東の神殿にて*2
それから再び、一行は神殿内を探索した。
ソルは一度、神殿の出入り口近辺を調べに戻り、ヴィアは祭壇を調べ、ベラトールは新たに生まれた通路の出入り口近辺を見て、パクスはまた壁のタイル1枚1枚をまじまじと見つめる。
……そして、アレットは。
「あ、先輩……先輩っ!?先輩、何してるんですか!?」
「え、何って、調べてる……うわ、危ない」
アレットは、元々見えていた罠の通路を、調べていた。パクスとのやりとりの最中にもアレットの頭上を掠めるように矢が飛び出してくるので、アレットは慌てて首を竦めた。小柄なアレットでなければ、眉間や頭頂部に矢が当たっていたかもしれない。
「危険ですよお、先輩!」
「うん……だからこそ、調べなきゃいけないと思って」
「なら俺が調べますからあ!先輩は戻ってきて!早く!早く!」
アレットは、今すぐ自分に作用しそうな罠だけなら見破ることができる。無論、見破った分だけで罠が全てだという保証は無いので、少々危険であることには変わりないが。
……だが、可愛い後輩があまりに心配するので、アレットは一度、戻ることにした。パクスに罠の通路の探索を譲る気は全く無いが。何せ、パクスは罠の気配にあまり敏感ではないので。
「あの罠をどうにかするために色々調べてるのに、罠がある所に入っちゃ駄目じゃないですか!俺、馬鹿ですけどそれは分かりますよ!」
一度戻って来たアレットは、パクスにばうばうと吠えられつつ、ごめんごめん、とパクスの頭を撫でてやった。何も言わずに行った自分も悪かったな、と思いつつ。
「危険に飛び込むなら俺にやらせてください!先輩は駄目ですよ!それも俺は馬鹿ですけど分かってるつもりです!」
「うん……ちなみに私は、パクスにこそ任せられないな、って思ってるけれど……」
恐らく、この中で最も罠の気配に疎いのはパクスである。パクスは鼻が利くが、頭が回る方ではない。『設計者であったならどのように罠を置くか』というように考え、罠の位置に見当をつけることなど、パクスにはできないだろう。そうでなくとも、猪突猛進を得意とするパクスには、罠の通路の探索は不向きだ。
だが、アレットの身に危険があってはいけない、とするパクスの考えもまた、理解できるのだ。
……なので。
「ちょっと外に出て、長い棒、取ってくるね」
アレットは、一旦、神殿の外に出ることにした。
「よし」
そしてアレットは、枯れ木の枝を一振り、持ってきた。アレットの身長を超す長さの棒である。振り回せばそれなりの武器にできるだろう。
「……先輩にはその棒、長すぎませんか?」
……だが、如何せん、アレットは小柄である。力は然程弱くなくとも、小柄な軽い体躯に長い棒は少々不釣り合いで、取り回しが難しい。
「貸してください、先輩。俺が持ちますよ。こういうのこそ俺向きの仕事です!」
それを見越したパクスが、ひょい、とアレットから棒を取り上げる。パクスの手に収まった途端、棒はそれなりに収まりよく見えるようになる。持って生まれた体躯は仕方がないものの、アレットは何となく、何とも言えない複雑な気持ちになってパクスを見た。パクスは『どうしたんですか?』とばかり、きょとんとしていたが。
「で、これ、どうするんですか?」
「ええとね、さっき、矢が飛び出してきたあたりでふりふりやってほしいんだ。そうしたら矢が出てくると思うから」
「えっ?矢を出すんですか?まあ、木の枝に向けて飛び出しても、危なくはないと思いますけど……」
アレットがパクスに指示を出すと、パクスは首を尻尾を傾けて疑問を呈する。
「ええとね、矢を観察したいんだ。何か、情報があるかもしれないし」
壁から突き出す槍や剣と違って、矢は飛んでそれきり、のはずである。先ほどアレットに向けて飛んだ矢は、反対側の壁のスリットに吸い込まれてそのまま消えてしまったが……もし『当たって』いたならば、その矢は通路の中もしくはアレットの体に取り残されていたはずなのである。
「私も何か手伝うかい?」
そこへベラトールもやってくる。ありがたい申し出にアレットはにっこり笑う。パクスと自分だけでは確実さに欠ける、と丁度思っていたところだったのだ。
