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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第一章:反逆【Perversa terra】
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光、一筋*2

 ひとまず、アレットとパクスは人間の死体を漁ると、『遺品』を少々手にし、開拓地へ向かった。

「これ。街道で、亡くなってる方がいて……馬車が一台、また襲われたみたいで」

「なんてこった……ああ、これは北から来る連中のもんじゃねえか!くそ、あいつら、死んだのか……」

 開拓地の人間達に遺品を見せれば、ひとまずアレット達の仕事は完了である。嘆くのも悲しむのも勝手にやらせておけばいい。ついでに後の始末はここの人間達がやるだろう。当然だが、アレット達には死んだ人間を弔ってやる義理は無い。

 嘆く人間達に混じって嘆き悲しむふりをしてやりながら、アレット達は帰りの荷物を馬車に積む。『くれぐれも気をつけろよ』と人間達に心配されながら、開拓地を出て……そして。

「急ごう!」

「了解です!」

 2人で馬車を牽いて走り出した。ごとごとと馬車が揺れるが、それすらも楽しい。

 ここからは時間との戦いだ。帰りの時刻が遅くなりすぎれば王都の人間達が怪しむ。多少はアレットの嘘で誤魔化しが利くだろうが、それにも限度はある。

 そして何より……運ばれたはずの人間の死体。その血の匂いが薄れてしまう前に、パクスの鼻で匂いを嗅ぎ分けなければならないのだ。


 魔物の戦士2人が走れば、馬車は相当な速度で進むことになる。少々無茶な牽き方をしたために傷んだだろうが、それは最早どうでもいい。

「さあ、パクス!頑張って!」

「はい!必ずやご期待に沿ってみせますよ!」

 そうして先程の殺戮の地点まで戻った2人は、早速、周囲を見回す。アレットは少しでも多くの情報を視覚や聴覚から見出そうとし、パクスはひたすら嗅覚に集中する。……そして。

「あっちです!あっちの方から美味そうな匂いがします!」

「だよね。ここに小さく血痕がある。方向は間違いないと思う」

 2人はそれぞれに痕跡を見つけ、早速、そちらへ向かって進み始めた。


 馬車ごと進むのは、馬車を置いていくのがあまりにも危険だからである。パクスはともかく、アレットが失踪したとなれば、アレットが今まで築き上げてきた人間の社会での信頼が一気に失われることになる。

 姫の救出のために使えるものは全て使って、それでも足りない予想なのだ。今、手札を切るわけにはいかない。

 ……かくして、道になっていない、枯れた草原の上を馬車を牽いて進んでいく。車輪の痕が残ってしまうが、そこは慣れた2人のことである。うまく草をかき混ぜて、痕跡を薄れさせておいた。

「こっちの方ですかね……」

「間違いないと思う。もし私なら、やっぱり荒れ地や岩場に隠れたいもん」

 そうして馬車で進めなくなるまで2人は進み、いい加減この辺りならば人間達も置き去りの馬車を見つけることは無いだろう、と踏んだ2人はそこで馬車を置いて、更に匂いの方へと進んでいく。

 ……だが。

「ああーっ……ここに食事の痕があるとなると、匂いはここまでですね……」

 パクスはそう言って立ち止まると、それから、しゅん、と耳と尻尾を垂れさせた。

 ……岩場の手前。そこに、人間の死体の残骸とおびただしい量の血があった。間違いない。魔物の食事の痕跡である。

「こうなるともう、匂いは薄くて追えないです」

「魔物自身の匂いは?」

「うー、薄くてわかんないですね。スライムとか無機物系の魔物だとそもそも匂い無いですし……先輩みたいに空を飛んで行かれちゃうと、匂いは追いにくいですし」

「成程ね」

 魔物も種々雑多である。フローレンのところにもスライムの子供が居るが、彼らはほとんど、水でできているようなものだ。匂いなどあって無いようなものである。また、ゴーレムやリビングアーマーの類など、肉の体を持たない魔物も大勢居る。魔物が魔物の匂いを追えないことはそう珍しいことではない。

 また、地面に染みついた血の香りを辿るなら然程難しくなくとも、空へ逃れてしまった分についてはどうしようもない。風は簡単に匂いや気配を攫っていく。特に、パクスは地を駆る者である。残念ながら、空の匂いを辿るのは苦手だった。

