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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第五章:魂の在処【superbus bellator】
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人間模様*1


****・

第五章:魂の在処

***


アレットが急いで地下牢へ向かうと、そこは騒然としていた。

「ああ、騎士団長殿!何があったのですか!」

「……奴が、逃げた」

騎士団長は、空になった地下牢の前で、蒼白な顔をしていた。

「地下牢には鍵が掛けられていたのでは?」

「ああ、勿論、そうだ。……つまり、手引きした者が城に居るということに外ならん」

騎士団長はゆっくりと振り向くと……そこで縮こまっていた牢番達を睨み、一喝した。

「城門を閉めろ!今後、城内の全員の取り調べが終わるまで、誰一人として出入りすることを許さん!」




……そうしてその夜から、取り調べが始まった。

取り調べを行ったのは、騎士団長と、王都第一騎士団の団長と副団長、王都第三騎士団の団長と副団長……そして、『王都第二騎士団副団長代理』として選ばれたアレットであった。

第一騎士団の団長と副団長はアレットを不思議そうに見ていたが、特に何を言うでもなかった。彼もまた、アシル・グロワールが魔物の国から連れ帰ってきた平民上がりの傭兵崩れのことは知っていたらしい。

そうして、アレット達はそれぞれ組になって取り調べを行うことになる。『不正を防ぐため』という理由で、第一騎士団の団長と第三騎士団の副団長、第二騎士団の団長と第一騎士団の副団長……というように、別の騎士団から選出した2名が組になることになった。

……こうしてアレットは、第三騎士団の団長と組んで、牢番達の取り調べにあたることになったのである。


「ふうむ、成程……つまり、地下牢への不審な出入りはなかった、と」

「はい。その通りです。先ほども申し上げました通り……」

「いや、もういい。よし、下がれ」

第三騎士団の団長が指示すると、聴取されていた牢番は姿勢を正し、すぐさま取調室を出ていった。

ばたん、と扉が閉まるのを聞いて……そこで、第三騎士団の団長が、ふう、とため息を吐きながら椅子の背もたれに身を預けた。

「……まあ、牢番には然程おかしなところは無いな。今のところ、全員の証言が一致している。全員が口裏を合わせているとも思い難いしなあ……」

「そうですね。カマをかけてみても動じませんでしたし。事前の打ち合わせがあったとしたら、それこそ、相当に大規模な犯行ということになると思います」

先の取り調べでアレットは、『先程の方は、今日の昼前に来客があって席を外したと言っていましたが、知っていましたか?』などと聞いてもいない情報を出して揺さぶりをかけ、相手の反応を見ていた。だが、その反応を見ても、牢番達が何か知っているとは思い難かった。

地下牢に入った者も、記録にきちんと残された通り。食事を運んだ侍女。地下牢の確認に訪れた第一王子。地下牢に囚われた貴族の減刑嘆願と面会のためやってきた貴族とその護衛、そして、慰問に訪れた修道女。たったそれだけである。

……だが、この中の誰か、もしくは牢番達のいずれかが手引きをしたことは間違いない。牢の鍵を開け、勇者の従者を秘密裏に連れ出したことは間違いない。

唯一、例外が起こり得るとすれば、レリンキュア姫のように瞬間移動の類の魔法を使える何者かの仕業、ということになろうが……正直なところ、考えにくい。人間達の中にレリンキュア姫程の魔力を持ち合わせている者は勇者を除いて存在していないはずであるし、何より、地下牢には魔法の気配が特に無かった。

アレットはそこまで整理して、考え始める。一体誰が、何の目的で、勇者の従者を逃がしたのだろう、と。


「……フローレン、って言ったか」

「はい」

考えていたアレットに、横から声がかかる。声の主は確認するまでもなく、第三騎士団の団長、その人である。

アシル・グロワールよりはずっと年上であり、『騎士団長』と聞いても何ら違和感のない風貌をしている。アシル・グロワールとは違い、こちらは名誉職としてではなく、お飾りでもなく、騎士団長であるのだろう。

「アシル殿下が連れ帰ってきた麗しの女傭兵、って噂だけは聞いてたが、成程な。実物を見たら、アシル殿下の気持ちが分かる」

第三騎士団の団長はそう言って笑いながら、じっ、とアレットの目を見つめた。

「ええと……あの、団長殿?」

「おっと。俺はフェル・プレジルだ。折角の機会だし、俺のことは団長殿、などと呼ばないで貰おうか。……ああ、安心しろ。俺は大した家柄の出じゃあない。無礼だなんて思わなくてもいいぞ」

