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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第三章:忠誠と殉難【Aeternum gaudium】
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情報操作*2

 それからアレットは、人間達の村についていくつか質問をした。そうして、村は森を出て少し南東に進んだあたりにあることや、百人に満たない程度の人数しか居ないこと、人間の国からの補給線を担うこともあるため、宿泊施設や食料の備蓄はそれなりにあることなどを聞き出す。

 ……これから向かう場所の情報をわざわざここで聞き出すのは、ヴィアを通じて他の皆に情報を渡すためである。

 荷物袋の中に入れておいたヴィアの欠片を更に千切って、そっと、森の下草に隠して置き去りにすることにした。こうしておけばヴィアの本体へ情報が行くだろう。アレットがどこへ行くのか仲間に知らせておけば、何かあった時にも対応しやすい。

 ヴィアの欠片がむにむにと動いて離れていくのを見て、アレットはにっこり微笑んだ。




 それからアレットは人間達と共に人間達の村へ向かった。

 人間の女性は多少身分の高い者であるようなので、村に潜り込んでからのごたごたは避けられるだろう。『命の恩人なんです』とでも証言してもらえればそれでいい。まさか魔物が人間達の中に潜り込むため、魔物と敵対してみせた、などという風には考えないはず。

「そうだ、私、すっかり名乗るのを忘れていました」

 アレットの計算も他所に、人間の女性は歩く傍らそう切り出して微笑んだ。

「私、リュミエラと申します。あなたは?」

 ……アレットは咄嗟に迷う。ここで偽名を使うべきかどうか。今後、偽名を使う場合と使わない場合とでは、立ち回りが異なってくるだろう。

 まず、アレットが偽名を使った場合、もし王都に居た兵士の生き残りにアレットの噂が流れたとしても、それが魔物だとは結び付けられないだろう。

 ただしそれはあくまでも伝え聞いた場合のみの話であり……もし実際に出くわしてしまった場合、間違いなく疑われることになる。特に、偽名を使っている以上、何かを偽ろうとしているということについては言い訳が立たない。

 そして一方、偽名を使わなかった場合……アレットの噂が流れた場合、王都に居た兵士達が『それは魔物だ』と声を上げてくることだろう。となると、アレットの知らないところでアレットの情報が出回り、先に手を打たれる可能性が高くなる。

 だが、直接対面した場合には言い訳の余地が生まれる。王都で魔物としての本性を現したのは魔物の化けた姿だとでも言えば事足りる。無論、疑われることは間違いないだろうが……それでもその場を切り抜ける余地は生まれる。

 アレットは迷い……だが結局は、こう名乗ることにする。

「フローレン。そうお呼び下さい」

 ……偽名を用いるのはそれ相応に危険だが、今後打てる手が減るよりはいい。今、アレット達には圧倒的に情報が足りていないのだ。少しでも情報を手に入れ、少しでも情報を漏らさないためには、この方がいいと踏んだ。

 更に加えて……彼女の名を使うことで、忘れずにいられる。


「フローレンさん、ですね。改めまして、先程はどうもありがとうございました」

「リュミエラさん達が無事で何より。私は何もしていないようなものだったから……」

 そうしてアレットは『フローレン』として人間の女性……リュミエラと話す。そのついでに自分以外へと意識を向けさせることも忘れない。

「さっきの魔物が私に襲い掛かって来ていたら危なかったと思う」

 アレットがそう言えば、リュミエラも護衛達も、はっとしてような顔で頷く。

「……妙な魔物でしたね。あれは……人の姿のようにも、見えましたが」

「そうですね……」

 まあ、ヴィアは『妙な魔物』だ。確かにその通り、とアレットが神妙な顔で頷くと、リュミエラの護衛達が先程のヴィアと猫の魔物のことを思い出しつつ首を傾げる。

「奴は挨拶をしていきましたな。まるで、私達を見逃すような……」

「もしや、他に目的があったのでは……?」

 ヴィアの目的など、この時点では到底分かり得ないだろう。悩む人間達を見つつ、アレットは早速、先程の魔物についての見解を適当に述べる。『王都の周りにはあんな魔物は居なかった』だの『人の多い南の方で独自に生まれ育った魔物なのかもしれない』だのと言ってやれば、人間達はそれに振り回されてより議論を発展させていく。

