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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第二章:希望と独善【Spem relinquere】
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西の神殿にて*3

 皆で地下道を進む。山の上の神殿の、その地下とは即ち山の中。地中で冷えずに残っていたらしい空気がじんわりと、一行の体を温めた。

 感じる力はますます強くなってくる。地下通路は黒大理石と黄金で彩られ、如何にもこの奥に何かがある、と思わせ……。

「……ここよなあ」

 奥へ進む道の傍ら。ただ、他の場所と同じように黄金と黒大理石で美しく装飾されているだけの壁を見て、姫はくつくつと笑う。

「うむ、魔力が漏れ出ておる。これは分かるぞ」

「えっ!?この奥、進まないんですか!?」

「進んでもよいが、また罠やもしれんぞ」

「止めておきます!」

 姫にはこの奥、順当に通路を進んでいった先にあるであろうものも見当がついていたが、ひとまずパクスを宥めて再び壁に向かう。

 そして、姫は手を差し出した。

 壁の一角、装飾の美しいその箇所ではなく、そこから少し外れて……黒大理石に埋もれるように、目立たないように嵌め込まれた黒瑪瑙を見つけ出す。そして、そこに触れると……。

「アタリであろう?」

 にやりと笑う姫の前で、ぽう、と光が灯る。光は壁を伝ってどんどん走っていき……やがて、壁にするり、と扉程の大きさの長方形を描き出した。

 光で作られた長方形の枠の中央を、姫の手が、そっと押す。……すると。

「おおおお!隠し通路!また隠し通路じゃないですか、これ!」

 パクスが興奮する中、壁の向こうに通路が生じていた。そしてその先には……。

「今度こそ、あったな」

 黄金色の宝玉が、静かに置かれていたのである。




 神の力の欠片。それが封じられた宝玉。

 それを実際に見るのは、アレットにとって初めての経験であった。

 強い力。それがまず、アレットを圧倒する。自分が太刀打ちできない程の力が、ただ『力』としてそこにぽんと置かれていることに、アレットは少しばかり恐怖を感じさえした。

 だが……それ以上に、安堵したのだ。

 その力は、アレットに故郷を思い起こさせた。大切な仲間達をも思い起こさせ、次いで、楽しかった日々、ぬくぬくと過ごした安寧を、思い起こさせたのだ。

 ……自らの源である『魔力』は、魔物にとって自らの母に等しい。実際、魔物とは魔力から生まれ出るものなのだから、母と言っても差し支えないのかもしれないが。

 そんな『母』を目の当たりにして、アレットは確かに、優しさと温かさを感じていた。


「すげえな……」

 そしてソルもまた、アレットと同じように感じていた。

 ソルもアレットも、そしてパクスもヴィアも……姫とガーディウム以外の皆は、神の力の宝玉を見るのはこれが始めてである。皆が等しく、宝玉の持つ魔力に圧倒され、そして、癒されていた。

