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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第三章:忠誠と殉難【Aeternum gaudium】
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誘拐*5

 そうして翌日。騎士団は本日の昼、出発予定である。

 行き先は南の町。人間の国との玄関口である港を含む場所であり……魔物の国の中で最も人間がのさばっている場所でもある。

 ……アレットはこの町に、『荷運びの傭兵崩れアレット』として何度か訪れている。王都とは異なり、ここで大規模に人間を殺したわけでもない。南の港町での情報は然程混乱しておらず、また、生き証人も多いはずだ。

 つまり、アレットは行かない方が良い。

 幸い、アレットがここで騎士団を抜ける口実は立てられるはずだ。元々が流れの傭兵。今は王都陥落を前に伝令として逃がされ生き残った敗残兵。根無し草の方が性に合っていると、そう主張すればよい。

 だが。

「フローレン。まだもう少し、付いてきてくれるな?」

 ……騎士団長に、気に入られすぎた。

 アレットは、自らの手を握って離す気配のない騎士団長を見上げて、困った。


「……あの、騎士団長殿」

 アレットは何とか、ここで騎士団を離脱しなければならない。騎士団長からの好意は利用価値のあるものだが、その維持に固執するあまり自らの安全を損なうようなことがあってはいけない。

「私はご一緒できません」

 そう、アレットがはっきり口にすれば、騎士団長は傷ついたような顔をする。

「それは、何故だ」

「勇者の目を欺く唯一の機会だからです」

 だが、アレットの言い訳の技術はこの3年でより磨かれた。相手が納得せざるを得ないような理由を並べ立てるべく、アレットは真摯な態度で、矢継ぎ早に話す。

「私の存在はまだ、勇者には知られていないでしょう。ですから、私が一人ここに残って調査を続けたとしても警戒されません。最悪の場合でも私だけなら、根無し草の傭兵崩れだといくらでも言い逃れできます」

 共通の敵の為に動くのだと主張すれば、騎士団長も反対しにくい。彼とて、勇者について分かることがあれば何でも知りたいところだろう。

「……もう一度、神殿に行って確かめたいことがあるのです」

「それは……」

 騎士団長は口籠る。明確に反論することはできないが、賛同できない。そんな様子であった。

「……騎士団長殿。私は騎士団長殿に隠していたことがあります」

 そこでアレットは、切り札を切る。

 人間達に交ざって生活する中で、ああ、これは使える、と思いつつ、ずっと使わずにとっておいた切り札だ。有効に使える場面は限られ、だが、効果は大きい。それを見込んで、アレットは躊躇うように……それでいて真っ直ぐに騎士団長を見上げて、言った。

「私は魔力持ちです」




 案の定、騎士団長は絶句した。

『魔力持ち』即ち、人間に迫害される対象。それを告白するということは、今すぐ相手に忌み嫌われてもおかしくないということ。

 だが……そうはならないだろう、とアレットは踏んだ。

「……そうか」

 騎士団長は大いに戸惑った様子であったが、ふと、アレットの手を取り、じっと瞳を見つめた。

「明かしてくれてありがとう、フローレン」

 ……そう。今まで積み上げてきたものがある以上、騎士団長は例え忌むべき魔力持ちであったとしても、アレットを嫌い、手放しはしない。アレットはそう踏んでいたのだ。

「……驚かれないのですか?」

「まあ、驚きはしたが……同時に、納得もしている。お前は少し、風変わりな気配をしているものだから」

 苦笑しつつそう言う騎士団長を見て、アレットは『よし、いける』と確信を深めた。

「そう、ですか……騎士団長殿の故郷は、どちらですか?」

「む?私は王都の生まれだが……ああ、母の出身は南の方だったが。それが、何か?」

 アレットは少々情報を引き出しつつ、苦笑して続けた。

「……王都や南の方だと、私の故郷とは事情が違うのかなあ。私、故郷で魔力持ちだと知られてすぐ、『魔物だ』と言われて追い出されてしまったのですが……」

「私はそんな真似はしない」

 アレットが過去を振り返り傷ついたような素振りを見せれば、いよいよ騎士団長はアレットを追いかけるように身を寄せ、握った手を握り直して、囁く。

「フローレン。お前は魔物ではない。……人間だ」

「騎士団長殿……」

 アレットは感激したように騎士団長を見上げ、そして、『いや、魔物なんだけどね』と思いつつも、微笑んで見せるのだった。




 そうして改めて騎士団長と並び、アレットは騎士団長の説得にかかる。

「……その、魔力を使って調べれば、もう少し神殿で何か、得られるものがあるような気がするのです」

「そうか……」

 騎士団長は『よく分からないがそうなのだろう』というような顔で頷いた。魔力の無い人間には魔法のことも魔力の気配もなにもかも理解できないらしいので、本当に『よく分からない』のだろう。

