目覚め*3
「はあ、すっきりした!」
そうしてたっぷり2時間後。ベラトールは肉の塊を持って戻った。
「お帰り。それ、焼く?」
「こんな奴の肉食ったって何にもなりゃしないよ。どうせ食うなら人間の戦士の肉の方がいい」
「なら俺が食いたい!まだ食い足りない!食いたい!」
「……ま、いいよ。好きにしな。柔らかくて美味いことは美味いかもね。私はもう気が済んだからそっちで食っていい」
ベラトールは肉の塊をパクスに放ると、パクスはそれを受け取り、『早速!』と焼き始めた。尤も、手際が悪く、ソルが横から『あーあーあーあー』と声を上げつつ手伝う羽目になっていたが。
「……いかがですか、お嬢さん」
そんなパクス達を見ていたベラトールの元へ、ヴィアがぬるりとやってくる。
「いかが、ってのは?」
「復讐を終えたご感想は?」
ちら、とヴィアを見上げてみるも、ヴィアの顔にあたる部分は只々透明な粘液で表情など何も在りはしない。強いて言うなら細かな泡がふわふわと浮かんでいるくらいだが、それを読み取れるほど、ベラトールはヴィアとの付き合いが長くない。
「……ま、感想って程のモンも無いね。すっきりした。それだけさ」
「成程、成程……」
ヴィアは興味深げに、顎に手を持ってきつつ頷いて見せる。
……ベラトールはヴィアのようなスライムは初めて見た。このように身振り手振りするスライムというものは非常に珍しく、そして、奇妙だ。今も妙に分かりやすい仕草をしているが、わざわざ粘液を体の形にし、その身振り手振りまでそれらしくするとは恐れ入る。
「当然だね。すっきりした以上の何かがあるわけじゃあない。アイツの命令で戯れに殺された弟分も妹分も、戻ってはこない」
ベラトールはそう言って、地面に寝転ぶ。先程ソルとアレットとパクスがやっていたように寝転んでみれば、枯れた木々の枝の向こうに見える空が眩しい。
「……けれど、すっきりしたんだよ。随分と久しぶりの感覚だ」
「そうですか。それは何より。麗しの女戦士の気持ちが多少でも晴れたというのであれば、それは喜ばしいことですね。これから貴女のその鋭い爪はより迷いなく振り抜かれることでしょう!おお、想像するだけでもその美しさに身震いしてしまいそうだ……」
「全く、口が回ることだね」
妙に口の回るヴィアに呆れつつ、ベラトールはふと、思う。
「……あんたも復讐したい相手でも居るのかい」
「おや。何故そのように?」
「ただの勘だけどね」
じっ、と透明な粘液の頭部を見つめてやれば、ヴィアは少々、たじろいだ。
「……まあ、人間共を皆殺しにしてやりたい、とは、思っております。そして、私の力では叶わぬ望みだろう、とも」
「へえ、そうかい」
ベラトールはこれ以上虐めてやる気も無くなって、ヴィアから目を逸らした。
……嘘を吐いているとは思えない。何かを隠しているようではあるが、少なくとも、こちらへの敵意は無い。ベラトールはヴィアのことをそう、判断した。奇しくもレリンキュア姫と同じ判断であったが、ベラトールはそれを知らない。
「ま……叶うといいね。あんたの復讐も」
「……ええ」
ヴィアは少々もじもじと、指を組みなおしていた。ベラトールはちら、とそれを見て笑う。
「ま、悪くないよ。復讐ってのは。すっきりして……すっきりしすぎちまって、これからどうすんのか分かんなくなりそうだけど。……でも私はもう、どうするかまで決まってるからねえ、ありがたいことに」
ベラトールは笑って、思う。
……恐らく、ベラトール1人であったのならば、リュミエラを殺した時点で目的を見失っていたのだろう。だが、今のベラトールには、少なくとも借りを返すという目的がある。
期せずして手に入れてしまった仲間は、ベラトールを縛りもするが、支えもするのだ。煩わしくもあるが、それを補って余りある程にありがたい、と、思う。
「ふふ、丁度良かったよ。あんた達に拾ってもらえてさ」
「それは何より。私も貴女のような美しいお嬢さんと共に居ることができて幸福です」
「……最初、水浴びしろだのなんだのうるさくなかったかい、あんた」
