騎士団長送り*1
それからもヴィアの欠片達からの報告は続いた。今、集落に居る者の中にはヴィアが知る者が数多い。
反勇者派の、優秀ながら冷遇されている貴族出身の女性騎士。親勇者派の、この集落を取りまとめている切れ者の男。実家から勘当同然に追い出された、反勇者派貴族の次男坊。夢見てばかりで現実を見ていない、親勇者派貴族の令嬢。……そんな者達が集落に居る様子が、ヴィアの欠片達からはよく伝えられた。
更に、現在の親勇者、反勇者勢力それぞれの状況はやはり親勇者派に傾いているということや、集落はすっかり発展を遂げ、今や1つの町と化していること、そして現在の勇者の情報までもを、ヴィアの欠片達は報告してきたのである。
「成程……そっか。親勇者派の奴らが多ければ、騎士団長よりよっぽど勇者の情報が入ってくるのかあ……」
意外な気持ちで、アレット達はヴィアの報告を聞く。
勇者の情報は、アレット達にとって非常に貴重なものである。勇者と出くわしてはアレット達に勝ち目はほぼ無く、それでいて、いつかは必ず殺すべき相手。
……そんな勇者の動向は、是非とも知りたいところであった。
「勇者は南の神殿へ行く前には既に、『現王家への裏切り』を決めていたとのことです。そして、勇者を中心に新たな王国を作るのだ、と」
裏切り。
そう聞いて、やはり、という気持ちが強い。勇者は今、人間の国ではあまり立場が良くないようである。公爵家の娘を王子から奪い取り、王家との対立を深め、いよいよ、王家は勇者を邪魔者として認識しており……。
……そんな中であるので、当然、勇者は人間の国の王を裏切るつもりでいるのだろうなあ、と、魔物達は感じていた。そうでなければおかしい、とも。
「……もしかして、魔物の国へ侵攻してきたのは、その『王国』とやらを作る為か?」
ソルがふと、そう尋ねる。そもそも3年前より更に前、勇者が兵を率いて、魔物の国に攻め入ってきたあの時。あの時から既に、おかしかった。
人間は長らく、魔物の国を『存在しないもの』として無視し続けてきた。魔物達も特段、人間達と交流を持とうとするわけでもなく、ましてや人間を襲うことなど無く……唯一、魔物の国へ土足で踏み入り、魔物達を踏み躙ろうとした人間だけが、無残な躯となり果てた。
そう。長らく、そうだったのだ。人間達が突如として魔物の国へ攻め入ってくるまで、魔物と人間は一切関わらずに生きていたのだ。それがどうしたことか……何の宣言も通達も無く、人間達は魔物を殺しにやってきた。
その理由は、資源の不足もしくは純粋な土地の不足だろう、と、魔物達は考えていた。だが、もしかすると……。
「いえ。人間達が魔物の国へ攻め入った理由は、やはり土地と資源の不足を解消するためだったようです」
「なーんだ、そうかよ」
ソルはアテが外れて、脱力する。へにょ、と萎れる翼が何とも珍しい。アレットはそんなソルを見て『パクスの耳みたい……』と思った。思うだけで言わなかったが。
「じゃあ、勇者が侵攻してきたのは、やっぱり資源と土地のため……今の人間の国のため、なのかな」
「そうですね。しかし……それはあくまで、国王の命令。実際に動いていた勇者がその時から既に自らの『王国』のために動いていたという可能性は、否定できませんね」
ヴィアの返事を聞いて、そうかあ、とアレットは考え込む。
……実際のところ、勇者が何を考えて動いていたのかは分からない。騎士団長曰く、『世間知らずの愚か者』であるように見えた、ということだったが……その言葉を信じるならばやはり、魔物の国への侵略は、その時はまだ、国王のためだった、ということなのかもしれない。
「ただ、『元人間』の立場から言わせていただきますと……当時から、勇者を焚きつけて今の王家を転覆させよう、と画策する愚か者は大勢いましたよ」
「うわあ」
アレット達がそれぞれ納得しかけたところにヴィアがそんなことを言うものだから、皆、げんなりとするしかない。どうにも、人間というものは仲間割れが好きなようだ。
「まあ、こんなところでこの話は置いておくとして……最近の話をしましょう。姫君の、公開処刑の時の話を」
だが、まだ話は終わらない。そう。勇者は2度目の侵攻を進めているところなのだから。
「3年前はどうだったか知りませんが、今の勇者は間違いなく、自らの『王国』を作るために動いています。そしてそのために……人心を集める必要があった、ということです」
ヴィアの話に、皆は頷く。