 パクスはただぽかんとし、ヴィアは圧倒的な力の前に跪く。そんな中、恭しく首を垂れるガーディウムに促されて、姫が宝玉へと近づいた。

 姫がそっと触れると、宝玉はぽう、と柔らかな光を放った。まるで、我が子を歓迎するかのように。

「……ふふ。良いものだな、これは」

 姫はいつになく優しく柔らかな笑みを浮かべると、そっと、宝玉を手に取る。手の中にすぽりと宝玉を収めて……姫は皆を振り返り、言った。

「さて、ここからが長いぞ。これから儀式を行わねばならん。準備が面倒だが、手伝え」

「えっ!?これで終わりじゃないんですか!?」

 ……驚き拍子抜けするパクス同様、アレット達は皆、同じように思っていたかもしれない。




「石に入っておる魔力の封印を解いて、ちびちびと妾の体に収めねばならぬのだぞ?一瞬で終わるわけが無かろうに」

「言われてみればそうなんですけど!でも、もうちょっと、こう、神様の力で、ばーっ!て!いかないんですか!ばーっ!て!」

「いかんわ阿呆め」

 姫はぺし、とパクスの額を軽く叩きつつ、手の中の宝石を複雑そうな面持ちで見つめた。

「ま、こればかりは仕方あるまい。神が残したもうた慈悲をこの手にできるだけでもありがたいこと。我儘を言うべきではなかろうなあ。はあ……」

 仕方あるまいと言う割にはため息を吐き、姫は宝玉の部屋から出て元の通路へ戻る。

「儀式にはちと時間がかかる。始める前に退路を確認しておくぞ」

 そして、宝玉の隠し部屋ではなく、本来の通路が続く先へと、足を進めるのだ。

「この先にあるのであろうなあ。魔法仕掛けの隠し通路が」

 ……姫に先導されて皆が続けば、進む先には少々広い部屋があった。そしてその床には、複雑かつ精緻な文様が刻まれ、要所要所には美しく輝く宝石が収められている。

「これが例の隠し通路よ」

 魔法仕掛けであることはアレット達の目にも明らかで、しかし、それでいてどういう仕組みなのか詳しいことはまるで分からない。

 古代の……神代の代物なのであろう、ということだけ思って、半ば呆然と、アレット達はその部屋を見つめることになった。

「ふむ……よし。動きそうだな」

 姫は魔法の具合を確認して、満足気に頷いた。

「姫君。こちらは一体……?私のようなスライムには、これが何なのか、さっぱり分かりませんが……」

 ヴィアはこの中で特に、事情が分かっていない。姫が先程手に入れた神の力の欠片も、この部屋の床の紋様の意味も、ヴィアには今一つ、分かっていないのだ。

「ま、言ってしまえば魔法仕掛けの通路よな。瞬時に他の場所への移動を可能にする魔法がここに仕込んである。魔力の消費は術者ではなくこの神殿自体が負担してくれるようだな。ま、そういう風に通路が整備されておるのだ」

 姫は簡単にそう説明する。仕組みや操作方法は説明しないが、それは姫か、はたまたガーディウムかが行えばいいことだ。ヴィアが知る必要は無い。

「では……先程の石は?」

「これか?これは神の力の欠片だ」

 続いて、姫の手に握られている宝玉についてもそう説明を行い、それから姫は、ひらり、とガーディウムを見た。ガーディウムは黙って頷き、ソルもその横でにやりと笑って頷いた。

「……ま、これら神の力を集めれば、妾が魔王となるに十分な魔力が手に入るであろう、ということよ」

 姫はガーディウムとソルの同意を得て、ヴィアにそう、明かす。

「そしてこの国の魔王として……勇者を殺す。それが、妾の目的よ」




「神の力……成程、神殿とは、この床の文様や姫の手にある宝玉など……神の力によるものが収められている、と。そういうことですね?」

「ま、概ねそんなところよな。我らはそれを求めてこの神殿までやってきたのだ」

 ようやく一行の旅の目的を知ったヴィアは、姫の言葉を受けて、ほう、と感嘆のため息を吐き出した。

「確かに、麗しき姫君には神の力がよくお似合いでしょうとも。この宝石も姫の瞳とよく似た、美しいものですが……神の力の結晶ともなれば、より一層、貴女に相応しい輝きだ」

「……よくもまあ、つらつらと言葉が出てくるものよなあ」

「それは勿論!美しいものを褒め称えるのは紳士にとってごく当たり前のことでしょう?ああ、麗しの姫君よ!」

 ヴィアは興奮気味に言葉を紡ぐ。その様子に、姫は少々呆れたような顔をしていたが。

「いや、素晴らしい……実に、素晴らしい!勇者に、あの勇者に対抗しうる力を、我ら魔物が手に入れられるとは!」

 ヴィアの興奮は姫だけへ向けたものではないのだろう。美への興奮と同時に……勝利への欲望が、ヴィアの頭部で泡となって渦巻いている。

「あの憎き勇者を……殺すことが、できるのですね!?嗚呼、嗚呼……」

「いや、まだ分からんぞ」

 だが、ヴィアの興奮に水を差すように姫はそう言った。

「正直なところ、これでも足りんような気がする」

「……えっ」

 途端にヴィアは驚き、そしてアレット達もまた、少々緊張を走らせる。

「元々、神の力が東西南北の神殿の他、どこか隠された神殿もう1つに神の力が封印されている、とだけ聞いているが……ま、要は、それら全てを手に入れるまでは、魔王を名乗るなど、中々に難しかろうな。そうでもなければ、わざわざ分けて封印しておく必要もあるまい?」

 ……姫は今、確かに感じている。

 北の神殿に封印されていた力と、今、手の中にある宝玉の力。その2つを合わせても尚、勇者に及ばない。そんな気がするのだ。

「1つ2つ封印を解いた程度でこの国を覆せる程の力を手に入れてしまっては、敵に力を奪われた時、あまりに危うい。……であるからして、この宝玉の力を妾の内に収めたとて、勇者を殺すには至らぬように思う」