「神殿に居る間に、お話しすればよかったのですが……」

「い、いや、気にするな。お前もそれを告白するのには勇気が必要だっただろう。責める気は無い」

「お心づかいに感謝します。それで……その、騎士団長殿。私が団を抜けることを、お許しくださいますか?」

 こうして大きな情報を出した後に、許可を迫る。騎士団長は分からないことだらけで判断に困るはずだ。そんな中で、如何にも『分かっている』風なアレットがそう迫れば……。

「……必ず、戻ってくるように。それを約束してくれるなら」

 騎士団長はようやく、そう許可を出したのだった。

「はい。必ずや!」

 アレットは心から安堵の表情を浮かべて返事をすると……それからふと思い出して、笑いながらこう、付け足す。

「カミツレ草の花が咲く頃には、きっと戻ります」

 騎士団長はアレットの言葉を聞いて、何やら嬉しかったらしい。口元を緩ませて、『必ずだぞ』と念押しするのだった。




 ……騎士団長との押し問答のせいで、アレットの出発予定は少々狂った。本来ならば、朝の内にここを出てしまうつもりだったのだが、残念ながらそうもいかなくなった。

 現在、昼時であるが、ここでの昼食を経てから解散、ということになっている。……というのも、やはりここでも騎士団長がアレットとの別れを惜しんだためである。

「フローレン、お前、一緒に行かないのかよ!」

「てっきり騎士団に入るもんだとばかり思ってたのによお……」

 他の兵士達もアレットとの別れを惜しみ、声を掛けてくる。……どうやら、アレットはここでも随分と気に入られてしまったらしい。『兵士達に出した野草茶には依存性のある草は入れなかったのになあ』と不思議に思いつつも、アレットは最後の昼食を楽しむふりを見せ続けた。

 ……だが、そんな折。

 アレットの視界の端で、副団長が何か、騎士団長に話しかけているのが見えた。

 もう少し注視してみれば……親勇者派の副団長の横にはもう1人、人間が居るのが見える。恰好からして兵士や騎士の類なのだろうが……。


 ……そうしてふと、その兵士がアレットの方を向き……そして。

 愕然とした表情を浮かべた。

 ……どうやら、出会わない方が良い人間と出会ってしまったらしい。




 アレットがどう動くか迷う間にも、その人間は騎士団長の制止を振り切ってアレットの元へずかずかとやってくる。

「貴様……!」

「え、えっ……私、ですか?」

 咄嗟にアレットはしらばっくれつつ、相手を観察した。

 ……恐らく、南の町の兵士だろう。伝令に来たところで出くわしてしまったのかもしれない。

 ということは……恐らく、この兵士はアレットが魔物であると知っているのだ。悪ければアレットが王都で暴れまわったことを知っているだろうし、運が良くても『人間に化けた魔物が居た』という情報は知っているはず。そしてアレットの顔を見ただけであの様子なのだから……前者である可能性が、高い。

「王都の門で会ったな!?あの時の魔物だろう!?」

「え、ええっ!?」

 それから続いた言葉を聞いて、アレットは自らの運の悪さを呪う。……どうやら相手は、勇者と共に行動していた兵士の1人であるらしい。

「な、何を仰るのですか、一体……きゃあっ!」

 アレットが只々戸惑う様子を見せていると、兵士はアレットの髪を掴むと乱暴にアレットの頭を引き寄せた。

「ど、どうかお気を確かに!私は人間です!」

「黙れ!くそ、この魔物風情が……!」

 兵士が剣を抜く。ぎらり、と陽光に煌めいた刃が、アレットの首筋へと向けられ……。

「……そこまでにしてもらおうか」

 刃とアレットとの間に騎士団長が割って入る。兵士は目を剥いて騎士団長を睨みつけたが、騎士団長は険しい表情でじっと兵士を見つめ……言った。

「彼女は人間だ。その剣を収めろ」


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[良い点] ひえぇーー!!うまくいけばいくほど読者の心は裏切りに傷ついていく! 悪いな団長……魔物なんだ!
[一言] 今なら団長さんと二人きりのときなら文字通り羽を伸ばしても「魔物みたいでしょう?」とか言えば納得してくれるはず!...駄目?
[良い点] あっぶねー! そうか、さっきの魔力持ち告白のおかげで魔物呼ばわりは謂われ無き迫害に見えるのか。 綱渡りだな [気になる点] しかし、冷静に話されたらヤバいよな。 流石の隊長殿も感情のまま…
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