騎士団長送り*3
「なっ……」
アレットの報告に、ソルとヴィアが驚く。
それもそのはず。勇者の動向だけは、何としてもまるで分からず……そのために、今後の出方を絞り切れずにいたのだ。そこで勇者の動向が分かったというのであれば、それは快挙に他ならない。
「いやはや、驚いた……一体、どうやって?何故、そんな情報が手に入ったのです?」
「何故かって?なんと、ね」
ヴィアの驚きと感嘆の質問を受け、アレットは一層笑みを深くし……言った。
「例の『無能な働き者』さんが、親勇者派に寝返っていたから!」
途端、ソルとベラトールはけらけらと笑い、ヴィアは『おお、なんたる無能!』と崩れ落ちた。パクスは『よく分からないけれどやっぱり先輩はすごい!』と尻尾をぶんぶん振るばかりであったが。
「まあ、どうやら、親勇者派の無能さんが、反勇者派の無能さんを仲間に引き入れちゃったみたいなんだよね」
「おお、おお、なんたること……無能同士は惹かれ合うというのだろうか……」
「類は友を呼ぶ、って奴じゃあないのかい……?」
……アレットもベラトールも、非常に驚いた。『誤配達された手紙』を読んで、反勇者派であるはずの人間が、親勇者派の人間の元へと走ったのだから。
そして夜、その人間2人が密会しているところを、夜闇に紛れて堂々と盗み聞きしたアレットとベラトールによって……状況が色々と、分かったのである。
「まず、勇者は南の町に戻る、らしいよ。それで、今まで東の方に行ってた、って言ってるらしい。『我々ではない者の家にこっそりと匿われていたのだろう』とか言ってたけれど、要は、そういう偽装を勇者がしてるってことだよね?」
「だろうな。勇者が一度、西へ飛んだことは間違いねえんだ。……西の神殿を探索した後、南へ戻って来た、ってことなら話は通る。人間の足なら、冬の西の山を下山して南へ戻るのに、半月くらいかかるだろうしな……となると、残りもう半月は西の方で何かしてた可能性が高いか」
とはいえ、西の方の町は悉く、アレット達によって滅ぼされた後である。……最も可能性の高そうなものは『研究』の調査だろうが、それも大方が燃えた後なので勇者にとって利益になるものが残っていたかは怪しい。だが……。
「もしかしたら西にまだ何か、残ってるのかもね。或いは、中央のあたり、とか?」
「王都に立ち寄ってたなら目撃情報があるだろうけれどな。ま、それを見越して、東から中央、そして南へ移動した、っていうことにしてるのかもしれねえが」
王都でまた何か、あったのだろうか。……場合によってはどこかで一度、様子を見に戻った方がいいかもしれない。
「ええと……それで、とりあえず勇者は、南に戻る、っていう連絡をしてきたんだって。それで親勇者派の上層部がまた動いているらしいよ」
「ってことはいよいよ、リュミエラが人質に取られた話が勇者に伝わるのか。やれやれ」
「そうだね。……それで、例の無能さんは騎士団長のところに盗みに入ることを決めてくれたらしいから、まあ、ひとまず騎士団長に処理してもらおう」
無能である上に裏切り者であるとは夢にも思わなかったが、まあ、それを処理できるのだからよかった、と思うしかない。度々盗みに入られる騎士団長は少々不憫だが、無能を処理できることは騎士団長にとっても嬉しいはずである。なので許せ、とは特に思わないが、なので頑張ってね、と思いつつ、アレットはここで話を区切ることにする。
「……と、まあ、そういうことを、全部、喋ってくれました。聞いてもいないのに。こっち、盗み聞きなのに」
アレットの報告が終わると、皆、呆れかえるしかない。それなりに賢い人間が居る一方で、愚かな人間もまた、居る。魔物も似たようなものだが、魔物の方がまだ、自分達全体のために動こうとする意思が強く根底にある分、マシであろう。人間は常に分裂したがるが故に、このようなことになるのだ。
「……人間って、夜には秘密をべらべら喋っちゃうんですか?」
「まあ……人間は夜にはあんまりものが見えないらしいから……」
