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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第二章:希望と独善【Spem relinquere】
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西の神殿にて*5

「は?死ぬ気は無いが?」

ガーディウムの問いかけに、姫はきょとんとして、そう答えた。

「……何だ?妾が死ぬと思ったのか?」

「……儀式を中断して、通路に飛び込む、と仰っておいででしたので」

ガーディウムが弁明するような気持ちでそういえば、姫はころころと笑い出す。ガーディウムとしてはまるで笑い事ではないのだが、姫にはどうも、これが面白いらしい。

「そうか、そうか!儀式を下手に中断すれば術者が死ぬと、知っておったか!……ああ、北の神殿で何か聞いたのか。成程な、それは迂闊であった」

姫はくつくつと笑って肩を揺らして……そして、ふと、唐突に言った。

「そうよなあ……ガーディウム。妾が死んだら、その肉はお主が食らえ」




「俺を残して逝かれるのですか」

ガーディウムは半ば無意識に、そんなことを言った。言ってしまってから自分の言葉に気づいて、一体何を言っているのだ、と焦る。

一方、姫はガーディウムの言葉にぽかんとしていた。まるで予想していなかった言葉だったのだろう。

……だが、数秒後、姫はからからと笑い出す。

「お主が……お主がそのようなことを言うか!一体どうしたのだ、ガーディウムよ。そんなに不安か」

「……俺は姫をお守りするために生きております。俺が生き残っても意味が無いではありませんか」

「そうか?お主が残らねば誰が妾の肉を食らい、魔力を受け継ぐのだ?」

ガーディウムは唖然とする。

姫が、『自らが死ぬ準備』を考えていたという事実に、ただ、驚き何も考えられなくなった。

「……そう遠くなく、妾は死ぬであろうな。何、これはつまらぬ予感でしかないが」

「御冗談を」

「だが、自らが死んで、それで『はいお終い』という訳にはいかん。この国を魔物達の手に取り戻すためには、妾が死んだ後のことまで考えねばならぬ」

姫はあくまでも可能性として、自らの死を考えている。ガーディウムが想定しなかった……『それを考えなければならない状況になったなら全て終わりだ』と考えていた部分まで、姫は考えているのだ。

「無論、すぐ死ぬつもりは無い。ここに勇者が来なければ、儀式を中断してやる義理も無い。……勇者は来そうか?」

「いえ、そのようには……」

「そうか。なら、妾はすぐには死なぬか」

姫は肩を揺らしつつ、焼いた肉の最後の一片を口にする。優雅に咀嚼するその様子をガーディウムが半ば呆然と見ていると、姫は、にやり、と笑った。

「覚悟はしておけよ、ガーディウム。……石から魔力を得るよりは、妾の肉から魔力を得る方が余程簡単であろうて」

ガーディウムは答えられなかった。ただ……そんな時が永遠に来ないことを、願った。

そして同時に……『俺は姫程には強くないのだ』と、深く思った。




それからも姫の儀式は続き、アレット達は3度目の日の出を迎える。

「今日の夜、儀式が終わるんだよね」

「ああ。そういうことになる」

今のところ、敵襲は無い。アレットが夜に、ソルが朝に上空からの偵察を行ったが、そこでも特に異常は無かった。

「十分に警戒するぞ。人間が居たならばすぐさま殺さねばならない」

「うん」

ガーディウムは焦りを感じていた。姫が死の覚悟を決めているというのであれば、姫から死を遠ざけねばならない。

……それを横目に見て、アレットはガーディウムの心中を察した。

ガーディウムとソルとの間であった会話について、アレットはソルからその概要だけを聞いていた。それを聞いた上で、今のガーディウムの様子を見ると……何故焦っているのか、分かってしまうのだ。

「ねえ、ガーディウム。姫は、死ぬおつもりじゃ、ないよね?」

「……『すぐ死ぬつもりは無い』と仰った」

ガーディウムの返答は重く、硬い。それを聞いたアレットの表情もまた、強張る。

「……すぐじゃなくて、いつかは、死ぬおつもりなのかな」

「俺には分からん。姫のお心など。だが……あの方の仰る言葉に、無意味なものなど無いだろう」

アレットは、ちら、とガーディウムの様子を窺う。ガーディウムはじっと前を向いて、それでいて心はどこか、別の場所に置いてきたような有様であった。

「無事に、終わればいいが」

……ガーディウムはそう言って、また思考の海に沈んでいく。アレットはそれを見送ると、自身の見張りへと戻る。

姫の心が、ガーディウムより多少、分かってしまうような、そんな気になりながら。




そして、その日の夜。

「皆の者ー!無事に儀式が終わったぞ!」

見張りをしていたパクスとヴィア、そして夕食の支度をしていたソルとアレットとガーディウムの元へ、姫が颯爽とやってきた。

「ほれ、見てみよ!」

姫はその手に透き通った氷の塊を浮かべると……それを神殿の祭壇前へと投げつけた。

途端、祭壇といいその周りの壁といい床と言い、はたまた天井までもが凍りつく。ビシビシと音を立てながら広がっていく氷の檻に、アレット達はぽかんとした。

「やはり力は良いなあ!」

からからと笑って、姫は如何にも機嫌良さそうに言う。その様子を見ていると、ガーディウムの心配は何だったのかと言いたくもなるが、何事も無いなら何事も無い方が良い。皆、姫の儀式の無事を祈り、ガーディウムの落ち着きの無い様子を見て心配して、この3日を過ごしてきたのだ。安堵もひとしおであった。

