燃える開拓地*2
そうしてその日の内に、アレット達は開拓地付近まで進んだ。……そして、ヴィアを除く全員で、開拓地を少々離れて取り囲む。
夜の闇に紛れてしまえば、然程アレット達は目立たない。特に、魔力を持たない人間達はアレット達の存在に気づけないはず。
「ヴィア。お前、大丈夫か?」
「ああ。やってみせようじゃないか。この程度できずして、自らの有用性を騙るなど烏滸がましいだろう?」
そしてヴィアは1人、開拓地へと潜り込んでいる。うに、うに、と小さなスライムの欠片がそれぞれに爆弾を背負って開拓地へ向かっていく様子は、中々見ごたえがあった。
「ま、これが終わったところで大量の水と魔力を与えてやる必要がありそうだがな。その程度は融通してやろうではないか」
「おお、姫君!なんと慈悲深いことか!」
「使えるものはとことん使うのが妾の主義よ。そのために道具の手入れくらいはせねばな」
……作戦は至って簡単。爆弾を持って人間の住居に潜り込んだヴィアが、自らの体諸共人間達を爆破する。それだけだ。
爆弾はヴィアの小さな体が運べる程度のものでしかないため、大した規模の爆発は生じない。だからこそ、人間達が眠りに就いている夜、人間達が外に出ていない時を見計らって、人間達の住居に爆弾を忍ばせることが必要になるのだ。
「俺達は生き残りが居たらすぐ殺す、ってことでいいのか?」
「ああ。その代わり、開拓地の中には入らないように頼むよ。いつ、どこの家が爆発するか分からないのだからね」
……そしてアレット達は、人間達が逃げ出した場合、1人たりとも逃がさずに仕留めることを目標に動く。
これから、ガーディウムとパクス、そして姫は開拓地を遠く取り囲むように配備され、ソルとアレットは開拓地の上空で待機することになる。
「ソルの目は多分そんなに利かないから、もし3人以上まとめて逃げようとしている人間が居たら、その時に一緒に飛んでいってもらうことになるかな」
「ま、夜の作戦だと俺はとことん役立たずだな。はあ……ま、しょうがねえけど」
ソルは既に、人間と同じ程度にしか視界が利かない状態になっている。今回ばかりは、ソルよりアレットの方が働くことになるだろう。
「逃げた人間の死体は全部隠すのだったな。……食ってしまっても構わない、ということか?」
「まあ、食った痕が残らなければいいんじゃねえか?要は、『人間が人間を殺した』って見せかけられりゃ上々、ってことだろ」
そして今回の目標はもう1つ。
……折角爆弾を使うのだ。人間が人間を殺したとでもいうように見せかけたい。まさか、アレット達魔物が爆弾を使えるなどとは、人間達も思っていないだろうから。
「やったー!じゃあ、肉食べ放題ですね!やったー!俺、もう滅茶苦茶腹減ってるんです!やったー!」
パクスは非常に喜んでいるが、それもそのはず、火薬づくりのため、アレット達は昼食を摂る余裕が無かった。よって全員、空腹なのである。
「……もし1人も逃げてこなかったら、その時は爆発で死んだ奴をいくつか貰ってきて食べようね」
「そうしましょう!やったー!食うぞー!」
……と、こうしてアレット達は開拓地を取り囲み、人間達を殺す準備を始めるのであった。
この開拓地のことは、アレットはあまりよく知らない。というのも、こちらまで荷運びで来ることはあまり無かったからだ。
フローレン達を養う必要があったアレットは、王都を拠点とするしかなかった。となると、あまり遠くまでの荷運びは引き受けられなかったのである。
アレットがよく行っていた王都から西の開拓地は、半日で行き来できる程度の距離であった。だが、こちら最西端の開拓地は、そこから更に丸1日程度かかる。当然、アレットがここへの仕事を引き受けることは滅多になかったのである。