 ……そうして『この辺りの魔物には注意が必要だ』というような結論に達したあたりで、人間達の村が見えてきたのだった。




「フローレンさんはこちらの部屋をお使いください」

「ありがとう、リュミエラさん。助かります」

 村に到着したアレットは、リュミエラによって村で一番大きな建物の一室へと案内された。ここがリュミエラの自宅らしい。アレットに宛がわれたのは恐らく、客間の1つなのだろう。

 ……人間達は魔物の国に、このように大きく立派な建物を建てて我が物顔で住まっている。その事実を改めて確認しつつ、アレットはリュミエラににっこり笑いかける。するとリュミエラも笑い返して照れたような表情を浮かべた。

「元はと言えば私達が助けられたんですから。この程度では足りませんが、恩返しくらい、させてくださいね」

 リュミエラはすっかりアレットを信頼しきっている様子でそう言うと、『どうぞごゆっくり』と部屋を出ていった。

 アレットはリュミエラを見送って……それからベッドに腰かけて、今後のことを考える。

 ……人間の国から来ているという兵士達については、夕食の席で会うことになっている。そこでアレットはできる限りの情報を得て、そして……できる限りの情報を流さなければならない。

 そう。偽の情報を流すのだ。人間達を惑わせ、分断し、叩きやすくするために。そして、アレット達の旅路を……魔物の国の復興を、邪魔させないように。

「どうしようかなあ……」

 アレットはため息を吐きつつ、じっと考え始める。どのような嘘が有効であるか、どのような態度で臨むべきか……。

 ……そんなことを考えていると。

「お嬢さん!私をお忘れではないですか!?」

 小さな声が荷物袋の中から聞こえてくる。ああそうだった、と、アレットは慌てて荷物袋の中からヴィアの欠片を取り出した。

 アレットのさほど大きくない手で掴み取っただけの欠片であるので、ヴィアは然程大きくはない。だが、話し相手程度には十分だろう。

「ごめんごめん、忘れてた訳じゃないんだけれど」

 よいしょ、と、ヴィアの欠片を手の平の上に乗せてやって、アレットは早速、ヴィアに話しかけることにした。

「……ところでヴィアって今、どういう状態なの?あなたと本体は別々な生き物になっている、んだよね?」

 まず確認しておきたいのは、ヴィアの性能である。アレットは然程、スライムの生態に詳しくない。ヴィアに今できることは何か、どういった状況なのかをしっかり確認しておきたかった。


「それは勿論!千切られたらそれまでです。私が2人いるようなものでしょうか?無論、元の体と合体すれば元に戻りますが、それまでは別々の生き物です」

 まず、スライムというものは切り離されると別個体となってしまうらしい。意識が2つあるような状態、なのだろうか。アレットには理解できなかったが、知識として知っておいても損は無いだろう。

「じゃあ、情報のやり取りは?」

「ある程度は行えます。感覚や経験を共有することはできませんが、ある程度の情報だけは」

 アレットの一番の疑問に対し、ヴィアはぷるんと揺れて応えた。

「例えば……今、私はお嬢さんの柔らかな手の平の上に乗せて頂いております。しかし、向こうの私に分かるのは、『今、片割れはお嬢さんの手の上に乗っている』ということだけなのです。お嬢さんの手のひらの温度や尊い柔らかさ、魅惑的な甘い香りなどが分かるわけではない!」

「……やっぱり床に下ろしていい?」

「おお、どうかご慈悲を。せめてベッドの上にお願いします」

 アレットはそっと、ヴィアをベッドの布団の上に下ろした。布団に、ぽす、と窪みを作ってそこにヴィアを入れてやれば、なんとも安定した様子でヴィアはそこに落ち着いた。まだ名残惜し気にアレットの手に意識を向けてはいたが。

「じゃあ、私が居る場所も概ねは向こうに伝わってるの?」

「ええ。そういうことになります。……まあ、体を分けてから1月も経てばもうそれすらも分からなくなりますがね。それでも、元の体とくっつくことができればお互いの記憶は混じり合い、1つの私へと戻るのですが……それも半年程度経ってしまうともう難しい」

 ぷるん、と身を震わせてヴィアがそう言うのを聞き、アレットは首を傾げる。

「……分かれてから半年経った個体はもう別の人格を持つ別の生き物、っていうことかな」

「その通り!スライムとはそのようにして増えていくものであり……そのようにして失われていくものでもあるのです」

 ヴィアは『我が意を得たり』とばかりにぷるんと飛び跳ねた。どうやらスライムという生き物は、アレットの想像の及ばないような不可思議な生き物であるらしい。

「ええと、それじゃあ……さっき私が放した欠片って、どうなったの?」

 次いで、先程森を出る前に千切って置いてきたヴィアの欠片について尋ねると、ヴィアはぷるんと震えて答えた。

「それならば私の大元に戻って吸収されたようです。私の経験をもう片方の私が手に入れられる訳でもありませんが、合体すれば2つの個体の記憶が合わさって1つになりますのでね」

