東の神殿にて*1
「普通に考えたら、親勇者派を皆殺しにしたいところだけれど」
「ただ、それをやると工作を疑われかねねえ、ってことか」
こういった内容はアレットの得意分野だが、ソルも頭が回らないわけではない。
「……まあ、筋書きとしてより通りがいいのは、『反勇者派が魔物の襲撃の中で生き残った』という物語でしょうか。『我々は戦って生き残った。だからもう、勇者は必要ない』。こういう風に物語を作ってしまえばいい」
「ただなあ。勇者不要論に持っていっちゃうと、騎士団長の立場が無くなっちゃうかもしれない」
「だな。どちらかっつうと、勇者への印象が悪くなればありがてえが」
今のところ、アレット達が持つ一番の切り札は、例の騎士団長である。
彼が人間の世界で動き、反勇者の動きを展開していったならば、アレット達は勇者と戦わずして勇者を排除できるかもしれないのだ。……尤も、騎士団長までもが勇者としての力を得てしまったことは全くの想定外であったが。だが、それも情勢には有利に作用する要素になり得る。あとは騎士団長の動き次第、といったところだが……。
「……そもそも魔物の国に来てる人間の貴族って、『駄目元』で来てるんじゃないの?」
「おお、アレット嬢。大半がその通りです。奴らはどうしようもないので他に手段も無く、この国へ侵略にやってきているのですから」
「ということは、そいつらが死んでも、人間の国の貴族達にはほとんど影響が無いんじゃあ……」
騎士団長の助けになるような行動を取るにしても、わざわざ意味がない行動を取る必要は無い。殺す意味がない人間を殺している暇は無いのだ。
「まあ、逆に言えば、奴らが生きて、何か功績を上げて帰ってしまえば影響があるかもしれない、ということなのです。その可能性を摘むことができるのは、我々だけでしょう」
「成程ね。保険、っていう意味では、いいのかもしれないけれど……」
ふむ、と少し考えたアレットは、やがて考えをまとめると、にっこり笑って、言った。
「だったら、伸ばしたい人間に『功績』を与えてしまうのはどうかな」
「……魔物を殺させる、って?」
「いやいや、それは流石に嫌だから……例えば」
気色ばんだベラトールの誤解を解きつつ、アレットは例を出す。
「神殿の謎を解き明かしました、とか。更に或いは、魔物側の『情報』を入手しました、とかは、どう?」
「情報、ねえ……成程な。応用が利きそうだ」
アレットの提案に、ソルはにやりと笑って応じた。
「そうそう。反勇者派に与えてあげたい『情報』もあることだし。それに、情報だけなら、色んな渡し方ができるでしょう?なら、『伸ばしたい人間を伸ばす』のは悪くないんじゃないかな」
それから数日後。
アレット達はひとまず、当初の予定通り神殿へ到着した。だが……。
「……ひでえな」
東の神殿は、酷い荒れようであった。
人間達が踏み入り、荒らすことを目的に暴れた。そんな印象を受ける。大方、『悪名高き邪神の神殿』へ功績の為に踏み入ったものの、特段何もできず、憂さ晴らしに荒らして回った、といったところだろうが……長い歴史を見守ってきた彫像は無残にも砕かれ、床材は割れ、そして、壁には泥を投げつけたような痕すらあった。
「人間ってのは品性が無いのかい?」
「うーん、ものによる、とは思うけれど……これは流石に、酷いね」
美しく磨き上げられていたであろう白大理石の床の上に放置された、何かの食べ物のゴミらしいものを見下ろして、アレットはため息を吐く。
アレットは人間に容赦しない。だが、人間が生み出した彫刻や絵画を美しいと思う心は持ち合わせており、美しいものをできる限り損なわないようにする程度の品性は持ち合わせている。この場に居る魔物達は皆、そうだろう。
だが、ここを荒らした人間達はそうではなかったようだ。
「……まあ、いい。品性はともかく、連中に知性が無かったのは不幸中の幸いだろうな」
それでもソルはめげずに祭壇へと近づいていく。そして、祭壇の奥……壊された台座の横、金属製の燭台が曲がっているのをつつくと、横の壁が重い音を立てて動いた。
「えっ、ソル、知ってたの?」
「今知った。……ほら、天井の絵の通りだ。神の右手に控えた不死鳥が扉を開いてるだろ。だが、あんな場面は神話にもねえからな。それがわざわざ描いてある以上、それが問題の答え、ってことになる」
ソルは得意げにそう言って天井を示す。天井は流石に天井だけあって、人間達に荒らされることなく、そこに在った。美しい天井画を見上げて、アレット達は僅かに神の気配を感じ取る。魔物にとっては安息の、人間にとっては恐怖と緊張の気配が、この神殿には漂っているのだ。
「よし。じゃ、行ってみるか。また西の神殿みてえに何か仕掛けがあるんだろうしな」
そして、一行はソルを先頭に、現れた壁の穴の中へと入っていくのだった。
穴の奥は通路になっていた。雰囲気は西の神殿に近い。神聖な魔力に満ちたこの場所は、魔物の、魔物の為の場所である。
「さーて、俺達は姫様程には頭が回らねえからなあ。仕掛けがあろうが、どうやって解いたもんか……っと」
「うわうわ、先輩、危ないですよ!」
