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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第五章:魂の在処【superbus bellator】
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人間模様*2

「なっ……アシル殿下!何故、そのようなことを!」

 異論を申し立てたのは、第一騎士団の団長である。だが。

「断る理由がない。……まさか、第三騎士団の団長ともあろう者が、国を裏切るような真似をするとでも?」

 アシル・グロワールは、ごく当然、とばかりにそう言うので、第一騎士団の団長は苦い表情を浮かべる。

「……何か、殿下もご存じなのですか?」

「いや、何も」

 更に、探るような目がアシル・グロワールへと向けられる。

「だが、俺は俺の副官を信頼しているのでな。彼女ならば必ずや、成果を上げてくれることだろう」

 それでもアシル・グロワールがあくまでも『何を言っている?』と言わんばかりの態度で第一騎士団団長に向かうのだ。良い流れにアレットは内心、そっと笑う。

「まあ、そういうわけで、よろしいですか、団長方」

 ……そしてフェル・プレジルが再度、そう問えば、第一騎士団団長もまた、渋々、といった様子で頷くことになった。




「なあ、フローレン」

 情報共有が終わった後、再度、それぞれの組が取調室に戻っていき……そこで、フェル・プレジルはアレットに問う。

「さっきのアレは一体、何だ?」

「何か分からない状況にもかかわらず乗って頂き、どうもありがとうございます」

 アレットが苦笑いしながら礼を言うと、フェル・プレジルは首を傾げつつも面白がるような表情を浮かべた。……アレットが見込んだ通り、フェル・プレジルには後ろ盾がない分、しがらみが無いらしい。となれば、彼が付くのは『権力のある方』ではなく、『面白そうな方』なのだろう。無論、その根底には国を愛し、人間を愛する心があるのだろうが……今はその程度、何の障害にもならない。

 人間を唆し動かすことは、今や、アレットの得意分野だ。

「これで、第一王子派の企みを暴こうと思いまして」

 早速、アレットはそう、告げるのだ。いっそ悪魔的な程に魅力的な笑みを浮かべて。




「……成程な。もし犯人が第一騎士団に居るなら、さっきのお前の言葉を聞いて、『自分達の企みがバレてる』って考えになるのか」

「はい。ですから、証拠を隠そうと何か、動きがあるはずです。それを探ればよいかと」

 アレットが一通り目論みを説明すると、フェル・プレジルは、成程なあ、と感心しつつ、ふと、首を傾げた。

「いや、それを言うなら、第二騎士団にも同じことが言えるだろう?」

「いいえ。第二騎士団……というよりは、アシル殿下が何かなさったのであれば、必ず、私が知っているでしょうから」

 ……一応、第二王子派の者の仕業、と考えないでもなかった。だが、それならばきっと、アシル・グロワール自身も知らない誰かの犯行である。アシル・グロワールが知っていたなら、必ずや、『フローレン』に愚痴っていることだろう。

「随分と自信があるんだな」

「信頼には信頼で応えたいと思っています」

 にやりと笑ったフェル・プレジルににっこり笑って返して、そして、ふと、アレットは心配そうに眉根を寄せた。

「ただ……このやり方は、当然ですが、第三騎士団が何も関与していない、ということが前提ですので……」

「おいおい、俺を信用していないって?……まあ、アシル殿下よりは信用に足りない、ってことなんだろうけれどな」

 アレットが尚もフェル・プレジルの様子を窺っていると、彼はやがて、苦笑しながら長く息を吐いた。

「ま、大丈夫だ。少なくとも俺はやっていない。そもそも、後ろ盾も無いからな、こんなことする意味が無い」

 だろうなあ、と思いつつ、アレットは神妙な顔で頷いた。第三騎士団がどちらかの王子の側に付く、という場合ならいざ知らず、単独で行動を起こしたとは思いにくい。それにもし第三騎士団が関わっていたとしても、第一騎士団の行動が分かれば、芋蔓式に第三騎士団のことまで分かるだろう。


「それにしても、勇者が2人……いや、3人目が来たんだっけか?そんな状況の中で、内輪揉めしてる場合でもないだろうにな。だから俺としては、多少危ない橋を渡ったとしても、さっさと解決できた方がいい」

