跡形もなく*2
「あ、アレット!?生きていたのか!しかし……な、なんで魔物の中に……!?」
混乱する兵士を見下ろして、アレットは、『どうしたものかなあ』と考える。
……情報が欲しくないわけではないが、この兵士が持っている情報など大したものではないだろう。そして何より、アレットは寝起きで、空腹である。
「ええと、確認なんですけれど……」
なので、アレットは戸惑いを顔に表しつつ、尋ねる。
「他の仲間は、近くに居ますか?」
唐突な問いに、兵士は只々混乱したらしい。だが、アレットが『どうか教えて。あなたを救えるかも』と囁けば、彼は頷いて答えた。
「あ、ああ。東の町に駐屯している。俺は見回りで……」
「駐屯?なんのために?」
「魔物への警戒を、とのことだったが……詳しくは知らない。本当だ」
状況も分からずアレットに縋るしかない兵士は色々と喋ってくれたが、今一つ、情報があやふやである。
「じゃあ……王都の戦いで生き残った人達は、どのくらい?皆、東の町に居ますか?」
「分からない。生き残りは本当に少なかったと思うが……大半は、東の町に居る、と思う。だが、誰が生き残ったかもよく分からないんだ。誰が居ないかなんて分からない。でも、俺を含めて30人くらいは駐屯してる」
「成程……」
アレットは唸ると、『なら、東の町をとりあえず潰しておくと今後も動きやすいかな』などと考えつつ、ナイフを抜いた。
「……あ、アレット?」
抜かれたナイフに、兵士が戸惑う。……だが。
「ええと、他に聞きたいことは特に無いので、そろそろもういいかな、と」
無情にも。アレットは、空腹なのである。
「柔らかーい!」
「うまい!顎が疲れない!うまい!うまいですよこれ!」
「魔力は無いけれどね。まあ、腹には溜まるか」
「するすると消化できる!実に素晴らしい肉だ!」
……そして一行は、朝食を摂ることになった。哀れ兵士は救われることなく魔物達の腹の中へ収まることになったのである。
「……これからは人間の肉ならなんでも柔らかく感じそうだな」
「うん。やっぱりガーディウム、硬かったんだなあ、って……思うよね……」
無造作に焼いては食い、食っては焼き。人間の肉の魔力の無さと柔らかさを新鮮に感じつつ、一行はのんびりと朝食を楽しんだ。
「……で、どうするんだ、アレット。やっぱり東は潰しておくか?」
「うん。できれば潰したい」
肉を食べつつ、アレットはソルの言葉に頷いた。
「私の正体を知っている人達がその中に居そうだし。なら、今、潰しておきたいな」
「だろうな。ま……30人くらい、っつってたか。ならまあ、俺達が揃って暴れれば何とかなりそうだな」
「でも、王都から流れてきた兵士が居るなら、確実に銃は持っていると思うけれど」
人間の兵士30人程度ならどうとでもなる。だが……彼らが銃を持っているとなると、話は変わってくる。銃弾を見てから避けられるソルのような者ならともかく、アレットやパクス、ベラトールらには少々、分の悪い戦いとなるだろう。少なくとも、無傷を期待するのは難しくなってくる。
「なら俺1人で行くか?銃くらいなんてこたあねえ」
「えーっ!?狡いですよ隊長!俺も暴れたい!俺も暴れたい!」
ソルはにやりと笑ってそう言うが、パクスとしては暴れたい、らしい。……そしてアレットもまた、どちらかといえば暴れたい方である。
「そうだな……なら、こうしよう」
そこでヴィアが手を打った。
「2手に分かれて動けばいい。私とソル。アレットとパクスとベラトール。そのように分かれ、銃を持ち出してくるであろう方に私とソルが入ればいい。どうだね?」
ヴィアの提案に、皆が成程、と頷く。唯一ベラトールだけはソルの実力をよく知らなかったが、それはそれとして『まあ、あの鴉なら銃弾を避けるくらいはするか』と推測してのけた。
「ソルは銃弾くらい避けられるし、ヴィアは銃弾に当たっても痛手じゃないから、いいと思うけれど……でも、どうやって?どうやって、銃がある方と無い方を作るの?」
しかし、方法はそれとしても、その方法へ至る手段が見当たらない。アレットが首を傾げていると、ヴィアはこぽこぽと気泡を泡立てながら頭の正面で手袋に包まれた指を一本、立ててみせた。
「銃とは人間最大の武力。その武力を動員せざるを得ない状況に持ち込めばよいのですよ。例えば……『魔物が攻めてきてすぐに逃げていった』となれば、人間達は最大の力を持ってしてそれを排除しに追いかけるでしょう。如何ですか?」
ヴィアの提案に、アレットは頷く。それならば、町に残る銃の数は限りなく少なくなるだろう。そしてその程度であるならば、まあ、アレットでもなんとか対処ができる。
「ふむ。残る問題は、魔物が捕らわれていた場合だが……」
「……割り切って諦めるか、はたまた、救い出して一緒に戦うか、だな。まあ、どこに誰が捕まってんだか、そもそも捕まってないんだかも分からねえ。あんまり現実的じゃねえな」