「うーん……まずは、うっかり矢がとんでもない方に飛んで来たら、避けてほしい」
「成程ね。他は?」
「飛んできた矢を、観察したいんだけれど……パクスが木の枝で弾いた後、その矢を捕まえるのは難しいかな。どうだろう」
「それはあんたも得意そうだけどね。ま、分かった。私がいけそうなら私が取ろうじゃないか」
ベラトールの協力も取り付けたところで、アレットは早速、パクスに指示を出す。
「さあ、パクス!棒を振って!」
「はい!ふりふり!ふりふり!」
そして勢いよく盛大に……ふりふり、というよりは、ぶんぶん、というように振り回された棒は、罠の通路の入り口付近の床や壁にぶつかり……そして。
ジャキン、と槍が床から突き出し、ジャラリ、と天井から鎖分銅が落ちてきて……そして、勢いよく、壁から矢が発射されたのである。
「パクス!叩き落として!」
「ええええー!?あんな速いのを!?」
パクスは戸惑ったようにぶんぶんと棒を振り回していたが、その間にも槍や鎖分銅が再度の作動を初めてジャキジャキジャラジャラと煩く鳴り、そして、矢は相変わらず壁から射出され続け……。
「よし、そこだ!」
ベラトールが鋭く叫びつつ投げた石材の欠片が、飛び出した矢に丁度ぶつかり、矢の軌道を変えた。
「よし、よし……ま、こんなもんかい」
少々得意げなベラトールがにんまりするのと、軌道が変わって床に落ちた矢とを見比べて、アレットはひゅう、と口笛を吹き、パクスは『すげえ!今のすげえ!なんかよく分かんなかったけどすげえ!』と盛大に拍手し始めるのだった。
それから、木の棒を使って落ちた矢をずりずりと引きずって動かし、なんとか、アレット達は矢を回収するに至った。
「矢ですね!」
「うん。矢だね。……でもやっぱり、ただの矢じゃないみたい」
拾い上げた矢を見て、アレットはにっこり微笑む。
「矢羽根に何かあるね」
ベラトールが覗き込んで、へえ、と声を漏らす。……ベラトールの言う通り、矢羽根の部分には何か、模様があった。
「あっ!これ、さっきの模様ですよ!ほら!ほら!俺が見つけた壁の!ね!ね!」
「わあ、ほんとだ……」
矢羽根の模様は、パクスが見つけた模様の違うタイルの模様であった。……矢の指示を見つけるより先にパクスが例のタイルを見つけたことを、アレットは嬉しく思う。そしてアレット以上に、パクスが何やら得意げであった。
「で、軸の部分にも何か書いてあるね。ええと……?」
「『12、∞、4、の』……うん」
「駄目だ!分かんねえ!何も分かんねえ!ああー!これ、俺が馬鹿だからですか!?馬鹿だから何も分からないんですかね!?あああー!」
「こらこら、落ち着いて。ほら。落ち着かないと尻尾触るよ」
「えっ!?尻尾ですか!?どうぞ!」
さっ、と差し出された尻尾に少々複雑な気持ちになりつつ、アレットは片手でパクスの尻尾をふわふわと触る。……時折、ぴょこん、と振られる尻尾を追いかけてふわふわと触っていれば、何故かパクスは落ち着いたらしい。にこにこと大人しくなった。『俺、先輩のお役に立ててる!』とのことである。まあいいか、とアレットは矢に意識を戻すことにした。
「ええと……矢羽根から鏃に向けて書いてあるから、多分、順番なんだと思うんだよね。じゃあ、まあ……安直だけれど、これでいいのかな」
アレットはパクスが見つけた最初のタイルから、右に12進んだ位置のタイルを見た。特に他のタイルとの違いは無いが……続いて、そこから更に8つ、進む。
「上に進むか下に進むか、よく分からないけど……」
「上じゃないのかい。下に行ったら床に付いちまうよ」
「だよね。まあ、やってみようかな。ええと、上に8つ、右に4つ、それで……また上に9つ、かな?」
「最後は下に6つじゃあないのかい」
「どうだろう。どっちともとれるけれど……どっちも試せばいいか」
アレットはぱたぱたと羽をはためかせて飛ぶと、身長の都合で届かない位置のタイルに触れる。……すると。
「ああ、よかった……ちゃんと正解だった!」
ごうん、と重い音が響いて、罠の通路の罠が全て作動し、そして、一斉に沈黙した。