「えっ!?それはそれでしょうとも!どんな美しい宝石も泥に汚れていれば価値も半減するというものです!」
ヴィアと下らない話をしつつ、ベラトールは笑う。
……随分と久しぶりに笑った気がした。
そうしてリュミエラは腹が減っていた者達のおやつになった。骨は適当に砕いて埋めてしまったので、最早誰にも見つからないだろう。
「よし!じゃあ先輩!どうぞ!」
「……いや、あのね、パクス」
「どうぞ!」
……そして、いざ出発、となった今。パクスは、わくわくとした顔でアレットに背を向けている。アレットは助けを求めるべく、ちら、とソルを見たが、ソルは『好きにさせてやれ』とばかり、首を横に振るだけだ。
「……じゃあ、はい」
仕方ない。アレットはパクスの背に乗ってやった。途端にパクスは『やっぱり、乗っけるべきはリュミエラじゃなくて先輩だ!』と尻尾をぶんぶん振り始めた。
「先輩!俺はお役に立ててますか、先輩!」
「うんうん。よく役に立ってくれてるよ」
「やった!ありがとうございます先輩!」
……まあ、パクスが嬉しそうだからもういいかあ、と、アレットは遠い目をしつつ空の彼方を眺めるのだった。
勇者は来ない。だが、騎士団長は来る、可能性が高い。ついでにアレットは中々に不審な状況で騎士団長の元を離れてしまっており、そして、リュミエラはもう死んだ。
……このまま東の神殿へ向かうことも考えたが、まあ、騎士団長に情報をくれてやってから動いた方がいいだろう、という結論に至った。騎士団長を動かすことは、勇者を殺す手段の1つであり、現状、最も現実味のある手段なのだから。
「動くとしても、すぐには動かないと思うんだけれどね」
「まあ、人間の部隊が動くのであれば指示伝達を挟んで翌朝、ということが多いでしょうね。……ですが、お嬢さんを救いたいあまり、騎士団長が単独で動かないとも限りません。急ぐに越したことは無いかと」
「リュミエラで焼き肉もしちゃってますしね!よし!急ぎますよー!」
パクスはアレットを背に乗せたまま、地を駆り、出っ張った木の根を足がかりに飛び、木の枝に捕まって次の木の根元まで跳び……と、随分自由に動いていく。
「おーい、パクス。お前、アレット運ぶ気が本当にあるのか?」
「はい!先輩ならこの程度じゃ振り落とされないって知ってますから!ね、先輩!」
「うん。そろそろ降ろして」
パクスの言う通り、アレットはこの程度では振り落とされない。だが、それはそれとして、そろそろパクスに運ばれるのも終わりにしたい。
「それで私の代わりにヴィアを乗っけてあげて」
「えっ!?嫌です!」
「嫌とは何だ、嫌とは。全く……まあ、私も気持ちは分かるがね」
ヴィアは、アレットを乗せたパクスより更に遅い。よって今はガーディウムとソルに分けて運ばれているのだが、ソルは元々、重い荷物を運ぶことには長けていない。パクスがその任を引き継いだ方がいいだろう。
……だが。
「いや、パクス。そのままアレットを連れてけ」
ソルがそう言うものだから、アレットは大層驚いた。
「えっ!?いいんですか!?やったー!ありがとう隊長!」
「えっ、えっあの、ソル?まだ私にこのままで居ろって?」
はしゃぐパクスに背負い直されつつ、アレットは只々困惑してソルに聞き返すが、ソルは苦笑しつつ翼をひらひらと振ってみせた。
「どこに人間の目があるか分からねえんだ。『捕虜』はそれらしく運ばれてた方がいいだろ?」
「ああ……そ、そっか……」
……人間が魔物達の目にも留まらぬほど器用に隠れているとは思い難いが。それでも警戒するに越したことは無い。アレットはしぶしぶ、パクスにしがみつく。
「先輩!乗り心地はどうですか!?」
「うーん、背骨が時々当たって痛い」
「じゃあ背骨退かした方がいいですか!?」
「いやいや、どうやって退かすの。やめなさいやめなさい」
パクスの元気かつ考え無しの言葉を聞いてアレットは慌てつつ、パクスの背骨をぱふぱふと軽く叩いた。うっかり退かされてはたまったものではない!