「……まあ、多分、こっちの岩場の方であることは間違いないですよ!多分!」

「まあ、そうだとは思うけれど……うーん」

 アレットは、岩山と言ってもよいような荒れ地を眺めて、呟いた。

「ここを探すのは、結構、骨だね」




「あー!なんか久々に体、動かしてるなー!楽しいですねえ、先輩!」

「ふふ、そうだね」

 パクスと共に岩場を進みつつ、アレットは久々に自身の身体能力を発揮していた。

 不安定かつ不規則な足場を軽やかに駆けていく力。半ば飛ぶようでもあり、半ば駆けるようでもあるそれは、アレット独特の動き方である。一方のパクスもまた、久々に四肢を使って地を駆けていた。アレットより大ぶりで力強い動き方は、地を駆る者のそれであった。

「案外、体が覚えてるものだね。もっと鈍っちゃってるかと思ったけれど」

「そうですねえ。俺も久々に体を伸ばしてみたら、案外動きました。不思議な気分ですねえ」

 アレットもパクスも、およそ人間には成し得ない挙動で、楽しみながら岩場を進んでいった。魔物としての力を存分に発揮することは、今の2人にとっては娯楽でもある。少々の無茶な動作も挟みながら、2人はまるで遊ぶように岩場を進んでいく。


「誰が居るのかなあ。ワクワクしますね!」

「そうだね。案外、私達の知り合いじゃないかなって思うけれど」

 アレットは岩場を進みながら考える。魔物の戦士が生き残っているならば、まあ、十中八九は自分の知り合いだろう、と。

 ……何故なら、アレット自身が生き残っていることからも明らかな通り、王都周辺の警備をしていた魔物が比較的生き残れる境遇にあったからである。

 魔王の側近達は魔王と共に死んだ。王城の中を守っていた魔物達は恐らく、姫の脱出の血路を開くために犠牲になった。

 ……となれば、アレット達王都警備隊のような、王都周辺に居ながら勇者とは対峙せず済み、ひたすら人間の兵士達から民間の魔物達を守っていた立場の戦士が、最も生き残ってここに居る可能性が高い魔物、となる。

 そして、部署が違えども、王都周辺の警備を行っていた戦士であるならば、大抵はアレットの顔馴染みである。地方を警備していた魔物となると初対面になるかもしれないが……まあ、誰が居ても上手くやっていけるでしょう、とアレットは心を浮き立たせた。




 そうしてアレットとパクスは昔の話をしながら岩場を進んでいった。だが、何も見つからない。そうしている内にも時間はどんどん過ぎていく。……そろそろ限界かもしれない。

「どうしようかな……そろそろ引き返さないと、時間が無い」

「ええー、そ、そんなあ」

 もうちょっと探しましょうよお、とパクスは嘆くが、アレットは思案する。

 人間に紛れて姫の処刑の警備に潜り込む権利と、ここで誰かも分からない魔物の戦士1人と出会う可能性。その2つを天秤にかける。

 ……確かに、どのみちアレットとパクスだけでは、姫を救出することはできないだろう。だが、アレットとパクスが人間の包囲を崩したならば、他の魔物が動く助けにはなるかもしれないのだ。

 ここに居る魔物の戦士が誰かは分からないが、ここで人間の荷馬車を襲っている以上、姫の公開処刑については知っていてもおかしくない。ならば、その誰かが公開処刑に際して動いてくれる、と楽観することもまずまずできる。ならば……。

「一旦引き返そう。今夜、私が探す」

 アレットは中断を決意した。アレット1人で夜に探す分には、それほど時間の制約が無い。無論、不眠不休となってしまいはするが、それはそれである。今はとにかく、アレットとパクスが人間の社会の一部として機能していた方が、後々都合がいいだろう。

「うう……すみません、先輩。俺の鼻がもっと良ければ……」

「鼻が良くてもこればっかりはどうにもならないって。気にしないで」

 しゅんとして耳も尻尾も項垂れさせたパクスを励ましつつ、アレットは元来た道を引き返し始めた。

「成果も上がらなかったし、俺、ただ岩場を駆けまわって遊んだだけみたいになっちゃいました……」

「……まあ、楽しかったなら価値があったってことじゃないかな」

「それもそうですね!楽しかったです!うん!ここに来てよかった!」

 アレットが励ますと、案外簡単にパクスは元気になった。空元気なのかもしれないが、つくづく、こんな時世においてパクスのような者は貴重である。アレットは微笑みつつ、もう一度だけ岩場を振り返り……そしてまた復路を進み始めるのだった。




