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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第四章:偽りの証明【Via quae numquam evanescit】
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勇者達の邂逅*2

「ソル。ソル。少し相談があるのだが」

 明け方。上りゆく太陽を見ながらぼんやりと見張りをしていたソルの懐で、小さなヴィアが騒いだ。

 なんだなんだ、とソルがヴィアを取り出せば、ヴィアはぴょこん、と元気に飛び出してきて……そして、言った。

「大きな私の死を、許してほしいのだが」




「……そりゃ、帰って来られねえからか」

「ああ」

 ヴィアの死は、予想できたことであった。人間の国へ行って、その後無事に魔物の国まで戻ってくることは難しいだろう。それこそ、アレットのように人間に化けてでもいない限りは。

「ま、別にいい。それを覚悟して、こっちはお前を送り出してる」

 だがソルは然程、動揺しなかった。『もう慣れてるだろ』と自分に言い聞かせれば、荒れかけた心境もすぐに凪ぐ。実際、もう、慣れたのだ。これで何度目になるか分からない程の別れは、ソルをこうした状況に慣れさせた。摩耗させた、という表現の方が、相応しいのかもしれないが。

「……で、復讐は、終わったのか」

「勿論。中々いい最期だったらしい。しかと、痛みと絶望を味わわせてやれた。満足だよ、とても」

 小さなヴィアはなんとも嬉しそうに、ぷるり、と揺れる。それを見てソルは、口元を緩めた。よかったじゃねえか、と掛ける言葉も、ヴィアをつつく指先の優しさも、全てが嘘偽りの無い、ソルの本心によるものである。

 ……仲間が死して尚蘇る程の執念を以て臨んだ復讐がようやく終わったのだ。それは、喜ばしいことである。例え、その先に別れが待ち受けていようとも。

「まあ……もう1つ理由を述べるとすれば、少々、自分の魂が不安定になってきたのを感じていてね。要は、復讐が終わったから、もう私の魂はここに留まっている必要が無いのだろう」

「成程な。ま、それも理屈は分からないでもねえ。……元々、スライムなんざ、そう寿命の長い方でもないしな」

 ヴィアのように大量の魔力を手に入れたスライムなど前例が無いが、元々、スライムとは然程強い生き物ではない。それに魔力を蓄えさせているのだから、元々、無理はさせていたのだ。

 ソルはそう考えて、ふ、と息を吐き出した。

「ま、死ぬ時はお前の魔力を回収できる望みがあるような形で死んでくれ」

「ふふ、了解した」

 小さなヴィアはふるん、と震えて、それから何事か、ぷるぷるぷる、と細かく震えた。恐らく、大きなヴィアにソルの要望を伝えたところなのだろう。

 ……それから少しすると、小さなヴィアは体内に泡をこぽこぽと浮かべて笑った。どうやら大きなヴィアからの返事が来たらしい。

「ソル。どうやら大きい私は君の条件を呑んだらしいぞ。なんとかして魔力は残す、人間の国の大地にはくれてやらない、と言っている」

「はあ、そうかよ。ったく……お前に貧乏くじを引かせてやるつもりでいたんだけどな、俺は」

 ソルは苦笑しながらヴィアをつついて……それから、ふと、尋ねる。

「大きいお前が死んでも、小さいお前はもうしばらく、残るんだろ?」

「まあ……当分はそのつもりでは居るがね。魂が不安定な以上、どうなるかは分からない。それに、どうせそう遠くなく、アレット嬢のところに居る私の様子は分からなくなるだろう」

 ヴィアは分裂してからしばらくの間は、片割れのことが何となく分かるらしい。視覚や聴覚の情報としてではなく、あくまで、思い、考えたことが伝わる程度らしいが。……だが、それも時間の経過と共に、消えていく。分かれたヴィアは、皆、元のヴィアとは異なる別の生き物へと変わっていくのだ。

