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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第四章:偽りの証明【Via quae numquam evanescit】
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跡形もなく*6

「……という訳で、私は人間共を根絶やしにしてやろうと考えている魔物です。この大地を愛し、人間を憎む……魔物なのです。ただし、人間としての記憶もまた、持ち合わせている、という……」

 ヴィアの説明が終わると、皆、一様に黙りこくることになった。

 ソルは情報を整理し、ヴィアについて知った内容を今までの諸々に当てはめて納得を深めているようであったし、ベラトールは考え、ヴィアに対する感情を整理しているようであった。そしてパクスは理解に苦しみ、『分かんねー!』と頭を抱えていた。

 そうして沈黙の後、真っ先に口を開いたのはベラトールであった。

「……ヴィア。1つ、確認させてもらおうか」

「何なりと」

 ヴィアが真剣にベラトールと向き合うと、ベラトールは少々居心地悪そうにしながらも、少々険のある目をヴィアへ向ける。

「つまり、あんたは人間としての記憶を持ち、人間としての感覚を持っている、ってことだね?」

「それにお答えするのは少々難しいですね」

 ベラトールの言葉に、ヴィアは答える。嘘偽りなく、できる限り真摯に、と答えているのが分かるような、言葉の選び方であった。

「というのも、私自身、どこからどこまでが人間としての感覚で、どこからが魔物としての感覚なのか、曖昧に混ざり合って分からないのです」

「ああ、ヴィア、色恋の話が好きなのは人間としての感覚じゃないと思ってた?」

「今も思っていますが。それについては、私という存在自体の性質である、と……いや、その性質も、人間と魔物が混じり合って生まれたものなのかもしれませんが」

 ヴィアの返答に、ベラトールのみならず全員が頷く。尤も、パクスだけは『よく分からないけれど頷いておこう!』という意図なのだろうが。

「そういうわけで、どこからどこまでが人間で、どこからどこまでが魔物なのか、私の中で明確に切り分けることができないのです。混じり合って1つの『私』となった。そういうことなのだと、自分では思っております」

「……まあ、最低限、そう思えちまう程度に人間の頃の感覚はぼやけてる、ってことかもしれないね」

 ベラトールはひとまず、質問の答えに納得したらしい。成程ね、と頷きながら、表情を僅かに和らげる。

「じゃあ、俺からもいいか?……ずっと西に居たっつうのは、嘘だったのか」

「……まあ、人間の頃に、東の方と王都を少しばかり行ったり来たりしていましたが、スライムになってからはずっと西に住んでおりましたので、嘘ではないかと」

「あー、はいはい。納得したぜ」

 ソルも一往復のやりとりで満足したらしい。『これ以上俺から聞くことはねえ』とばかり、悠々と脚を組んで座り直す。

「俺からも何か聞いた方がいいかなあ……うーん……うーん……」

「パクス。無理に何か聞く必要は無いよ」

「そうですか?なら俺からは特に質問はないっていうことで!」

 パクスはその流れに続かず、『まあいいや!』とばかり、明るい表情で尻尾を振る。ヴィアはそんなパクスを少々心配そうに見ていたが、パクスは一向に気にする様子が無い。ヴィアの心配に気づいてすらいないらしい。


「じゃあ、最後に私から」

 そして最後に、アレットは少々意地悪な質問をしてみることにした。

「ねえ、ヴィア。あなたが人間を憎み、魔物を愛し、姫様の遺志を継いで働くかどうかを、私達はどうやって信用すればいい?」

 ヴィアを真っ向から疑うような言葉である。アレットの本心とは少々異なる言葉であり……だが、本来ならば初めからヴィアに向けられるべき言葉だっただろう。

「今までと今後の働きから、どうぞご判断ください」

 そして、ヴィアはアレットの言葉にそう、答えた。

「ひとまず……この辺りに、私の郷里の者が他にも居る可能性が高いです。最早名前も顔も大半を忘れてしまいましたが、出会ったならばきっと、思い出すでしょう。その時、奴らを殺してみせます。私が何ら躊躇わないことを、どうぞご確認頂きたい」

「成程。それは楽しみだなあ」

 アレットはヴィアを見て、頷く。

 ……言葉は言葉である。いくらでも偽れる。アレットがいつも、偽っているように。だから、ヴィアについては行動を見て判断したい。そう、思う。

 だが……それと同時に、ヴィアから感じ取れるものもまた、少なくなかったのだ。彼の憎悪は本物だと、アレットの直感が告げている。同じ魔物同士、言葉にせずとも伝わる気配や感情のようなものが、確かに、感じ取れるのだ。


