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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第四章:偽りの証明【Via quae numquam evanescit】
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2人の勇者*8

 *


 フローレンを取り戻した。妙な魔物から妙な情報を手に入れたことはさて置き、以前より気にくわなかったレオ・スプランドールを追及する材料も手に入った。

 何もかもが上手くいっている。アシル・グロワールは隣に控えるフローレンを見て、また笑みを漏らす。

「騎士団長殿?どうかなさいましたか?」

「いや、なんでもない」

 フローレンが視線に気づいて首を傾げているが、それに笑って答えて、気を引き締める。……どうも、フローレンを取り戻せたことで気分が舞い上がっているらしい。その自覚は十分にある。

「さて、では、復帰して最初の仕事を頼めるか、フローレン」

「はい、何なりと!」

 自らを律しようと努めつつ、アシル・グロワールは、フローレンに『仕事』を頼むことにした。

「茶の準備を頼む。……レオ・スプランドールと話をつけてきた後に飲む茶が欲しい」

 ……今まで働き通しで来たのだから、このくらいの役得はあってもいいだろう、と、アシル・グロワールはまた、笑みを漏らすのだった。




 そうして、神殿の前では2人の勇者が相対することとなる。

 レオ・スプランドールと、アシル・グロワール。生まれも育ちも異なり、今の立場をしても随分と異なる両者は……今、互いの因縁を存分に感じながら、向かい合っていた。

 先程まで小さなスライムと戦っていたレオ・スプランドールは少々気が昂っているらしく、そして一方のアシル・グロワールはフローレンを取り戻したことによって多少浮かれつつも、精神は安定していた。

「レオ・スプランドール。いくつか聞きたいことがある」

 そしていよいよ、『もう1人の』勇者に引導を渡してやるつもりで、アシル・グロワールは悠々と言葉を発した。

「お前には国家転覆を謀った嫌疑がある。正直に答えてもらおうか」

 向かい合うレオ・スプランドールは表情を強張らせ、緊張に満ちた目でアシル・グロワールを睨み返した。




「国家転覆の嫌疑、ね……」

 アシル・グロワールが質問を重ねるより先に、レオ・スプランドールが言葉を発していた。

「つまり、用済みだから死ね、と?そういうことか」

 絞り出すような声でありながら、その声はよく通った。生まれも育ちも平民であるレオだが、やはり勇者は勇者。人の上に立つ素養はある、ということだろう。

「国の平和に尽力した功労者に、そういう罪を吹っかけて殺すのがお前らのやり方か」

「国の平和に尽力した者であっても、その後に国を滅ぼそうとするのであれば殺さねばならない、というのが我らの法だ」

 アシルも負けじと返して、両者はしばし、睨み合う。

 ……レオは大して頭が回らない。それはずっと感じてきたことだ。だが……それでも淀みなく言葉を発するところを見ると、これはレオの頭の中で何度も繰り返されたことなのだろう。