 フェル・プレジルはため息交じりにそう言うと、濃い茶の髪を掻き上げた。少々疲れが見えるのは、この状況に振り回される一般人故、だろう。

「そうですね。レオ・スプランドール殿の従者が脱獄した以上、事態は間違いなく動きます。エクラ・スプランドールさんのこともありますし……早い内に黒幕が分からなければ、国が危うい」

 アレットも至極まっとうに兵士らしいことを言って頷く。それを見たフェル・プレジルは、『おや』というような顔をしたが、やがて少し考えて、にやり、と笑って言った。

「そうだな。その通り。私欲の為か、大義の為かは知らないが、この国を荒らそうとしている奴が、間違いなくこの王城の中に居る。絶対に対処しなきゃならない。……それが、第二騎士団相手だったとしてもな」


「それはありがたいことです」

 アレットはすぐさま、そう返した。するとフェル・プレジルは、少々意外そうな顔をする。

「おいおい、疑われてるってのに、いいのか、それで」

「ええ。この国のためには、異なる目を持った方と組んで取り組んだ方が良いと思いますし……私が、第二騎士団のことについて盲目になっていないとは、言い切れませんから」

 アレットが少々目を伏せてそう言えば、フェル・プレジルは何やら頷いて……少々安心したように笑った。

「……その自覚がある内は、大丈夫だと思うがね。だが、そうか……っふは、どうやら、アシル殿下よりお前の方が冷静みたいだな。そういう意味でも、組むのがお前でよかったよ」

 アレットの目の前に、手が差し出される。

「じゃ、改めてよろしく、フローレン」

「こちらこそ、よろしくお願いします。プレジル殿」

 アレットは改めてフェル・プレジルの手を握って、これでよし、とにっこり微笑むのだった。

 ……第一王子側の動きを、どのように探るか考えながら。




 その夜。

 アレットは、エクラ・スプランドールの元を訪れた。

「こんばんは。エクラさん、ちょっとお話ししない?」

 アレットの手には、野草茶の入った小さな薬缶と、カップが2つ。そして、厨房の手伝いをした対価として手に入れてきた素朴な焼き菓子である。

 急に訪ねてきたアレットを見て、エクラは何やら不思議そうにしていたが、軟禁されたまま特にすることも無いエクラは暇だったのだろう。快く、アレットを招き入れてくれた。

「お茶とお菓子、持ってきたよ。お口に合うか分からないけれど……」

「……ありがとう」

 茶をカップに注いで手渡せば、エクラは少々警戒しながら茶の水面をじっと見つめる。アレットは同じ薬缶から茶を注いで、先に口を付けた。悪いものは入れていませんよ、と言外に伝えつつ、そのまま焼き菓子にも手を付ける。少々焼き色が付き過ぎた焼き菓子は、却ってその若干の焦げがほろ苦く香ばしく、美味であった。

 しばし、2人は茶と菓子を楽しむ。エクラとしては、野草茶の味わいは親しみ深いものであったらしい。茶を飲む表情が少しばかり、落ち着いて見えた。


 そうして、しばらくの後。

「あの……エクラさん」

 アレットは少々躊躇う様子を見せながら、エクラにそっと、尋ねた。

「お兄さんから、何か、頼まれたり、していない?」

「え?」

「或いは、お兄さんから何か頼まれた人に、心当たりがある、とか……」

 アレットがそう尋ねた途端、エクラの表情が強張った。

 それはそうだろう。エクラには心当たりがあるのだ。『ヴィア』という、風変わりなスライムが、確かにエクラを導いたのだから。

 ……だが、エクラは口を開かない。警戒するようにアレットを見つめ、茶のカップをそっと、テーブルに戻す。予想通りの反応を見て、アレットは慌てたふりをして見せながら、言葉を続けた。