だが、多少は知っている。人間達の間で聞いた噂話であったり、ほんの数度の荷運びで観察した様子であったり。そういった情報に推測を重ねて補強して……概ね、この開拓地の情報を知っている。
この開拓地は、いわば研究施設だ。
人間達がこの魔物の国で生きていくために、この土地に適した作物は何かを調べたり、この国の気候を調べたり、はたまた魔物の国に自生する植物から薬の作成を試みたり……そういった施設なのだと聞いている。
開拓が目的ではない以上、人数はそれほど多くなく、物資もそれほど必要が無い。そういった事情から、そもそも荷運びの需要も少なかった覚えがある。
人間の数が少ないのだから、制圧にはそれほど苦労しないだろう。ただ、ここが人間にとって重要な研究施設なのだとしたら、銃の多少は置いてある可能性が高い。その点は十分に注意が必要だ。
「ではそろそろ参りましょうか。皆さん、どうぞよろしく」
やがて、ヴィアがそう言うのを皮切りに皆が動き出す。パクスは『肉!肉!』と嬉しそうに開拓地の反対側へ回り、ガーディウムも静かにそちらへ回った。姫はにやりと笑ってその場に残り、ヴィアはガーディウムと開拓地を挟んだ対角線上に位置するよう動き始める。
「……じゃ、俺達も行くか。頼むぜ、アレット」
「勿論。あなたの副官として、しっかり目となり耳となってあげるから、ソルはのんびりしてていいよ」
「俺のためを思うなら獲物を譲ってくれた方が嬉しいんだがな」
そしてソルとアレットも空へと飛びあがる。月の小さな夜であるから、2人の姿は夜空に紛れてほとんど目立たない。そもそも、爆発が自分達の住居で起きた人間達が空を見上げる余裕など、無いだろうが。
そうしてソルとアレットが夜空にふわりと浮かんで、少しした頃。
どん、と、重い音が響く。続いて、次々に破裂音が続いて、重く激しい音が開拓地上空までもをいっぱいにした。
「おーおー……結構派手じゃねえか」
「もっと規模が小さいかと思ってたけれど」
果たして、ヴィアが自らの一部をも犠牲にしつつ爆発させている爆弾は、見事、人間達の住居を吹き飛ばしていった。
ついでに家屋に火を放ったのか、あちこちで家屋が燃え始める。……そして、ごく僅かではあるが、人間が逃げ出してくる姿もあった。流石に、鉄の筒に火薬と鉄屑を詰めただけの爆弾では人間達を皆殺しにするには至らなかったらしい。
より効果の高い爆弾を開発する必要があるかもしれないなあ、などと思いながら、アレットは動く。
地上へと急降下して、逃げ出そうとしている人間の真上から襲い掛かる。風を切る音に人間が気づいてももう遅い。アレットのナイフは人間の首をすぱりと斬りつけ、血飛沫を派手に上げながら人間はその場に倒れ伏した。
それを見て満足したアレットは、また上空へと戻っていく。するとまた、別の家屋から逃げ出そうとしている人間を見つけた。
「アレット。お前は上空から見張れ。動く時には俺に指示を出してくれりゃあいい」
よし、と動きかけたアレットの腕を、ソルの脚が捕まえる。確かに、ソルは見張りの役を負うことができない。1人も人間を逃さないということを目標にしている以上、見張りが要になるのは間違いないのだ。アレットはソルの言葉に従うことにした。
「分かった。じゃあお願い。3時の方向だよ」
アレットがソルに指示を出した途端、ソルは楽し気に地上へと舞い降りていった。まるで隼か何かのような垂直な飛行を見て、アレットは苦笑する。ソルはどうも、『俺にも暴れさせろ』という理由でアレットに見張りを任せたように思える。
「ま、いいか。1人は私も殺したし」
アレットはくすくす笑いながら、見張りとしてしっかり、夜の開拓地へ目を光らせ続けた。家屋のいくつかは爆弾のせいか火が着いて、次第にめらめらと激しく燃えていく。強い光は濃い影を生んで、アレットの目を欺こうとするが……だが、アレットの目は誤魔化せない。
「ソル!次!今度は11時方向!」
