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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第三章:忠誠と殉難【Aeternum gaudium】
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情報操作*5

「というわけでちょっと南の神殿まで行ってくることになっちゃったから、ヴィア、連絡よろしくね」

「よいのですか?皆と離れての行動になりますが……」

「うん。まあ、これが私の役割だから」

 ヴィアは心配そうにしているが、アレットの覚悟は決まっている。

「ここで行かなきゃ、私が居る意味が無いよ」

 アレットの役目は、情報を得ること。そして叶うならば、情報を操作し、敵を操ることだ。

 今、既に騎士団長達は勇者に対して若干の不信感を抱いている。それを増幅させ、勇者を人間達に追い詰めさせることができれば、アレット達が直接に戦わずとも勇者を退けられるかもしれない。

 今、アレット達にとって一番の敵は勇者である。それ以外の敵は、各個撃破を心がければなんとかなるだろうが、勇者だけは会敵してしまった時点でもう、逃げる以外の手段を選べない。

 となれば、多くの魔物達の為にも、アレット達が為すべきことの1つは『勇者対策』なのだ。勇者も人間だというのならば、人間達の中でしか生きられないのだろう。そこで人間達から勇者を攻撃させることができれば……。

 ……それに、南の神殿の様子を見に行けるのは十分な利になる。尤も、既に勇者が探索した後なのだろうから、あまり期待はできないかもしれない。それでも、『南の神殿に神の力はもう残っていない』ということが分かるなら、それはそれで重要な情報になるだろう。


「しかし、危険では?」

「これでも王都警備隊の副隊長だったんだけれどな」

 心配そうなヴィアを指先でつついてやって、アレットは笑う。

「大丈夫だよ。もし駄目だって判断したなら、ソルが止めると思うから」

 この情報はヴィアを通じてソルにも届くはずだ。ならば、ソルはソルの判断で動くはず。アレットがあまりに危険だと思うのであれば止めに来るだろうし、そもそもそんなことをせずとも、ヴィアを通して『やめとけ』と伝えてくるだろう。

「成程……お嬢さんはソルを信頼しているのですね」

「お互いに背中を預け合う隊長と副長だからね」

 アレットとソルの間に信頼関係が無ければ、王都警備隊は立ち行かなかっただろう。昼はソルのもので、夜はアレットのもの。だが同時に戦うことも多い。そして2人が同時に戦う時は、お互いがお互いを補い合いながら戦うことになるのだ。

 アレットは耳も目もよく利く。索敵に向く一方で、攻撃するのは然程得意ではない。一方のソルは視野が狭くなりがちであるので、アレットが索敵して、攪乱して、そしてソルがとどめを刺す、という戦い方が合っているのだ。

 かつてはそうして戦ってきた仲であるだけに、アレットとソルの間の信頼は厚い。パクスも付き合いが長い分信頼はあるが、アレットが『何かあったら自分を止めてくれる』と信頼するのはソルだけである。

「まあ、そういう訳で私の心配は不要。心配するならソルがやると思うから。だからヴィアは、私を助けることに専念してほしいんだ」

「成程、そういうことなら分かりました。不肖ながらこのヴィア、お嬢さんの騎士となるべく全力で働きましょう」

 ヴィアの芝居がかった台詞に、アレットは思わず吹き出す。……手のひらに載る大きさのスライムが『騎士』とは。

 可愛い騎士様だなあ、と思いつつ、アレットはヴィアをつついて遊ぶ。ヴィアには『あっ!あっ!つつくならもう少し優しく!優しくお願いします!』と怒られたが。




 そうしてアレットは昼過ぎには村を発つことになった。

「フローレンさん、どうか、お気をつけて」

「ありがとう、リュミエラさん。どうか皆さんもご無事で」

 出立に先立ち、アレットはリュミエラと挨拶を交わす。アレットによって『助けられた』リュミエラは、アレットにそれなりの信頼を寄せているらしい。これを上手く利用すべきなのだろうが……。

