情報操作*4
夕食後、騎士団長達は会議に入るとのことで、アレットは部屋へ戻ることになった。
……騎士団長達は、勇者に対して不信感を抱いているらしい。となれば、彼らが魔物の国に来た理由は3通りになるだろう。
1つ目は、勇者が作戦を成功させると踏んで、やってきた場合。この場合の理由は『魔物の国のより強い統治』だろう。
2つ目は、勇者が失敗すると踏んでやってきた場合。その場合は『勇者の代わりに魔物の国を統治すること』が理由になるだろうか。
そして3つ目は、『勇者を監視するため』。……浮上してきた3つ目の可能性に、アレットは笑みを抑えきれない。
このまま、人間の国の公的な騎士団と勇者との間に溝が深まれば、もしかすれば、人間側の最大戦力である勇者と戦わずして勇者の戦力を削ることができるかもしれない。
「中々豪胆なお嬢さんだ。あのような嘘をつらつらと述べるとは」
部屋に戻ってすぐ、ヴィアが声を顰めつつも興奮を隠せない様子でそう語り始めた。
「アレット嬢。あなたは美しくも強く、そして賢い!見ていて清々しい気分ですよ。さながら貴女はこの盤面を操る運命の女神……」
「はいはい、ありがとうね」
ヴィアの台詞を遮って、アレットはヴィアを布団の上に乗せた。ぽす、と柔らかな布団に半ば沈んだヴィアは『お嬢さん、貴女の手の上に乗せておいては頂けませんか?』と残念がったが、アレットは『だめ』と断った。
「じゃあ、そういうわけで、ヴィアは連絡を取って。ひとまず『勇者への疑いを向けさせた』っていうところでいいから」
「ええ。それでしたら既に、向こうの私が連絡を行ったようです」
ということは、アレットが少なくとも今晩は帰らない、ということも伝わっているだろう。アレットは気兼ねなく、一晩を人間の宿で過ごすことに決めた。
何せ、ふわふわのベッドは中々に寝心地が良さそうなのだ。野営するよりは体力の回復を見込める。野営するであろう仲間達には少々申し訳ないが、休める時に休むのも仕事の内、とよくソルが言っていたので申し訳なさは振り払うことにする。
「それから、向こうの様子ですが」
アレットもベッドの縁に腰かけると、ヴィアはぷるん、と身を伸び上がらせながら言った。
「ベラトールが目覚めたようです」
……どうやら、例の猫の魔物の話がようやく分かりそうである。
……所変わって、ソル達の元では。
「すごいなあ。食って寝て、また食ってる!」
パクスが声を上げて見守る先には、赤錆色の猫の魔物が居る。
彼女は肉を食いながら、ペリドットグリーンの目でぎろりとパクスを睨んだが、パクスは『なんで睨むの!?』という調子である。恐らくパクスの先程の言葉は純粋なる感嘆であったのだろう。
「ま、食えるだけ食え。衰弱した分を取り戻すにはとにかく食って寝るのが一番だ」
ソルがベラトールへそう声を掛けると、ベラトールはそっぽを向いた。赤錆色の尻尾もそれに倣ってふいと振られる。『愛想のねえこったなあ』とソルは苦笑するが、これがベラトールなりの身の守り方なのであろうことは察しが付く。つべこべ言う気は無い。
……が、別の意味でつべこべ言う者は居る。
「おお、美しいお嬢さん!貴女のしなやかで鋭い攻撃の数々、拝見させていただきました!」
ヴィアはベラトールの横で片膝をつき、両腕を広げて舞台役者のような大仰な身振りでベラトールを褒め称えていた。
「野性味溢れる自然美というものもまた良いものです。飾らない美しさ!実用美!水浴びされて汚れが落ちてみればなんと、美しい宝石の原石であったとは!」
「うるせえ」
そしてヴィアの顔面がベラトールの爪によって切り裂かれた。『おお、なんと手厳しい!』とヴィアは嘆きつつも、むにゅむにゅと傷口がくっつき、つるり、ぬるり、と元の状態に戻っていく。これにはベラトールも辟易した様子であった。攻撃してもまるで効かない相手というのは堪えるだろう。
「ヴィア。その辺りにしておけ。ベラトールの食事の邪魔をしてやるな」
結局、見かねたガーディウムがそう言ってヴィアの襟首を掴んでずりずりと引きずっていく。ヴィアもヴィアで大人しく引きずられていくので、若干の反省はあるのだろう。
「……すまねえな。騒がしいのが多くて」
そしてソルはソルでパクスに『余計なことは言うなよ』という意味を込めて翼でばしばしとやりつつ、ベラトールに謝る。
「いや……私も飯を貰ってる身だ。文句は言わないよ」
するとベラトールは少々気まずげにそう言いつつ顔を顰めた。視線の先では『おお!それでしたら是非貴女の美しさを讃えさせていただきたい!』とまた騒がしくなり始めたヴィアが居る。ヴィアはその内ガーディウムによってパクスと一緒にまとめられていたが。
「ま、落ち着いたら聞かせてくれ。あんたはこの辺りに住んでるのか?」
そうしてパクスとヴィアがまとめて大人しくさせられている間、ソルはベラトールにそう、尋ねた。
「そんなこと聞いてどうするんだい」
「優秀な戦士なら是非仲間に、と思ってな。ま、こっちも手が足りねえんだ。……つい先日、1人に先立たれたばっかりでね」
ソルがそう言えば、ベラトールは少し目を瞠り、それからほんの少し目を細め、『そう』とだけ言った。それ以上言うのは、戦士であったであろう故人の矜持を傷つける、と思ったのだろう。
