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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第三章:忠誠と殉難【Aeternum gaudium】
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目覚め*7

「フローレン!今助ける!」

 アレットがぎょっとしたのも一瞬。騎士団長の剣は室内にありえない程の風を巻き起こし、それに巻かれてソルが体勢を崩す。

 ソルは必死に羽ばたいて何とか体勢を立て直すが、その体には切り傷が数本走り、血が滴る。……どうやら騎士団長の風の魔法は既に相当な域に達しているらしい。

「次は必ず……」

 更に、騎士団長は次なる一手のためにまた剣を構え直す。……これではたまったものではない。

「お、おい!人質はこいつ一人じゃないんだぞ!?」

「知ったことか!」

 ソルが叫ぶも、それを上回る声量の叫びが返ってくる。その言葉1つで、周囲の兵士達もぎょっとした。

「……俺の、知ったことではない!俺を陥れようとする家臣共も、俺を裏切った女も、国の転覆を謀る一団に祭り上げられた愚か者も!それらの為に、フローレンを失う訳にはいかん!」

 誰よりも周囲の人間達が愕然としただろうが、ソルも、アレットもまた、愕然とさせられる。

 ……騎士団長が勇者めいた力を発揮した上、随分と自棄になっている。予想しなかった事態に、どうしてよいものやら、咄嗟に考えが纏まらない。

 だが、騎士団長は容赦なく攻撃を仕掛けてくる。剣は鋭く風を纏って、ソルを宙から叩き落さんと迫る。ソルはアレットを掴んだまま何とか姿勢を立て直そうとするが、どうにも劣勢は免れない。

「ソル、放して。このままじゃソルが」

「いや、ここでお前を放しても、俺達が皆殺しにされるだけだ」

 ソルは必死の形相で思索を巡らせている。……多くの仲間が生き残る方法について。

 今、騎士団長の攻撃がまだソルにも耐えられる程度であるのは、ソルがアレットを捕まえたままであるからだ。そして同時に、他の仲間へ攻撃が向かないのも、騎士団長がアレットの奪取に必死だからだろう。

 もし、ソルがアレットを放した場合。アレットは人間側に取り残されることになり……そして、『人質』を失ったソル達は、騎士団長からの容赦のない攻撃を受けることは免れない。

 今、アレットが盾として働いているからこそ、なんとか逃げおおせている。そういう状況なのだ。

「フローレンを放せ!」

「誰が放すかよ!放したら俺を殺しにかかるんだろうが!」

 ソルは吠えつつ、他の魔物達にちら、と目で合図を送る。……なんとか出口へ向かえ、と。

 パクス以外はソルの意図を理解して、それとなく出口へと逃れ始める。パクスは慌てながらソルとアレットを見ていたが、ガーディウムに背を叩かれつつ引っ張られて、なんとか入り口の方へと向かっていった。

「騎士団長殿!いけません!リュミエラさんに……リュミエラさんに、危害が及ぶかもしれません!」

 アレットはなんとか騎士団長の攻撃の手を緩めさせようとするが、騎士団長は変わらず、剣を構える。

「魔物が約束を守るとは思えん。それに……」

 そしてまたも渦巻く魔力に、アレットは、最早自分の言葉も騎士団長を止める力を持たないのだと、悟った。

「……悪いが、リュミエラよりも、フローレン……お前の方が、余程大切なのだ!」

 強い意思によって振り抜かれた剣は、またも、鋭い風の刃となってソルを襲った。




 このままでは埒が明かない。ガーディウムはそう、悟る。

 自分達だけが逃げることは可能だろうが、今、ここでソルとアレットを失う訳にはいかない。だが、ソルとアレットは次第に神殿の奥……出入口とは反対の方へと追い詰められていく。

 宙を渦巻く風の魔法によってソルは飛行を不安定なものにされており、宙に留まり続けるだけで精一杯な様子だ。そしてアレットは、翼を出すことができずにいる。

 ……アレットが飛ぶわけにはいかない。彼女が魔物だと分かったなら、騎士団長はいよいよ、この場の生き物を全て皆殺しにしかねない。

 だが、このままでは間違いなく、ソルが殺され、アレットを奪われる。……半ば気が狂っているのではないかとさえ思える、騎士団長によって。

 ならば、ガーディウムが出す答えは、1つである。彼は神殿の床を蹴って、騎士団長の方へと向かいかけ……。

「ここは私の出番だな!」

 ヴィアの声が響き、続いて、ぱん、と、乾いた音が響いた。


 ぱっ、と血飛沫が上がり、騎士団長は痛みと衝撃によって動きを止める。

 ……騎士団長に血を流させたのは、一発の銃弾。そして、その銃弾を放ったのは、神殿の壁からぬるりと生えた、透明な粘液の手。……ヴィアが神殿の壁に潜み、銃の引き金を引いていたのである。

 更にもう一度、ヴィアが銃に弾を込めて撃ち出せば、今度は周囲の兵士に弾が当たって血飛沫が上がる。その辺りでベラトールがヴィアの透明な体を神殿の壁から引き剥がして背に乗せて走り出していた。

「撤退!」

 ソルが傷ついた体に鞭打って大きく羽ばたけば、びゅう、と神殿の中を黒い風が吹き抜ける。ソルは真っ直ぐ、神殿の出口へと飛んで、アレットを掴んだまま、神殿の外へと飛び出した。

