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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第三章:忠誠と殉難【Aeternum gaudium】
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情報操作*3

「アレットは無事か」

「ええ。どうやらそのようです。私もそれほど詳しく分かるわけではないのですが」

 ……アレットが夕食に呼ばれている頃。ソル達はヴィアを囲んで、アレット側の情報を手に入れていた。

「それにしても便利だなあ!すごいなあ、スライムって!俺も分裂できたらよかったのに!いや、もしかしたら俺も頑張れば分裂できたり……」

「お前が増えたらうるさくてしょうがえねからやめとけ」

「はい!やめときます!」

 相変わらずパクスが騒がしい一行であったが、その中でソルは少々難しい顔をしていた。

「人間の国から新たな派兵、か……色々考えられるのが厄介だな」

 ソルが翼を組んで唸ると、それを見ていたガーディウムが興味深げに寄ってくる。ソルはガーディウム相手に話す体で、自分の考えを整理し始める。

「まず、これが全て人間側の想定内だった場合。……姫の公開処刑で魔物が反乱を起こして姫が逃げる、ってとこまで織り込み済みだったなら……まあ、この状況にも納得がいく。魔物の制圧を行いたいんだろうからな。だが、人間は勇者を送り込んできてる。にもかかわらず姫が逃げることを想定するか?」

「しないだろうな」

 ガーディウムも頷いた。何せ、勇者は『勇者』なのである。魔王を倒し、魔物の国を人間のものにした功労者。人間にしてはあり得ない力を持ち、いっそその性質は魔物に近い程で……言ってしまえば、人間側最大の戦力なのである。

 それを送り込んでおきながら失敗する、ということを、人間は考えるだろうか?

「……俺も、勇者を送り込んだからには、俺達を逃がすつもりは無かったと考えたい。だがその場合、人間は『反逆を制圧した後、更に兵士を送り込む』って行動に出た訳なんだが……魔物の反乱を押さえこんで尚、戦力が必要な理由は何だ?」

「魔物の掃討作戦でも行うつもりかもしれんな」

「考えたかないけどな。俺もそれくらいしか思いつかねえ」

 ソルは厭そうな顔で大きく伸びをして、はあ、とため息を吐く。

「或いは……何か、広範囲に渡って展開したい作戦がある、としか……だがその理由だって曖昧だろ?姫を探すため、ってんなら、やっぱり勇者は失敗する予定だったってことになる。他に探し物があるならまだしも、いくらなんでも不自然だ」

 人間達が魔物の国で探し物など、するだろうか。

 ……そう考えたソルは、ふと、思う。そもそも人間達は何故、魔物の国を侵略しにかかったのか。それはもしかして、何かがこの魔物の国に存在するからではないのか。

「……或いは、勇者の方が想定外だったのではないか?」

 だが、ソルの考えはガーディウムの言葉に遮られた。

「勇者が、人間達の予定から外れた行動をした。そうは考えられないか?」

「ああ……成程な」

 そしてそちらがより、腑に落ちる。……『勇者』が人間の国でどのような扱いを受けているかソル達は知らないが、決していい扱いとも限らないだろう、という程度の予想はできた。

 何せ、魔法を使う者は迫害される、人間の国のことだ。勇者は唯一『神の力』として魔法を使うことを受け入れられているようだが、それも本当に『神』が力を与えた結果かどうかなど分かるはずもない。

『勇者』を魔物と同じように思う人間が居たとしてもおかしくなく……大戦が終わった後であれば、用済みとされてもおかしくは無い。そして、そんな勇者が無断で行動した、というのであれば、それはそれで十分に納得のいく話である。

「……ま、結局のところはアレットが持って帰ってくる情報次第、か」

「そうだな。アレットなら上手くやるだろうが……」

「当然だろ。うちの副長だぞ」

 ソルはガーディウムに笑って言って、さて、と立ち上がる。

「俺達の仕事はアレットを待ちがてら……こっちのお嬢さんの事情を聞いとくこと、くらいだな」

 2人の視線の先には、赤錆色の塊がある。猫の耳と尾、そして爪と瞳とを持つその魔物は、食うだけ食って寝てしまったところだ。そして眠っていて尚、時折ぴくりと動く尻尾に、パクスが興味津々であるらしい。先程からずっと、パクスは彼女の尻尾が動く様子を楽し気に見ていた。

「隊長!隊長!こいつの尻尾面白いですね!寝ててもふりふりしてますよ!」

「お前もだろ」

「えっ!?俺の尻尾、寝てる間も動くんですか!?嘘だあ!」

「嘘じゃねえって」

 ……ソルも、パクスの気持ちは分かる。気持ちよさそうに寝ているパクスの尻尾が時々ぱたぱた動くのを見て面白く思うことは、ソルにもあるので。尤も、パクスはそれを信じないようだったが。