「奴らは酷い連中です。自身を善人だと思い込んだ悪人。被害者面をした侵略者。慈愛を騙る略奪者。……決して、決して許すわけにはいかない」

 ヴィアはそう言うと、ベルトの銃を確かめる。

「奪われ、侵され、悪意を向けられ、そうして死んだ人間として……そして、これからも奪われ侵され続けることを望まない、生きた魔物として……必ずや、奴らに復讐を!」

 人間の武器である銃は、ヴィアという魔物の手に、確かな重みを預けてそこにあった。




「最早隠すことも無くなりましたので言ってしまいましょう。えー、この辺りに人間の集落は恐らく3つから5つです」

 その後、ヴィアはあっけらかん、と話し始めた。最早すっかり開き直り、人間であったころの記憶とやらを活用し始めたらしい。

「そして私、実は僭越ながら、東の神殿の場所を把握しております」

「おっ。そいつはいいねえ」

 そしてソルをはじめとして他の者達も、ヴィアの記憶を活用することに抵抗は無い。元が人間であろうが、今が魔物であるならば問題ない。人間を憎悪しているというのであれば、尚更。それが魔物達の考え方である。

「今居るのがこの辺りだとすると、神殿はもう少々北東に進んだあたりですね。そしてその傍に集落が1つ、まだあるかと思われます」

「まだ、ってことは、無いかもしれない?」

「ええ。人間の数が減ったり、集落が必要なくなったり、他の大きめの町に吸収されたりすれば必要なくなるでしょうから」

 ヴィアの言葉にアレットは、それもそうか、と頷く。アレット達も、人間が始めは小さな集落として魔物の国を侵略しにやってきて、その内、大きな集落……町を築き始めたことは、知っていた。


「3年前、勇者が魔王様を殺したあの前後から、人間達は魔物の国を侵略し始めました。ご存じでしょうが……」

 ヴィアが語る歴史は、アレット達にとってもよく知ったものである。人間達は勇者を先頭に、そして後続は銃を手に、魔物達を殺しに魔物の国へやって来た。

 アレット達王都警備隊は、王都近辺での仕事が多かった為、そういった人間達と直接対峙することはさほど多くなく、どちらかといえば魔王が死んだ後、人間達が我が物顔で魔物の国を切り開いていくのを苦い気持ちで見ていた記憶の方が濃い。だが、ベラトールは違う。

「ああ……覚えてるよ。『悪しき魔物達を聖なる神の力で祓え。今日からこの地は我らの手によって解放される』。人間共はそんな風に宣ってたね」

 ベラトールがそう零せば、アレット達もつい、沈鬱な面持ちになる。自分達のことを思い出し、或いは、自分が経験しなかったことに思いを馳せるのだ。

「……リュミエラが、けらけら笑ってたよ。私の弟、妹分達を縛り上げてあるのを見て『やっぱり不安だから殺して頂戴』なんて言いながら、お付きの騎士とやらが殺すのを見て、けらけら楽しそうに笑っていやがった」

 ベラトールが住んでいたのは、南だ。南の土地は人間の国に最も近い場所でもあるため、人間の侵略が色濃い。元々その辺りに住んでいた魔物達は、銃弾によって斃れるか……ベラトールの仲間達のように、人間達に面白半分に殺された。生き残った魔物自体、極めて、少ない。

「……そう、ですね。人間達は、魔物の国を自分達の土地だと考えています。悪しき魔物によって呪われた土地を、神の力で浄化することこそが正しい行為であると、そう、考えているのです。尤も、上層部は恐らく、足りなくなった土地を工面する言い訳であると自覚しているのでしょうが……」

 ヴィアの言葉を聞きつつ、アレットは『じゃあ、騎士団長もその辺りの事情は分かってるんだろうなあ』とぼんやり思った。……騎士団長が王子である、という話の信憑性はさておき、公爵家の娘リュミエラと一時は婚約関係にあったというのだから、それなりに身分の高い人間だったのだろう。ならば、騎士団長は諸々の事情も分かった上で、魔物の国へやってきていた、と考えるのが妥当である。

「だからこそ、開拓者として人間達を送り込んでいる。その人間達が集まってできた集落が、そのままこうして運用され続けている、ということですね」

「迷惑な話だなあー!なんで人間は俺達をほっといてくれなかったんですかね!俺達を殺しながらずかずか踏み込んでくる以外の方法って無かったんですかね!?」

「無いわけじゃなかっただろうが、殺した方が手っ取り早いだろ。……人間の国の中で何か問題が起きてたとしたら、民衆の目をそっちから魔物の国へ向けさせるっていう意味でも、魔物の国を侵略した方が効率が良かっただろうしな」

 パクスの嘆きにソルが返せば、パクスはしゅんと耳を垂れさせた。……パクスは戦士ではあるが、争わなくていい場合には争わない性質なのだ。逆に、争うべき箇所ではそれはそれは嬉々として争いに行くが……あれは、仲間の役に立ちたいという思いによるものなのだろう、と、ソルもアレットも時々思っている。

