼飯は?』
ご丁寧に画像付きで、思わず笑ってしまったところを茂木先輩に見られていたのだ。
こんなに甘い物ばかり食べて、しょっぱい物が欲しくはならないのだろうか?
昼は結局メッセージの返信をしている隙が無かったので、今からでも返事をしようと文章を考える。
(いや、帰ってからゆっくり返してもいいかな。けど、既読付けちゃったしな……)
うんうんと悩みながら駅への道を歩いていた私は、前を見た瞬間まさかと思う。
遠目でわかりにくいが、駅前の商店街の人混みの中を歩いているのは、怜央くんではないだろうか?
いや、あれは間違いなく怜央くんだ。
何という偶然なのだろうかと驚くも、彼が住んでいるのがそもそもこの地域なのだということを思い出す。
たまには、私から声を掛けてみるのも良いのではないだろうか? 怜央くんの驚く顔を想像すると、そんな悪戯心が湧き上がってきた。
……――――だけど。
「レオ! ちょっと待ってってば!」
(…………え?)
一人で歩いていると思った怜央くんの後ろから、女の子が駆け寄ってくる。
追いついた彼女は、それがさも当たり前であるというかのように、怜央くんと腕を組んだ。
「だから置いてくつったろ、悩みすぎなんだよ」
「だってどっちも可愛かったんだもん!」
怜央くんもまた、それを拒んだりする様子もなくその行為を受け入れているように見える。
友人同士だとしても、仲が良ければ腕を組んで歩くことくらいあるかもしれない。
距離感の近い異性の親友がいることだってあるだろう。……けれど、この場合はそうではない。
「も~、彼氏なんだから一緒に選んでくれたっていいじゃん。レオのケチんぼ」
「オレが選んだって、欲しい方は最初から決まってんだろ」
「そーだけどぉ」
はっきりと聞こえた、彼氏という単語。
聞き間違いではないし、ふざけている様子でもない。
(……そっか。恋人、いたんだ)
そんな可能性、とっくに考えていたことだというのに。
浮かれていた自分が急に恥ずかしくなってしまった私は、彼らに気づかれないように駅のホームへと逃げ込んでいた。
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