「ええ……見えないってことと、見られてないってことは、また別じゃないですか……?あれ?俺が馬鹿だからよく分かってないだけですか……?」
うーん、うーん、と唸り出したパクスを宥めつつ、人間の気持ちが分からないでもないけれど、それにしたって不用心なのはそうだよなあ、とアレットは思い返す。
……部下を邸宅に置き去りにし、無能な貴族2人が夜の屋外で密会と洒落込んでいたあの様子は、今思い返しても滑稽であった。
「隊長……そういう人間って当たり前に居るもんなんですか?」
「いや、どう、だろうな……おい、ヴィア、どうなんだ」
「う、うむ……居ないわけではないが、当たり前には、居ない、と、思いたいがね……うむ」
皆が何とも言えない気持ちになりつつ、報告は終了、となった。
……ここに居る者達は皆、仲間のありがたさを良く知る者達である。だが……同時に、仲間が足を引っ張ってくれることもあるのだなあ、と知り……そして、今の自分の仲間達が皆、足を引っ張るような者ではなかったことを、存分にありがたく思うのであった。
「さて。じゃ、いよいよ俺達の次の目的地を決めなきゃならねえな」
そんな折、ソルがそう、切り出す。
「南の神殿に勇者が神の力を返すかどうか、分からねえが……そっちに行って勇者と鉢合わせるよりは、次の神殿を目指した方がいいんじゃねえかと思う。騎士団長が先に動くかもしれねえしな」
こちらが勇者を処理するより先に、騎士団長が勇者を処理してくれればとても都合がいい。その為に親勇者派の勢力を削り、反勇者派の無能を消して能力の底上げを図ったのだ。動いてもらわねば、困る。
……だが。
「その場合の問題は……次の神殿がどこか、分からねえってことだ」
勇者を避けて動いたところで、根本的な問題に行き当たることになる。
……そう。東西南北の神殿を巡ってしまった今、『最後の神殿』の位置が分からないまま、次の目的地を一行は見失っているのである。
「姫様の言葉だと、神殿は東西南北と、あとどこかにある、っていう話だったよね」
以前聞いた内容を思い出しながら、アレットは宙を指でかき混ぜるようにしつつ、話す。
「東西南北とそれ以外、ってなったら、中央、かなあ、って思うけれど……王都にそれらしい場所、あった?」
「どうだろうな……少なくとも俺は知らねえ。それに、神殿みたいなもんがあるなら、その気配に気づいていただろうしな」
「ああー、そっかあ……気配を消す魔法が使われてるか、そもそも存在しない、か……」
気配を隠す魔法の類が使われていたとしたら、納得できる。西の神殿ではそうだったのだから。
だが、結局のところ、神殿があるのか無いのかは分からない。それを覚悟の上で王都へ戻る、ということも、考えるべきなのだろうが……。
「危険じゃあないのかい。南の方にまで、王都が酷いことになってるって噂は流れてきてたけどね」
ベラトールの言葉に、ソルとアレットとパクス……王都で実際に戦った面々は、『その通り』というような顔をすることになる。
「だよねえ……人間達は間違いなく、警戒してるだろうし、武装もしっかりされていそうだし……」
「何より、人質が居るだろうな。皆殺しには、なってねえだろう。人間だって魔物に制裁を加えようとするのと同時に、人質を確保しておきてえ考えだったろうしな」
……王都は、捨ててきた。いずれ取り戻そうと思いはするが、それを今、実現できる自信は無い。
「現実的に考えて……どうだ?俺達もそれなりには、強くなったが……」
「ううーん……火の魔法を外に出せるようにはなったけれど、私はそのくらいだからなあ」
「俺も強くなりましたけれど、王都に残っているかもしれない魔物達皆を救う自信はないです……」
「……人質のことを考えなくても、難しいかもな。流石に俺も、銃で武装した人間数百人単位を相手にしたいとは思わねえ」
また面々が唸ると、それを気づかわし気に見ていたベラトールが、そっと、申し出る。
「……北の神殿、ってのは、どんな具合だったんだい?」