「そうですね。人間の国はあまり状況がよろしくない。……人間は随分と数が増えましたが、それに応じて土地が広がるわけでもない。狭い土地に多くの人間が居れば争いにもなります。まあ、他にも色々あるようですが……」

 ヴィアはそこまで言うと、『話が逸れましたね』と、話を元の位置に戻す。

「……まあ、そうして人間達は魔物の国を侵略し、そこに住んでいた魔物達を殺して新たに人間の集落を作り、魔物の国を切り開いているのですが……神殿に最も近い位置の集落は、少々、他の集落とは異なりまして」

「異なる?人間じゃない奴らが居るのか!」

 パクスの驚きはアレットの『いや、違うと思うよ』という言葉によって収められ、ヴィアはそれを微笑ましく眺めつつ、言った。

「様々な事情を持つ貴族が、集まる場所だったのです」




「通常、人間の貴族共は人間の国から出てきません。わざわざ『危険で野蛮な魔物の国』などには来ないのです。魔物の国へ行くなら、身分の低い、死んでも問題の無い人間であるべきだ、と考えています」

 ヴィアの言葉に、パクスとベラトールが首を傾げる。あまり身分制度の無い魔物達からしてみると、貴族という概念は理解しにくいのだ。

「ですが、貴族の中にも様々な事情があります。例えば、リュミエラは『反勇者派の公爵家の娘であるのに勇者と駆け落ちした』という理由で魔物の国送りになったようですね。まあ、あのように、問題があった貴族が魔物の国へ送られて謹慎処分にされることもありましたし……功績を求める貴族がやってくることもありました」

 ヴィアは両手を広げ、少々大仰に話す。舞台役者のような仕草は、彼なりに冷静に話す為のものなのだろう、と思われた。

「なんと言っても、頭が悪かろうが要領が悪かろうが、魔物を殺せばそれだけで功績が得られる。殺す魔物が戦士ではなく、幼子であったとしても人間からしてみれば『功績』となる。そして……実際、銃さえあれば、そこらの魔物に対して人間は勝てる可能性がそれなりに高い。『持たざる者』が自分の命を掛金にするに値する程度の勝率は収められるのですから!」

「ああー、だよなー。分かる分かる。銃相手に全然怯まないのって俺達の隊長ぐらいなもんだし!分かる分かる!隊長はすごい!」

 隙あらばソルやアレットの自慢をしたいパクスはすっかり頭がそちらに回っているようであったが、実際、その通りなのである。

 ソルのような魔物は、稀だ。魔物の戦士は魔物の中でもそう数が多くなく、更にその中で銃弾に対し優位に動ける者など、ほぼ居ないだろう。

 ……つまり、ほぼ全ての魔物は、銃さえあれば殺せる可能性が、高い。魔物の戦士であっても、銃弾で命を落とす者は少なくないのだ。

「ちなみにヴィアは?どういう貴族だったの?」

「ははは。違いますよ、お嬢さん。お恥ずかしい限りですが、まあ……私は貴族ではなく、ですね。召使いでしたよ。当然、貴族ある所には召使い有り、という訳です」

 アレットの問いに、ヴィアはこぽこぽと泡を躍らせて笑う。

「……そいつはよくお前みたいな性格の奴を雇ったな」

 そしてソルの言葉に泡を引っ込め、『心外!』とばかり、ヴィアは驚いてみせた。

「なんと!器用で明るく陽気な性格ですよ!?お喋り好きで娯楽の無い場所でも他者を楽しませる能力付き!悪くは無いでしょうに!」

「人間の価値観だとそうなのか?ま、悪くはねえが……魔物からすると変わり者だけどなあ」

「あっ、人間の基準でも変わり者ではありましたが」

「ほらみろー」

 どうやらヴィアは人間としても変わり者であったらしい。だろうなあ、とアレットは納得した。ヴィア程によく喋る人間など見たことが無い。




「まあ……私の話はこれくらいにしましょう。つまり、東の神殿の傍には、今も恐らく、貴族が多い集落があるだろう、というお話でして……」

 やがてヴィアはそう前置くと……ゆらり、と頭部に泡を蠢かし、本来顔があるであろう場所の前で、手袋に包まれた指を一本、立ててみせた。

「……そこで、親勇者派ばかり、もしくは、反勇者派ばかり殺せば、少々、人間の世界の情勢が変わるやもしれません」


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― 新着の感想 ―
[一言] 裏切りというか、敵だったやつが仲間になる展開において魔物は寛容なのか、執着か薄いということなのか。そして、やっぱりパクスは何も考えていないのか。
[一言] 妙ちきりんなスライムだなぁと初期から気に入っておりましたが なるほどなるほど。そういうことだったのですね! ヴィアの秘策に面白くなって参りました!とニヤニヤしております。
[一言] モッチリウニョ〜ンとしたスライムがガンマニアだった理由が分かりましたね。
2022/07/13 21:08 退会済み
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