表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第四章:偽りの証明【Via quae numquam evanescit】
88/181

大地を離れて*3

「フローレン。入っていいか?」

 それから数時間後。ドアをノックする音を聞いて、アレットは笑顔で答える。

「はあい。どうぞ!」

 笑顔で答えながら……アレットは、ベッドの下から這い出して、自然な姿勢に戻っておく。

 ……ベッドに隠れる位置の壁には、たった今出来上がったばかりの抜け道がある。ひとまず、部屋に軟禁されても脱出は、できるようになった。アレットは満足してにこにこと微笑むのであった。




 その夜、アレットは他の兵士達と共に、城の裏庭で卓を囲んでいた。今宵は、王都第二騎士団の者達が集まる宴会である。屋外の卓に並べられた料理や、慎ましやかに、かつ大量に積まれた酒の樽を前に、兵士達は如何にもそわそわと楽し気にしていた。

「今回の遠征でも、皆、よくやってくれた!犠牲となった者も数多いが……その分、手に入れたものは、計り知れない。勇者『であった』レオ・スプランドールも化けの皮が剥がれ、いよいよ、この国を脅かす存在は消えつつある」

 騎士団長の挨拶に、兵士達は益々士気を高めている様子であった。何せ、第二王子でもある騎士団長が、自らの帰還のためのパーティーを辞退してまで、兵士達を労うための催しを開いたのだ。主君への忠誠はいよいよもって高まっているところであろう。

「この結果を得られたのも、皆のおかげだ。今宵はよく飲み、よく食べ、そして、よく楽しむように!明日からの休暇に備えて、ほどほどにな!」

 手短に挨拶を終えた騎士団長に応えて、兵士達は歓声を上げ、拍手を重ね、大いに盛り上がる。そのまま宴会へと突入した裏庭は、間違いなく、今宵最も賑やかな場所だろう。

 ……さて、そんな兵士達に混じって、アレットもまた、宴の中に居た。

 あまり酔う訳にもいかないので、酒のグラスを手渡されたものの、中身は空けずにそのままうろうろと、テーブルの周りをうろつく。騎士団の兵士達も『フローレン』のことは大いに好いているので、皆が次々に話しかけてくる。話し相手および時間を潰す名目には困らない。

「フローレン」

 だが、そんな兵士達が皆、一斉にささっと場所を空け始める。理由は単純、敬愛する主君がやって来たから、である。

「楽しんでいるか」

「はい。とても」

 アレットはにっこりと微笑んで返す。……騎士団長が騎士団の宴を優先したのは、『フローレン』の為であろうと想像が付く。騎士団の兵士達を労うため、という名目があればこのように『フローレン』を誘うことができるが、王侯貴族のパーティーではそうもいかない、ということなのだろう。

「ところで、騎士団長殿、よろしかったのですか?騎士団長殿の帰還を祝う宴が王城内で開かれる予定があった、と、少し聞いたのですが……」

 一応念のため、騎士団長の王城内での立ち位置の把握のためにも、アレットはそう、聞いてみる。すると、騎士団長は苦笑しつつ酒を飲みつつ、答える。

「ああ、構わん。どうせそこらの貴族を呼びつけて、また一週間後に盛大なパーティーが催されることだろうからな。……今は気心の知れた連中と共に休みたい」

 騎士団長の真意は伺い知れなかったが、ひとまず、他の貴族連中が集まるという一週間後のことはよい情報である。親勇者派と反勇者派の衝突が起こるとすれば、そこだろう。

「まあ、お前も不慣れな場所で疲れもあるだろう。いつでも抜け出して休むといい」

「お気遣いいただきありがとうございます」

 アレットとしては、ここらで城の使用人達と上手く打ち解けておきたいところである。直接貴族に気に入られるには利害の一致が無ければならないだろうが、使用人達については、共に働き、共に笑い、助けてやるだけで好感を得られる。よって、アレットは今宵の宴でも、使用人達を手伝う機会をうかがっているのだ。まだ、休むわけにはいかない。

「あー、それから、フローレン」

「はい」

 アレットがそんなことを考えていると、騎士団長が唐突に、話し始める。これは何かあるな、と予感したアレットは少々身構えつつ、騎士団長を見上げ……。

「その……反勇者派の貴族との会合が、明後日に行われる運びとなった。お前にはそこに、出席してもらいたい。裁判の前に、証言を確認しておきたいのだ」

 そんなことを言われたので、きょとん、としつつも、『了解いたしました』と返事をすることにする。

 ……どうやら、使用人達に取り入るのと同時に、他の貴族達に取り入る機会も得られそうである。




 宴がある程度お開きの気配を漂わせてきた頃、アレットは空いた食器やグラスを運んで、くるくると働いていた。

 更には、夜更け頃、食器を洗ったり拭いたり片付けたり、卓を拭いたり片付けたり、といった作業まで手伝っていれば、自然と使用人達はアレットに感謝の念を抱くようになる。

 本来、兵士達はこのような作業を手伝わない。兵士の仕事は戦うことであり、雑用ではない。また……騎士団に所属する兵士達の中には、貴族の子弟も多く居る。そんな中で雑用を望む者など、そう多く居るわけがないのである。