できる限り多くの魔物を救い出したい気持ちはあるが、その気持ちを裏切るように動かなければならないであろうことも、一行は予想していた。少なくとも、人間達は魔物が町を襲った時、町で捕らえている魔物が居るならば、その魔物を殺すことを優先するだろう。下手に救い出されて敵の戦力になるくらいなら、というわけである。
……かつてはそうした『人質』のために動けなかった魔物達であるが、レリンキュア姫の公開処刑のあの日から、魔物達の意識は大きく変わった。最早どのような犠牲を伴ってでも目的を成し遂げるしか生き残る道は無い、と、アレット達だけではなく、他の多くの魔物達も覚悟を決めているだろう。
「じゃあ、もう後戻りはできないね。……折角だし、人間達の家は燃やしておこうかな。ほら、私、火の魔法を使えるようになったことだし……」
「じゃあその火で肉焼きましょう!」
「あんたはまだ食べるのかい……?」
ついでに夕食の計画も立ったところで、一行は人間の町をまたも滅ぼすことを決めたのだった。
そうして、翌日の朝。
アレット達は東の町を望む場所まで来ていた。
「じゃ、行くか……はあ、折角なら夜闇に紛れた襲撃、って方が格好がつくんだがなあ」
「しょうがないでしょ、ソル、夜になったら弱くなるんだから」
「だよなあ……くそ、この目が憎いぜ」
ソルはぶつぶつと文句を言いつつ少々恨めし気に青い空を睨む。北風が強く吹く今日は、雲も吹き飛ばされて抜けるような快晴である。当然のように眩く太陽が輝き……ソルの言うところの『格好がつかない』日和であった。
「せめて雪風があれば恰好も付くだろうが、それも期待できないだろうね。……まあ、我々が暴れて血の雨を降らせてやればそれで済む話だ。さあ、行こうじゃないか、ソル」
「おう。……ま、そういうわけで暴れてくる。撤退は北の方に向けて行う予定だ。銃を持った人間を全員処理したらすぐ戻る」
「分かった。じゃあ、人間達が出ていったらそこで私達が動く、っていうことで。合図の狼煙は多分どこかで上がると思うよ。色々燃やすから」
軽い気持ちで打ち合わせを終えて、一行は二手に分かれる。ソルはナイフを、ヴィアは銃をそれぞれに確認してから、嬉々として襲撃に向かう。それをアレットとパクスとベラトールが見送って……そうして襲撃者2名が人間の町へと消えていってから、ふう、とアレットは息を吐いた。
「じゃあ私達はしばらく待機だね」
「先輩!もう行っていいですか!?」
「だから待機だってば」
ひとまず、ソルとヴィアが人間達を陽動するまではアレット達も動けない。『待ちきれない!』と尻尾を振るパクスを宥めつつ、アレットはのんびり、その時を待つことにした。
「あんた、あの鴉とは付き合いが長いんだったね」
待つ傍ら、手持ち無沙汰になったと見えて、ベラトールがアレットに話しかけてくる。
「まあ、うん。一緒に王都で働いてたから」
「俺もですよ!俺も一緒でしたよね、先輩!」
パクスのきらきらした目に、アレットは笑い返してやる。大丈夫、忘れてないよ、という気持ちを込めて。
「まあ、3年ぶりの再会を果たしてからはまだ3か月足らず、くらいだけれど」
「成程ね……あんた達3人は随分と仲がいいと思ってね。そう、戦う様子を見て思った」
ベラトールはそう言って、思い出すように目を遠くへ向けた。
……ベラトールは、あまり相手の心の機微に敏い方ではない、と思っている。少々無遠慮なことを言う自覚もある。だが同時に、戦士としての独自の感覚を持ち合わせてもいるのだ。
「戦う様子、っていうと……」
「あの鴉があんたを落として、あんたが人間の……なんだっけ、騎士団長?あいつの前に降りて戦い始めた時。あれ」
ベラトールの言葉を聞いて、アレットは『成程なあ』と頷いた。同じ戦士として、アレットもそれが理解できる。確かに、よく知らない相手と共闘している時なら、ああいった動き方はできないだろう。アレットもソルも打ち合わせ無しに投げ落とされ投げ落とし、そして互いに戦い始めたが……あれこそ、2人の付き合いの長さを物語っていたのである。
「俺は!?ベラトール!俺は!?」
「あんたは……戦ってる時は、まあ、鴉に迷惑かけてるねえ……分かるよ、あの鴉、あんたの尻拭い、よくしてるからね」
「えええええええ!?先輩!?先輩!?俺、迷惑ですか!?」
「いやいや、パクスは後先考えずに突っ込んでいって敵の前線を崩すのが役割だから。撃ち漏らしがパクスを狙ったらそれを処理する、っていうのがソルの役割なだけで」
「ええええええええ!?撃ち漏らしてます!?俺、そんなに撃ち漏らしてます!?」
そして、パクスについても、ベラトールから見れば諸々の関係が明らかであった。
……要は、少々考えが足りないものの、それ故に誰よりも真っ直ぐ迷いなく力強く斬り込んでいける後輩と、その助けに回る先輩、と。そういうように関係が見えているのだ。
