勇者達の邂逅*3
そうして、勇者叙勲式が始まった。
王都は華やかに飾られ、人々は皆、新たな勇者の誕生を祝う。
賑やかな町では、祝い事にかこつけて昼間から酒を呷る者が居たり、ここぞとばかり、露店を出して儲けようとする者がいたり。良くも悪くも逞しい人間達の様子がそこかしこに見て取れた。
「緊張しているか、フローレン」
「ええ、少し」
そして、そんな街並みを見下ろす位置で、アレットは騎士団長と共に待機中である。アレットは王城のバルコニーから町を見下ろして、そこに居る人間達を観察していた。ヴィアの話にあった、『エクラ・スプランドール』が居ないだろうか、と考えながら。
「それにしても、フローレン。よく似合っているぞ」
考えながら街並みを見下ろしていたところ、退屈させまいとしてか、騎士団長がにこやかに話しかけてくる。今日のアレットのドレスを選んだのは騎士団長であった。王子自ら平民に着せるドレスを選ぶとは、と衣裳部屋の召使い達が大層驚いていたが、騎士団長は気にした様子が無い。
……ドレスは、華美なところのない意匠のものであった。すらりとして凛々しく、甘さを感じさせない装いである。それが、兵士としてのアレットによく似合うのだ。何だかんだ、騎士団長は服を選ぶのが上手いようだ。
「お前は勇者になる前にも後にも、俺の命を救った功労者だ。胸を張って参列してほしい」
「はい、騎士団長殿」
アレットは笑顔で答えると、また視線を街並みへと落とす。……そこには見知った者など、居るはずもなかったが。
時間が過ぎ、いよいよ式典の開始となった。
盛大にファンファーレが鳴り響き、王城の門が開く。そして中央広場の、講演用の一角……少し高くなったそこに、第一王子や国王といった面々も、並び始めた。そして、列の最後の方には、アレットもちょこんと参加している。
少し高い位置から見下ろす民衆の姿を見て、アレットはふと、『ここでこいつらを殺したらどうなるだろう』と考える。……勇者が居る以上、ここで戦うのは悪手だが、最悪の場合、アレットは即座に逃げなければならない。退避のための道は、予め見定めておきたかった。
「ここに、叙勲式の開会を宣言する!」
ファンファーレに負けないくらいに盛大に、開式の口上が述べられる。すると民衆は大いに盛り上がり、この祝い事とお祭り騒ぎを心から喜ぶのである。
その盛り上がりに満足したように笑みを浮かべた国王は、叙勲の対象となる者達の名前を呼び、その者達にそれぞれの勲章を授けた。
銃を普及させるため、私財を擲った商人。新たなる武器の開発に成功した学者。多くの魔物を殺して華々しい功績を上げた騎士。そして……。
「では、フローレン。前へ」
いよいよ、アレットの番が来た。
アレットは慎み深く進み出て、国王の前で首を垂れる。凛々しくも美しいドレス姿のアレットを見て、民衆は皆、『あれは誰だ』とばかりに噂する。その囁きは疑問でもあったが、好意でもあるらしい。魔物の耳で囁きを拾い上げたアレットは、『ヴィアがまたとない美少女、だなんて言っていたけれど、あながち間違っていないのかも』などと思う。
「貴殿は、王都第二騎士団に交ざって行動する中、騎士団長である第二王子、アシル・グロワールをよく助けた。邪神の神殿において恐ろしい敵と戦った際には自らの身も顧みず王子を守り、そして、反逆者の告発にも大いに貢献した。その功績を称え、勲章を授与する」
「光栄です」
青い宝石と銅細工で作られた美しい勲章は、アレットの胸に収まった。これは貴族の位に無い者が武功を上げた時に授与される勲章であるらしい。剣と盾の意匠が美しいそれを胸に、アレットは伏し目がちに微笑んで、民衆達へ凛々しく一礼してみせた。
民衆達の中には城の使用人など、『フローレン』のことを知る者も居たらしい。彼らを発端にして拍手や歓声が沸き起こると、アレットを知らない者達からも『あの人は何をしたんだ?』『誰か知ってる奴は?』と興味を示し始める。それに答える者が居れば、どんどん『フローレン』の噂は広がっていくのだ。
そうしてアレットが列に戻ると、いよいよ最後にして最大の叙勲者がやってくる。
騎士団長がやってくる。式典用の鎧に身を包み、凛々しく麗しい勇者としての登場だ。