フェル・プレジル、と名乗った団長は、少々楽し気にアレットへ笑いかける。

「そっちの騎士団もうちも、敵同士じゃない。仲良くやってくれると嬉しいね」

「ええ、こちらこそ……」

差し出された手を、迷いながらも握る。ごつごつとして剣ダコの多い手は、正に騎士の手である。……アシル・グロワールは王子であり、騎士であるが、こちらの男はやはり、根からの騎士であるのだろう。

それならば多少、話しやすい。アレットは表情を緩めて、握った手を軽く振って挨拶とした。


取り調べは一旦休憩、となった。尤も、アシル・グロワールが行っている取り調べと、第一騎士団の団長が行っている取り調べの方はもう少々時間が掛かりそうなので、情報共有はまだもう少し先になりそうである。

「ま、元々こっちはハズレくじだろうよ。牢番が全部やったとは思えねえからな。ま、何か知っててもおかしくはないと、思ってたが……」

フェル・プレジルはそう言ってため息を吐くと、こつこつ、と机を指先で叩いた。

「……となると、第一王子の勢力か、第二王子の勢力かが一枚噛んでそうだよな」

「え?」

「いや、取り調べで何も出なかったら、って話だ。……何も、お前のところの団長さんを疑ってるって訳じゃない」

フェル・プレジルの何とも不思議な言葉を聞いて、アレットは考えを巡らせ……そして、思い至った。

「……あの、不勉強で申し訳ないのですが、もしや、第一騎士団の団長殿は、その……第一王子にあらせられるのですか?」

もしや、第一騎士団とは、第一王子の属する部隊なのではないか、と。




人間の身分や権力というものは、必ずしも強さに関係ない、と聞いている。弱く愚かであっても貴族や王族になるかもしれないらしい、と。

だからこそ、第二騎士団の団長に第二王子が就任している、という事実にアレットは『珍しいなあ』と思ったし、その上その騎士団が魔物の国に踏み入っているという事実に『もしかしてこの人、王子なのに捨て駒なのかな』と思ったものだ。

だが、フェル・プレジルの言葉から推測するに、第一騎士団もまた、第一王子に関わっているようであり……。

「嘘だろ!?知らなかったのか!?」

「高貴な身分の方々とは縁遠い生活をしておりましたので……」

フェル・プレジルの驚き様を見て、しくじったかな、とアレットは悔やむ。……だが、フェル・プレジルはぽかん、とした後、けらけらと笑いだす。

「いやあ、すごいな!本当に居るもんなんだなあ、お前みたいなのも!」

愉快そうに笑っている様子を見る限り、アレットはしくじったわけではなさそうである。ほっとしつつ、アレットは『あんまり揶揄わないでください!』と照れ隠しに怒ってみせるように装った。

そうして笑いが収まると、ようやく、フェル・プレジルは話し始める。

「第一騎士団は第一王子の為の騎士団だ。第二騎士団は第二王子の為の騎士団。王子それぞれに騎士団1つが与えられて、好きに使っていい、ってかんじになってる。要は、城内の公務で忙しい王子の手足となって動く騎士団をそれぞれ持ってる、ってことだな」

「成程……」

ここにきて初めて知った人間の国の仕組みについて、アレットは妙に納得がいくようないかないような、そんな気持ちで頷く。

高い身分の者が公的に私兵を得ているようなものか、というところまでは理解できるのだが、それにしても、第二王子が自ら騎士団長として働いていることには疑問が残る。

「ちなみに俺達、第三騎士団は……今代には子が2人しかいらっしゃらないからな。まあ、つまり、第三騎士団は現状、雑用係だ。ついでに、何の後ろ盾も無い平民出身の騎士を取り立てるための場にもなってるが」

「な、成程……」

フェル・プレジルは笑って言っているが、自身の騎士団を『雑用係』と言い切るあたり、日頃、他者からそういう扱いを受けているのだろう、と察することができた。

ついでに、王子直属の騎士団でもない以上、第一騎士団や第二騎士団とは圧倒的な格差があるのだろう、ということは理解できる。そして、高貴な身分に属さない騎士団を1つ取り入れておくことで、平民の反発を防ぐ狙いもあるんだろうなあ、というところまで、アレットは推測した。

「第一王子はご自身で任命された者を第一騎士団の騎士団長に据えた。で、アシル殿下はご自身で騎士団を運営されることにしたらしい。だからまあ、第一騎士団も第二騎士団も、王子の思惑に従って動くんだ。取り調べで何か不正があったとしても……っと、これはお前に言うべきことじゃないな」

