孤独は昔の話*3
「なんか変な匂いしますよね、さっきの箱!」
王都へ戻る道すがら、パクスは首を傾げてそう言った。
「鉄っぽいっていうか、岩山の匂いっていうか……少なくとも、金じゃありませんね!」
「そうだね。それに、ちょっと重心がおかしかった。本当に金貨だとしたらちょっと不思議な詰め方をしてることになるし……そうじゃなかったら、何か、不均一な形をしたものを詰めてるってことになる」
木箱に金貨がぎっしり詰まっているなら、この木箱は大きさの割に軽すぎる。無論、本当に金貨が入っているのなら絹張りの箱の中、クッションと一緒に収めてある方が自然だろうが……だとするとやはり、重心がおかしい。
「開けてみよっか」
「そうですね!俺も気になります!」
パクスの意見も聞いたところで、アレットは早速、荷馬車の後ろへ回って例の木箱を見る。
「……厳重だなー」
「厳重ですねー」
そして、アレットの後を追ってやってきたパクスと並んで例の木箱を見つめて、ため息を吐いた。
「見てくださいよ、先輩!この厳重さ!飾り紙が貼ってあるから開けたら破れてバレちゃいます!終いにはこの封蝋!飾り紙を丁寧に剥がしたって、封蝋はどうしようもないですよ!」
パクスが『もう駄目だ!』と天を仰ぐのを横目に、アレットは更なる検分を続ける。
……パクスの言う通り、蓋を開けたらそうと分かるよう、二重の封印が為されている。蓋の上面から側面にかけて張り付けてある飾り紙。そして、蓋の閉じ目に施された封蝋。
本来ならば、開封時には蓋の閉じ目にナイフを入れて飾り紙を切り、封蝋を砕き壊して蓋を開けるのだろう。……だが、そんなことをしてはアレットがこの箱を開けたとすぐ露見する。
……だが。
「よし、しょうがない。裏からいこう」
アレットはくるりと箱をひっくり返すと、箱の底面を調べ始めた。
「……底を外すんですか!?」
「うん」
箱の底板は、細い釘でしっかりと留めつけられていた。更に、継ぎ目は松脂か何かで埋めてある。が……封印の類は無い。
「い、いや、でも、この板、どう見ても釘がしっかり埋もれてて、外せそうにないですよ!?」
「うーん……そうだね」
アレットが開拓地と王都との間を運んでいた荷物であれば、太めの釘で適当に蓋を打ち付けただけのものが多かった。そういった類の蓋であれば、釘を抜いて蓋を外し、更に釘を打ち直して蓋を閉めることも容易であったが……。
箱の底と側面の継ぎ目も埋められているとなれば、ナイフの刃を入れてこじ開けるのも難しそうだ。
……となれば。
「底、割ろうか」
「え?ええええええ!?」
アレットは、箱の底板にナイフを突き立てて、底板を破壊しながら除去しにかかったのであった。
「え!?え!?先輩!?先輩、これ、どうするんですか!?」
「ねえ見て、パクス」
「先輩!俺、先輩の思い切りのいいところ、尊敬してます!でもこれどうするんですか!?」
「まあ、それは何とかするから。ほら」
慌てるパクスを宥めつつ示した箱の中身は……銃だ。
銃が、そこにあった。
柔らかな布に包まれて、銃が6丁。箱の中にしかと収めてあった。
「……銃ですねえ」
「うん。銃だね」
わー、と、2人揃って歓声なのかため息なのかよく分からない声を漏らしつつ、まじまじと、銃を観察する。
「成程なあ。銃が6丁入ってる箱が、全部で……6箱。ということは」
「全部で24丁ですね!」
「うん、36ね。……36、か。1人で相手取るのはちょっと嫌だな」
銃が36丁あるのだとすれば、銃を持った人間の兵士が36人になる、ということだ。アレット1人でなんとかするのは、少々厳しい。
そして……銃がこれだけだとは、到底思えない。
「ガーディウムの予想だと、公開処刑当日の人間の兵士の数、100は下らないだろうって」
「え、えええ!?そんなに来るんですか!?」
まあそうだろうなあ、とアレットは納得する。人間は恐らく、レリンキュア姫の公開処刑によって魔物の士気を折り、人間の気持ちを高揚させて、魔物の国の開発をいよいよ促進していくつもりなのだろう。そのためにはより多くの人間が魔物の国へやってくるはずであり、それに伴って……魔物の殺害は増えるだろう、と。
なら、兵士は100どころではなくより多く集まってくるかもしれないのだ。なら……。
「銃はこれだけじゃないってことだよね……」
「まあ、多分……」
既にどこかに銃が保管されているにせよ、これから運び込まれてくるにせよ、ここにある36丁の銃が人間の武装の全てではない。それは確かである。
「うーん……どうしようかな」
アレットは悩む。
ここで、36丁の銃をどうするか。それが目下の問題である。
「え?え?捨てるんじゃないんですか?」