『自分達はお互いに、裏切られたと思っている』。アシルはそう感じながらも、確実にレオを追い詰めるために言葉を選ぶ。

「魔王になろうなどとしなければ、こうする必要も無かったが……」

 そうアシルが言った途端、レオの表情が疑問と不審に満ちる。それでもアシルは続けてやった。

「だが、レオ・スプランドール。お前は今、邪神の力に魅入られ、魔王になろうとしているではないか!これを国の脅威と言わずして、何と言う!」




 レオが愕然とし、周囲の兵士達がざわめく。

 周囲からは『邪神の力に魅入られたとは』『魔王?まさか……』といった声が漏れ聞こえ、レオを追い詰めていく。

「……魔王?何のことだ?」

 だが、レオが真っ先に言ったのは、只々混乱に満ちたその一言だった。

 これにアシルは、おや、と思う。言い逃れの為にしては、妙に実感に乏しい言葉だ。本当に戸惑っているかのような様子を見ても、やはり、違和感は拭えない。

 ……だが、容赦するつもりも無かった。

「お前を放っておけば、いずれこの魔物の国の頂点として君臨し、我らに仇為す敵となる。それにこちらが気づいていないとでも思っていたのか?」

 更に続けてそう言ってやれば、レオは『痛いところを突かれた』とばかり、表情を歪める。やはりな、と鼻で笑いながら、アシルは同時に安堵もし……そして、畳みかける。

「親勇者派の者が既に吐いたぞ。『レオ・スプランドールは確かに、魔物の国に新たな国を興そうとしている』とな!」

 証拠はある。親勇者派などと謳って堂々と反逆の意を露わにした愚か者は、本国で処罰を受けているはずだ。兄である第一王子も、父である国王も、容赦はしないだろう。

「裏切り者には、死あるのみ!さあ、申し開きがあるなら聞こうではないか!」

 そして今、アシル自身もまるで容赦なく、抜き放った剣をレオに真っ直ぐ向けているのである。


「裏切り者、か……」

 剣を突きつけられて尚、レオ・スプランドールは動じなかった。

 ……否、動じてはいるのだろう。だが、それ以上に思うことがあるように見えた。

「……お前らが先に、裏切ったんだろ。お前らが俺を殺そうとしてたのを、俺が知らないとでも?」

 震える声でそう言うレオは、勇者としての威厳にこそ欠けるものの……『被害者』としての強みを存分に持っていた。

「用済みの勇者を捨てるつもりでいた連中が正義を語るなんて、笑わせてくれるもんだ」

「用済みであろうとも、国で丁重に扱う用意はあったとも。それを反故にしたのはお前だぞ、レオ・スプランドール!」

「いいや、違うね!初めから……俺が魔王を倒す前から、こうすることは決めてたんだろうが!」

 アシルの反論に、レオが吠える。それこそ、ずっと、胸の内で繰り返し続けてきた言葉を吐き出すように、レオは淀むことなく言い募る。

「始めから、お前ら王家は勇者を始末しようとしてた。勇者が平民なのは、始末しやすいからだ。いざ、俺が素直に殺されないと分かったら、今度は王子様が勇者になって俺を殺しに来たって訳だ!」


 レオ・スプランドールの言葉に、アシルは一瞬、虚を突かれる。

『勇者が平民なのは、始末しやすいから』。そう、レオは言った。だが、それではまるで……人為的に勇者を、生み出しているようではないか。

 勇者とは神が選ぶ者である。神に選ばれ、力を得て、そうして初めて勇者になる。そんな常識に反することを、今、レオは言った。

 ……だが、そんなことを考えたアシルは、すぐさま思考を打ち切った。今ここで考えるべきことではない。今、アシルがここですべきことは、『古き勇者へ、新しい勇者からの』糾弾。自分こそが真の勇者、神の代弁者であると、周囲に印象付けることである。

「くだらん!」

 であるからこそ、アシルはそう、一喝した。

「神に選ばれておきながら、神の声より邪神に傾倒したお前に正義など無い!」

 そう。勇者とは、人ではなく神に選ばれし存在。であるからして尊重され、魔物とは別の存在であると保証されるのだ。

 神の威信は確実に、周囲の者へ響き渡った。今、神の声を代弁しているのは間違いなく、アシル・グロワールなのである。

「……お前には罪に問われてもらう。いいな?」

 レオ・スプランドールにそう問えば、レオは仄暗い笑みを浮かべた。

「牢に入れただけで俺を縛れるとでも思ったのか?俺は勇者だぞ?石壁だって鉄格子だって、いくらでも破れる。それに、もう失うものも無い」

 確かにそうだろうな、と、アシルは思う。失うものが何も無い勇者など、縛ることはできない。

「なら、死ぬか?」

 改めて剣を突き付けて、そう訊ねる。縛れないなら、殺すしかない。何もかも失ったという者であっても、命と名誉はまだ持っているのだ。死者に言葉は無い、と言うが、死んだ後のレオ・スプランドールについて、有ること無いこと囃し立てることもできるだろう。

 レオ・スプランドールはそこまで想像したらしく、顔を顰めてアシルを睨み上げる。それを鼻で笑って、アシルはふと、周囲を見回す。

 ……すると、戸惑う表情を見せながらも何か思索を巡らせているらしい、レオの従者の姿を見つけた。ヴィアというあのスライムも気にしていたが、やはり、あの従者がレオ・スプランドールを操っていると見て間違いないだろう。

「そこの者。来い」

 アシルは従者にそう命じる。従者は戸惑う様子を見せながら、確実に緊張しつつ、そっと、近づいてくる。無礼にならないぎりぎりの、おっかなびっくりの態度であった。だが、それも今のアシルには少々愉快なだけである。

 そんな従者の襟首を掴んで引き寄せると、アシルは周囲の兵士達によく見えるようにしながらその手に枷を嵌めて……言った。

「レオ・スプランドールが暴れたなら、この従者を殺すように」

「なっ……で、殿下!?」

 これに慌てたのは従者である。一方のレオ・スプランドールは『別に死んでもいいが』というような顔をしているが、従者本人はそういう訳にはいかないだろう。

「本当にレオ・スプランドールはもう、失うものが無いのか?違うだろう?」

 レオ本人ではなく従者にそう尋ねれば、レオは不可解そうな顔をし、そして従者は、只々愕然とする。

 ……『失うもの』がレオに無ければ、レオは間違いなく従者を見殺しにするだろう。ならば、従者の方から、レオの『失うもの』を……つまり、失いたくない名誉でも、金でも、恋人でも、何かを与えればよいのだ。

 与えられなかったならそれまで。そして、従者がもし本当にレオ・スプランドールを動かせたのなら……その時は、従者もレオもまとめて殺せばいい。アシルは残忍にも、そう考えていた。

「……ということで、お前は精々殺されないよう、レオ・スプランドールを躾けておけ」

 アシルは従者にそう囁くと、罪人達を兵士に任せ、自らは愛しのフローレンが待つ天幕へと戻っていくのであった。




 *




「ああ、騎士団長殿!お帰りなさい!」

 アレットは笑顔で騎士団長を迎え入れてやった。アレットが待っていた天幕は少々離れた位置にあるものだったが、アレットの耳には今までのやりとりが全て、しっかりと聞こえている。

「待たせたなフローレン」

「いいえ、丁度良かったです。さあ、お茶にしましょう!」

 アレットはにっこり笑うと、ほっこりと湯気を立てる茶のカップを騎士団長に手渡して……考える。

 ……後で、勇者に会いに行ってみよう、と。


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