「いえ、お伺いできてよかったです。本当に何も事情を知らなかったもので……」

少々縮こまるフェル・プレジルを安心させるように微笑んでから、アレットはふと気づいた、というように眉を顰め、尋ねる。

「それにしても……何故アシル殿下は、王子の身分でありながら、自ら騎士団長を……?」

「うーん、珍しいことだが、前例が無いわけじゃない。国を継ぐのは第一王子のラルジャン殿下だからアシル殿下が騎士団長をやってもあまり文句が出ない、というかだな……」

フェル・プレジルは唸りながら虚空を見据え……そして、ふと身を屈めて、声を潜めて、アレットの耳元で囁いた。

「……間違っても第二王子が王位を継がないように、敢えて城を離れるようにした、って噂もある」


「それは……第一王子が、そのように?」

「いやいや。アシル殿下が自ら、そういったいざこざを避けるために、って噂だ」

「そう、ですか……」

アレットは瞬時に、事情を察した。同時に、自分達の考えが少々甘かったかもしれない、と気づく。

……人間の国は、親勇者派と反勇者派の2つに分かれているものと思っていたが……実情は、それ以上に複雑だったのだ。

どうやら、反勇者派、即ち王家側についても、第一王子派と第二王子派、2つの派閥に割れているらしい。




それから、他の組でも取り調べが一段落する。そうして3つの騎士団の団長と副団長がそれぞれ集まって、取り調べの途中経過を報告することになった。

……だが。

「こちらで取り調べたのは侍女達であったが、皆、一様に何も知らない様子だった。通常通り、食事を作って運んだ、ということ以外は何も……」

「我々は衛兵達を取り調べたが、不審な者は誰も出入りしなかったそうだ。以上」

アシル・グロワールも、第一騎士団の団長も、何も情報を得られなかったらしい。

流石にそんなはずはないんじゃないかなあ、とアレットは訝しんだが、こちらも牢番が何も知らない、という奇妙な状況になってしまっていることを考えると、少なくともどちらかは嘘を吐いていることになる。

そうでなかったなら、『勇者の従者を逃がした犯人は瞬間移動の魔法を使える者』ということになり、より奇妙な事態になるのだから。

……だからアレットは、意を決した。


「こちらの取り調べでは……」

フェル・プレジルが口を開きかけた、その瞬間。

「……牢番が、気になることを漏らしました」

アレットは、フェル・プレジルの言葉を遮って、そう、言った。




「気になること……?牢番が?」

第一騎士団の団長が眉をぴくりと動かし、アシル・グロワールもまた、眉根を寄せて身を乗り出す。だが。

「はい。しかし、それをここでお伝えすることはできません」

アレットの言葉に、場がざわめく。アシル・グロワールは特に『何があった?』とアレットを見つめてくるが……まだ、その時ではない。

「その……少々、複雑かつ、繊細な問題であるようなので。それぞれの騎士団長殿のお耳にも、入れない方が、よいかと。少なくとも、もう少し色々なことがはっきりするまでは」

アレットの言葉と真摯な様子に、アシル・グロワールは少々戸惑いつつも、『そうか』と頷いた。だが、第一騎士団の団長は、あまりに不審なアレットの言葉に疑問を抱いたらしい。

「そうなのか、第三騎士団団長、フェル・プレジル」

「ん?んー……?」

……そして、打ち合わせも何もしなかった以上、フェル・プレジルもまた、戸惑っていた。だが……。

「……俺は、言っちまってもいいと思うが。駄目か?フローレン」

戸惑いの色を、少々渋るような調子へと変えて、フェル・プレジルはそう、言ったのである。アレットを見て、にやり、と笑いつつ。


「はい。これは、秘密裏に調査に当たるべきかと。非常に繊細な問題ですし……」

アレットが真剣な表情でそう答えれば、フェル・プレジルは顎を親指の腹で撫でつつ唸り……やがて、よし、と、他2人の騎士団長へ向かう。

「ま、そういうことならしょうがない。……団長方も、それでいいか?この件についてはもう少々、俺と、こちらのフローレンに調べさせてほしい」

「な、なんだと?一体どういうことなのだ。そのように不確かな情報だけで第三騎士団を動かすなど……」

第一騎士団の団長は戸惑い、不服を申し立ててくる。それはそうだろうなあ、と思いつつ、アレットは……騎士団長を見つめる。勇者の力を証明する空色の瞳がアレットを見つめ、少々探るように動いたが……アシル・グロワールは少々笑って、言った。

「分かった。賛同しよう」



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― 新着の感想 ―
[一言] ちびヴィア「チョロい...でも仕方がない!アレット嬢の美しさの前では!」
[良い点] ミステリっぽくなってきた わくわく
[一言] おぉ…凄い順調だと思ったら、難しくなってきましたね! さて、ここからどうなる?!
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