 アレットが何かリュミエラに言い残していくべきだろうか、と悩む一方、リュミエラはそっと、騎士団長に近づいて不安げに口を開いた。

「あの……騎士団長様。この村付近の魔物の掃討は……」

「帰還し次第、必ず。まずは魔物の力の根源となっているであろう南の神殿を潰さねばならん」

 騎士団長が答えると、リュミエラは表情を明るくして、よかった、と呟いた。

「よかった。この付近の魔物は必ず皆殺しにしてください。この辺りに魔物が蔓延っていては、今後の開拓にも支障をきたすとお父様が仰っておいででした」

「ああ。必ずや」

 騎士団長は短く答えると、後ろに控えた兵に指示を出し……そして、アレットへと向き直った。

「フローレン。お前は私の隊に同行してもらう。いいか?」

「はい、勿論です」

 アレットは人間の兵士としての敬礼をして見せながら、にっこりと笑ってみせた。

「必ずや、お役に立ってみせます」

 騎士団長はアレットの返事に満足したらしく、少々微笑んだ。

「王国第二騎士団、出発!」

 そして号令が掛けられれば、皆、一斉に動き出す。アレットもまた、騎士団長の隣を歩いて進んでいく。

 目指す先は、南の神殿。そこでアレットは……『勇者を怪しむべき証拠』を見つけ出さねばならない。

 ……当然、普通にやってそんなものが見つかるわけは無いので、捏造することになるだろうが。




 アレットが南の神殿に向けて出発した頃。パクスもまた、南の神殿に向けて出発していた。

「はー、やれやれ。俺の副官は大胆だなあ……人間共と一緒に神殿に突入、とは」

「そうなんですよ!俺の先輩はすごくかっこいいんですよ!知ってました!?」

「知ってる知ってる」

 パクスはぶんぶんと尻尾をふりつつ、ソルと話しつつ先頭を行く。

 今は昼であるので、ソルの目も利かないわけではない。更にパクスの鼻があれば、大抵の敵の存在にすぐ気づくことができるだろう。

 ソルとパクスの後ろにヴィアとベラトールが続き、そして最後尾はガーディウムだ。ベラトールが戦闘に長けているらしいことを考えれば、ベラトールもガーディウムと並んで最後尾に置いてもいいのだろうが、ソルとガーディウムは未だ、ベラトールを信用しきってはいないのだ。

「ベラトール!ベラトール!俺の先輩、かっこいいんだぞ!」

「ああ……うっすらだけど覚えてるよ。黒い髪に赤い目の蝙蝠だろ?中々いい太刀筋だった」

「だろ!先輩はかっこいいんだぞ!」

「パクス。お前さっきから1つのことしか喋ってねえぞ」

 アレットを褒められると我が事のように嬉しいパクスは、尻尾をぶんぶん振りつつ上機嫌で森を歩く。

「しょうがないです!先輩はかっこいいので!」

「……その犬、『先輩』によっぽど心酔してるんだねえ」

 ベラトールはパクスの様子を見て何とも言えない顔をしている。毒気が抜かれているのだ。何せパクスの『先輩先輩先輩!』を聞いているので。

「先輩は俺の命を救ってくれた人なんですよ!しかも命以外も色々救ってくれました!」

「何だ命以外って」

「腹が減ったのとか!怪我が痛いのとか!他も色々ありますけど、ぱっと出てきません!俺、馬鹿なので!思い出したら言います!」

「言わなくていいよ……煩いねえ」

 パクスはベラトールの言葉も気にせず、うきうきと歩く。アレットは出会った時からパクスに優しかった。……否、アレットは大抵の魔物の仲間達皆に優しいのだ。だが、パクスには特別優しいように思えるのだ。

 ……実際、アレットやソルはどうもパクスに甘くなりがちなのだが。

「先輩は俺を拾って、王都警備隊に連れていってくれたんです!先輩のおかげで今の俺があるんですよ!」

「ああー、そうだったなあ。アレットがお前連れてきて、『この子、うちで飼ってもいい?』って……」

 ソルがアレットの真似をしつつそう言うと、後ろでベラトールが吹き出した。アレットの台詞もさることながら、可憐なアレットを真似してみせたソルに笑いを誘われたらしい。

「アレットもよくお前みたいなの見つけてきたよなあ……。拾っちまった俺も俺だが……」

「はい!どうもありがとうございます!隊長大好きです!尊敬してます!」

「はいはい、どーも」

 パクスは上機嫌である。すこぶる、上機嫌である。

 大好きな隊長。憧れのガーディウム。そしてよく分からないが面白いヴィアと、よく分からないどころかほぼ何も知らないがきっと面白いベラトール。……少々皮肉屋で鋭いことを言い、そしてよく笑った姫がここに居ないのはとても悲しかったが。だが、それでもパクスは前を向く。

「さあ!皆で先輩を迎えに行きましょう!」

 パクスはアレットの為に歩いている。だから立ち止まるわけにはいかない。パクスも戦士である。自らの使命を全うすることへの覚悟は、それなりにきちんと持っていた。だからこそ前向きに……元気よく、アレットの元へ向かうのだ。