「早く起きるといいですね。野良で生き残ってたならこいつ、きっとすごく強い戦士ですよ!」

「そうだな。そしてこちらのお嬢さんに水浴びをして頂こう。少々清潔感に欠ける……」

 パクスとヴィアの気ままな感想を聞き流しつつ、ソルは森の中、ただ待つことになる。時折ガーディウムと他愛もない話をしつつ、猫の魔物……『ベラトール』と名乗った彼女の目覚めと、アレットの報告とをただ待つのだが……。

「……あー、くそ、待ってるのは性に合わねえなあ!」

 ソルはそう、嘆く。少々アレットを羨ましいとまで思いつつ、一刻も早く待ちの時間が終わることを只々祈るのだった。




 ……そして一方、アレットは。

「はじめまして。フローレンと申します。義勇兵として王都での戦いに参加しておりました。お目通り叶いまして大変光栄です」

 夕食の席を共にすることになった男達にそう名乗り、ぴしり、と敬礼してみせた。

 この場に居るのは恐らく、この村に駐屯している兵の中でも役職の高い者達だろう。

 その数は3名。今来ている騎士団の団長にあたる者とその副官2名だろうか、などと見当をつけつつ、アレットは3名の反応を待った。

「私は王国第二騎士団団長、アシル・グロワールだ」

 中央に居た男がそう名乗る。

 男は『騎士団長』というには少々身綺麗であった。

 きちんと手入れされた銀の髪にくすんだ青の瞳を持ち、着ている服は少々高価そうに見える代物である。

 体躯はそれなりに鍛えてはいるようであったが、常に戦いの中に身を置くような生活はしていないように見える。

 ……大方、役職だけの騎士団長、といったところだろうか。戦えないことは無いのだろうが、アレット1人でも十分に殺せるだろうと判断できた。

「お前の働き、しかと耳にしているぞ。何でも、リュミエラ嬢を救ったとか」

 団長が微笑むのを見て、アレットもまた、表情を緩める。

「大したことではありません。逃げていく魔物を追い払うだけの仕事でした」

「謙遜するな。あの森に凶悪な魔物が住み着いているという報告は受けている。犠牲者もそれなりに出ているらしく……その魔物を追い払うことができたというのであれば、お前は中々の手練れなのだろう」

 どうやら、ベラトールというらしいあの猫の魔物は、この辺りで話題になっていたらしい。彼女が強い戦士なら嬉しいな、とアレットは内心で微笑みつつ、顔にはひっそりと悲しみの色を浮かべ、首を横に振った。

「……いいえ。私は所詮、敗残兵に過ぎません」

『敗残兵』と言葉を出せば、騎士団の者達の間に緊張が走る。

「ご報告を。私は……魔物の姫の公開処刑の日の反乱と、その後に続いた西部開拓地での動乱について、お知らせしなければと思い、こちらへ馳せ参じたのです」

 存分に場の空気を張り詰めさせておいてから、アレットはそう、静かに切り出した。


 それからアレットは人間達に報告を始める。

 アレットは王都を守る義勇兵として参加したが、魔物の反乱によって兵は散り散りになったこと。アレットは戦いの結末を見届けることなく西の開拓地へ伝令に走ったこと。

 そして……。

「西の開拓地に着いてみれば、そこはもう、滅びていました」

 アレットはそう、報告する。

 ソル達が解放した魔物達は、確かに西の開拓地を滅ぼしてくれただろう。その後どうなったかを見届けたわけではないが、事実は概ね、アレットの報告と相違ないはずである。

「魔物達が王都で反乱を起こすとほぼ同時に、西の開拓地に居た魔物達も反乱を起こしたようなのです。まるで、示し合わせていたか……或いは、瞬時に連絡を取り合ったか。そのように思えます」

 アレットがそう言うと、騎士団長と副官2人はそれぞれに顔を見合わせて、ふむ、と唸る。

「……勇者からも同じようなことを聞いている。馬鹿馬鹿しいと思ったが……離れた場所で同時に蜂起が起きたとなれば、考えてみる余地はある」

 そして出てきた言葉に、アレットはドキリとさせられる。

「勇者?」

 思わず、といった様子で口に出してみせれば、騎士団長は不思議そうにアレットを見た。

「ああ。……魔王を倒し、世に平和をもたらした立役者だ。知らないわけではあるまい」

「ええ、勿論。存じ上げておりますが……その」

 ……そこでアレットは、賭けに出た。

 一か八かの賭けになる。だがもし失敗したとしてもそれはそれ。切り抜ける方法は幾らでもあり……もし成功したなら、その当たりは大きい。そして何より、勇者について語る騎士団長のその表情には、尊敬の色は無かった。

 アレットは緊張しながらも、如何にも迷うように、それでいてはっきりと、口にした。

「……何故、勇者様はもっと早くいらっしゃらなかったのでしょうか」


 騎士団長達がアレットを見つめる中、アレットは言い募る。

「西の開拓地から戻ってみれば、もう王都は酷い状況で……広場の中央では、城に居た兵士の皆さんが……。勇者様がいらっしゃったということは、聞きました。しかし……ならば何故、もっと早く来てくれなかったのか、と、思わずにはいられないんです」