「あの、別に気が向かないなら話さなくてもいいんだ。ただ、もしかすると解決の糸口になるかもしれない、って思っただけで……」

「解決……?」

 アレットが零せば、エクラは訝し気に食いつく。それにもまた、アレットは気まずげな顔をして見せつつ、ぼそぼそと、答える。

「……ええと、レオ・スプランドール殿には、王家が用意した従者が1人、付いていたんだけれど……その人が、脱獄した、らしくて」

「脱獄?兄さんも?」

「あああ、声が大きい!静かに!静かに!」

『脱獄』と聞いた途端、目を見開いて身を乗り出してきたエクラを宥めつつ、アレットはちらちらと扉の向こうを気にする素振りをしてみせた。……無論、誰かが聞いていないとも限らないので警戒しておくに越したことは無いが、それ以上に、『秘密にしておくべきことを今、あなたに漏らしました』とエクラへ伝える手段になるので。

「……そう。従者1人で、脱獄した。いや、あ、違うな、1人……なんだけれど、誰かの手引きはあっただろう、って言われてて……でも、レオ・スプランドール殿は依然として、地下牢に居る。うん、そういう状況」

 アレットが声を潜めてそう言えば、エクラはほっとしたような、却って心配になったような、そんな表情を浮かべた。今、半ば囚われの身となっているエクラにとって、外部の……それも、勇者に係わる情報は貴重である。その1つ1つが彼女と彼女の兄の未来を左右しかねないのだから。

「それで……こういうの、あんまりよくないなあ、とは、思うんだけれどね……取引ができたら、いいな、と思って。何か予め分かっていれば、それを元に、レオ・スプランドール殿に、従者について話を聞けるかもしれないな、って、思って。ただ私が行っても話は聞いてもらえないだろうから」

 そしてアレットがそう言えば、エクラはその目に少々の希望の色を浮かべた。

 ……アレットは既に、勇者レオ・スプランドールへの不信感をエクラに表明している。あくまでもアレットは『フローレン』として、魔物の国で勇者が遅れてきたがために多くの仲間達を失った兵士の役割を演じているのだから。

 だが……それと同時に、探究者としての立場もまた、明らかにしている。

『何故、勇者があのように動いたのか』。また、『今、勇者を巡って何が起きているのか』。そういったことを知りたがる様子を見せておけば、この点において、エクラとの利害は一致するのである。

「なら私が行く」

 そうしてエクラは、声を上げた。

「……役に、立てると思う」

 少々臆するようでもありながら、意を決したように、そう言って、エクラはアレットを少々上目遣いに、警戒はそのままに、じっと見つめるのだった。


 アレットは少々驚いた。エクラがアレットへの協力を申し出たことについて。

 ……実のところ、アレットはエクラに『ヴィア』という名前を出させることを目標にしていたのである。そうすれば、それをダシにしてレオ・スプランドールにヴィアとの取引について、尋ねられる。

 そう。アレットはただ、レオ・スプランドールに会いに行くだけでも危険なのだ。何せ、レオ・スプランドールには魔物としてのアレットの姿を見られているのだから。だからこそ、『ヴィア』という、魔物の協力者の仲間であることを示して、レオ・スプランドールの信用を買おうとしていたのだが……。

 だが、エクラは想像以上に、アレットへの協力の姿勢を示してきた。レオ・スプランドールと面会すれば、間違いなくエクラ自身の立場が悪くなるだろう、と予想できるだろうに、それでも。

 それだけ、エクラは思い詰めている、ということか、或いは……アレットを信用している、ということか。

 内心で『ヴィアが何か言ったかなあ』などと考えつつ、アレットはそっと、エクラを諫めることにした。

「いや、多分、あなたが行ったらレオ・スプランドール殿の立場は悪くなる。それでもいい?」

「それは……」

 アレットが敢えてそう尋ねて心配そうにエクラを見つめれば、エクラの目が泳いだ。彼女としても、多少の迷いはあるらしい。状況も分からずに動くことへの不安もあるはずだ。

 ……だからこそ、アレットは、動きやすい。

「……伝言があるなら、伝える。私の立場なら会いに行っても問題は無いだろうから」

 なんとしてもここで無垢な少女勇者を騙し、レオ・スプランドールと面会するための切符を手にするのだ。


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[一言] 第三騎士団も転がすだなんてアレットちゃん蝙蝠の面目躍如
2022/08/28 23:48 退会済み
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