国とは、王と土地があれば成り立つものではない。そこに民が大勢住まい、秩序立たせ、そして皆が同じ希望に向かって進む。……そうして国は、出来上がる。レリンキュア姫がこの場に居たなら、何か持論の1つや2つを述べてくれたことだろう。そう、例えば……『国とは、形のあるものでもあるまい。強いて言うならば、命……もしくは、意思の集合、とでも言うべきか』とでも。
「国を裏切り、勇者が創る新たな国へと移り住む民が必要、となれば……最も簡単なのは、魔物の国に住んでいる人間達を懐柔することでしょう」
「まあ、既に住んでる土地な訳だしね。人間の国から移り住めって言うよりは、敷居が低いってことかい」
「ええ。そして何より、魔物の国へ行く人間というものは、大抵、何かしらかの理由がある者ばかりですので」
一行の中では、アレットが特に、ヴィアの言葉を理解できた。そう。魔物の国へ来る人間は、大抵、何か訳ありなのだ。
例えば、刑期の短縮と引き換えに魔物の国で働かされる元囚人達や、身よりもなく金もなく、仕方なく魔物の国で戦う傭兵達。人間の国での利権争いに負けて左遷された兵士や研究者……。思い出せばキリがない。かく言うアレットもまた、『訳ありの傭兵』という設定で人間達の中に溶け込んでいた程なのだから。
「今、魔物の国に住んでいる人間達は、魔物を憎みながらも人間の国に多少の恨みがある。そういった者達であり……そういった者達を一気に引き寄せることができれば、勇者の王国もまた、そう遠い夢ではないのでしょう」
ヴィアがそう言って、ずず、と茶を飲む。茶はヴィアの頭部へと受け入れられていき、じわり、と粘液の中に混じったかと思えばやがて、溶けて透明になっていく。
「……で、それが姫様の公開処刑と何の関係があるってんだい?」
一通り、ヴィアの頭部が茶色では無くなってきたところで、ベラトールが尋ねる。ヴィアはこれに『おや、退屈させてしまいましたか』と少々慌てたが、ベラトールは別に飽きても怒ってもいない様子であった。ぶっきらぼうな物言いがベラトールの常なのである。
「そうですね。これ以上勿体ぶるのも品が無い、ということで……では、お話ししましょう」
ヴィアは茶のカップを横に置いて、咳ばらいをするような仕草をすると……今度は至極あっさりと、言った。
「姫君の公開処刑は、勇者の策略だったのですよ。姫君をある程度逃がし、魔物達に反乱を起こさせる。そしてそれを鎮圧することで、人心を集める。……これが勇者の狙いだったのだとか」
半ば信じられない気持ちで、一行はヴィアの言葉を反芻していた。
「……人間が山ほど死んだんだぞ」
「そうですね」
「それが、策略だった、って?人間の?」
人間を憎み、殺す側であるソルですら、信じがたい気持ちで居た。
……確かに、勇者の到着にはおかしな点がいくつもあった。
何故、勇者が突如としてやって来たのか。
魔物の姫の公開処刑を見物しに来たというのならばもっと早く来るべきであったし、魔物の反乱を聞きつけてやって来たというのならばもっと遅い到着になるはずだっただろう。
……絶妙な遅れ。多くの人間が死に、多くの魔物が死んだ、その時を見計らうようにしてやってくるなど、あまりにも不自然だった。『勇者』にあるまじき行動であった。
だが……勇者は狙って、あの時にやってきたのだ。
多くの人間が死に、多くの魔物が死んだあの時を見計らって、勇者はやって来たのだ。全ては、仕組まれたことであった。
「人が死ぬならそれすらも好都合、ということかと。死者が多い程、事件は悲惨なものとして語り継がれる。そして……その悲惨な状況を救った勇者は、強く強く、人心を集める、と。そういう筋書きなら納得がいくのでは?」
ヴィアが半ば吐き捨てるようにしてそう言えば、ソルはやるせない面持ちで地面に視線を落とし、パクスはただ理解に苦しみ戸惑い、ベラトールは苦虫を噛み潰したような顔で黙りこくる。
「……そこまでして、新しい国を作りたいのかな」
そしてアレットは、理解しようと、努力していた。
「勇者にとって、新しい、自分の『王国』には、それだけの価値が、ある、っていうことなのかな」
民のために国を作るのではなく、国を作るために民を集める。その為に民を死なせる。……その気持ちは、アレットには分かるようでいて、分からない。『人間ってそういう風に考えることもあるよね』と思いつつも、自分の中には見いだせないその思考を、なんとか、噛み砕いて自分のものにしようと試みる。
