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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第三章:忠誠と殉難【Aeternum gaudium】
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目覚め*5

 翌朝。アレットは天井からぷらりとぶら下がったまま目を覚ました。

 逆さまの景色をぼんやり眺めて、それから、『ああ、昨夜はぶら下がって寝たんだっけ』と思い出してにっこり笑う。

 久しぶりに蝙蝠らしい眠り方ができたからか、随分と体が休まった。アレットは腕と翼を大きく伸ばすと、天井から足を離して滑空する。ひらり、と床に降り立てば、その辺りで寝ていたベラトールがアレットの気配に目を覚ました。

「おはよう、ベラトール」

「ああ、もう朝かい。……おはよう」

 ベラトールはどちらかというと、朝より夜に元気になる性質らしい。少々眠たげに欠伸をして体を起こす姿を見てアレットは微笑むと、早速、朝餉の支度を手伝うべく外へと向かう。

「おはよう、ソル」

「おう。よく眠ってたな」

「うん。おかげさまでぐっすりだったよ」

 案の定、外ではソルが朝餉の支度をしていた。持ってきた人間の肉を細かくして炒め、野草数種や押し麦と合わせて煮込んだらしいものが鍋でくつくつと煮えていた。

「人間は?」

「来てたら暢気に鍋かき混ぜてねえって」

「それもそうか」

 神殿の前は静まり返り、人間の気配はどこにも無い。それもそのはずである。人間の脚では、どんなに急いでも今日の夕方以降の到着になるだろう。

「ま、そういう訳でとりあえず飯にするぞ。起きてる奴全員呼んでくれ。ただしアレット。お前は神殿の中で食えよ?」

「はーい」

 アレットは早速神殿の中へと戻ると、未だ寝ぼけかけのベラトールを起こしてやり、丸くなっていたガーディウムを起こしてやり……夜中から日の出まで見張りを行っていたのであろうパクスとヴィアがとんでもない寝相になっているのを見て、『もうすこし寝かせておいてあげよう』と頷くのだった。




 食事を終えてしばらくすると、パクスとヴィアものそのそと起きだしてきた。パクスは目をしぱしぱと瞬かせ、ヴィアはどことなくでろりと柔らかそうであった。つまり、両者共に眠いらしい。

 そんな寝坊助に食事の椀を持たせつつ、皆はそれぞれ、人間達がやって来た時のことを場合分けしつつ打ち合わせておく。

 騎士団長が単身乗り込んできた場合には戦わず、交渉だけ行う。騎士団長と数名の人間が来た場合には最初に交渉を持ち掛け、決裂させる。その後は死人を出しつつ、リュミエラが生きているという情報だけ出して適当に逃げる。人間が群を成してやって来たならば、その時は可能な限りの殺戮を行い、リュミエラについての情報を出して撤退。

 ……要は、騎士団長以外は殺しても構わず、適当に残すならば勇者と共に居た兵士か親勇者派の副団長を、という程度のものである。

「早く来ないですかね!俺はそろそろ待ちくたびれました!」

「まだ1日と経っていないだろう」

「そっか!それもそうですね!」

 パクスは早速しびれを切らし始めたが、まだまだ待つことになるだろう。休暇だと思ってのんびりしようかな、とアレットは考えつつ、見張りを買って出たパクスと連れ立って神殿の周りの野草を採取したり、それらを干して茶の材料にすべく加工したり、と元気に動き始める。

 アレットを見ていた他の面々も、羽繕いしたり、毛づくろいしたり、爪を磨いたりナイフを磨いたり、と、思い思いに過ごし始める。

 久々にのんびりとした時間が、のんびりと過ぎていった。




 それから、2日。

「おーい!皆ー!来たぞー!お待ちかねの人間共だ!」

 ソルの元気な声に皆がはっとして身構える。皆、この時を待ち望んでいたのだ。磨いた爪やナイフは準備万端。アレットも捕虜らしく祭壇の上に寝転んで、人間共を迎え入れる舞台は整った。