「おい、パクス。さっきも言ったが、アレットを迎えられるかはアレット次第だぞ?」

「分かってますよー」

 苦笑しつつ、ソルはパクスの背を翼でぱすぱすと叩く。パクスはその軽い感触にまた機嫌よく、元気に歩くのだった。




 ……一方、アレット達もまた、歩いていた。

「疲れないか」

「はい。この程度は堪えませんよ」

 騎士団長から直々に話しかけられつつ、アレットはその隣を行く。

 アレットの身分は、『邪神の神殿について詳しい義勇兵』ということになっている。勇者への疑念についてはまだ、一般の兵達には公開していないらしい。

 突如として現れたアレットへ向けられる不思議そうな目は数多かったが、他でもない騎士団長がアレットを重用している様子を見せれば、兵士達も表立って文句は言ってこなかった。

 ……そう。アレットからしてみれば少々不思議なほどに、騎士団長はアレットを重用する。如何にも大切に扱っている、と分かるような扱いをするのだ。

 今の声掛けもそうだが、アレットが疲れていないかを気にし、アレットに合わせた行軍を心がけているように見える。わざわざ自らの隣にアレットを置くのは監視の役割もあるのだろうが、それにしても少々、警戒が薄すぎるのではないだろうか。

 ……もしや、アレットの正体に既に気づいていて、アレットを泳がせているのではないだろうか。

 アレットはそう考えつつも、ひとまずはただ騎士団長の隣を歩くばかりである。相手が明確な敵意を表出してこない限りは、アレットも相手の芝居に乗ってやるつもりでいた。そもそも本当に芝居かも分からない。ただアレットを客人として扱っているだけなのかもしれない以上は、アレットの方から相手を不審がらせてやる必要も無いだろう。

「邪神の神殿へは数日程ですか?」

「そうだな。この調子で行けば3日目には到着する。……もっと速度を落としてもいいが」

「私を気遣ってくださるなら、速度はどうか落とさないでください。私だって、兵士の1人なのですから」

 アレットはそう言って騎士団長へ微笑みかける。騎士団長は『却って失礼だったか』などと言いつつ、やはりアレットに微笑み返してくるのである。

 ……芝居には見えないが、だとすると騎士団長がこのようにアレットを重用する理由が益々分からない。これが演技であると考えた方が余程明快なのだが……。


 アレットの疑念はそのままに、騎士団は夕暮れる前に行軍を止め、野営の準備に入る。

 アレットは焚火の為の枝を持ち帰ってきたり、水を探して持ち帰ったりとよく働き、兵士達からの覚えも多少良くなったらしい。

 人間達の食事であるので、出てくる食事は当然、人間の肉ではない。塩漬けの豚肉と思しきものを煮戻してスープにしたり、保存の利くパンを焼き直したりして、食事とする。

 アレットは人間に近い形の魔物であるので、人間の食事も問題なく食べられる。魔物の中には人間と同じ食事ができないものも居るので、アレットは幸運だったと言えるだろう。

 尚、スープは、一部アレットが作った。生姜のような味を呈する野草の根を少々入れてみたところ、人間達にも好評であったので、アレットは『その内また野草茶も出してみようかな』などと思いつつ、手近な木の下に座ってスープを飲む。

 ……生姜の入ったスープは、フローレンの得意料理だった。ぴりりとした辛みと爽やかな香りを思い出しつつ、アレットは自分が作ったスープを飲み、あの味じゃないな、とぼんやり思う。

 二度と味わえないあの味を懐かしく思わなくなる日は、きっと永遠に来ない。

 フローレンを想いつつ、アレットはじっと地面に視線を落とし……。

「フローレン」

 そう呼ばれて、はっとする。一瞬、混乱したが顔を上げて騎士団長の顔を見れば、すぐに頭が切り替わる。

 ……今、『フローレン』は自分だ。この名前で人間達の中に潜り込み、人間達を攪乱してやるのだ。そう心に確かめ直して、アレットは立ち上がる。

「……少し、話がしたい。いいか」

 騎士団長は少々周囲を気にしつつ、小声でそう言った。周囲に憚られる内容、ということなのだろうが、下卑たところは見受けられない。となれば……。

「ええ、勿論」

 アレットは若干の緊張を気取られぬようににっこりと笑い……騎士団長が背を向けた時にそれとなくナイフの位置を確かめ、彼について行くのだった。


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― 新着の感想 ―
アレットちゃん、人間の男はな…女の子が自分に向かってニコッ!て笑うだけで「この娘オレに惚れてる!」って勘違いして舞い上がって、その女の子を好きになっちゃう悲しい生き物なんだ…そしてそれは非モテだけでな…
[一言] 人間共を皆殺しに……葬送のフローレン……
[良い点] ふ、不穏〜〜! [一言] 人間側の思惑が分からずドキドキしちゃいますね…… 団長がなにかしら知ってた場合には薬草茶「で」気付かれる可能性もあるわけですかね?
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