「いや、この馬車が襲われて積み荷を奪われた、ってことにして銃を処分してもいいけど……そうしたら間違いなく、警戒されるしなあ」
アレット自身が警戒されるだけならまだしも、『銃を持った魔物が居るはずだ』と魔物全体を警戒されでもしたら、目も当てられない。動きにくくなるだけでなく、確実に犠牲が出る。
「ええー、じゃあ、この銃はそのまま人間に渡すってことですかぁ!?」
「そう、だね……うーん」
更にアレットは悩む。36丁の銃は確かに大きな戦力だ。ここで36、兵力を削ることができるのだと考えれば、そう悪い話でもないように思える。
少なくとも、当日、アレットが相手取る人間の兵士が36減るのであれば、それは大きい。アレットは混戦状態を攪乱して戦うのが得意だが、それでも、人数が多ければそれなりに苦戦する。ましてや、パクスやソル、ガーディウムは猶更だろう。
であるからして……アレットが目指すべきところは、ただ1つ。
「……うん。そうしよう。これ、人間にそのまま渡そう」
「えええええ!?」
驚くパクスを横目に、アレットはこれからのことを考える。
「……この後、銃がどこへ運ばれるのかを知らなきゃいけないから」
ここで36丁の銃を処分するのではなく……この銃がどこへ運ばれるかを観察して、そこを叩く。
その方がより大規模に、人間の兵力を削ることができるだろう。
それからアレットはある程度、銃を観察した。
……人間がこの銃を使っている場面には何度か遭遇したことがあるが、このように銃を間近で見るのは初めてだった。
「成程ね。弾は別で用意してあるみたい」
「えっ、弾って別で用意するものなんですか!」
「……別で用意するんじゃなかったらどうやって弾が出てくると思ってたの?」
「え、いやあ……銃が弾を産んでるのかな、って……」
そんなことはない。間違いなく。
アレットはパクスの『銃が弾を産んでる』なる説に大いに笑わせてもらいつつ、早速、銃の仕組みを調べ始めた。
「うーん……ここを引くと弾が出てくる、んだろうなあ。多分」
「ここを握って、ここに指をかけておくんですよね。確か」
アレットもパクスも、銃を持った人間がどのように動いていたかを思い出しつつ銃の仕組みを考えていく。
「一番大事なのは、どうやって弾を飛ばしてるか、なんだけれど……私達だったら、魔法を仕込んでおく、っていうことになりそうだけれどね。でも人間は魔法を使えないからなあ」
「ですよねえ」
人間は魔法を使えない。だからこそ人間は魔物を恐れるのだ。
「弾と同じように、弾を飛ばすための道具が別であるんですかねえ」
「そうかもね。うーん……変な匂いがするから、多分、そういうものを使ってるんだとは思うけれどね」
アレットは鼻を動かして、すん、と銃の匂いを嗅ぐ。
硫黄のような、それでいてまた少し違うものが混ざったような、そんな香りが漂っている。……戦場で嗅いだことのある香りだ。銃の匂いであることは間違いないが……。
結局、アレットとパクスはそこで銃の検分を終了せざるを得なかった。
何せ、見ても分からないのである。人間の道具は魔力を使わない分、アレット達には仕組みが分かりづらいのだ。魔法仕掛けの代物であれば、魔力を辿ってある程度の仕組みを把握することができるのだろうが……。
「うー、どうします?せめてこの穴に松脂詰めておきます?」
早速、どこからか松脂の塊を持ってきていたパクスを押し留めつつ、アレットはため息を吐く。
「……この銃は諦めよう。何事もなく、人間の手に渡す。下手に警戒されたら銃の保管場所まで辿り着けない」
今、銃身に松脂を詰めておいたり、銃の引き金に細工しておいたりすることはできる。だが、得策ではない。
これだけ厳重に運ばれているのだ。運び込まれた銃は入念に調べられるのだろうし、不良品があればそこではじかれる。そして、その『不良』の原因がアレットにあると疑われたなら、アレットが今後人間に紛れ込むことは難しくなる。
……それらの危険を冒してまで、今ここで動くには利が薄い。アレットはそう、判断した。
「だとすると、銃はどうするんですか?結局どこかでは銃を捨てるなり、細工するなりしなきゃいけませんよね?」
「細工するにしても、最終的に銃が集められる場所でやればいいと思う。その代わり、銃を分解する機会は失うと思うから、どういう仕組みなのかは別の方法で知るしかないけれど……」
「仕組み、って……どうやって調べるんですか?」
不思議そうに耳をぱたぱたさせるパクスに、アレットは満面の笑みを浮かべてみせる。
「銃のことは、銃を使う奴から聞けばいいと思わない?」
アレットは算段をつけていた。
銃の使い方を調べるにも、限度がある。だが……人間達は実際に銃を使っているのだ。
なら、銃の使い方を人間から聞き出せばいい!