「ソル!人間の数はどうだ!?」

「ざっと見たところ、少数精鋭、ってかんじだな!騎士団長の他、テントの中でちらっと見た奴も居た!」

 ソルの報告を受けて、アレットは『ひとまず副隊長か勇者のところの兵士は居るのかな』と見当をつける。

「最初は交渉で行くんだったな」

「ソル。任せていいか。俺には少々荷が重い」

「分かってるって。こういうのはアレットがやらないなら、後は俺かヴィアだろ」

「俺は!?隊長!俺は!?」

「お前は喋らせたら向いてねえが、威圧には丁度いいだろ。よし、ヴィアはアレットを頼む。他は俺に付いてきてくれ!」

 ソルが号令を掛ければ、わおーん、と嬉しそうに鳴くパクスを筆頭に、皆がソルについて神殿の外へと向かっていく。

「隊長!隊長!折角ですし屋根の上、上りませんか!?屋根の上から人間共と交渉しましょう!」

「なんでだよ」

「その方がかっこよくないですか!?」

「……まあ、急襲はしやすいかぁ。よしよし、じゃあパクスの言う通りにしてやろうな」

「やったー!」

 何とも楽しそうな一行に取り残されたアレットとヴィアは、『どうなることやら』と、やはり半ばワクワクした心地で彼らの成果を待つのだった。




「よお、人間共!」

 ソルは神殿前に集まった人間達を見下ろして、にやりと笑う。

「勇者が盗んだ神の力は持ってきたんだろうな!?」

 ……神殿の入り口の上。屋根の上から人間達を見下ろして、4体の魔物が笑っている。

 これが人間達にとって中々の衝撃であることは想像に難くない。特にその内の1人、ベラトールについては、このあたりで散々暴れまわって人間達に特別警戒されていた魔物なのだ。ベラトールの姿を見てたじろぐ人間も、少なくなかった。

「……勇者はまだ来ない!」

 だが、その中で騎士団長は朗々と声を張り上げ、ソルを睨む。

「先に人質の確認をさせてもらおうか!」

 剣に手は掛けていない。人質を取られているという意識はあるらしい。だが、いつでも剣を抜いて応戦できるように警戒しているということは分かる。

「おい、勇者は来ねえってどういうことだ?人質は諦めたってことかよ」

 そこでソルは凄んで見せた。あくまでも交渉の優位に立つのはこちらであると、言外に強く押し出していく。

「……連絡に手間取っている。今、勇者は町に不在なのだ」

 少々怯んで言い訳じみた言葉を発する騎士団長を見下ろして、ソルは明らかに機嫌を損ねたような顔をしてやった。

「……ああ、そういうことかよ。つまり……これ以上お前らに期待してもするだけ無駄ってことだな?」

 ソルの言葉を聞いた人間達の間に緊張が走る。だが、ソルは気にせず続ける。

「お前らと交渉しても勇者が来なくちゃあ意味がねえ。で、勇者はここに来る気がねえんだろ?違うか?」

「それは違う!……時間はかかるが、必ずや、勇者をここへ連れてこよう」

 だが、騎士団長は慎重に、あくまでも交渉の姿勢を貫くようだった。

「その為にも……人質の確認をさせてほしい。どうか」

 騎士団長は、じっと、ソルの方を見つめる。屋根の上の魔物達からの視線を受け、その額に緊張の汗を流しながらも、逃げ出すことはしなかった。

 ……中々骨のある人間だ、とソルは笑う。

「どっちか片方だけなら許す。そうだな……」

 そこでソルは、ポケットから小石を取り出し、1つが黒く、もう1つが白いことを確認させた。……それらを手の中に戻して数度かき混ぜて、人間達から見えないように、1つずつ両手に握り込む。

「右と左、どっちがいい?」

 騎士団長は『何のことだ』と言わんばかりの顔をしていたが、じっとソルが見つめていると、やがて、『右』とだけ言った。

 ソルはそれを聞いてから右手を開いてやって……その手に握っていたものを投げ落とす。

 騎士団長の目の前に落ちたそれは、黒い小石だ。

「黒、だな。じゃあ髪の黒い方だけ確認させてやる。ただし、妙な真似をしてみろ。その時は人質もお前らも、可能な限り殺す」

 ソルはそう言って、左手に握り込んで隠していたもう1つの黒い小石をそっとポケットへ戻すのだった。




 そうして『準備』の時間を置いた後、人間達を神殿の中へと招き入れる。

「全員、武器は外に置いていけ」

「断る。そちらは武器を持っているだろう」

「そうだな。俺達の武器は剣やナイフだけじゃねえ。爪も牙も武器だ。……だが、こっちの手の内にはそっちの人質もあるんだ。文句は聞かねえぞ」

 騎士団長は武器を置いていくことに躊躇いを感じているようであったが、それならば、と、『隊の半分は武器を置いて中へ入れ。もう半分はこの場に残れ』と指示を出した。もし魔物達の裏切りに遭っても即座に全滅しないであろう人数を神殿内部に投入し、残り半分は武器を持ったまま待機させる、ということらしい。