 自分を見ている者達の視線を意識しながら、しかしそうとは気取られぬよう、アレットは振舞う。大きな戦いに巻き込まれた何の罪もない一兵卒のように振る舞いながら、敵への憎しみより味方への悲しみの方が大きいような、そんな表情で俯いてみせた。

「もうあと1時間早く、王都へ到着していたなら……多くの兵が、死なずに済みました。どうしても、そう、考えてしまって……」

 アレットの言葉に、騎士団長ははっとしたような表情を浮かべた。

「成程、勇者が……」

 騎士団長達が悩んでいる様子なのを見て、アレットは黙る。結論を出すのは彼ら自身だ。これ以上アレットが何か言っても、勇者を不審に思わせるには逆効果だろう。

 ……そうしてアレットがしばらく、待つと。

「……勇者の報告をつい先日、南の港で受けたが、確かに不審な点があった」

 騎士団長は重々しく、そう、口を開いたのだった。


「不審?それは一体」

「それは……」

 アレットが更に聞き出そうとすると、騎士団長は口籠る。当然だろう。アレットはただの敗残兵に過ぎない。重要な情報をアレットにもたらす必要は無いのだ。

「……邪神の神殿に関係することですか?」

 だが、アレットがそう申し出てみると、騎士団長は狼狽したように椅子から腰を浮かせた。

「どうしてそれを」

 よし!と内心で喜びつつ、アレットは如何にも深刻そうな顔で声を潜め、嘘を吐く。

「……3年前、私は傭兵として戦いに参加していました。その後は仕事がなくなって、でも故郷へ帰れない事情もありまして……そのままこちらで荷運びの仕事をしていたんです。荷運びの仕事を共にする仲間達の中には、先の戦いで勇者様と一緒に居たことがある人や、戦いが終わってすぐの諸々の処理に携わっていた人も居て」

 次々に嘘を吐く。躊躇うように時折言葉を途切れさせるのは緊張や不安故に見えるだろうが、そこで嘘の糸を紡ぎあげているだけである。

「そこで……勇者様が魔王に勝った後、魔王城の跡を探索した時のことを知っている人が、居て……そこで勇者様は、我々には使えない、魔法仕掛けの通路のようなものを見つけられたんだと、聞きました。そしてその先には邪神を祀る神殿があり、そこで、勇者様は……大変、興味を示しておいでであった、と」

 整合性と説得力を間に織り込んで色とりどりに織り上げていけば、実にそれらしい嘘の出来上がりだ。

「最西端の開拓地に親しくしていた学者の友人が居るのですが、彼曰く、魔物の国には東西南北に邪神を祀る神殿があると、文献にあった、そうで……それを最近、勇者様へ報告した、と言っていました。勇者様は邪神の神殿について、非常に興味を持っておいでだ、とも」

「なんと……」

 そうしてアレットが織り上げた嘘が、騎士団長達を包み込む。

 彼らがアレットの嘘を疑う可能性は高いだろう。だがそれでもいい。何せアレットが話に出した者達はもう死んでいる。裏を取ることはできない。

 本当に彼らが勇者を見たのか。本当に勇者とやり取りがあったのか。本当に勇者は邪神に興味を示していたのか。……そもそも証人達は本当にアレットと『友人』であったのか。それすら永遠に闇の中なのだ。




 ……それから少しして、騎士団長は口を開いた。

「……南の港から1日ほど行ったあたりに、邪神の神殿がある。勇者は我々に報告を行った後、その神殿を探索すると言って……そのまま、町へ戻ってこなかったのだ」

 アレットは静かに驚くふりをしつつ……姫の推理が正しかったことを知る。

 恐らく勇者は、南の神殿に向かったのだ。そしてその奥の魔法の通路を使い、西の神殿へと現れたのだ。

 そして勇者が南へ戻ってきていないとなればやはり、西の神殿の魔法の通路は南ではなく、また別の個所へ繋がっているのだろう。これは勇者がいきなり西の神殿の最奥へ現れたことで概ね分かっていたことだが……これを上手く利用して嘘を吐けたのは大きい。

「勇者様は……いえ、勇者は……」

 アレットは騎士団長をちら、と見て、それから、か細く呟いた。

「勇者は、邪神に魅入られてしまったのでしょうか」


 アレットの言葉を否定する者は、その場に誰も居なかった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 検討をつけつつ → 見当をつけつつ だと思います。 [一言] 勇者が本当に国の思惑とは、違う動きをしている可能性もあるよね。 人間の目的も気になるところ。 同じ物語を人間側からみたら…
[一言] ふりふりパクス アレットちゃんは...あらあらアレットかなあ?
[一言] ぜひ寝ている間のパクスの尻尾を!ふりふりしているその尻尾を!もふもふとさせていただきたく!
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