「戦いの中で見えるものは案外、多いよ。まあ、それ以外を見るのは、そんなに得意じゃないけれどね」
「成程なあ。ベラトールは目がいいんだね。いや、目、っていうか……感覚?視野が広い?うーん、難しいけれど」
ベラトールが独特の感性を持ってして生きている、ということはアレットにも既になんとなく分かっている。それ故に、アレットはベラトールを尊重していた。つまるところ、『うちの隊員に入れてもいいかんじの凸凹がある逸材』として。
「……だから気になってるんだけどね。あのスライムは何だい?」
「あれ、俺、前に言わなかったっけ?1か月くらい前に仲間になったヴィア!変なスライム!以上!」
ベラトールの疑問に明るく答えたパクスは、答えてから、ひょこ、と首と尻尾を傾げた。
「……ヴィアが気になるって?」
「ああ。付き合いが短い割に、随分と信用してるみたいだからね」
ベラトールは、ふう、と息を吐いて……それから、彼女なりに言葉を選びつつ、言う。
「ガーディウムは、まあ、分かったよ。あれは嘘を吐けない性質だ。自分が自分で分からなくて答えが出ないことがあっても、嘘は吐かないし吐けない性質だってね。だが……ヴィアは、また別だろう?」
「まあ、うん。多分、いくつか嘘吐いてると思う」
仲間を疑うような発言だが、これがベラトールの持ち味なのだろうなあ、と理解しているアレットは、特に気にすることもなく答えた。
「それでも信じるのかい」
「うん。便利だしなあ」
「分かります!あいつ、便利ですよね!胡散臭いけど、便利!」
ヴィアについて、本人がここに居たら『もうちょっと他にないのですか!?』と文句を言いそうな言葉を好き勝手言いつつ、アレットとパクスは笑い合う。
……そして、そんな2人を、ベラトールは少々不思議そうに見ていた。
「……いいのかい。あんな変わり者を信用して」
「うん。そこはうちの隊の方針だから!」
だが、アレットもパクスも、ぶれない。
……王都警備隊の方針については、ベラトールも既に聞いている。要は、変わり者であるが故に能力の高さを発揮できない者達を好き好んで集めて上手く回していた、と。
そういうことなら、ヴィアの運用についても納得がいかないでもなかった。それにしても、ベラトールからしてみれば、何故、アレット達がヴィアを『使う』のみならず『信用している』のかは理解できなかったが。
「だから歓迎するよ、ベラトール!あなたみたいな凸凹した魔物はうちにぴったり!」
……だからこそ、ベラトールは戸惑った。
「そ、そんなに私、凸凹かい……?」
「凸凹!お前、凸凹!だって結構酷いこと言うから!」
パクスが立ち上がって堂々とそう言えば、ベラトールは少々顔を顰めて黙った。……自覚はあるのだ。一応。彼女なりに。
「まあ、でも、あなたの言葉は間違ってないと思うし、そういう言葉があった方が物事がより良く、或いは早く進むこともあると思うし」
アレットは気にした様子もなく笑う。何やら楽し気に。
「付き合いの長さだけが解決方法じゃないよ。凸凹が噛み合えば、案外、なんとかなるものじゃない?」
「……そうかい。そういうものかい」
「そういうもの!そういうものですよね、先輩!」
「うん」
ベラトールは、アレット達の会話を不思議な気持ちで聞いていた。
ベラトールは口下手が災いして、あまり多くの関係を築いてこなかった。それこそ、長らくずっと一緒に居て、世話をしていた弟分、妹分達以外との交流など、ほとんどなかったのである。
だからこそ、ベラトールは他者との付き合いの長さが信頼の深さであろう、と、思っていた。
……だが、今。そうではない例を目の当たりにしている。
「……そういうもんかい。だからあんた達は、私もあっさり信用しちまってる、と?」
「まあ、うん。姫様も、まあ大丈夫だろうって仰ってたし。そもそも利害は一致するし」
随分とあっさりしたアレットの言葉を聞いて、ベラトールは納得したような、まだ呑み込めないような、そんな気持ちで曖昧に頷いた。
ベラトールからしてみれば、自分はともかく、ヴィアを信用する理由がよく分からない。戦い方を見ていてもヴィアのことはよく分からなかった。それだけ、ヴィアが戦い慣れていない、ということなのだろうが。
……だからこそ、ヴィアが銃を持つ理由が、分かるような分からないような、そんな心地なのだ。
ヴィアが銃を確認する姿は、ベラトールには少々、不思議に見えた。戦えない者が戦う力を欲する理由を、ベラトールは知らない。だからこそ、ベラトールはヴィアを警戒しているのだが。
「あっ、始まったみたい」
話している内に、町の方から悲鳴が聞こえてくるようになる。どうやらソルとヴィアが暴れはじめたらしい。
「じゃあもう行っていいですか!?」
「いや、それはまだ」
パクスを宥めるアレットを眺めて、ベラトールはひとまず、目の前の戦いに集中しようと気持ちを切り替えることにした。