 ヴィアを担いだベラトールも神殿から飛び出し、そしてパクスとガーディウムもまた、なんとか逃げ出してくる。

「待て……!」

 だが、騎士団長もまた、皆を追って出てきた。

 完全な不意を突いて脇腹を掠めた弾丸は、確かに騎士団長に傷を負わせた。だが、それでも騎士団長はまだ動けるらしい。

「フローレンを、返せ……!」

 血を流しながらも、騎士団長は剣を構える。……そしてその剣に魔力が集まると、鋭い風の斬撃となって、魔物達を追いかけた。




 逃げる速度なら、魔物の方が速い。普通の人間には決して追い付かれない速さが、魔物にはある。……だが、騎士団長は『普通の人間』ではないらしかった。

 びゅ、と風が巻き起こり、宙を飛ぶソルに大きな打撃を与える。室内でない分、まだ風の影響はマシであったが、それでも体勢を崩される。

 ソルが舌打ちする間に、今度は目の前の地面が大きく隆起した。突き出した岩石の槍が魔物達を貫かんと襲い掛かる。それらをなんとか躱して、魔物達は方向転換を余儀なくされた。

 だが、そうしている間にも、騎士団長が迫る。およそ人間にはあり得ない速度で、飛ぶようにこちらへやってきて……そして、ソル目がけて、再び風の刃を放った。

 ……そして。

 ソルはアレットを放り出した。


 放られたアレットはパクスによって受け止められ、そのまま担がれて運ばれていく。そして、ソルは1人、風の刃に向き合った。

 アレットが投げ落とされた先から見上げたソルは、風の刃に斬りつけられ、それでいながら、切り刻まれはしなかった。軽傷は甘んじて受け入れ、深手を負うことだけは避けたのである。見えない刃を見て躱すという、およそありえない芸当を、ソルはやってのけていた。

 ひらり、と宙で逆さまになり、かと思えば一度の羽ばたきで大きく上昇し、続けてすぐ翼を体にぴたりと付けて急降下。地面に激突する直前、大きく翼を広げてその場を離脱すれば、一瞬前までソルが居たあたりの地面が風で大きく抉れ吹き飛ぶ。

 これは確かに、アレットを運んだままでは不可能な動きだっただろう。アレットは自分が放り出された理由を知った。

 だが……だが、同時に、それがソルにとって良いことばかりではないということも、分かっている。

「ようやくフローレンを手放したか!ならば容赦は無用だな!」

 騎士団長はにやりと笑うと、次なる攻撃に向けて剣を構え始めた。

 ……アレットを取り戻すためではなく、今度こそ、ただ、ソルを殺すために。


 だが。

 ソルが覚悟したその瞬間、ぱっ、銀色の風が駆けていく。

 無謀な位置に突出したのは、ガーディウム。王女を喪った、王女の盾である。

 ……そうして騎士団長の剣は、咄嗟にガーディウムへと向けられた。




 風が渦巻き、その中にガーディウムが飲み込まれる。血飛沫が上がり、しかし、それでもガーディウムは止まらない。騎士団長は咄嗟、ソルとガーディウム、どちらを狙うべきか迷ったらしい。

「何処を見ている!お前の相手は俺だ!」

 騎士団長の隙とは関係なしに繰り出された爪は、剣に匹敵するほどに鋭い。騎士団長は剣でガーディウムの爪を受け止め、鍔迫り合いとなる。

 だが、獣の戦い方はお上品な鍔迫り合いになど収まってはいない。ガーディウムは身を乗り出し、自らが斬りつけられる恐れなど捨てて、騎士団長の右腕に噛み付いた。

「ぐっ……!」

 騎士団長は呻き、剣を取り落とす。しかし、自らの腕を噛み千切られる前に、と、左手で懐からナイフを抜いた。

 ……そして。


 ソルの足が騎士団長の側頭部を勢いよく蹴りつけたのと、騎士団長のナイフがガーディウムの胸を刺し貫くのとが、同時だった。




 騎士団長はソルの蹴りによって昏倒した。どさり、とその場に倒れ、腕から流れる血が、どくどくと地面へ染みていく。

「ガーディウム!」

 倒れた騎士団長は捨て置き、ソルはガーディウムへと寄った。

 ……ナイフは、ガーディウムの分厚い毛皮と筋肉を裂いて、深々と突き刺さっていた。傷口から溢れた血が、銀の毛皮を赤く染めていく。

「おい、ガーディウム……なんで庇った!」

「お前が居た方がいい。今後もアレットは人間達の中へ行くことになるだろう。その時……お前なら、アレットを迎えに行ける」

 ガーディウムは事も無げにそう言うと、顔を顰めながらナイフを抜いた。

 ずる、とナイフが抜き取られれば、どぷり、といよいよ血が溢れ出す。それを布で押さえて、ガーディウムはどこか満足気に言う。

「……これが俺の役目だ」

 血が失われていくのに応じて、ガーディウムの視線が虚ろに彷徨う。

「王女の盾、だ。俺は。……王女亡き今、俺は……ただの、盾、だ。誰かを守れるなら、この身に意味があったと思える。本望だ」

 ……だが、ガーディウムは一度目を閉じると、しばし瞑目して……次に目を開けた時、はっきりとした意思を瞳の奥に宿していた。

「傷を焼いてくれ。血を止める。それでどれだけ持つかは分からんが……ひとまず、ここを離れた方が、いいだろう」


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― 新着の感想 ―
[一言] 騎士団長いろんな意味ではっちゃけ過ぎだよ…
[良い点] ・騎士団長のはっちゃけ ・パクスのナイスキャッチ ・ソルの飛びっぷり [一言] ガーディウムが……うぅ……そういう時はナイフ刺したまま移動するんだよ!!!(手遅れ) ヴィアは銃の腕どんな…
[一言] 騎士団長がフローレン命になってしまうとは…
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