跡形もなく*4
「よし、生き残りは居ねえな」
夕方。町の残骸を全て確認し終えて、一行は休憩することになった。
「休憩はここじゃない方がいいかも。もし、出かけていて帰ってくる人間が居たら、そこに私が居るのはまずいだろうし」
「あー、成程な。じゃあ適当に肉幾らか持って移動するか……」
とは言っても、今すぐここに腰を下ろす、という訳にはいかない。この町の人間を一人残らず殺す必要があったのは、アレットの目撃証言をできる限り消すためだ。なのに、さらに目撃情報を増やしてしまっては二度手間になる。皆殺しは皆殺しであるからこそ、意味を持つのだ。
「なら、美味しそうなところだけ選んで持っていきましょう!」
「なら脚かい?」
「俺は尻が一番好きですけれど脚もいい!」
早速、この場を離れるべく、パクスが夕食を採取しに動き出す。
「俺は肝臓が好みなんだがなあ」
「私も肝臓、好き。あとは女子供の二の腕とか、量が取れないけれど、頬肉とか……」
「ああもう、骨以外全部持っていきたいですね!」
パクスとベラトールに続いてソルとアレットも動き始めれば、何だかんだ楽しく時間が流れていく。
パクスの肉の採取は引き千切り噛み千切る、というようなものだが、ベラトールは器用にも、鋭い爪で皮を削ぎ、骨を除き、肉だけを綺麗に取り出してみせた。これについてアレットが感嘆すれば、ベラトールは『弟分も妹分も、硬い皮だの骨だのがあると食べたがらなかったからね』と、少々照れたように説明した。
ソルとアレットについては言わずもがなである。ナイフを使ってすぱすぱと、見事な手際で死体を肉へと変えていく。アレットは柔らかそうな肉ばかり選んで取り、ソルは適度な噛み応えがある部位と肝臓ばかり選んで取るのはいつものことである。
……そして、ヴィアは。
「荷運びがあるなら手伝いますよ、お嬢さん」
ヴィア自身は人間の肉を食う必要は無い。ただの人間など食らっても、魔力の補給にもなりはしないのだから、食らう意味がない。だからこそ、ヴィア自ら肉を取る必要は無く、代わりに他の者達の荷運びをしよう、と買って出たのであった。
「なら、これ。包んどいてくれるかい」
すると、ベラトールはぶっきらぼうにそう言い、肉の塊をどさどさとヴィアの前に積み上げていく。少々予想以上であった量に、ヴィアは『おおう……』と声を上げたが、ベラトールは気にしない。
「……それから、ちょいと気になってたんだけどね。その『お嬢さん』ってのは、何なんだい」
代わりにベラトールがそんなことを言うので、ヴィアはきょとん、とする。
「おや。お嫌でしたか」
「こちとら戦士だよ。お嬢さん、ってんでも、ないだろうに」
ベラトールが少々苦い顔をするので、ヴィアはふむ、と首を傾げつつも、両手を広げて弁明の姿勢をとる。
「ならばお許しを。貴女を戦士として見くびったわけではないのです。ただ、そのしなやかで強靭な美しさを讃え尊ぶために、お嬢さん、とお呼びしておりましたが……失礼致しました」
きちりと腰を折って一礼すれば、ベラトールはそんなヴィアを見て肩眉を上げた。
「……妙な奴だね」
「まあ、変わり者である自覚はありますよ」
今度は堂々と胸を張ってそう言えば、ベラトールは苦笑しつつも肉を捌く作業へ戻っていく。
「いいよ。悪かったね。まあ、あんたの好きに呼べばいいさ」
ついでに苦笑交じりにそう言うので、ヴィアは即座によい呼び名を考え……。
「では僭越ながら……麗しのベラトール、と!」
「それはやめな」
「ええっ!?」
ベラトールにぴしゃりと反対されてしまい、結局は、『ベラトール嬢』といったところに落ち着くことになるのであった。
一方、その頃、アレットとソルは肉を捌きながら、2人で少々話していた。
「さっきの、どう思う」
「うーん……ヴィアはずっと西に居た、っていう話じゃなかったっけ?東の人間がヴィアのことを知っているのはちょっと辻褄が合わない気がするけれど」
話す内容は、ヴィアについてである。
……先程、ヴィアが人間と対峙していた時。ヴィアは『あの時のスライム』と呼ばれていたが……だとしたら、この辺りの人間とヴィアは、面識があった、ということだろうか。
「ま、それは人間が移動した、って考えりゃ、何もおかしなことはねえ。勿論、ヴィアが嘘を吐いていた、っていう可能性も捨てられねえが」
アレットは先程の様子をもう一度思い出す。
ヴィアを前にして、逃げることよりヴィアを攻撃することを優先した人間。あれではまるで、死の恐怖より憎悪が勝ったかのようではなかったか。
「スライム違いだ、ってヴィアは言ってたけどね。確かに人間にはスライムの区別はつかないだろうし……」
アレットは、うーん、と悩みつつ、やはり変だ、と気づく。
「……でも、だからこそ、変だと思う。スライムの区別がつかないなら、どうして人間は『あの時のスライム』なんて言ったんだろう?」
「そう。それなんだよな」
ソルは『我が意を得たり』とばかりにアレットの方を見て、それから、言葉を選ぶように視線を彷徨わせつつ、言葉を繋げる。
「まあ……ヴィアは、見ての通りのアレだからな。他のスライムとは色々と、違うだろ」
「うん。色々違うよね。人間みたい、っていうか」
