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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第三章:忠誠と殉難【Aeternum gaudium】
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誘拐*4

 リュミエラはそっと、目を開いた。何か途方もなく恐ろしい悪夢を見ていたような、そんな気分で。

 まず見えたのは、自室のカーテン。微かに揺れるそれはいつも通りの光景だ。そこから漏れる穏やかな光も、また。

 ……だが。

「よお。気分はどうだ」

 リュミエラの意識は急速に覚醒する。揺蕩うような微睡みの中から無遠慮に引き上げられ、頭痛と目眩が襲ってくる。

 ……夢ではなかった。リュミエラは全てを思い出し、叫び出したいような、そんな気持ちにさせられる。

「よし。じゃあ早速、話してもらおうか。聞きたいことが山のようにあってな」

 リュミエラは自分を見下ろす5体の魔物を床の上から見上げて、只々、絶望した。




 アレットはのんびりと目を覚ました。寝袋の中からもそもそと這い出してみれば、テントの布を通して外が明るくなっているのが分かる。

「おはよう、ヴィア」

「おはようございます、アレット嬢。良い天気ですね」

「ね。帰還日和だけれど……向こうの様子は?」

 アレットはまた寝袋の中に戻るとヴィアと言葉を交わし、ついでに向こうの様子を尋ねる。するとヴィアはぷるるん、と元気に体を揺らして如何にも上機嫌な様子で答える。

「現在、リュミエラを尋問中です。……勇者の婚約者という割には随分と素直な様子ですね。まあ、虚偽の証言をしている可能性もあるので何とも言えませんが……」

「なるほど」

 アレットはのんびりと頷きつつ、リュミエラの様子を思い出す。そして、ベラトールを前に、立ち向かうのではなく逃げ出す選択を取った彼女らしいな、と納得した。

 臆病だ、とも思うが同時に、賢い、とも思う。勝てないなら戦うべきではない。拷問に耐えられないなら始めから全てを洗いざらい話す方が賢いだろう。

「……情報の真偽をどうやって確かめるかが難しいね」

「そうですね、それなら、騎士団長が知っていそうなことを話させて、それとなくアレット嬢が確認をとればよいのではないでしょうか。勇者とリュミエラしか知らないようなことならともかく、それなら情報の真偽が分かります。それでリュミエラの言葉を試してみればよいかと」

「成程ね。じゃあそうしてみようか。ええと……じゃあ、私が聞きやすいことの方がいいよね。間違っても、リュミエラと騎士団長2人の思い出なんかは聞いたらまずいだろうし」

 それからアレットはヴィアと共にああでもないこうでもない、と少し相談し、概ねの質問内容を決める。ここで決めた内容は向こうのヴィアを通じてソル達に伝わるだろう。

「さて。そろそろ起きなきゃね」

「ええ。朝食の準備でもしてやれば人間達は喜ぶでしょう」

 アレットはにっこり笑うとヴィアをポケットにしまい込み、そのままテントの外へと出るのだった。




 それから騎士団は、神殿前を後にして町への帰路についた。

 道中、魔物に出くわさなかったのは騎士団にとってもアレットにとっても幸運なことだった。もし魔物と出くわしてしまったなら、人間達の目を欺き続けるためにアレットはその魔物を殺さねばいけなかっただろう。

 ……そうして騎士団は野営を挟み、無事に町へと到着する。

 だが。

「これは……これは一体、どうしたことだ!?」

 兵士達は勿論、騎士団長までもが狼狽を隠せない。

 それもそのはず。町は燃え、破壊され、人々はそこらで死に絶えて……つい数日前までの平穏な町の様子は、最早跡形もなく崩れ去っていたのだから。

『わあ、すごい』とアレットは内心で皆の功績を褒め称えつつ、口元を覆って絶句してみせるのだった。




 騎士団長は諸々の報告を聞く間、重々しく沈黙していた。

「……して、生存者は見つかりませんでした。隠れていた様子の者も、1人残らず……」

 兵士達の報告を聞いて、騎士団長はただ、深く深くため息を吐く。

 自分達が不在の間を狙うように魔物の襲撃があったことは偶然か必然か。

 自分達の出発を見ていた魔物がその機を狙って襲撃してきたのならば十分にあり得る。もっと慎重に動くべきだった。……終わった後でそのように考えても、まるで無駄なのだが。

「その、騎士団長殿。リュミエラ様の遺体は見つかっておりません。その……」

「……魔物の腹の中、かもしれんな。生きているなどと楽観はできん」

 騎士団長はそっとため息を吐くに留め、報告に来た兵士に苛立ちをぶつけるようなことは避けた。報告の兵は悪くない。悪いのは注意を怠った自分と、この町に居たにもかかわらず守ることができなかった警備の兵士達。そして何より……罪のない人々を殺した魔物達なのだから。


 それから騎士団は比較的ましな状態で残っていた宿に入り、そこで休むことになった。邪神の神殿からの行軍で、兵士達は疲れている。そしてこの町の惨状を見て、いよいよ気持ちが折れそうになる者も少なくない。

