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12:私という人間


「何かごめんね、変に騒ぎになっちゃって。庇ってくれてありがとう」


「オネーサンは悪くないでしょ。向こうが一方的に勘違いして因縁つけてきたんだし」


「そうだけど、私も勘違いさせるような行動しちゃったから」


 残りのパンケーキを頬張っている怜央くんは、どこか不機嫌そうにも見える。

 せっかくの楽しい時間だったのに、こんな風に水を差されてはやはり良い気持ちはしないものだろう。


(自分一人ならいいけど、人といる時は気をつけないとな……)


 そう反省しつつ、私も食事を再開することにしたのだが。


「……そういうのってさ、元々なの?」


「そういうのって?」


「自分は悪くないのに、自分にも非があったみたいに受け入れるトコ」


 思いもよらない問い掛けに、口元に運びかけたフォークが止まる。

 強く意識していたわけではないものの、すぐに諦める癖がついていることは自覚していた。まさかこんな風に指摘されるとは、思ってもみなかったけれど。


「オネーサンは何も悪いことしてないよ。いいことしただけなんだから、堂々と胸張ってりゃいい」


「ありがと……」


「励ましてんじゃなくて、オレは事実言ってるだけだから。あっちの人みたく、無視することだってできただろ?」


 そう言って怜央くんが視線を送ったのは、財布を落としたところを見ていたと証言した女性だ。


「けど、オネーサンは考えるより先に身体が動いてた。……って風に見えたけど、違う?」


「違わない、けど」


「だろ? そういうのってさ、染み付いてないとできねえよ。さっきみたいに、不必要に悪意向けられるリスクだってあるわけじゃん」


「うん……」


「だけど、オネーサンはそういうの抜きで行動してた。落とし物拾わなきゃって、当たり前のことだけどさ」


 怜央くんは、どうしてこんな風に言ってくれるのだろう?


「意外とできねえモンだよ。だから、オネーサンは自分のしたこと胸張るだけでいい」


 きちんと感謝をしてくれる人もいれば、素っ気なく奪い取るようにして去っていく人もいた。

 見返りを求めて落とし物を拾うわけではないのだから、相手の反応なんていちいち気にするものではない。


 けれど、怜央くんは私が正しいことをしたのだと言う。

 当たり前のことをした自分を、誇ってもいいのだと言う。


「……ありがとう。なんか、怜央くんと話してるといつもお礼言ってる気がするね」


「そうかな? そういうトコも、オネーサンが律儀なんじゃねーの?」


「だとしても、それだけ怜央くんが嬉しいことをしてくれてるって証拠だよ」


 いつもはどこにもやれずに抱えたままになるモヤモヤした感情も、今日はいつの間にかどこかに消えてしまっている。

 これも、怜央くんのお陰なのだろうと思えた。



 長蛇の列が続いていることは知っていたので、食事を終えた私たちはすぐに店を出ることにした。

 怜央くんは自分が会計すると言って聞かなかったのだけれど、私だってれっきとした社会人だ。年下の、しかも未成年に奢ってもらうわけにはいかないだろう。


 お礼のデートなのだからということで、クレジットカードを取り出して支払いを済ませてしまった。

 こういうところが可愛くないのだろうと自分でも思ったが、怜央くんに可愛く思われなくても構わないので良しとしておく。


「オレだってバイトでちゃんと稼いでんだけど!」


「はいはい。でもこういう時は大人の顔を立ててもらわないと」


「ちぇ。また大人大人って言いやがって……」


「何か言った?」


「なーんも言ってませーん」


 ブツブツ文句を言っているのは聞こえていたけれど、わざとらしく問いかけると怜央くんはようやく口を閉じることにしたらしい。

 腹ごなしに歩く川沿いの散歩道は、先ほどまで人のごった返していた空間とは打って変わって空気が美味しい。


 後ろを歩いていた怜央くんが隣に追いついてくる気配を感じながら、私は少しずつ葉の散り始めた木々を見上げる。


「……さっきの話」


「さっきの、って……どれ?」


「どこか遠慮がち、ってやつ。多分、父の影響なんだよね」


「お父さん? 親に性格が似たってこと?」


 怜央くんの問い掛けに対して、私は首を横に振る。


「私の父はすごく厳しい人で、常に上の結果を求めてくるような人だった。テストで満点は当たり前、運動だって一番以外は意味が無いって感じで」


「それ、めちゃくちゃ厳しいな」


「でしょ? だけど、目標を達成しても褒めてくれなくて。その結果が当然って態度だから、私ももっと頑張らなきゃって思ってた」


「お母さんは?」


「母は、父の言いなりかなあ。いつも顔色窺って生活してて、窮屈そうだなって思ってたけど」


 そんな環境下で努力を続ける毎日だった私は、次第に周囲からも『桜川さんはこのくらいできて当然だよね』と思われるようになっていた。

 積み重ねてきた努力の結果だということを、知ろうとする人はいない。


「だからかな、自己肯定感っていうのがあんまり高くなくて。これでいいのかなとか、迷惑になってないかとか、余計に考えちゃうんだよね」



『自分は悪くないのに、自分にも非があったみたいに受け入れるトコ』



 あの時、怜央くんの言葉が胸に刺さったような気がした。

 どうしたって認められなくて、人に期待することを諦めてしまった自分。


 流される方が楽だと気がついてからは、そうすることで上手く立ち回ってきたつもりだったのだ。


「前に付き合ってた人にも、可愛げがないってフラれたんだ。勉強はできてもさ、人の考えてることには正解がないから難しいよね」


「…………」


「って、ごめんね! 急に自分語りしちゃった。今は実家も出たから親の評価とかどうでもいいんだけど。そういう感じだから、多分怜央くんにも嫌な思いさせちゃったり……」


「いいよ、別に」


 色々なことを思い出して、感傷に浸ってしまっていた自分に気がつく。

 私は空気を変えようと笑顔を作ってみたのだけれど、向き合った怜央くんがとても真剣な顔をしていて言葉に詰まってしまう。


「遠慮がちなのも、クソがつくほど真面目なのもさ。それがオネーサンなんだろ? どれも悪いなんて思ってねえよ」


「怜央くん……」


「それに、オネーサンのそういう話聞けてオレは嬉しい。もっと色々聞きたい」


「聞いても面白い話なんて無いと思うけど」


「そんなことねーよ。あ、じゃあ最初に恋人できたのっていつ?」


「そういう話は、怜央くんの方が色々ありそうじゃない?」


「オレ? そうでもないと思うけど」


 重たい話をしてしまって、面倒な女だと思われたかもしれない。そんな私の心配をよそに、怜央くんは変わらず明るく接してくれる。


 もう少しだけ、私への興味が薄れないでいてほしい。


 そんな風に思うのは、弟に対する親愛の情が生まれたからなんだろうか?


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