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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第四章:偽りの証明【Via quae numquam evanescit】
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静かな弔い

 アレットは曖昧に、『この水が何か、よく分からない』というような態度を取った。今は、エクラに付くべきか、騎士団長につくべきか、曖昧であった方がいいだろう。

 そしてそれ以上に……アレットは、ヴィアのなれの果てであろうそれを見て、咄嗟に、頭が働かなかった。


「ええと……ありがとう、エクラさん。これを渡すために、私を呼んでくれたんだよね?」

 アレットが微笑んでそう言えば、エクラはひとまず瓶の水のことはもういいと思ったのか、黙って頷いた。

「他に話したいことは、無い?何でもいいんだけれど……」

 そしてアレットは、恐らくこの後『どうだったか』と聞いてくるであろう騎士団長の為にも、エクラとある程度話した実績が欲しい。この水についてのみ話題が終始すると、騎士団長のことだ、『怪しいものをフローレンに持たせておくわけには』と、この水を没収しかねない。

「あなたは、お兄さんに会いに来た、のかな」

 アレットは早速、エクラにそう尋ねてみる。エクラは少し考えてから、こくり、と頷いた。どうやら、やはりレオ・スプランドールに会いに来たようだ。

「そっか……。でも、今、お兄さんに会うのは難しいかもしれない」

「……犯罪者だから?」

「まあ……うん。そう、だね」

 なんとも答え辛い問いに答えて、アレットは少し、考える。

 ……ヴィアが以前言っていた通り、エクラを使って王家に打撃を入れるのは、そう悪いことではない。無論、下手なやり方をすればアレットが危険だが、それにしても、人間の国の崩壊、という言葉にはそそられるものがある。

 だから……アレットは、いずれエクラと手を組むことも考えて、動かなければならないのだ。あくまでも、『騎士団長のお気に入り』の立場から。

「教えてほしい。兄さんは、本当に、何か悪いことをしたの?」

 エクラの、不安と焦燥が混じり合った表情を見つめて、アレットは意を決した。

「他の人からは、何か聞いてる?」

「……国家転覆を謀った罪、と」

 慎重に探りを入れつつ、アレットは大まかに、どこまで話すかを決めて……そして、話し始めることにした。

「その辺りの公的なことは、他の人から聞いた方がいいと思うから……私は私個人から見た、勇者レオ・スプランドールについて、話すね」

 アレットが椅子に腰かけると、エクラも戸惑いつつ、そっと、アレットの向かいに腰かける。それを待って、アレットは話し始めた。

「レオ・スプランドールは、私の仲間を見殺しにした人だよ。私にとっては、ね」




 それからアレットは、王都での戦いについて、エクラに伝えた。あくまでも、あそこで戦っていた人間の傭兵としての立場で。

 ……多くの仲間が死んだこと。あともう少し勇者が早く到着していれば、と思ったこと。遅れた到着すらも、勇者の計画の内だった、ということも。ついでに、リュミエラを見殺しにしたことについても、『リュミエラさんと私は仲が良かった』などという嘘を交えつつ、零す。

 それらをアレットが話すにつれて、エクラは戸惑った様子であったが、同時に、それを受け入れようともしているようだった。『自分が知らない兄の姿』をアレットから聞いて、自分の中で再び、兄の認識を組み立て直しているような、そんな様子であったのだ。

「だから……うーん、申し訳ないんだけれど、私は、あまり、レオ・スプランドール殿にいい印象が、無くて」

「そう……」

 エクラは戸惑い、少々悲しんでいるようでもあったが、それでも案外、落ち着いていた。

「だから、多分、レオ・スプランドール殿の罪状が覆ることはないし、下手するとあなたも、その、始末されちゃうかもしれない、と思ってる」

「でしょうね」

 エクラは至って冷静に頷くと……少しばかり、表情を緩めた。

「面と向かって、始末されちゃうかも、なんて言うのね」

「ま、まあ、そこで嘘を吐いてもしょうがないから」

 まだ幼さの残る少女には酷な話だろうが、それでも事実は事実である。エクラ・スプランドールは今、この王家にとって最も目障りな人物だろう。

「……でも、まだ、殺されないのね」

「あれだけ派手に登場してるからなあ、あなたは。あれ、狙ってやったんでしょう?」

「ええ」

 エクラも中々強かなようだ、とアレットは分析する。まあ、勇者として名乗り出た時点で、相当なものであるが。……だが、そこまでなら、この『脚本』を書いた者の能力だろう。