 であるからして、アレットの存在は、城の使用人達の間でも少々不思議がられた。

 城の使用人達はまだ、アレットがどのような立ち位置の人物かを把握していない。アレットからは『魔物の国で働いていた傭兵崩れの雑兵です』と恐縮しながら自己紹介をしたので、『とりあえず、貴族ではない』という認識で接されることになった。彼らもまさか、アレットが『第二王子のお気に入り』だなどとは思わないだろう。……早速、アレットの美貌に見惚れる者も、何人か、居たが。


 そうしてアレットが使用人達と共に、会場の片付けをしていたところ。

「アシル殿下!どうなさったのですか!?」

 使用人の声が聞こえて、アレットは顔を上げる。見てみればやはり、騎士団長が居た。どうせ『フローレン』が目的だろう、と踏んで、アレットは騎士団長の元へぱたぱたと駆け寄る。

「どうなさったのですか、騎士団長殿。こんな時間に、こんな所へ」

「そ、それはこちらの台詞なのだが……いや、お前はこういう奴であったな」

 アレットの心底不思議そうな顔に、騎士団長は苦笑しつつ曖昧に返し……そして、周囲の使用人達の畏怖と好奇の目を少々気にしつつ、やがて開き直ったように、アレットへこう、伝えてきた。

「いや、何。ドレスについて、相談するのを忘れていてな」


「……どれす」

「ああ、そうだ。反勇者派の同志とはいえ、貴族諸侯が相手だ。式典用の鎧、とも考えたが……騎士ではない者に第二騎士団の鎧を着せるのも申し訳ない。そもそも、お前の体躯に合う鎧が、無さそうでな……その点、ドレスならば衣裳部屋のものを仕立て直しても間に合うだろう」

 アレットが頭の中を疑問符でいっぱいにする中、騎士団長は少々困ったような顔でそんなアレットを見下ろし……それから、周囲の使用人達がざわめいているのを見て、気まずげにアレットから半歩、離れた。

「まあ、そういう訳で……明日の昼前、衣裳部屋へ付き合ってもらうことになる。よろしく頼むぞ」

「え、あ、はい……?」

 騎士団長がさっと去っていくのを見送って、アレットは……気づく。

 服を脱がされると、翼があるぞ、と。




「……ということなんだよ、ヴィア。どうしよう、どうしよう」

「ええ、ええ、お嬢さん、落ち着いて、落ち着いて!大丈夫ですから!私に良い考えがございますので!ああああ!揺すらないで!揺すらないで!」

 そうして部屋に戻ったアレットは、早速、ヴィアに相談をすることになる。ゆさゆさゆさ、と揺さぶられてプルプルプルプル震えることになったヴィアは悲鳴を上げていたが。

 やがてアレットが揺するのをやめると、ヴィアは少々よれよれ、としながら、アレットの手の上にもっちりとよじ登って、そこでぴょこん、と一跳ねした。

「ええと……お嬢さん。お嬢さんの翼の位置は、必ずしも服に隠れない位置ではありませんね?」

「まあ、うん……」

 アレットの翼、蝙蝠のそれは、背中にある。肩甲骨の下のあたりから生えていて、折り畳めば細い骨と薄い皮膜の翼はすっかり服に隠れるようになる。

「でしたら、翼が隠れる下着で行きましょう!ビスチェの類を予め身に着けておけば、それ以上脱がされてしまうことは無いはずです!」

「え、そんな下着、あるの?」

「ありますあります。人間の貴族の女性の間では一般的な形状です。その中でも、背中まであるものを選べば良いかと!」

 アレットは『ヴィアは物知りだなあ』と思いながら、成程、成程、と頷く。そういったものが有るなら、ひとまずは翼を隠し通すことができるだろう。……問題は、『やはり背中を確認させろ』と言われた時だが。

「それに何より、着替え中は侍女がやってくれるでしょうから、騎士団長自身がアレット嬢の下着姿を見ることは無いかと。そして侍女が貴女の翼を確認しようとすることも、無いはずです」

「結構な綱渡りだけれど、まあ、それで行くしかないね……」

 まさか騎士団長がアレットを着飾らせようとしてくるとは思わなかったが、仕方がない。貴族達の間で渡り合っていくにあたって、それらしい恰好をした方がいい、という点についてはアレットも賛成である。

『少々風変わりである』という印象は間違いなくアレットにとって有利に働くが、あまりにも風変わりすぎると人間達はアレットを排斥しにかかるだろう。あくまでも、アレットが魔物であるということを誤魔化すために必要な分だけ、『風変わり』であるべきであり、それ以外については人間達の生活様式に合わせていった方が無難だと考えられる。