「……私が優秀な戦士かどうかは知らないが、人間を何人か食い殺したことは認めるよ。だがそのせいで『この辺りには凶悪な魔物が出る』って人間が警戒しやがった。おかげで数日、飯にありつけなくてね」
「成程な。ってことは、人間の間であんたは中々の評判、ってことか。……ヴィア。報告にあったよな?」
「ええ。アレット嬢についていった方の私から報告が入っております。確かに、森に魔物が出る、と評判であった様子ですね」
ガーディウムに取り押さえられたままのヴィアから証言を聞き、成程な、とソルは翼を組んだ。
「あんた、1人か」
それからソルはそう、尋ねる。
ベラトールの様子を見るに、仲間を案ずるような様子は見られない。如何にも身軽な1人、というように見えるが……。
「……ああ。1人だよ」
ソルの思った通り、ベラトールはそう答えると……にやり、と笑ってみせた。
「1人になっちまった。何故かって?……死んだ仲間は皆、私の腹の中に入っちまったからさ!」
「成程なー。ま、そうだよなあ」
ベラトールの言葉は、一向にあっさりと受け入れられた。それはベラトールにとっては意外なことだっただろうが、ここに居る者は皆、ベラトールと同じ経験をしてきた者達である。
「……変な連中だね。もうちょっと何か言ってくるかと思ったんだけど」
「そんなこと言ってられる余裕はねえだろ。どこもかしこも人間だらけ。下手に動けば勇者が寄ってくる。そんな中で魔力を食わずに弔う、ってのは効率が悪い」
ベラトールの、こちらを窺うような言葉にソルは苦笑しながらそう答え……それからまた、ふと表情を苦らせる。
「……ま、死者に対して効率だの何だのと言わなきゃならねえってのは厭な話だけどな」
本当ならばきちんと弔いたい。大地に還すべき魔力を自分達のものにするのではなく……いずれまた生まれ来る魔物達の為に魔力を使いたい。
だが、そんな余裕は無い。……魔物が魔物を弔えるようになるのは、一体何時のことになるのだろう。
「まあ……そういうわけで、仲間の分まであんたが強くなったっていうんなら丁度いい。俺達に同行しないか?」
「目的は?」
「各地の魔力を回収しつつ、生き残った奴が次期魔王になる役を担う旅路だ」
ソルが簡単に説明すれば、ベラトールは目を瞠り、それから……少々警戒するように、4人を見渡した。
「……つまり、生き残るのは1人だ、って?」
「いやあ……どうなるかね。できることなら全員で生き残りてえが……どうにも、あと2、3人は死ぬ気がしてる」
ソルはレリンキュア姫の言葉を思い出しつつ、そう言う。
……神殿を巡り、神の力の欠片を手に入れるまではいい。だが、それを自分達の体に収めようとした時……それに体が耐えられない。
本来なら半年程度の時間をかけて儀式を行うものなのだと、姫は言っていた。それを手早く行うのであれば……姫同様、3日程度で魔力を吸収し尽くして、体を壊し、そして、その体を皆に分け与えて魔力を摂取させる、ということになるだろう。
……そうなれば、少なくともあと3か所。南と東と……どこにあるかも分からない神殿の分とで、3回分。それだけ仲間が死ぬということになるのではないか。
「ってことで、どうだ。あんたも死ぬかもしれねえけどな。俺達は何時だって戦力不足だ。もし来てくれるんなら……」
「分かった。けど条件がある」
ソルの言葉を遮るようにして了承したベラトールに、ソルは少々驚かされた。だが、続いた『条件』を聞いて、腑に落ちた。
「必ず殺してえ奴が居る。そいつを殺させてもらうことが同行の条件だ」
「潔いこったな」
「そいつさえ殺せればもう死んだっていいのさ。元々意味のある生なんて送ってない」
まあそうだろうな、とソルは思う。
ソルもまた、ベラトールと同じように思うのだ。……勇者を殺し、魔物の国を再興させることができたなら、その時自分に残された役目は、大地に還ることだけだろう、と。
そして為すべきことが終わったなら、その後、為したいことなど碌に無い。ならば死んでしまってもいいだろう、と思う。
恐らく、同じように考える者は多いはずだ。少なくともガーディウムは……ガーディウムこそ、正にその例だろう。
「で、殺したい奴ってのは?」
ソルが尋ねれば、ベラトールはペリドットの瞳の瞳孔をより細めながら、言った。
「顔は知らないけどね。リュミエラ、って名前らしい。……3年前に弟分と妹分が死んだ原因は、そいつなんだ」
翌朝。
アレットが起きて身支度をしていると、部屋の戸が叩かれる。はーい、と返事をしながら戸を開ければ、そこにはリュミエラが居た。
「おはようございます、フローレンさん。あの、騎士団長様がお呼びですが……出られますか?」
アレットは内心で喜びながらも表情はあくまで不思議そうに作り、はい、と返事をする。
なんだろうなあ、と呟きつつリュミエラについて応接間へと向かえば、そこには昨晩も見た騎士団長が副官を連れて待っていた。
「ああ、来てくれたか」
騎士団長はアレットを目の前にして、少々気まずげに申し出た。
「邪神の神殿を捜索することにした。そこで、だが……」
アレットが内心で存分に期待する中、騎士団長はようやく、続きを口にした。
「フローレン。お前にも付いてきてもらいたい」