これにいよいよ、民衆は沸いた。新しい話題、新しい慶事。騒ぐ機会が与えられたのなら、いよいよ民衆は新たなる勇者を祝福する。そこに正義があるかどうかなど、この民衆達には関係が無いのである。
「では……此度、新たに選定された勇者、アシル・グロワールよ、前へ!」
民衆の歓声を背に受けながら、騎士団長が国王の前に跪く。そこへ美しい宝剣が運ばれてきて、新たな勇者に捧げられた。更に、華やかな勲章も1つ。金銀と宝石に飾られたそれらは陽の光に燦然と煌めいて、民衆の目には実に華々しく映ったことだろう。
アシル・グロワールが勲章を胸に、宝剣を掲げて民衆にそれらを見せれば、広場の空気を割り裂かんばかりの拍手と歓声が沸き起こる。……今や、人間達にとって『勇者』とは、アシル・グロワールのことであった。ここに居る多くの者が、レオ・スプランドールのことを忘れ去っていることだろう。
それから、新たなる勇者からの挨拶があった。流石に騎士団長であるだけあり、声がよく通る。そして王族としての弁舌の技量が、よく表れていた。
「この度、私が勇者としての力を授かったのは、この動乱の時代、民を導きこの国をより良くするためなのだろうと、感じている」
アシル・グロワールの言葉に聞き入りながら、民衆はただ、歴史的なこの瞬間に立ち会っていることに感動し、より深く、勇者の言葉に耳を傾け……。
「これからは王子として、そして勇者として、この国を率いていく所存だ。私は、勇者としての力を、この国の為に捧げることを……」
……だが。
不意に、言葉が途切れる。
そしてその隙間を埋めるように、ざわめきが広がる。それは、民衆の困惑と……新たな勇者自身の、戸惑いによるものだ。
「待って」
ざわめきを生んだ張本人……金色の髪に、紫がかった青の瞳。どことなくレオ・スプランドールに似た少女の姿に、果たしてどのくらいの民衆が、レオ・スプランドールのことを思い出しただろうか。
美しい少女の乱入に、会場は騒然としつつも、動けない。民衆は事の成り行きを見守ることとなり……そして、兵士達は、エクラを取り押さえようと動くものと、咄嗟に動けない者とが交じり合う。
そしてこの舞台の主役であるアシル・グロワールも、咄嗟に判断ができず、ただ、エクラを見つめるにとどまり……。
「兄さんの力を奪っておいて、勇者なんて名乗らないで!」
……凛と澄んだ、よく通る少女の声が広場に響き渡った時、アシル・グロワールはきっと、少女をすぐさま排除しなかったことを、悔やんだ。
アレットは事の次第を静かに見守る。
ヴィアから聞いていたので、少女が『エクラ・スプランドール』であろうということは分かった。彼女がどのような主張をするかも、概ね見当がついていた。だが、王家の面々はさぞかし驚いていることだろう。
レオ・スプランドールを過去のものとして葬り去り、新たな勇者の存在を民衆の認識に植え付けようという目的のための、この叙勲式で……まさか、王家にあらぬ疑いが掛けられるような、そんな発言を許すことになるとは。
印象など、先に出した者の勝ちである。それが正しかろうが正しくなかろうが、先に、より強く植え付けられた印象の方が、強い。
……レオ・スプランドールの処刑前に、『王家は勇者から勇者の力を奪った』というような印象が付いてしまったのなら、民衆からの目は少々厳しくなるだろう。
「それで、兄さんを……レオ・スプランドールを!勇者を、処刑しようとしてる!口封じのために!」
「な、何を言っている?おい、衛兵!この少女を……」
国王もエクラの危険性に気づいて排除しようとするが、それより先に、騎士団長が動いていた。
「貴様、何者だ!」
勇者の証として与えられた煌びやかな宝剣が、少女へと突きつけられる。宝剣とはいえ、きちんと鍛えられた刀身がギラリと輝いて、その鋭さを見せつけた。
……だが。
「私は、エクラ・スプランドール。……新たなる勇者です!」
エクラは怯みながらも逃げ出すことはせず、銀のナイフを取り出し、掲げた。
……その刃に、暖かく美しい光が灯り煌めくのを見て、民衆は皆、息を呑む。
美しさもさることながら……それは、力の証明なのだから。
アレットは、どこか感じた覚えのある魔力をエクラから感じ取りつつ、覚悟を決めた。
さあ、3人目の勇者の誕生である。