だが、この神殿は侵入者に対してどこまでも厳しかった。なんと、ソルの足元の床からは鋭い棘がジャキンと生えてきていたのである。ソルの反応がもう少しばかり遅かったなら、ソルは棘によって串刺しにされていただろう。
「こりゃ……前回とは趣向が違うじゃねえか」
「色々と種類があるのかもね」
アレットは通路の奥へ、目を凝らし、耳を澄ませる。
……すると、なんとなく、罠の気配がいくつか分かった。通路に響いては跳ね返ってくる音の僅かな違和感や、微かにものが動いた痕がある床や壁、天井など。そういったものを見れば、そこに罠があるということが何となく分かる。
「……どうする?これ、先に進む?」
アレットはそんな罠の気配を存分に感じ取りながら、ソルへ尋ねる。ソルはぽり、と頭を掻きつつ、迷うように首を捻った。
「いや……どうすっかな。俺達の目や耳や鼻で見つけられる罠が全てだとは限らねえ。いざとなりゃ、罠が発動した直後に反応して何とかすることもできるだろうが、それも確実な方法じゃあ、ねえ」
銃弾より速い鴉であるならば、確かにこの罠も見てから突破できるかもしれない。だが、確実ではないだろう。銃弾より速い罠、或いはより近くで発動する罠が無いとも限らず、それを確実に避けられる保証など無いのだ。
「失礼。ふと思ったのですが……この神殿は、我らが神の力を欲する魔物達の為の場所、ですよね?つまり、魔物達の最後の希望となるよう、設計されたものだ、と」
迷っていた一行の中で、ヴィアが挙手する。
「ならば、どのような魔物にでも辿り着けるように、できているのではないでしょうか。ソルの言ったように強行突破するというのも手ではありますが、それが想定された答え、という訳ではないでしょう。魔物の戦士以外の魔物も、この奥にあるであろう神の力を手にする権利が、きっとある」
ヴィアの意見に、皆が頷く。
この神殿と神の力は、魔物達の最後の希望。どんな状態になっても希望が残るように、と設計されたものに違いない。ならば、戦士ではない魔物しか生き残らなかった世界でも、きっと希望が残るようにできているはずである。
「ま、それはそれとして、『王』に相応しいかどうかの試練でもあるんだろうけどな」
武力も知力も無い魔物に、魔王と成れるだけの力は渡さない。そうした意思が、西の、そしてこの東の神殿からも感じられる。つまるところ、これはどのようにして試練を潜り抜けるかはさておくとして……『どのようにかは潜り抜ける』ことを期待されているのだろう。そしてその方法はヴィアの言う通り、一通りではないはず。
「物理的な罠であれば、私が先行しますが……」
「いやいやいや!いきなり火が出てきたらヴィアだって危ないんだろ!駄目!駄目!」
ヴィアならば、槍に刺されても剣に貫かれても、実質、何の痛手でもない。大抵の罠には相性が良いのだが……パクスが心配する通り、火や氷、酸や毒には弱い。他の魔物であれば火傷で済む火が、ヴィアにとっての致命傷となりかねないのだ。
「まあ、そうでしょうね。最悪の場合、私を千切って投げて頂ければ私の欠片が最奥へ到達する可能性もありますが……やはりそれは最後の手段にさせていただきたい」
「ああー……そうか、ヴィアをぶん投げるっつう方法も、無いわけじゃ、無かったな」
ソルの言葉に、アレットはなんとなく『びたん!』と壁に叩きつけられて広がり、うにうにと壁から剥がれて戻ってぷるんと震えるヴィアの姿を想像した。まあ、最悪その手段をとることになるだろう、とも。
「……ま、折角だ。もう少し色々、確認してからでも遅くないんじゃないのかい?」
だが結局のところ、取れる手段が全て見えていない、というのが現状である。罠だらけの通路をどのように抜けるか。一行は近辺を探索し始めた。
それから、半刻ほど。
「先輩!先輩!先輩!ここなんか違くないですか!?」
「どれどれ……あっ、本当だ。ちょっとだけ模様が違う」
パクスが騒ぐのを聞いてアレットも他の者達も近寄れば、パクスが示す先……壁のタイルの1つが、少しばかり周囲と異なる模様をしていた。模様の違いはごく僅かなものである。床に近い位置のタイルであることもあり、少々見ただけではまるで分からない違いであった。
「意識して見りゃあ、魔力も違うな」
「姫ならこういうの、もっと早く見つけてたかもね……」
ソルの呟きにアレットもため息を吐きつつ、そっと、タイルへ手を伸ばす。
「……うん。よし。動いた」
そしてアレットは、指先から伝わった魔力がタイルの奥、何かの魔法に作用したことを知る。ごごご、と重く石の擦れる音が遠くで響き……そして。
「おおー!すごい!道ができた!」
何もないように見えた壁の一角……罠の通路を迂回するような位置に、ぽっかりと、通路が口を開いていたのである。
「よし!じゃあ早速……」
「待て待て待て」
だが、そこへ元気に飛び込んでいこうとしたパクスの襟首を掴んでソルが引きとめる。……直後。
ジャキン。
……新たな通路の入り口で、上から槍が突き出してきていた。
「……こっちも罠!」
「みてえだな。はー、くそ……」
ソル共々、皆がため息を吐く。
……どうやら、今回の神殿は、少々厄介なようである。