「……そこ3人はどういう関係なんだい?パクスがやたらと先輩先輩って言うのはもう散々聞いたけどさ」
そうして神殿へ向かう傍ら、ベラトールがふと、そうアレットに聞いてきた。ベラトールはしなやかに四肢を動かしながら、パクスと悠々並んで走っている。
「ええと、私達は王都警備隊の兵士達だったんだ。ソルが隊長。私が副長。それでパクスはまあ、私の後輩で、平の兵士。同じ職場の同じ部署だった訳だし、一緒に戦ったことは多いよ。だから仲もいいし」
アレットがそう説明すると、ふうん、と頷きつつベラトールはパクスを見て……そして、首を傾げた。
「……よくこんなバカが王都の兵士になれたもんだね」
「あれっ!?確かに俺は馬鹿だけど言われると腹立つ!なんでだろう!」
パクスはベラトールの言葉にはっとしたような顔をし、ベラトールはそんなパクスを見て『本当にバカなんだねえ……』と一周回って感心したような声を漏らした。
「まあ……一長一短、っていうところじゃないかな。パクスはさ、ほら。頭脳労働にはあんまり向いてないけれど、その分、先陣切って敵に突っ込んでいくような戦い方ができる貴重な戦闘員だし。私やソルが持ってないもの、沢山持ってるからね」
アレットはパクスを撫でてやりつつ、淀みなく答える。
「補い合って戦うには、お互い、欠けてるところと出っ張ってるところが分かりやすい方がやりやすいものだよ」
王都警備隊は基本的に、そういった者ばかり集めた隊であった。『でかくへこんでても、でかく出っ張ってた方がいい』とはソルの談だが。
「……成程ねえ。じゃあ、1人でも欠けたらへこみを埋めてくれる奴が居なくなる、ってことかい」
「まあ……あんまり考えたくないけれどね」
アレットは苦笑しつつ、その可能性を考えて……すぐ、考えるのをやめた。そういったことを考えるには、今は疲れすぎている。
アレットがパクスの背に埋もれて少々眠気を感じ始めた頃。
「なら……その、安心しな。リュミエラの件での恩もある。欠けるんなら、私から先に欠けてやるよ」
ベラトールが、そう言った。
「……少しばっかし、羨ましいね。あんた達には仲間が残ってる」
更に続いた言葉とベラトールの微笑とに、アレットは眠気など吹き飛ぶような心地を味わいつつ、何と言ったものか、回らない頭で考え始める。
「まあ……羨ましくはあるけれど、妬みはしないさ。ただ……」
ベラトールは元々、口が回る方ではないのだろう。ぼそぼそと、少々ぶっきらぼうになりつつ、それでも真摯に言葉を繋いでいた。
「協力してやろうって気になってるのさ。不思議なもんだけど……」
「……ベラトール」
そうしてアレットはようやく、言うべき言葉を見つけるのだ。
「ありがとう、ベラトール」
アレットが上手くもなんともない言葉を発せば、ベラトールは、ふん、と鼻を鳴らして離れていく。丁度、パクスとベラトールを隔てるように巨木が立ち塞がり、両者は会話ができない程に離れることとなった。
そうして、その日の夜。
「俺達は何度ここに来るんだろうなあ……」
「俺達は2回目だな。アレットも2回目だ」
「これだけ来てるんだから神の御加護が欲しいもんだぜ。全くよお……」
ソルがガーディウムと共にぼやきながら神殿の前に立つ。
神殿は人間達の野営の跡を残しつつ、今日も荘厳な佇まいであった。何やら落ち着く気配を存分に味わって、魔物達はしばし、休憩とする。
アレットもまた、神殿の空気を吸い込んでにっこりと笑って、自分が魔物であることを実感した。
……そして神殿内部の天井を見て、またにっこりと笑う。
今夜は久々に、ぶら下がって眠れそうだ。