「それに、魔力を十分に吸い出したら、恐らくその時、私は生きてはいまい」

 更に、小さなヴィアはそう言って、こぽ、と泡を踊らせる。

「あの姫君ですら、生き残るのが難しかったのだから」

 小さなヴィアの体内には、宝石が1つ、浮かんでいる。徐々に角が取れて丸くなった……ヴィアによって消化されている、『神の力の欠片』である。




 一方、大きなヴィアは、エクラと共に歩いていた。精霊の聖堂を出て、王都に向かって。

 エクラの手には、例の神官もどきの死体から奪った聖堂の鍵が握られている。これを王家との交渉材料にできるはず、とヴィアは踏んでいる。

 ……そして。

「ああ、ところでエクラ嬢」

「何?」

 エクラのそっけない反応を聞きつつ、ヴィアは、天気の話でもするかのように、軽い調子で言った。

「私が死んだら、恐らく一杯の水になることでしょう。その時は私を瓶に詰めて、王城に居るフローレンという女性に渡していただきたい」

「……え?」

 ヴィアの突然の願い出に、エクラは戸惑い、同時に少々迷惑そうな顔もした。その表情を見てヴィアは大いに笑いつつ、懐から瓶を取り出した。ジャムの空き瓶らしいそれは、人間達の荷物の中から適当に奪い取ったものである。

「少々嵩張りますが、どうかお許しいただきたい。まあ、貴女を導き、守ってきた分の褒賞ということで、お一つ頼まれて頂きたいのです」

 ヴィアの物言いに、エクラは何か、納得のいかないような顔をしていた。魔物の言うことをきく、という時点で抵抗感があるのだろう。だが、ヴィアはまるで気にせず、話を続ける。

「それから、エクラ嬢。貴女にも私の魔力をお分けした方がよろしいかと」

「え……魔、力?」

 更に、ヴィアがそう続ければ、エクラは明らかに怯え、たじろいだ。それもそのはず、人間達にとって、『魔力持ち』とは魔物とさして変わりがない、おぞましい存在なのだから。……だからこそ、愛しいメルラは殺されたのだから。

「ええ。魔力です。……中途半端な魔力ではありませんよ?少なくとも、人の目は騙せる程度の魔力をお持ちになって頂きたい」

 エクラがたじろぎ、一歩、後退った。ヴィアはそれを追うことはせず……ただ、一言、言う。

「そしてあなたは勇者となる」

 ……途端、エクラの目が、見開かれた。


「勇者に?私が?兄さんじゃ、なくて?」

「ええ。あなたも勇者になればいい」

 エクラの瞳にちらつくのは、恐れでもあり、希望でもある。……さながら、未知を目の前にした者の目であった。

「そして……しかと、民衆にあなたの姿を認めさせましょう。民衆が皆、貴女の存在を知ってしまえば……王家は貴女とレオ・スプランドール殿を処分することを躊躇うはずです。少なくとも、当分の間は、ね」

 ヴィアが身振り手振りをしながらそう言えば、エクラは少し考えて、それから、『ああ、成程』というかのようにそっと頷いた。

 ……レオ・スプランドールは、忘れ去られた頃に処刑される。民衆の希望を背負って働いた者を処刑するなど、王家としても外聞が悪いだろう。だからこそ、今、王家は新たなる勇者の誕生を以てして、レオ・スプランドールの存在を掻き消そうとしているのだ。

 だからこそ……レオ・スプランドールの存在を思い出させる者が居ればいい。レオ・スプランドールが居なくなったことに気づいた民衆が『王家は魔王を倒した功労者を処刑したらしい』と噂するようになれば、国が荒れることは間違いない。

 そして……荒れた国を更に荒らすにはぴったりの『フローレン』が、既に城の中へと潜り込んでいるのだ!