「ふふふ。これが、神の力の欠片2個分の魔法よ」

「すごい!よく分からないけどすごい!すごいですよ姫様!」

「ふはは。まるで中身のない賞賛であるがその軽さが実に良いぞ、パクス!褒めて遣わす!」

「わーい褒められた!」

パクスがふりふりと尻尾を振る横で、ソルは凍り付いた祭壇周りを眺めている。どうやら、魔力の程を見ているらしい。

「……ちなみに、実感としてはどの程度ですか、姫様。勇者に勝てる程度のお力にはなりましたかね」

「それは厳しかろうな」

そして姫はソルの問いに、あっさりとそう答えた。

「……魔力を操る技量だけならば妾の方が上であろう。だが、勇者のあの、圧倒的な魔力は……神の力の欠片2つをもってしても、敵わぬように思う」

「なんかそれ腹立ちますね!生意気だぞ、勇者!」

パクスの尻尾が今度は怒りと興奮の為か、ますます激しくぶんぶんと振られる。姫はそれにからからと笑い、如何にも機嫌良さそうにしていたが……だが、ふと、姫の体が傾ぐ。

「姫!」

慌ててガーディウムが支えれば、姫はガーディウムの腕にしっかり体重を預け、ふう、とため息を吐く。

「全く、ままならんな……疲れがきたようだ」

「それはそうでしょうとも!3日もの間、儀式をされていたのですから……」

ガーディウムはそのまま姫を横抱きにすると、姫を寝床へと運び始める。

「疲れた。寝る。何か来たら叩き起こせ」

姫はそう言うと、アレット達にひらひらと手を振って見せ、そのままガーディウムに運ばれていくのだった。




「……ま、無事に済んでよかったな」

「ね。もし途中で襲撃があったら……大変なことになってただろうから」

姫を見送って、ソルとアレットは胸を撫で下ろす。パクスは『姫様が心配ですね!』と耳をしょんぼり垂れさせていたが。

「いやはや……麗しの姫君が神の力を得て、ますます強く光り輝かんばかりの存在となられてしまった……」

ヴィアは如何にも気障たらしいことを言いつつ、少々大仰に驚いたような仕草をしてみせる。

「しかし、姫君のあれほどのお力があってもまだ、勇者には勝てないというのは……嗚呼。何とも歯がゆいものだ」

「そうだね。……早く、勇者なんて簡単に捻り潰せるくらいのお力を、姫様が手に入れられるといいのだけれど」

姫は神の力の欠片を集めて、今後ますます強くなっていくだろう。そうしていずれ、勇者を葬り去る程の力を手に入れる。魔物の国が魔物の手に戻る、そんな日が来るはずなのだ。

その日を空しい夢物語としないためにも、アレット達は姫を守っていかねばならないのだ。


「とりあえず、次は南だよね」

「ああ。……南の方は人間の出入りが激しい。だが食料の調達は必要だ。となると……」

「また私の出番、っていうことになりそうだね。任せて!」

となれば、アレット達が為すべきことはそう多くない。次なる旅に向けて、早速準備を始めるのだ。

「今度はどうしようかな。燃やしちゃう?」

「南の町……って規模が大きいんじゃねえのか?燃やすわけにはいかねえだろ」

「まあ、あまり不要な騒ぎは起こさない方が賢明だろう。私もあまり南に詳しくはないが……」

となれば、やはり物資の調達に留めておくべきか。人間の数が多いなら却って、上手く人混みに溶け込んで情報収集などができるかもしれないが……。

「南の方は俺とアレット先輩は何度か行ってますよ!だからちょっとは分かります!美味そうな匂いがする街角とか知ってますよ!」

「それに何の意味があるのだね……?」

パクスの言葉に気が抜けつつ、アレットは笑い、そう遠くなく再び自分の活躍の場があることを嬉しく思い……そして。


「……何の音だろう」

ふと、アレット達は、物音を聞き取る。

次いで、何か強大な気配。

……その気配にアレット達が気づくや否や。

「皆!ここを出るぞ!」

ガーディウムに支えられたまま、姫が戻ってきた。その顔には血の気が無い。疲労のせいでもあるのだろうが……。

「何者かが魔法の隠し通路を使ったと見える!となれば……」

皆が、姫の指さす方、姫が先程戯れに凍り付かせた祭壇を見て……その氷に閉ざされた向こうに、恐怖と憎悪の気配を感じた。

「……いよいよ、勇者のお出ましやもしれん」

ガン、と、祭壇の下の隠し通路を内側から叩く音がする。

……そこに勇者が居るのなら、アレット達は今すぐにでも、逃げなくてはならない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] まあ、王族としては私より全ですからね、後継者はずっと探すでしょうし それに揃ったところで多分前の戦況より悪い持ち直し方になる……というのはまあ、薄々感づく部分ありますものね まあワンマンア…
[良い点] パクスのふりふり尻尾
[一言] 4ヶ所全部回って回収出来たとしても、全部揃っていた前魔王様に並ぶだけだから勇者と戦っても負けるの…かな???
2022/05/23 22:55 退会済み
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