アレットの人間らしい姿を存分に利用するのだ。人間に紛れ込み、人間に少々媚びてやってでも、情報を聞き出す。それくらいできなければ……何のために蝙蝠に生まれたのか分からない。
蝙蝠として生まれ、蔑まれてきたことに意味があったとするならば、王城や警備隊の仲間達と出会えたこと。そして……仲間達を救う手段となること。それだけなのだから。
そうしてアレットが大まかな方針を定めたところで。
「先輩、先輩。それはそれとして、この箱どうするんですか先輩」
パクスが、思い出したように箱を見つめていた。
……底板を破壊された箱は底板以外は綺麗なものである。だが、底板が無い。当然ながら、底板が無い。底板『だったもの』はたった今、アレットによって道端に放り捨てられているところである。
「うん?底板を別で用意してくっつけるよ。あ、パクス。その松脂捨てないで。使いたいから」
だが、アレットはまるで慌ても焦りもせず、荷馬車の下に潜り込み、ごそごそとやり始めた。そして荷馬車の床板の裏側の板を見て丁度良さそうな色合いのものを引き剥がして、ナイフで削り始める。
「……あの、先輩。まさかそれ、底板にするんですか?」
「うん」
アレットは器用にも、板を箱にぴったりの大きさに揃えた。厚みを整えるために石で少々研磨して、それを松脂と布とで更に磨いて艶を出す。そうして立派な板が出来上がったら、またも松脂を使って、そっと貼り付けていく。
……最後に釘を打って元通りにすれば完成だ。内側に布が敷かれた箱の底板など、わざわざまじまじと確認する人間はそうは居まい。また、多少観察される程度では分からない程、アレットは器用にやり遂げた。
「……あの、先輩、本当に器用ですねえ。すごい……すごい、釈然としない……箱がちゃんと箱になってる……なんで?」
「えへへ。工作は趣味みたいなものだから」
どんなもんだい、とばかりにアレットが胸を張ると、パクスは只々、すっかり直った銃の箱を見つめては首を捻るのだった。
「アレットです。ただいま戻りました!」
そうしてアレットとパクスは王都へと戻った。
「おお、お帰り!遅くまでご苦労さん!」
人間は笑顔でアレットを労い、早速、積み荷を降ろしていく。アレットが一度開けた銃の箱を降ろす際、少々アレットは緊張したが……人間は封蝋や飾り紙を確認しただけで、案の定、箱の底など気にしない。結局、箱の異変に気付くことはまるで無かった。
アレットはほっとしながら降ろした荷物を運ぶ。これはどこへ運ぶものか、人間達に聞きながら作業を進めていき……。
「ええと、この箱はどちらへ?」
アレットは銃の箱を手に、そう尋ねた。……すると。
「ああ、それはあっちだ」
人間は、王都の中心の方を示した。
「あそこに運ぶんだとよ。後でまとめてやるから、そっちに積んどいてくれ」
「……成程」
アレットが次に潜り込むべき場所が決まった。
王城……かつての魔王の居城である。