 エクラの強かさは、死を仄めかされても然程動じず、こうして博打のような状況に身を投じることができる度胸。これは間違いなく彼女のものだ。


「……あなたの狙いは、レオ・スプランドール殿の、救出?」

 そんな度胸に溢れる少女へ、アレットはそう、問いかけた。折角ここまで来たのだから、瓶詰の水だけではなく、他の土産も貰っていこう、と。

 ……すると。

「そう。それから……」

 エクラは、こう答えたのだ。

「勇者のことも、魔物のことも……本当のことを、知りたい」




 その日。ソル達は王都を臨む丘の上に居た。

「戻って来たな」

「なんか、変なかんじですね。一冬も越してないのに、随分長い時間が経ったような気がしますよ、俺」

 パクスがどこかしゅんとして耳と尻尾を垂れさせるのを横目に、ソルは少し笑ってパクスの背を翼でぽんぽんと叩く。

「最初の場所が最後の場所、ってのも、妙なかんじだよなあ」

 愛おしく懐かしい、この王都の地下に、最後の神殿があるという。それ以上の情報も無く、完全に手探りの状況ではあるが……ソルは然程、心配していない。

「ま、ひとまずここから先は休憩無しだ。今の内にゆっくりしとけ」

『ええー!』と悲鳴を上げるパクスに思わず笑ってしまいつつ、ソルは頭の中で心当たりを並べていく。

 ……かつて、王都を警備する任務にあたっていたソルである。地下の神殿へ繋がっているとすればあそこだろう、といくつか、候補を思い浮かべることはできた。城門の傍の、使われていないらしい排水管。広場の隅の枯れた噴水。共同墓地の石碑。……それらを虱潰しに当たっていけば、そう遠くなく、正解に辿り着くだろう。

「さて……じゃ、突入する前に最後の確認だ」

 そうして、ソルは皆を振り返る。

「魔力の準備をするぞ」


 東の神殿から入手した神の力の欠片は、ヴィアによって徐々に消化され、魔力を抽出されていた。儀式も碌に必要としない、スライムならではの方法である。

「ヴィア。調子はどうだ?」

 ソルは荷物袋に入れてある瓶の中へ話しかけた。そこには、『最早姿勢を維持することすらめんどくさい!私のことは皮袋なり瓶なりに入れておいてください!』と言っていたヴィアと、消化されて胡椒の粒ほどにまで小さくなった神の力の欠片とが入っているのだ。

 ……だが。

「……ヴィア?」

 返事が無い。


 ソルがそっと、瓶を揺する。すると、粘度のまるでない水が、瓶の動きに会わせてゆらりと揺れた。

 瓶の中身は、もう、スライムではなかった。




「……そうか。終わったか。ありがとうな」

 ソルは手近な岩の上に、水の入った瓶を置いた。

 スライムは命を落とした時、ただの水へと還る。そして、スライムが生きている間に蓄えた魔力は水となって流れ、大地へと染み渡り、この国に魔力を循環させていくのだ。スライムとは、そうした魔物なのである。