 ……と、アレットが考えたところで。

「さて。では行って参ります」

「え?どこへ?」

 ヴィアがもそもそ、と動いて寝台から飛び降りたので、思わずアレットは聞き返す。……すると。

「え?下着を取りに、ですよ!ご安心ください、お嬢さん!適当に一着、見繕って参りますので!朝までには戻りますよ!では失敬!」

 妙に意気揚々と、壁の隙間から出ていくヴィアを、アレットは何とも言えない気持ちで見送るのだった。

 ……多分、女性用の下着、好きなんだろうなあ、などと思いつつ。




 そうして、翌朝。

 アレットが目を覚ますと、枕元にはヴィアがぷるぷると揺れながら眠っており、そして、その横には小さなヴィアの体躯には余る大きさの、女性用の下着らしいものが置いてあった。どうやら、ヴィアは言った通り、女性ものの下着をどこからか調達してきたらしい。

 アレットは早速、その下着にもそもそと着替え始める。体の前面で編み上げの紐を引き締め、なんとかそれらしく整えてみれば、きちんと背中が隠れるようになった。ヴィアは中々良いものを持ってきたらしい。アレットはヴィアに感謝しつつ、下着の上に普段通り、如何にも雑兵らしい簡素な服を身に着け始める。

 ……そうしていると。

「むむむ……」

 ヴィアが急に、ぴょこん、と跳ねる。どうやら目が覚めたらしい。おはよう、と挨拶をすべく、アレットが口を開きかけると……。

「どうやら大きい私が、勇者の出身地に到着したようですね!手紙を適当に集荷所にでも置いたら、いよいよ、自分自身の仇との決戦です!」

 ヴィアがうきうきと、明るい声を発してそう伝えてくる。

「おはよう。じゃあ、いよいよなんだね」

「ええ。そのようです。……私自ら仇に手を下せないのは惜しいことですが、大きい私がきっと上手くやってくれることでしょう。信じて待つことにしますよ」

 ぷるぷる、と武者震いのように震えて、ヴィアはそう、締めくくる。やがてヴィアの震えが収まると、ふう、と2人は一息ついて……こて、と首を傾げたり、もにょ、と体を捻ったりする。

「ところで、従者の拷問はどうでしょうね。もう始まっているとは思いますが……」

「後で騎士団長に聞いてみなきゃね。そっち次第では、また、勇者に聞かなきゃいけないことが増えるだろうし……」

 勇者が処刑される前に、やっておかなければならないことがいくつかある。そのうちの一つは、勇者しか知らない情報、勇者しか出したがらない情報を聞き出すことだ。

「……やっぱり、私が直接行こうかな」

「危険では?」

「まあ、大きいヴィアと普通に喋ってて、かつ協力関係になったんだったら、私が魔物だって分かっても大丈夫だと思うけれど」

 勇者にアレットの正体が分かって一番困るのは、勇者が他の人間達にアレットの正体を吹聴して回る、ということだ。その危険性がある以上、アレットが勇者の前に出るのは得策ではないが……今はとにかく、駒が足りない。騎士団長からの尋問の成果次第では、アレットが出ることになるだろう。


「……念のため、ドレスを着て着飾った状態で行きましょう。多少、変装の効果があるかと」

「えええ、でも、そのドレスで貴族相手に立ち回る必要があるんだよね?うっかり破損しないように気を付けないとなあ……」

 牢獄の勇者相手にそんなことになるとは思いたくないが、勇者が公に王家を裏切ると決めたなら、牢獄でも王城でも破壊して出てくることだろう。その時に戦闘になったら、大事な衣装を駄目にすることは間違いない。

「いえいえ、大丈夫ですよ、お嬢さん。ドレスの数着、駄目にしても」

 ……が、ヴィアは、さも当然、とばかりにそんなことを言う。

「あの騎士団長は間違いなく、貴女に大量のドレスを贈ってくるでしょうから!」

「いや、流石にそんなことは……」

 ……そんなことも、有り得る、かもしれない。

 アレットはそう考えつつ……部屋のドアがノックされたのに応え、ドアを開けに行くのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ウキウキでドレス選んでそうな騎士団長…… 寝取られ王子が平民の娘に入れ上げてるとか、割とマダム達の噂の的になりそうなのに、その辺ぶっちぎって突っ走りそうな騎士団長…… もうどうにも止ま…
[良い点] 油断した時にタイトルが復讐に戻った……! 復讐の復習だ! [一言] それはもう、どうかと思うくらいいっぱいくれると思いますよドレス、ええ 多分第二王子は臣籍降下しても一切惜しくないと思っ…
[一言] 下着泥棒… これはまごうことなく、悪いスライム! ぷるぷる。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