「そんな……」

 ヴィアが落胆する様子を見つつ、姫は少々肩を竦めた。落胆されても困る。それでもこの道しか、魔物に残された道は最早、存在しないのだ。


 ……それから数拍して、ヴィアが多少、気を取り直したところで。

「じゃあこれ終わったら次はどこに行きますか!?北ですか!?南ですか!?」

 パクスが元気にそう言った。姫が魔王として力を蓄えることと同時に、皆と一緒に旅ができることを喜んでいるらしい。尻尾がぶんぶんと揺れている。

「パクス。北はもう姫達が行った後だよ」

「あっ、そうだった!じゃあ南ですか!?」

「分からんぞ。この魔法仕掛けの通路が我らをどこへ運ぶのやら、まるで分からんからな。いきなり東へ行くのやもしれん」

「或いは俺達も知らない何処かへ繋がっているのかもしれんな……」

 つまるところ、次の行き先はこの通路任せ。そういうことになる。


「……あの、姫。この『魔法仕掛けの通路』は、必ずしも同じ場所同士が繋がっている訳ではない、のでしょうか?」

 アレットはふと気になって、そう聞いてみる。

「王城からは北の神殿に繋がっていて、けれど、北の神殿からも王城に繋がっているとは限らない、のでは」

 いわば、通路が一方通行の可能性もある。ここに在るものが、予め決められた場所同士を相互に行き来できる扉であるとは限らない。今、この西の神殿にある通路を通って辿り着いた場所で再び通路を使っても、またここに戻ってこられるとは限らないのではないだろうか。

 ……アレットがそう問うと、姫は頷いた。

「その通りだ。……むしろ、妾はそれだと思っておるぞ」


「げ。ってことは……もし北に戻されたらどうする?俺はその可能性もあると思ってるが」

「む……その場合は、そこからはまた徒歩で移動することになるだろうな。何せ、北の神殿で『魔法仕掛けの通路』を俺達が破壊してきたからな。北に辿り着くことは無いだろうが、万一辿り着いてしまった場合、そこから脱出するには徒歩になる」

「そう。そうよなあ……我らは追手を撒く為に魔法仕掛けの通路を破壊してきたが……あれが、必ずしも2点を繋ぐものであるとは限らんのよなあ……。更に、この通路、『出発地点から行き先』だけを設定しておるような気がするぞ。『到着地点』としての魔法は必要ないのではないか……?とすれば、破壊してきたのは無駄であったか……?」

 そうして、皆が悩み始めた時。

「すみません!俺、ここまでの内容、全部わかりません!もっと分かりやすく!もっと分かりやすくお願いします!」

 パクスは元気にそう報告した。ヴィアも事情が分からない分戸惑っているようだったが、パクス程元気に『わかりません!』を表明できる性質ではないらしい。


「ええとね……ほら、姫達は最初、王城から北の神殿へ、魔法仕掛けの通路で移動したでしょう?」

 ということで、アレットは早速、パクス向けに解説してやることにした。

「けれど、姫達は北の神殿に到着してすぐ、魔法仕掛けの通路を破壊してる。王城から勇者達が追ってこないように」

 アレットの説明に、パクスはふんふんと頷きつつ、尻尾をぱたぱた動かした。頑張って理解しようとしているらしい。

「ところで、姫。俺もアレットも知りませんが、破壊っつうのはどうやって破壊したんですか」

「何、簡単よ。ここのように紋様が床に描いてあったのでな。ガーディウムが床を蹴り壊した」

「成程なあ……」

 魔法というものは強くも繊細なものだ。このように予め設置してある類の魔法においては、紋様の一部が掻き消えただけで魔法としての体を成さなくなる。紋様ごと床を破壊したというのであれば、北の神殿『へ』の移動はさて置き、少なくとも北の神殿『から』の移動はできなくなるのだ。

「……ということは、この通路がちゃんと使えるかどうかを確かめるわけにはいかない、っていうことですよね?」

「そういうことになる。……うっかり確かめようとしたら戻ってこられなくなった、という可能性は高いな」

「移動しちゃってから儀式を行うっていうのはどうなのですか、姫」

「うっかり移動先が王城だったりしてみろ。下手すれば勇者達に即刻取り囲まれるぞ。勇者はある程度、魔力が分かるはずであろう?ならヴィア1人程度ならまだしも、魔物の戦士だの神の力の欠片だのがいきなり自分の近くに現れれば間違いなく気づく」

 いよいよ、皆、頭を抱えることになる。パクスは『分かんねー!』と頭を抱えていたので1人だけ事情が違ったが。




「……今後の方針を決めるぞ」

 そうして姫は、皆の前で言った。

「これから3日、妾は神の力を宿すための儀式を行う。その間、皆は交代で警備にあたれ。何事も無ければここから徒歩で南の神殿へと向かう。そして、何事かがあれば……」


「……勇者やそれに準ずる強さの敵が現れたなら、儀式を中断して魔法仕掛けの通路へと飛び込む。よいな?」


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