 そこへ、一度神殿の中へ入ったパクスが外へ出てきた。

「言った通りにできたか?」

「はい!出来ました!完璧ですよ、隊長!」

 当然、これは『人質関係の準備を行った』という偽装である。ソルがパクスに命じたのは、『神殿の中に入って、アレットとヴィアの前で右に3回左に3回回ってから、これから人間が来る、と伝えろ』というものであったので。

「よし。それなら……入れ。武器を置いていく度胸のある奴だけ、な」

 ソルはにやりと笑って神殿の中へと入る。その後姿を見た人間達の半分程度が、そっと武器を置いて、神殿の中へと入るのだった。




「……フローレン!」

「騎士団長殿……」

 人間達が真っ先に見たのは、祭壇の上で拘束され、転がされているアレットの姿だ。『髪の黒い方の人質』ことアレットは、祭壇の上でぐったりとしつつも気丈に振舞ってみせる。

「申し訳ありません。このように、ご迷惑を……」

「いや、いい。気にするな、フローレン。お前は無事なんだろうな」

「はい。……ここの空気が合わなくて、少し、疲れてはいますが」

 力無く笑いながらアレットがそう言えば、騎士団長は唇を噛んだ。アレットをここへ置いていくことを躊躇っているのだろう。

「騎士団長殿。いざとなったら私のことは捨て置いてください。けれど、リュミエラさんの方は、そうもいかないでしょう?だからどうか、彼女を優先していただきたいのです」

 更にアレットがそう健気なことを言えば、騎士団長は『そんなことは決してしない!』と即座に答える。どうやら相当にアレットを気に入ってしまったらしい。厄介といえば厄介だが、便利といえば便利だ。何物も使いようである。

「あの、騎士団長殿。ご報告しかできませんがリュミエラさんも、無事です。さっきまでは一緒に居ました。私がここへ連れてこられる時、また別の方へ連れていかれてしまったようでしたが……」

「そうか……」

 ……騎士団長は、『今はリュミエラはどうでもいい』と言わんばかりの表情でアレットを見つめている。人間達にとって大切なのは明らかにリュミエラの方なのだが、騎士団長個人においてはアレットの価値がリュミエラの価値を上回るらしい。

「……リュミエラさんは、勇者様の到着を待ち望んでいます。勇者様は、いらっしゃらないのですか?」

「ああ……連絡が取れない」

 騎士団長は表情を曇らせる。

「その、勇者様は……本当に、邪神の力を、手に入れている、のでしょうか……」

「……魔物共はそう、言っていたが……本当に、そうなのかもしれん」

 アレットの問いかけに、騎士団長はじっと、考え込む素振りを見せる。

「騎士団長殿。魔物達の会話を、聞いてしまったのですが……」

 そこへアレットは小声で話す。如何にも、魔物達の耳を気にするように。

「……勇者は、魔王としてこの地に君臨し、我らの国へ戦争を仕掛ける気ではないか、と。魔物としてはそれをなんとしても阻止しなければならないが、既に邪神の力は勇者の手にある、と……」




「……で?お前ら人間はこれからどうするって?」

 アレットと騎士団長の密談に割り込むようにしてソルが飛んできた。アレットの言葉に騎士団長が反応するより先にやってくることで、諸々の判断を後回しにさせる狙いである。

 勇者への不信感に『魔物から得た情報』もとい『魔物の群れの中に捕らわれた味方からの情報』を足していくことで、そこに大きな虚像を生み出すのだ。

 今、騎士団長の脳裏では、勇者が人間の国を転覆させようとしている様子がありありと浮かんでいることだろう。

「勇者は神の力を返すのか?返さねえのか?どっちなんだ」

「……返させる。必ずや。勇者を探し出し、神の力とやらを出させよう。だからそれまで、人質は……」

 騎士団長は必死の様相でソルにそう、言う。

 ……これでひとまず、騎士団長は公に反勇者の立場で動いてくれることだろう。勇者の糾弾なども行ってくれれば最高だが……。


 その時だった。

 足音が神殿の外から響いてくる。アレット達が身構えると、そこには。

 ……外で待機していたはずの兵士達が武器を携えて、突入してきていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ヴィアさんが眠いとでろりとするなら、寝てる時のとんでもない寝相っていうのはまさか半分くらい溶けてるのか…!?
[気になる点] あー、そういう…これは乱戦ですかねえ…
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