 今、騎士団に必要なのは休息であった。




 その夜。アレットはそっと、騎士団長の部屋を訪ねてみた。

「騎士団長殿。お茶を淹れてみましたが、いかがですか」

「ああ……ありがとう。頂こう」

 騎士団長はサイドテーブルの上に置いてあった酒瓶をそっと脇に退けて、アレットを部屋へ招き入れる。アレットは茶のカップを持って入ると、その内の1つを騎士団長に差し出した。

「……ごめんなさい。お茶よりお酒のご気分でしたか」

「いや……まあ、そういう気分ではあったが。だがそろそろ止めにしようと思っていたところだ。酔い覚ましに茶も悪くない」

 決して弱くはない蒸留酒がほとんど一瓶空になっているのを見て、アレットは『結構飲んでるなあ』と感心する。魔物は人間よりは酒に強い者が多いが、これだけ飲めばアレットも酔うだろう。アレットより酒に強いソルもほろ酔いにはなるかもしれない。パクスはザルなので恐らく酔わないが。

「……その、フローレン。よければ話に付き合ってくれないか」

 アレットが酒瓶を見つめていると、騎士団長はおずおずとそう申し出た。こんなことを願い出るのは初めてなのだろう。そわそわと落ち着かなげで、言葉もあまり歯切れが良くない。

「ええ。私でよければ」

 だがアレットはにっこり笑って、騎士団長が勧めた椅子にそっと腰を下ろす。

「……これも全て勇者の謀略のような気がしてしまってな」

 そしてアレットが座るや否や、騎士団長がそう言うのでアレットは大層驚かされた。

「もしそうだとするなら、リュミエラはきっと生きていることだろう。それならその方が……いや、死んでいった多くの者に対して、それでは、あんまりだな」

 ……騎士団長は自分の言葉の身勝手さに気づいたのだろう。少なくとも団長を拝命している者が発してよい言葉ではない。だが……。

「大丈夫ですよ、騎士団長殿。ここには私と団長殿しか居ません。お酒も入っていることですし、何を言ったってお咎めなし、ですよ」

 アレットは優しくそう言って、自身の分の茶を飲んだ。

 ……酔っている騎士団長相手にどの程度の効果があるのかは分からないが、勇者への疑念をいっそ妄執めいて抱いているというのならば、それを後押ししてやるべきだ。騎士団長をこのまま上手く操ることができれば、彼は勇者を内側から殺す刃となり得る。

「そう、か……すまない、フローレン」

「言いっこなしですよ、団長殿。私もなんだか眠れなくてここへ来てしまったんです。お茶なんて口実で……誰かとお話ししたかったものですから」

 アレットの言葉に、騎士団長は少々、表情を緩めた。アレットへの好意はじわじわと、確実に騎士団長を蝕みつつある。好意を抱く相手は殺しにくく、そして、好意を抱いている相手には殺されやすい。勇者と戦うことを視野に入れても、中々の良い調子である。


「私、町に帰還して、実は然程驚かなかったんです」

 最初はアレットから話す。騎士団長が話を切り出すよりは、アレットがある程度誘導してからの方がいいだろうと考えたためだ。

 また、アレットが先に弱味らしいものを見せておけば、騎士団長も同じ程度の弱味を見せてくれることだろう。アレットは少々迷いながらも言葉を選ぶ。

「ああ……その、この町が襲撃されると分かっていたわけじゃなくて。その、襲撃されて滅びた町を、もう、いくつか見てきたものですから」

「そうか……」

 騎士団長の気づかわし気な視線を受けて、アレットは茶のカップに目を落とす。

「王都での戦いを、少し、思い出しました。……魔物達が一斉に襲い掛かってきて、助けが来ないまま、味方がどんどんやられていって……」

 アレットのこの先の話は、既にした。『勇者がもう少し早く到着していれば』。それは既に騎士団長に聞かせている。わざわざ言う必要も無いだろう。

「……今回のこの襲撃、本当に、勇者様は関係ないのでしょうか」

 代わりに、アレットはずばりとそのままそれを言うのだった。


「リュミエラさんの遺体は見つかっていないと聞いています。もしかしたら、本当に生きておられるのかも」

「まさか……」

 騎士団長は『まさか』と口にしながら、揺れている。勇者が魔物を嗾けて襲撃させた、など、荒唐無稽にもほどがある。だが、それでもそう信じてしまいかねないだけの魅力が、その可能性には詰まっているのだ。

 ……そう。騎士団長にとって、『勇者が諸悪の根源である』という説には多くの希望が詰まっているのだ。

 リュミエラの生存。憎い勇者の失脚。自分の失態の言い訳まで。それらの魅力に、騎士団長は抗いきれないだろう。何せ、これを裏付けるような説を騎士団長は既に持っているのだから。