 荷馬車を牽いて走ったアレットとパクスは、無事、王都へ帰り着くことができた。

 いつもより多少遅くなった帰りを訝しむ人間も居たが、アレットが『道中、刃物で喉を裂かれた人の死体があった』という話をすれば、多少の遅れはそのせいだったか、と納得したらしい。特に追及もされず、責められることもなく、アレットは解放された。

 帰り際、パクスの『頼みますよ、先輩!』とでも言わんばかりの期待に満ちた目を見つけて少々苦笑しつつ、アレットはひとまず今晩の食料を調達しに、市場へと向かうのだった。


 ……そうしてフローレンの待つ地下で食事を終えたアレットは、夜を待ち、空へ飛び立つ。

 駆けてもそれなりには速いアレットだったが、やはり飛ぶのが一番速い。夜空を裂くように翼をはためかせ、昼間にパクスと訪れた岩場へと戻った。

 アレットは急ぐ。朝が来る前に王都へ戻らなければならない。時間が無い。耳を澄ませ、目を光らせ、持ち得る限りの全ての感覚を研ぎ澄まし……この辺りに居るであろう魔物の戦士を探し出さなければならないのだ。


 岩場をある程度駆けていたアレットは、途中から低空飛行に切り替えた。

「すみませーん、誰か居ませんかー?」

 人間の住処からは離れた場所だ。遠慮なく、声を発しながら仲間を探す。こちらの声が聞こえたならば、向こうから出てきてくれるかもしれない。

「すみませーん……」

 岩場のあちこちを見回しながらゆったりと低空飛行を続けていたアレットは、ふと、岩の一角に岩以外のものを見つけてそこへ降り立った。

「……炊事の痕だ」

 そこにあったのは、明らかな生活の痕跡だった。

 石を積み上げて作った小さな竈。その中で燃やされたらしい、枯れ木の枝。燃え尽きて灰となったその中に、肉の脂が滴り落ちて焦げ付いたような痕もある。明らかに、知性ある生き物の痕跡である。

 ということは、近い。

 アレットは期待に胸を震わせる。彼らがまだ去っていないのであれば、きっと。


 ……その時だった。

 ぱっと月光が陰る。冬の始まりの凛とした空気に緊張が張り詰める。そして……黒い影が、一瞬で迫る。

 刃が陽光を反射して、ぎらりと煌めいた。




 ……その一瞬を、アレットは生涯忘れないだろう。

 首筋に迫った刃に背筋が凍る。こんな緊張感は久しぶりだった。魔物の戦士たるアレットに、ここまで刃を近づけられる者はそう多くないのだから。

 そして……これほどの歓喜もまた、久しく覚えたことのないものだった。

 刃の持ち主の漆黒の瞳と、一瞬、視線が交錯する。相手の目が、大きく見開かれた。


 ……その一瞬でアレットは瞬時に体を傾けて刃の一撃を躱したが、その必要は無かったかもしれない。アレットが避けずとも、刃は既のところでアレットを避けていっただろう。

 アレットは肌を掠めて飛んでいったそれを振り返る。通り過ぎていったそれによって巻き起こった風がアレットの髪を大きく靡かせ、その表情を期待と希望に彩った。

「……ソル!」

「アレット!?アレットか!?」

 滞空しつつこちらを見下ろして驚く鴉の魔物。その表情が驚きから喜びへと変わると、彼はアレットの前へ降りてきて、その両腕……漆黒の翼で、アレットを抱きしめた。

「やったあ!やった、まさか、あなただなんて!」

 ぴょこぴょこ、と跳ねて喜びながら、アレットは己の幸運を噛みしめた。

 ……ソル。王都警備隊の隊長にして、『銃弾より速い鴉』。

 アレットやパクスを率いていた彼が、今、ここに居るのだから!


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― 新着の感想 ―
[良い点] やったー!もちもち物質先生のヴァイオレンス作品だー!! ダンマスや悪党令嬢が好きだったので楽しみです!! [気になる点] ソルも剣を使ってるみたいですが、両腕が翼になっているハーピィスタ…
[良い点] この、絶対相容れない前提の2つの種族たちがここからどう転がっていくか楽しみです!
[一言] >>「すみません、先輩。俺がもっとたくさん居れば……!」 もっと手勢が居れば、を悔やむのでなく『俺がもっとたくさん居れば…』になっちゃうところがどうにも愛すべきバカ感あふるる‥w
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