アレットの下へと戻ってきたソルにまた指示を出し、アレットは家屋の影に隠れながら逃げようとしていたらしい人間の元へソルを向かわせる。やがて、ソルにやられたと思しき人間の悲鳴が響き渡った。
再びアレットの傍まで戻ってきたソルは、少々満足気な顔をしていた。人間を殺して、多少気が済んだらしい。
「暴れられて満足?」
「いーや。まだまだ物足りねえな」
ソルは楽し気ながら、そう言ってわざとらしく首を横に振ってみせた。まあそうだろうなあ、とアレットは思いつつ、ソルを小突く。
「欲張りだね。流石にソルが満足できる程の数の人間は居ないと思うけれど」
「そうだな……もう、人間は全員死んだか?」
ソルの言葉を聞いて、アレットは地上へ目を向ける。
地上はもう、静まり返っていた。開拓地の外へ出られた人間は居ないはず。姫達の出番は無かったことだろう。
だが、人間が全員死んだかは、まだ分からない。
「……どうだろう。分からない。もうしばらく上空から見張りながら……建物の中とか、或いは地下とかに隠れて潜んでいる人間が居るかもしれないから、そっちを探すことになるかな」
「よし。じゃあ、先にヴィアのところへ戻る。アレットはもうしばらく上空から見張ってろ」
「了解」
ソルが翼を翻して、ヴィアが待機している方向へと飛んでいく。目が然程利いていないソルは、匂いの薄いヴィアの下へ戻るのに少々苦労している様子であったが。
「……まあ、ここが研究施設だったのなら、地下室の1つや2つはありそうだしなあ」
アレットはソルを見送りながら、そうぼやいた。
長らく王都で地下室と地上とを行き来する生活をしていたアレットには、何となく、地下室がありそうな場所が分かる。
「あそこ、かな」
なんとなくあのあたり、と見当をつけて見守っていると……。
……突如、そこが爆発した。
「わあ」
爆発したそこは、やがて、火の手を上げ始めた。
どうやら本当に地下室があったらしい。『私の目も中々のものだなあ』などと思ってにっこり笑ったアレットは、そのまましばらく、燃え盛る開拓地を眺めて待った。
そうしてもう少し待っていると、やがてソルが戻ってくる。
「生き残りはもうヴィアが探してるらしい。見つけた地下室でまとめて数人、殺してやったらしいぜ」
「流石だね」
「ま、この程度は働いてもらわなきゃあな」
ソルとアレットは顔を見合わせて笑い合う。ヴィアを仲間に引き入れた姫の慧眼は確かなものだった。このように人間の道具を使いこなし、隠密行動にも向く仲間がいるとなれば非常に心強い。その分、ヴィアにかかる負担は少々大きくなりそうだが……。
「ま、念には念を入れて、俺達は地上を探ってみる。お前はもうしばらく上空に居てくれ」
「分かった」
アレットが答えるや否や、ソルは地上へと戻っていく。これから皆と合流して、人間の生き残りが居ないかどうか、徹底的に調べ上げるのだろう。
そうしてアレットは夜空の中で1人、待機することになる。
冬の夜風は冷たく、防寒用のコートがあって尚、手足の先が凍えるような寒さであった。だが、地上を探る仲間達の為にも、アレットが見張りの手を抜くことなど許されない。
アレットはしかと地上に集中し、逃げ出す人間が居ないかどうか、見張り続ける。時折、家屋の残骸から次の家屋へと仲間達が移動していくのを見守りつつ、じっと、待ち続け……。
……その時だった。
「……ん?」
アレットの視界に、妙なものが映る。
それは、ただの地面であるように思われていた場所から蓋が開き、その下から人間が1人、這い出して来る場面。
その人間は小さな体をしているように見えた。必死に開拓地から離れようとしているように見え……そして。
「人間なのに、魔法、使ってる……?」
……その人間は、その手の中に小さな炎を灯し、それで足元を照らしながら、必死に進んでいるように見えた。