「……正直なところ、過去に人間であった私としても、理解に苦しみますよ」
だが、ヴィアにそう言われてしまえば、アレットも思考を放り投げるしかない。魔物同士であっても、理解できないことはある。人間同士もまた、そうなのだろう。ならば、魔物が人間の思考をなんとか理解しようと足掻くのも、烏滸がましいのかもしれない。
「まあ……ああまでしたからには、それだけの価値を見出している、のでしょう。そして……ああまでしたからには、最早準備は大方整っている、と見た方が良いでしょうね」
やがて、ヴィアは再び茶のカップを手に取って話し始めた。人間の思考を理解することはできなくとも、知っておく必要はあるのだから。
「そう、人心を集めたい、というのならば、逆に言ってしまえば、人心以外の準備は着々と整っている、ということなのでしょうね。金は支援する人間が大勢いそうです。能力と威信は勇者の肩書で十分でしょう。血統は……公爵家の娘を娶れば、大方解決する」
「えっ!?解決しないじゃん!もうそいつ死んだじゃん!……死にましたよね!?俺達、食いましたよね!?」
「そういうこった。勇者の策略の1つはもう俺達の腹の中、だ」
愕然としつつも嬉しそうに尻尾を揺らすパクスに、ソルがにやりと笑う。勇者の策略の1つを潰してしまえたというのであれば、これは中々に面白い。
「その通り!……しかし、勇者はまだこれを知らないわけです。騎士団長からの連絡があれば、リュミエラが『攫われた』というところまでは知るでしょうが……それ以上の正確な情報など、何も手に入らないはず。ひとまずは南の神殿へ向かうしかないでしょう」
だが、勇者は未だ、自分の計画がどこでどうなっているのか、その全貌は知らないに違いない。騎士団長からの連絡が行っているならば、そろそろ、南の神殿へ向かう頃だろうか。
「成程ね。勇者が何も知らずにぽけーっ、としていない限りは、勇者が居ない隙にここで工作できるっていうことだよね」
幸い、前回の神殿でのごたごたによって、勇者の次の行動の指針をある程度、こちらから決めさせることができた。
リュミエラを救う気がある、もしくは、騎士団長の要請に従う意思があるのなら、勇者は南の神殿へ行かざるを得ない。
そして、リュミエラを死なせる覚悟を決めたとしたら、その時はいよいよ人間同士の対立を決定的なものとするだろう。
「あのー、先輩。逆に、その、『勇者が何も知らずにぽけーっ』だったらどうするんですか?」
「その時は『正しい』情報を改めて流してやればよいのです。『南の神殿にリュミエラが捕らえられていますよ』とでも」
「成程なあ。で、逆に勇者がリュミエラを見殺しにする覚悟でこっちに来たとしても、『勇者は他人から奪った婚約者を捨てたぞ!』とでも言ってやりゃいいのか」
「ええ、ええ!その手の醜聞は人間の好むところですからね!どう転んでも、確実に勇者および親勇者派の評判を落とし、立場を悪くすることができます!」
万一、勇者と出くわしてしまったとしても、こちらには架空の人質が居る。交渉次第では、なんとか切り抜けることもできるかもしれない。……これは大きな利であった。
「そして勇者が居ない間に、無能な働き者共に頑張ってもらいましょう!」
さて、いよいよヴィアは楽し気に頭部の泡を震わせる。
「あのー、先輩」
そこでパクスが、まるで物怖じすることなく挙手した。
「これから何するのか、俺、さっぱり分かってません!」
そして堂々と発された言葉に、アレットはにっこりと笑いつつ……ヴィアの方を向いた。
「……具体的なところは私も分かってないんだけれど、どうするの?」
ヴィアはアレットの質問に居住まいを正し、しゃんとして答えた。
「手紙の誤配達を偽装します。そして、奴らに情報を与え、動かすのです」
「情報?具体的には?」
「そうですね。ひとまず、騎士団長に返り討ちにしてもらえるように奴らを扇動しましょう」
さらり、とそう言ってヴィアはごぽごぽと気泡を踊らせた。
「こう、適当に煽って騎士団長のところに盗みに入らせるとか。命を狙わせるとか。如何ですか?」
「わあ、騎士団長、大変だなあ……」
きっと『フローレン』を案じて情熱を滾らせているであろう騎士団長ならば、親勇者派の邪魔程度、簡単に切り払ってくれることだろう。
……再会したなら、その時には何かお茶をご馳走して労わってあげなきゃなあ、などと心の内で思いつつ、アレットはこれから忙しくなるであろう騎士団長に、がんばれ、と届かない声援をそっと送るのだった。