「勇者は……本当に、邪神に魅入られたのか」

「……神殿に向かった勇者様が神殿にいらっしゃらなかったのです。何かあった、と考えるべきでしょう」

 そう。騎士団は神殿で何も見つけられなかった。儀式の跡はあったものの、それ以外には何も……先に神殿へ向かったはずの勇者の姿をもまた、見つけられなかったのだ。

「くそ、こんなことになるなら、勇者に渡すべきでは……いや」

 騎士団長は苛立ったようにそう零し、それから、気まずげにもごもごと口籠った。

「……まだ、リュミエラさんを想っておいでなんですね」

「……いや。もう忘れたさ」

 だが、騎士団長は振り払うように首を横に振ると、表情を引き締めた。

「だが、当然、無事で居てほしいとは、思っている」

「そう、ですか……うん、そうですよね。私も、彼女の無事を祈っております」

 アレットは騎士団長と微笑み合う。……リュミエラが今どうしているか知っているアレットとしては、何とも言えない気持ちであったが。


「まあ……リュミエラはさて置き、勇者については国へ報告する必要があるだろうな。不審な点が多すぎる」

「あまり考えたくはありませんでしたが……この町の警備の兵が簡単にやられてしまったというのなら、やはり勇者様が関わっていてもおかしくないかと」

 アレットは騎士団長と見つめ合い、頷き合う。これで騎士団長から勇者への疑いは決定的なものとなった。実害が出ている以上、他の者も一切この件について考えないという訳にはいかない。そこでどれだけ、騎士団長が勇者への疑惑を声高に叫ぶかによって、今後の勇者の動きが変わってくるだろう。

「丁度、南の港に他の騎士団が来ているらしい。まずはそこに報告することになるだろう」

 騎士団長はそう言って、先程までよりずっとしっかりとした表情で頷いた。

 ……良くも悪くも、目的というものははっきりとした意思を与える。勇者への追及という目的を得た騎士団長は、この町や元婚約者への被害を憂えるより先に為すべきことを見据え、邁進していくことだろう。

「……お前と話していると、どうも不思議なことに気持ちが落ち着くな」

 そして騎士団長はぽつり、とそう零した。言ってしまってから少々気まずげに茶を飲んで誤魔化していたが。

「ふふ、それはよかった。人間誰しも、考えを頭の中だけでまとめることなんてできませんから。口に出して、誰かに伝えて初めて、そうして言葉ははっきりするものだって、昔教わったことがあります」

 アレットは騎士団長の様子に気づいた素振りを見せずにそう言って笑う。

「それから実は……このお茶、気持ちを落ち着かせる効果がある野草を選んで入れてみたんですよ。効果があったなら嬉しいです」

「ほう、そんなものがあるのか」

「はい。林檎薄荷とカミツレ草の花と……本当は蜂蜜を混ぜても美味しいんですけれど。甘いの、あんまりお好きじゃないでしょう?」

 アレットがそう言って微笑むと、騎士団長はアレットが自分の味の好みを知っていることに感銘を受けたように目を瞬かせる。人間はどうやら自分の茶の好みを覚えられることを好む、というらしいことはこの3年でアレットが学んだことの1つなのだ。

 ……尚、今回の茶には中毒性と依存性のある胡蝶楓は入れていない。胡蝶楓は切らしているので、代わりに道中で採取した糖蜜樺の根を煎じて使った。胡蝶楓よりも甘みが強く、少々の興奮作用がある。沈んだ気分が高揚すれば、他の野草の安眠や安定の効果と合わせて『気分が落ち着く』という結果にもなるだろう。

「……フローレン。またこの茶を淹れてくれるか」

「ああ……ごめんなさい。これと同じものは当面お預けです。カミツレ草の花はこっちに来る前、去年の春に摘んで干して大事に取っておいたやつだったんですけれど、これで使いきっちゃいました」

「なんと……」

 騎士団長は茶が気に入ったらしく、名残惜し気に残り少なくなったカップを覗き込んだ。アレットはそれを見てくすくす笑って、そっと付け足す。

「なので、春が来て、またカミツレ草が手に入りましたらお淹れしますね」

「ああ。必ずや、頼むぞ」

 約束を結んで、『次』を仄めかして期待を繋げさせつつ、アレットはにっこりと微笑んだ。

 ……随分と脆い約束だなあ、と、内心で思いながら。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アレットさんサキュバスに混じってもうまくやれそう [一言] こういうドキドキのトークバトル、どこで人と魔物の違いがバレるかハラハラしてほんといいですね……
[良い点] アレットの騎士団長転がし [一言] そういう生き方をしてきた上、長く生きてるのだからこの手のひらコロコロも納得できる。惚れ惚れする転がし。 パクスがザルなのは、なんか、なんかすごくいい。
[良い点] アレットさんの悪女っぷりが留まるところを知らない…! 人誑しの達人……! [一言] アレットさんにたぶらかされたくなりそうです。 アレット特製ブレンドのお茶を飲んでみたい。
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