……そして、一行は皆、顔を見合わせて……首を傾げることになる。
「実は、誰も北の神殿を知らないんだよね」
「……ということで、姫とガーディウムは行ったことがあったけれど、私達の内の誰も、北の神殿には行ったことが無いんだ」
アレットがベラトールに一通り説明すると、ベラトールは『成程ね』と頷き……渋い顔で、言う。
「なら、北の神殿をもう一度探してみる、ってのはどうだい。何か手掛かりくらいはあるかもしれない」
「まあ……可能性は、ある、が……いやー、でもどうだ?そんなもんがあれば、姫様が気づいておられるんじゃねえかと、俺は思うが」
時間は惜しい。だが、情報が無い。そして戦力はどうしても、不足している。
……現状、手詰まりなのだ。
こうしている間にも、人間達はどんどん動いている。勇者が廃されるか、はたまた、勇者が魔物の国に自らの『王国』を築き上げるか。……前者であれば多少動きやすくなるだろうが、現状、楽観はできない。
「あああー、でも、急がなきゃ!急がなきゃ、勇者がまた、神殿を見つけて神様の力を盗むかもしれませんよ!」
「そうなんだよなあ……勇者が神の力を持っていく理由も分からねえ。そもそも、本当に勇者が神の力を持ち去ったのかも、分からねえ」
「その辺りを騎士団長が知っていればありがたかったんだけどね……」
流石になんでもかんでも騎士団長が知っている、というのは無理がある。アレットはそっとため息を吐き……そして。
「……騎士団長は、知らない、けれど……」
ふと、思い当たって、アレットは顔を上げた。
「……勇者が、知ってるかもしれない」
「最後の神殿の位置。勇者が、知ってるかもしれない。だって勇者は、神の力を狙っているのかもしれないから」
アレットの言葉を聞いて、皆が静まり返る。
……皆、その可能性を考えないでもなかった。勇者が何を知っているのか、そろそろ知る必要があるとも、思っていた。
だが、あまりにも危険だと、皆が思っている。
「……ってことは、南へ戻ることになるか?だが……勇者と会うことに、なるぞ」
「リュミエラを盾にして1度くらいはやりすごせるかもしれない」
「確実じゃあ、ねえだろうが」
ソルとしては、勇者と会いたくない。……勇者と会えばほぼ間違いなく、無為に犠牲が出るだろうと予想が立つ。既に存在しない人質を盾にやり過ごすことができたとしても……そのまま逃げ切れるとは、思えない。
「……それに、もしリュミエラの方は逃げを打てたとしても、アレット。お前はどうするんだ。お前も人質だろうが」
そしてソルがそう、なんとも渋い顔で問うのを聞いて、アレットは、努めて平然と、返す。
「まあ……人間の国に行ってもいいかな、と思ってるよ」
「……本気か?」
ソルの言葉に、アレットは頷く。
「もし勇者が神の力を自分のものにしてしまっているのなら、勇者を食べることでしか、私達の神の力は回収できない。なら……勇者を殺すことを第一に考えてもいいと思うし、そのために今、一番効率がいいのは、人間の国のやり方で、勇者を裁いて殺すことだと思う。違う?」
違わないだろう。間違いなく、これが唯一の……唯一でなかったとしても、最も効率的、そして現実的な案だ。間違いなく。
「その為にお前を見殺しにしろって?」
「あはは。上手くやるよ。死ぬにしても、無駄死にはしない」
ソルの、納得できていないような、納得しないようにしているような、そんな顔を真っ直ぐ見て、アレットは更に言葉を重ねる。
「それに、この役ができるのは、私しかいない」
自分が蝙蝠である意味を、アレットは強く、感じている。
鴉には鴉の、蝙蝠には蝙蝠の戦い方がある。自らに与えられた役割を全うしたいと強く思う。様々な魔物達が共に生きる魔物の国で、蝙蝠として生まれた以上は。
「……アレット嬢に、それほどの覚悟がおありなら、私からも提案がある」
ソルが何も言わず考え込む中、すっ、とヴィアが挙手した。そして。
「勇者との交渉は、私に任せて頂きたい」
いよいよ折れざるを得なくなったか、とソルの瞳に諦めの色が浮かんだ。