パクスの手から取った木の枝を、ふり、ふり、とやってみても、もう罠が作動する気配は無い。
「念のため、下に6つの方もやっておくかい?」
「うん。その方がいいね」
念のため、最後の手順が逆さであった場合のことを考えて、その位置のタイルにも触れておく。……すると何やら魔法が動く気配だけは、感じ取れた。こちらもどうやら、当たりらしい。
「よし。このまま私達だけで行っちゃうわけにもいかないし……パクス。ソルとヴィア、呼んできて」
「了解です!たいちょーう!ヴィアー!」
パクスが嬉々として飛び出していったのを見送って、アレットはベラトールと2人、顔を見合わせ『やったね』と成功を喜び合うのであった。
そして。
「なんだよ、やっぱりこっちにあったのかよ。こっちは探し損だったなあ、おい」
「まあ、お嬢さん方の機転と頭脳に乾杯、といったところですね」
「そうだぞ!先輩はすごいんだぞ!あとベラトールもすごかった!石で矢を弾く奴、初めて見た!」
ソルとヴィアも合流したところで、アレット達は改めて、罠の通路の奥を目指すことにする。
先頭はソル。最後尾にアレットが収まり、それぞれ前後を警戒しながら、慎重に通路を進んだ。
「……本当に罠は黙っちまったみてえだな」
「うん。動く気配は、無いね」
アレットはほっとしながら、『もし最後、ベラトールが言っていた方の答えのタイルにも触れていなかったらどこかで罠が作動したんだろうなあ』と思う。前回もそうだったが、神殿の試練は少々意地が悪いのだ。
そのまま罠の通路を奥まで進むと、扉が1つあった。鉄でできた、重厚ながら単純で飾り気のない意匠の扉である。神殿に在るべきものというよりは、地下牢獄の扉のようにも思えるそれに、ソルがそっと、手を掛け……。
「……もうちょっと待つか」
「えっ?」
すぐに扉から手を離し、ソルはそう言ってその場に座り込んだ。
「一晩くらいはこのままの方が良さそうだな」
「え?え?隊長?なんでですか?」
「多分、向こうで火が燃えてたんだと思うぜ。熱い」
パクスに答えて、ソルは扉を指し示す。アレットが不思議に思ってそっと扉へ手を近づけてみると……確かに、熱い。先ほどまで火で炙られていたかのような、そんな熱さであった。
だが、今、扉の向こうに炎の気配は無い。扉の下部にはそれなりに隙間があるが、そこからパクスが覗いてみたところ『燃えてませんね!』とのことであった。
「成程ね……これ、多分、さっきのタイル、全部正解しないと解除されなかった奴なんだろうなあ」
アレットもソルに倣ってその場に座ると、ふう、と息を吐いた。張り詰めていた精神を緩めて、小休止の姿勢である。
「しかし……もし、部屋の中が炎に炙られていたというのであれば、この奥は無事なのでしょうか?神の力の欠片は……」
「ま、その程度でどうこうなるもんじゃねえだろ。多分。だからこそ、こういう仕掛けがあったんだろうしな」
神の力は神の力である。そうそう燃え尽きるようなことはないだろう。だからこそ、神の力の欠片から魔力を吸い出すのは難しいのだ。
「……でも、気になるよねえ。できることなら、早くヴィアが言ってた集落に行って、色々やりたいし。勇者が何時ここに来るかも分からないし」
だが、それはそれとして、気になる。ただ待つだけというのも、少々癪だ。
「開けてみようか」
「おいおいおい、熱いぞ、それ」
「火傷しちゃいますよう、先輩」
アレットは仲間達が止めるのも聞かず、そっと、扉に触れる。……そして、触れると同時、手に炎を宿していた。
「あ、やっぱり。こうすると熱くない」
「便利なもんだねえ、それ……」
どうやら、炎の魔法を用いれば、熱せられた鉄板に触れても無傷で居られるらしい。魔法を外に出す、ということがどういうことなのか、アレットはまた理解を深めた。
ぎい、と重い音を立てて扉が開く。途端、ぶわり、と熱せられた空気が溢れ出た。ヴィアは『あっつい!ちょっとこれは熱いですよ!』と悲鳴を上げ、慌ててパクスの後ろに隠れて熱気をやり過ごした。
……そうして熱気が収まってから、改めて、部屋の中を見てみると。
「わあ……やっぱり、綺麗」
鋼鉄の台座の上。青く輝く神の力の欠片が、静かにそこにあった。