表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/41

11:濡れ衣


「怜央くんてさ、苦いのダメ……っていうより、甘い物好き?」


「ん? そうだけど」


 あっさりと肯定する彼の前には、苺のパンケーキと共に頼んだイチゴオレが並べられている。店員さんは始め、私の方にそれらを置こうとしていたのだけれど。

 これがいわゆる、ギャップ萌えとでもいうやつなのだろうか?


「オネーサンは、そういう苦いのよく飲めるよな。砂糖も入れてねーし」


 そう言う怜央くんが指差すのは、私の方に置かれたブラックコーヒーだ。

 味を想像しているのか、眉を寄せている顔が本当に苦手なのだと伝えてくる。


「私も昔から飲めたわけじゃないけど、大人になっていつの間にかだなあ。前は砂糖とミルク必須だったし」


「へえ、そうなんだ」


「だから、怜央くんもきっともう少し大人になったら飲めるようになるかもよ」


「大人に、って……オネーサンさあ」


「やだ、お財布が無いんだけど……!」


 怜央くんが何かを言いかけた時、少し離れた場所から焦り気味な女性の声が聞こえる。

 見れば、今しがたまで隣の席で食事を楽しんでいた若い女の子のグループだ。


 話している最中に席を立って帰ったと思ったのだけれど、どうやら財布を失くしてしまったらしい。


「あれ、もしかして……」


 ふと足元を見ると、隣のテーブルの下にピンク色の折り畳み財布が落ちているのが見えた。

 十中八九それが彼女の落とし物だろうと判断した私は、届けてあげようと席を立って財布を拾い上げる。


「あっ! あれ、菜々子の財布じゃない?」


「え? あっ、ホントだ」


「もしかして、今この人財布パクろうとしてた?」


「えっ……?」


 私が顔を上げたところで、女の子たちのグループが踵を返してきたらしい。

 丁度いいと財布を手渡そうとしたのだけれど、グループの中にいた気の強そうな女の子が、思わぬことを言い出した。

 その声を聞いた周囲のお客さんも、何事かとこちらに視線を向けてくる。


「いや、誤解です。私は……」


「ちょっと、警察呼んでもらった方が良くない? 未遂でも窃盗の現行犯じゃん」


 警察という言葉が飛び出したことに、私は動揺してしまう。

 これまで親切を誤解されることはあったが、こんな風に大事にされるような事態は初めてだった。


「違います、私は財布を見つけたから渡そうと思って……!」


「この状態ならどうとでも言い訳できるよね。オバさんさあ、若い子から財布盗むとか恥ずかしくないわけ?」


「っ、だから私は……!」


 ダメだ、彼女たちの頭の中ではもう私が犯罪者だと決めつけられている。

 いつもなら受け入れて流すこともできたが、こればかりはそうですと頷けるはずもない。


 騒ぎを聞きつけた店員さんが奥からこちらへやってくるのも見える。どのように言えば事実を理解してもらえるのだろうか?


(余計なことせずに、放っておいたら良かったのかな)


 あそこに財布を落としたままだって、いずれは戻ってきた彼女たちが自力で見つけていただろう。

 そうでなくとも、テーブルを片付けにきた店の人間が気づいていたはずだ。

 私は自分で無駄な揉め事の種を撒いてしまったのかもしれない。


「あのさ、さすがに言いがかりすぎねえ?」


 その時、私たちの間に割って入ったのは、怜央くんの声だった。


「オレらはさ、アンタらが席立つ前からパンケーキ食ってたわけ」


「だ、だから何だっていうのよ?」


「楽しくお喋りしながらパンケーキ食ってて、アンタらの方なんか眼中にもなかったんだよ」


 一口大に切り分けたパンケーキを刺したフォークで、怜央くんは財布の持ち主らしい女の子を指す。


「そっちの子、このオネーサンから一番遠い席座ってたよな。財布が落ちてたのそこの椅子の方だし。そんなトコまで、わざわざ財布盗みに行くと思うか?」


「そんなの……チャンスがあったら距離なんか気にしないでしょ、窃盗犯なんだから!」


「こんだけ満席で人目だらけの店内で?」


 彼につられてぐるりと見回す店内は、四方八方に人の目がある。

 すぐ隣に落ちていたのならともかく、わざわざ遠い席まで歩いていって財布を盗むというのは、確かにリスクの高い行為だろう。


「あ、あたし……見てました。その人が、財布拾って届けようとしてるの」


「え?」


 声を上げたのは、グループの座っていたテーブルを挟んだ向かいにある席に座る女性だった。


「あたし、その子が落としたの気づいてたんですけど、どうせ戻ってくるだろうと思ってお喋り優先しちゃって……」


「俺も見てた。落としたのは知らないけど、その女の人は盗もうとしてる動きじゃなかったよ」


 やはり、一連の行動を見てくれている人がいたらしい。

 次々と出てくる証言に、反論していた女の子もそれ以上言葉を続けることができずにいるようだった。


「あの……お姉さん、ごめんなさい。拾ってくれたんだって思ったのに、盗もうとしてたって聞いてもしかしたらって……」


 財布の持ち主の女の子は、泣きそうな表情をしながら私に頭を下げてくる。

 そんなことをする必要はないと、私は慌てて手にしていた財布を彼女に差し出した。


「ううん、誤解が解けたなら大丈夫……! はい、今度は落とさないように気をつけてね」


「ありがとうございます……!」


「……疑って、すいませんでした」


 財布を受け取った女の子は、何度も頭を下げている。

 その後ろでバツが悪そうにしていた気の強そうな女の子も、小さな声で謝罪を口にしてきた。


Next→「12:私という人間」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