「兄上を救うためにも……そして、王家の暴虐を止めるためにも、どうか」

 ヴィアはそう言って、無垢な少女を混沌へと誘う。差し出した手は作りの良い手袋に包まれて、さながら人間の紳士の手にも見えたことだろう。……だが、その中身は人ならざる粘液の塊なのだ。

 だが。

「……分かった。兄さんを救うために……王家を止めるために、やる」

 エクラはヴィアの手を、握ってしまったのである。




「と、いうわけで勇者が3人になります!」

 その夜、小さなヴィアから報告を受けたアレットはあまりの報告に思わず言葉を失った。

「……勇者が」

「はい。勇者が」

「3、人……?」

「はい。親勇者派に属する勇者が増えて、3人になりますね。ああ、ご心配なく。戦力はそこまでにならないよう、調整しますので」

 アレットは『勇者が3人、勇者が3人……』と呟いて……そして、愕然とする。

「あの、ヴィア?その……ず、随分とややこしいこと、したね……?」

「はい!」

 ぷるるん、と妙に自慢げなヴィアを見ながら、アレットは表情を引き攣らせた。

 ……これから勇者を処刑してその魔力を奪おう、と考えていた矢先、勇者勢力に力を与えるべくヴィアが動くとは!

「まあ、このままいくと騎士団長達、王家側の圧勝でしょうからね。少々、テコ入れをしておきました」

「な、何のためにこんなことを……」

「人間の国が混沌の渦に堕ちるように、ですとも」

 ヴィアの言葉に、アレットは『まあそうだろうけれど』と頭を抱える。

 確かに、3人目の勇者……それも、レオ・スプランドールの妹が、勇者として現れたのならば。それは間違いなく、混乱を生む。勇者が一世代に一人きりと決まったわけではないが、それでも、3人は流石に、多すぎるだろう。

 そして何より、アシル・グロワールをわざわざ勇者として民衆に周知するのは、その印象が欲しいからだ。『レオ・スプランドールにとって代わる正義の象徴』が王家にあると、印象付けたかったからなのだ。

 だがそこに、3人目の勇者が現れたなら……王家の者達はさぞかし、困ることだろう。そしてついでに、アレットも少々、困ることになる。間違いなく。


「……そんなことしなくても、勇者を始末してからでよかったんじゃない?」

「おやおや。今、ここで動いておかねば王家の地位は盤石のものとなってしまいますよ?」

「それはそれで問題なかったと思うけれど……」

 アレットはむしろ、人間の国での王家の立場を、より強固なものにするつもりでいた。そうすることで、第二王子を操る利点が増す。そう、考えたのだが……。

「いいえ、いいえ!人間達を仲違いさせて争わせ、人間の国自体の力を削ることは極めて重要なことです!いずれ人間の国を亡ぼす際にも必要なことですし、そうでなくとも、力が無い国では混乱が生まれ、混乱に乗じて魔物が動きやすくなります!」

 ヴィアはそう主張する。ぷるぷるとしている体から発せられる割に強固な主張を聞いて、アレットは少々困り……。

 だが。

「……そうすれば、アレット嬢。あなたが魔物の国へ帰る機会も生まれるでしょう」

 そう、ヴィアが言うのを聞いて、アレットは息を呑んだ。




「私は最早、魔物の国へ帰れなくとも、よいのです。ですが……お嬢さん。貴女は必ずや、帰らねば。貴女を待っている者が居ます」

 ヴィアがそう言うのを聞いて、アレットははじめ、何も言えず……だが、そっとヴィアを掬い上げて、手の中のそれに、ようやく返事をする。

「……あなたのことだって、皆、待ってるよ」

「ははは。それは嬉しいことです。ですが、必要かどうかといえば、恐らく私は必ずしも必要ではない」

 そんなことはない、とアレットは主張しようとした。ヴィアのことはもうすっかり、仲間だと思っている。少々風変わりな生き物ではあるが、それもまた、愉快な奴だ、と。

 ……そうした、大切な存在なのだ。既に。

「お嬢さん。覚悟を決める時です」

 それでも続けられたヴィアの言葉に、アレットは悟る。

 ……また、別れの時がくるのだな、と。

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[一言] とりあえず…復讐が成功して良かったな、って…(ホロリ)
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