ソルが言い淀んだであろう単語を口にして、アレットは『違う?』とソルを見る。ソルは始めこそ『人間みたい』などという、侮辱めいた言葉を言ったアレットに驚いていたが……やがて、苦い顔で頷いた。
「ああ。その通りだ」
「だよね。まあ、いい意味で、っていう補足を付け足したいところだけれど……服や仕草、恰好なんかよりも、感覚とか感性とか、そういうのに思うところがあって」
アレットはそう呟くように言って、諸々を思い返す。
……ヴィアは色々と、不思議な存在であった。魔物であることは間違いないのだが、その感性は少々、人間に近しいものがある。
魔物に色恋はよく分からない。だが、ヴィアはその手の話を好むようであったし、何より、あのような格好を好き好んでしている、という時点で『人間らしいスライム』ということになるだろう。
「何か嘘は吐いてるんだと思うんだけれどね。うーん……魔王様の残り湯から生まれたしがないスライム、っていうのも、色々違うのかなあ……」
「……いや、そこは割と正解に近いんじゃねえか?この国で一二を争う『魔力の多い水』だろ、魔王様の残り湯……」
「ああ、うん……」
……アレットとソルは少々遠い目をした。魔王の残り湯、というと、魔力が芳醇な水である。多少の穢れがあっても問題なく生まれる類の魔物であれば、そこから生まれる者も多い。スライム然り、サハギン然り。また、その水を栄養にして生まれる植物の魔物も多い。
「……まあ、魔王様の残り湯はさて置き、だ」
「うん」
「ヴィアは……俺達が知らねえ何かを、知ってるな」
「……うん。そう、思う」
残り湯に思いを馳せるあまり止まっていた手を再び動かしつつ、2人は話を元に戻す。
「……いつかは、聞かなきゃいけないね」
「そうだな。んで、『いつか』なんて言ってたら、永遠に聞きそびれるかもしれねえな。誰がいつ死ぬか、分かったもんじゃねえ」
「そっか……うん、そうだね」
アレットも、ソルも、ヴィアも。皆、誰もがいつ死んでもおかしくない存在だ。死んで、未来への踏み台になることを厭わない者達だ。ならば……。
「……アレット。荷が重いか?」
「ううん。聞いてみる。今夜の見張りの時にでも」
聞いてみるしかない。アレットは覚悟を決めて、頷いた。
その夜。
一行は町の跡地から移動して、深い森の中、火を熾し、肉を焼き、それを存分に食らっていた。
「やっぱり尻肉は美味い!」
「パクスー、脚、焼けたぞー」
「ありがとうございます!頂きます!……ああ!やっぱり脚も美味い!」
「パクス。ほら、頬肉焼けたからあげるね」
「ありがとうございます!やったー!頬肉も美味い!」
「……つまり、全部美味い、ってことかい?」
すこぶる上機嫌のパクスを囲むようにして、皆で肉を焼いては自分で食べ、パクスに与えて夕食を楽しんでいた。……何故か皆でパクスに肉を与えてしまう。あまりにもパクスが喜ぶものなので、つい。
「いやはや、よく食べるものだ」
そんなパクス達を見ながら、ヴィアはやや遠巻きな位置に居る。……焚火の近くは、スライムには少々辛い環境なので。
「ヴィアも食うか!?ほら、ほら、沢山あるぞ!」
「ああ、いやいや、私はそれほど食事は必要な……あああ、突っ込まないでくれ!無遠慮に!頭に!肉を!突っ込まないで!」
パクスはヴィアに寄っていくと、肉を与え始める。ヴィアは『待って!もっと優しく!』と喚いていたが、消化には何の問題も無さそうである。するすると溶けていく肉を見て、アレットはにっこり微笑んだ。
「今晩の見張りは、私とヴィアで先にやるよ。それから、パクスとベラトールに交代、っていうことでいいかな」
「分かりました!よろしくベラトール!」
「ああ、よろしく」
微笑みついでにアレットが今晩の見張りについて申し出れば、パクスとベラトールからは当然のように了承が得られた。
「ヴィアも、いい?」
「……ええ、勿論。アレット嬢との見張りとは、心が躍りますね」
ヴィアは努めていつも通りに振舞っているようであったが、少々、動揺が見られた。……やはり、先程のことについて聞かれるのを恐れているのだろう。
アレットは何も言わずにっこり微笑むだけに留めたが、ヴィアはそわそわと、落ち着かなげに顔を背けた。……そこへ再び、パクスが『肉!』とヴィアの頭部へ肉を突っ込み始めたため、ヴィアはそわそわするどころでは無くなってしまったが。
食事も終わり、ソルとパクスとベラトールが寝静まった頃。アレットはヴィアと並んで、月明かりの下で見張り番を行っていた。
始めはぽつぽつと適当な雑談で場を繋いでいたが、アレットはやがて、意を決して踏み込むことにする。
「ねえ、ヴィア」
「ええ、分かっております。昼間の、あの人間のことですね」
……そして、ヴィアもまた、覚悟を決めていたらしい。アレットが問うまでもなく、ヴィアは話し始める。
「どうかお許しを。……確かに私はあの人間と、面識がありました。あの人間にとっては1度きりの邂逅でしたが……私にとっては2度以上の面識が、あったのです」
『降参』というかのように両手を広げた仕草をして見せ……そしてヴィアはふと、居住まいを正し、緊張した様子で、言った。
「……かつて、私という『人間』が、共に過ごしていた時。奴は、同じ町に住んでいました」