「記憶、かあ……」

「ええ。それまでは私ともう片方の私とはまるで別々の生き物です。ただ、なんとなくどちらに自分の本体が居るのかは分かります。尤も、これは切り離されていた時間が経つにつれて分からなくなっていくのですがね……」

 なんとも不思議である。アレットはスライムの生態に思いを馳せつつ自分がスライムだったら、などと考えてみるが、どうにも想像できなかった。自分が自分でないものへと分かれ、更にそれがくっついた時、先程まで自分ではなかったものが自分になる、という……それらが一体どんな感覚なのか、アレットは『どうせ生涯分からないよね。私、スライムじゃないし』と結論付けた。




「……と、まあ、そういう訳で『向こう側』の情報をお伝えしましょう」

「うん。向こうは……ええと、向こうのヴィアがあの猫の魔物を連れていってから、だよね?」

「ええ。彼女はベラトールと名乗ったようです。非常に腹を空かせ、衰弱した様子であったのでひとまず食事を摂り、休憩中であるとか」

 それからヴィアによって、『向こう』の様子が伝えられる。伝聞調であるのはやはり、ヴィアも『向こう』の情報をただの情報としてしか知ることができない故なのだろう。

「そして諸々を聞き出す前に彼女は眠ってしまったようですので……こちらの動きが先になりそうですね」

「そっか。じゃあ、寝る前に情報伝達、かなあ……場合によっては私達、今晩中にここを出ることになるかもしれないけれど」

 向こうの様子が分かればそれに越したことは無いが、今はアレットの動きに向こうが合わせる時だろう。アレットがどのような情報を得て、どのような情報を流し、今後どのように動くかによってソル達、向こうの出方も変わってくるはずである。

「……ところで、アレット嬢。これからどうなさるおつもりで?」

 アレットが考えていると、ヴィアはぷるるん、と傾いた。人間らでいうところの『首を傾げた』というような動作なのだろう。

「うーん……正直なところ、行き当たりばったりなんだけれど」

 ただ一掬いのスライムになっても妙に仕草が分かりやすいヴィアに思わず笑ってしまいつつ、アレットはまた考え……答える。

「何故、勇者がわざわざ来たのか、私達、まだ知らないじゃない?それから今回、人間の国から新たに派兵されてきたっていうのも引っかかるし……人間が今後どう動くつもりなのかは知っておきたいよね」

 知りたい情報は山のようにある。それこそ、数えきれないほどに。

 ……ただ、目下のところ必要な情報は、勇者に関連するものだろう。

 彼らが何のために魔物の国へ来たのかが分かれば、彼らの動きが予測できるかもしれない。或いは、直近の予定などが分かればさらに良いが。

「逆に言えば、それらの情報を手に入れてから戻りたいな。今、この村に居る兵士達が何も知らない可能性もあるけれど……その場合でも、ここの兵士達が今後どういう風に動く予定なのかくらいは知ってから戻らなきゃ、来た意味が無い」

 アレットが蝙蝠であるのは、敵地に潜入して情報を得たり、敵陣を攪乱したりするためだ。自分の本分を全うするのでなければ、アレットがここに来た意味が……或いはそもそも、生き残った意味が、無い。

「その辺りを聞き出して……手に入った情報を元に、次の手を考える。だからどうしても行き当たりばったりになっちゃうけれど」

 ヴィアが『了解』というようにぷるんと揺れる。アレットはそれを指先でつついてやりつつ、さて、どういう風に立ち回るか、と考え始める。

 ……尤も、『兵士達を実際に見てみないことには立ち回りも分からない』という結論に落ち着いたが。




「フローレンさん。お食事の準備ができました。兵士の皆さんもお越しです」

「はーい。今行きます!」

 やがて、アレットを呼ぶ声がする。アレットはヴィアをポケットの中に突っ込むと、笑顔でドアを開ける。

 先程の護衛の人間に案内されていきながら……アレットは覚悟を新たにする。

 向かう先は恐らく、人間にとっては食堂。そしてアレットにとっては、戦場である。


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