「隊長?ヴィアは……?」

 パクスはそっと、瓶を覗き込んで、首を傾げる。まだ、パクスにはヴィアの死がよく分かっていないらしい。

「……ま、復讐が終わったってんなら、これでよかったんだろうさ」

 一方、ベラトールはあっさりとした調子でそう言い……言葉の割にどこか苦い表情を浮かべた。

「何だい。一番煩い奴が、随分と静かに死んだもんだね」

 ベラトールはそう言って、瓶をごく軽く、つつく。瓶の中でゆらりと揺れる水は、ただの水だ。あの、妙に口が達者で妙に紳士的な、色々と妙なスライムではない。

 ヴィアは死んだ。仲間達に魔力を遺して。

 だが、言葉は碌に、残さないままに。




「……さて」

 ソルは思い切るように意味のない言葉を宙に放りながら、そっと、瓶を手に取り……蓋を開けた。

 中に入っている水は、月明かりに煌めいて何とも美しい。ソルはそれをカップに注ぎ、3つに分けた。

「乾杯、といくか」

 そしてカップの1つを手に取って掲げれば、ベラトールがそれに続き、ようやく諸々を理解したらしいパクスも、続く。

 三者は黙ってカップを打ち合わせると、カップの中身を飲み干した。

 仲間の死を悼みつつ。これからへの意思を強めつつ。

 そう遠くない未来へ、希望の炎を燃やしつつ。




「……飲み終わっちまったな」

 そうしてあっという間に、カップは空になった。カップに1杯分も無い程の水である。すぐに飲み干せて当然といえば当然だった。

「今までで一番楽ですよ、これ!」

「だなあ……くそ、本当にガーディウムの時のアレは忘れられねえよ」

「全く、うるさい奴だった割に、死んだ後は粘っこくないっていうのがね……」

 悼む間もなく、弔い終わってしまった。そんな感覚を覚えつつ、皆はカップを片付ける。

 そして各々、思うのだ。今までは食べる間に思い出話をしたり、気持ちを整理したりしてきたが、今回はそうもいかない。各自、眠る間際にでも、物思いに沈むことになるのだろう、と。

 ……随分と、静かな夜だった。




「そっか……ソルの方に居たヴィアも、神の力の欠片を、消化して……」

 その頃、アレットはソル達の状況を知って、そっと、ため息を吐いた。

 ……大きいヴィアが、復讐を終えていよいよ生きる意味を失ったであろうことは、察しがついた。元々、人間の国へ来た時点で、ヴィアは死ぬつもりだったのだろう。アレットとしても、ある程度は覚悟ができていたのか、然程、衝撃は無い。

「覚悟ができていた、のか、もう慣れちゃった、のか……なんかやだな」

 アレットはそうぼやきつつ、机の上の瓶に目を向ける。

「それで、大きいヴィアは、これ、でしょ?呆気ないなあ」

 ……エクラが持ってきた瓶の中身は、恐らく、ヴィアだ。

 ヴィアが死んで、魔力をたっぷり含んだ水となって、そして、瓶に入っている。そういうことなのだろう。

 呆気ないものである。つい先日まで騒いでいた、あの煩い紳士がこの水になってしまった。どこか実感が遠いような気持ちで、アレットはぼんやり、水を見つめた。


 ……だが、そう時間は掛けていられない。ここは敵の本拠地、人間の城なのだ。いつ何時、あの騎士団長がやって来て、『そんな不審な水は捨ててしまえ』とやり始めるか分かったものではないのだ。

「よし。飲もう。ヴィアもそう望んでるよね」

「はい。勿論」

 そして、瓶の蓋を開けたところで同意を得て、アレットは瓶に口をつけ……ふと、気づく。

「……あの、ヴィア」

「あ、はい」

 ぷるるん、と、ヴィアが揺れる。小さなヴィアは瓶が乗っていたテーブルの上で、ぷるるん、ぷるるん、といかにも気ままに揺れているところであった。

「そういえば、あなた、生き残った、ね……?」

「生き残り、ました、ねえ……?」


 アレットはヴィアと顔を見合わせて、しげしげ、とヴィアを見つめる。ヴィアも、何やら考え……そして。

「えっ!?おやっ!?あっ!これ、もしかして私、貧乏くじですか!?私達の中の、貧乏くじですか!?」

「まあ、少なくとも大きいヴィアとソルの方のヴィアからは、色々押し付けられた気がするよね」

「ああああー!流石、私!憎い!私の賢さが憎い!」

「ということは、ここに残った小さなヴィアは、あんまり賢くないヴィアなのかあ……」

「な、なんてことを!酷いです!酷いですよ、お嬢さん!」

 わたわたと慌て始めたヴィアを気の抜けた思いで見つめていたアレットであったが、ヴィアが『もしや体が小さくなると知力も減るのか……!?』と真剣に悩み始めたのを見て、思わず笑い出してしまう。

 ……死んだというのに、生きている。そしてやっぱり、騒がしい。

『実にヴィアらしいなあ』などと、アレットは思う。同時に、『よかった、まだ、1人にならずに済むんだ』と、安堵した。


「お嬢さん。分かっておられるかとは思いますが、特別な弔いは必要ありませんよ」

 そうしてアレットがヴィアを見ていると、ふと、ヴィアがそんなことを言った。

「勿論、分かってるよ。私達に棺は必要ない。そんなものを用意する力があるなら、それは全て、生きて、殺すために使う」

 アレットは小さいヴィアの言葉に強く頷いた。

 王都を出たあの日から……フローレンが死んだあの日から、ずっと、心に強く、刻んできた言葉である。

 アレット達に、余裕は無い。余裕があるならそれは全て、魔物達を生かすために。そして、人間達を殺すために使うべきだ。

「ええ。その通りです。私達に棺は、必要ないのです。何故なら、そんなものを用意する資源も労力も時間ももったいないから。そして……」

 小さなヴィアも、ぷるん、と揺れてそう言い……そして、更に、続けた。

「仲間達こそが、我らの棺であるからです」




 アレットは思う。

 自分が棺であったなら。

 仲間達を収め、弔うための存在であったなら。

 ……少しは、救われるような心地がする。無論、死んでいった仲間達が、ではなく、アレット自身が。

 ヴィアの言葉は、アレットが自分自身の生に意味を見出す理由足りえた。そう。弔いとは、生き残った者達のためにあるのかもしれない。

「さあ、お嬢さん。大きい私のなれの果て、得てきた魔力をどうか、貴女に」

「……うん。分かった」

 そうしてアレットは、いよいよ瓶の中身を煽る。

 何の味もせず、何の香りもしない、ただの水。それを煽って、その中に濃厚に溶かしこまれた魔力を味わって……そしてアレットは、大きいヴィアを弔う。

 他でもない、自分自身のために。

 そして……弔った分、魔物達の未来の為に動けるように。




 アレットは自分の内に染み渡っていく魔力を強く強く感じ、小さなヴィアも瓶に残った水を余すことなく吸収し、そして、強くなる。それをしかと自覚して、アレットは、今すぐにでも自分の魔力を確かめたくなった。

 どの程度、自分は強くなったのか。これで勇者に勝てるようになったか。いよいよ、魔物の国を救うことができるだろうか。

 そんなことを考えて、アレットはどこか、もどかしいような気持ちになり……。

 ……だが、そんな思考は打ち切られる。

「大変です、フローレン様!」

 忙しなく戸を叩く音と、アレットを呼ぶ声。それらが、アレットを瞬時に緊張させた。


 小さなヴィアが即座にアレットの懐に飛び込んで隠れると、一瞬遅れて戸が開いて、兵士が入ってきた。

「ど、どうしたんですか!?」

「至急、地下牢へ!騎士団長殿がお呼びです!」

 演技するまでもなく、アレットは困惑した。瞬時に様々な可能性が脳裏を駆け巡る。どくり、と心臓が強く脈打つ。何か、どうしようもない失敗が起きたのでは、とアレットは緊張しながら、兵士の言葉を待って……。


「勇者の従者が、消えました!」

 ……その、大事件を、知ったのだった。


今章終了です。

次回更新日は8月27日(土)を予定しています。

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― 新着の感想 ―
[一言] でかヴィア(死体)をちびヴィア(生体)に混ぜたらそれって成分的には元のヴィアに合体して戻ってるような気がしますけど、本人というか本スライム的には別物なんですかね 沸騰させたゼラチンはもう固…
[良い点] ゔ、ヴィアーーっ!!ってなっていたら、いたーーっ!!ってなって笑ってしまいました ヴィア、君便利だね……魂さえ定置が安定したらなあ [一言] そんな、地下牢からの脱出は勇者か救世主か革命家…
[一言] 静かに死んで、水になった……と思えばやっぱり騒がしい。 なんだか切なさを没収された感じですね >>仲間たちこそが、我らの棺であるから 全部のために個を尽くす、魔物ならではの言葉でとても好…
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