燃える開拓地*1
「これは中々面白い性質を持っていてね」
ヴィアはアレットの肩に手を置いて、アレットの耳元で囁くように言う。
「ただ火を点ければ、火が舐めるように火薬を覆い尽くしていく。ただそれだけだ。だが……この火薬を閉じ込めておいてやると、火が優しく撫でていくような燃え方はしないのさ」
そして、ヴィアはアレットの肩に置いたのと反対の手を、ぎゅ、と握ってからぱっと開いて見せる。
「爆発する。銃弾を放ったり、岩盤を吹き飛ばしたり、そういった用途で使えるようになる」
アレットも多少、覚えがある。火薬にただ火を点けたことは無いが、火薬によって撃ち出された銃弾は多く見てきた。
「……ということで、火薬で面白いことをやろうとするならば、どう圧をかけてやるかというのが重要なのですよ、お嬢さん」
「へえ……変な粉」
壺の中、油紙で覆われている火薬を見つめて、アレットは何とも不思議な気持ちになる。銃の構造は未だよく分からず、火薬の性質などほとんど分かっていないのだが……それが少しずつでも分かってくるのは、なんとも不思議な気持ちであった。
「成程な。ため込んどいた分だけ吹っ飛ばす、ってことか」
ソルもまた、アレットとヴィアの間からずい、と身を乗り出して火薬の壺の中を覗く。ソルも火薬のことを多くは知らない。実物を見たことすら、これが初めてである。アレットより更に現実味の無いような、そんな気持ちを味わいながら、ソルは首を傾げる。
「こいつ、押さえつけられるとその分暴れるんですよね!?火薬ってなんか俺みたいですね!」
……そしてパクスはそんな感想を元気に述べた。
確かにパクスは普段温厚であるものの、何か圧力がかかるようなことがあれば、しっかり暴れる性質である。以前、王都警備隊の面々が王城内勤務の兵士達に馬鹿にされた際、パクスが見事に『爆発』したのはアレットやソルの記憶にもしっかり残っている。
「俺、火薬とは気が合いそうですよ!よろしくな、火薬!」
「俺からもよろしく頼むぞ、火薬。ふむ、心強い仲間が増えたな」
パクスと、更にガーディウムまでもが火薬の壺に挨拶する様子を見て、アレットとソルは頭を抱えた。ヴィアは未だ、彼らの人となりが分かっていない部分も多く、首を傾げていたが。
「……のう、ガーディウム。妾は時折思っていたが、お主、馬鹿なのか?」
そして姫は、アレットやソルより遠慮が無かった。
「お戯れを。姫の聡明さから見れば誰しも愚かでありましょう」
「妾と比べるまでもなく阿呆な気がするがのー……ま、そこがお主の良いところでもあるか」
堂々と言葉を述べるガーディウムに対し、姫は何とも言えない顔で頷いた。
「姫様!俺は!俺はどうですか!?」
そしてパクスが元気に挙手してそう問えば、姫は、パクスをじっと見つめ……ふと、にっこりと生温い笑みを浮かべた。
「……お主は愛い奴よなあ」
「えっ!?ありがとうございます!先輩!先輩!俺、姫様に褒められましたよ!」
よかったねえ、とパクスを撫でながら、アレットはソルと顔を見合わせる。
……まあ、馬鹿な子ほど可愛い、とは、よく言ったものである。
「爆弾、ね。成程。こういう仕組みにすればいいのか。……新鮮だなあ。私達が人間の道具を作ってるなんて」
それからアレット達は、ヴィアに協力して『爆弾』を作り始めた。
アレットとソルは、鉄でできた管の中に火薬を詰めては蓋をする、という作業を繰り返す。そして姫とヴィアは、火薬を調合していた。
「面白いものよな。このようにして、人間の英知の結晶を我ら魔物が使うことができるのだから」
姫は硫黄の結晶をそっと磨り潰しながら、ふと、そう漏らした。
「ま、いい気味ではあるが」
「ふむ。まあ……人間は『誰にでも使える武器』を用いることで、戦士でもない者達を戦士にしてきましたからね。つまり裏を返せば、魔物にも使える武器を生み出しているということなのですよ」
ヴィアは指を一本立てて姫の言葉にそう返すと、少しおどけたように続ける。
「こうなっては、いずれ勇者すら量産できるようになるかもしれませんね」
「そうなったらいよいよ魔物は滅ぶであろうがな」
姫は少々苦い顔でそう答えると、ふう、と小さくため息を吐いて、また硫黄を潰す作業に戻り始めた。
「姫。硫黄をお持ちしました」
「俺も見つけましたよ!どうぞ!」
……そして、パクスとガーディウムは近くから硫黄と硝石を拾っては持ってくる係を担当していた。
ヴィア曰く、火薬の材料は硫黄と炭、そして硝石であるらしい。アレットはヴィアの情報が本当か訝しんだが、試しにそれぞれを粉にして混ぜたものに火を点けてみれば確かに火薬と同じように燃えた。どうやら、少なくとも限りなく火薬に近い何かにはなるようだと分かったので、ひとまずヴィアの指示通りに動いている。
「硝石、というものは少々見つけるのが難しいな。硫黄には独特の香りが付いていることが多いが硝石は鼻で探すわけにもいかん」
「まあ、硫黄だけでも鼻で探せる分、楽ですって!ね!」
パクスとガーディウムが硫黄と硝石の採掘担当にされたのは、2人が鼻の利く、かつ力の強い魔物であるからだ。重い鉱石を持ち運ぶことも苦ではなく、そして何より、鼻を頼りに動くことができる。
……また、姫がどうにも、この2人に火薬の調合をさせたがらなかったためでもある。『あやつらにやらせてみろ、絶対に失敗するぞ!妾の角を賭けてもよい!』とのことであったので、パクスとガーディウムはすり鉢と乳棒を持つには至らなかった。
「人間達はどうやら糞尿から採取しているらしいがね。ま、我々は山から削ってきた方がいいだろう」
「ええーっ!人間達はうんこと一緒に硝石も出すのか!すごいな、人間!俺、人間じゃなくてよかった!」
アレットは『絶対にパクスの想像するものは違う』と思いつつ、何をどうやったら糞尿から硝石が採れるのかはさっぱり分からない。ヴィア自身も『人間の噂話を聞き齧っただけなのですよ』とのことで、詳細は分からないようだったが……やはり、人間の技術は魔物のそれを遥かに凌駕しているようだ。
「まあ、折角だ。この機会にたっぷり火薬を仕込んでおこうぜ」
「そうだね。人間が開拓地にして鉱山で採掘作業をやってるだけあって、この辺りは色々採れるみたいだし」
魔物達は鉱山を大して必要としない。金銀や鉄は確かに必要だが、硫黄や硝石を使うあてはほぼ無かった。人間達からしてみれば、こうして資源の多くが採掘されずに残っている魔物の国の鉱山は、正に宝の山なのだろう。
……だから、人間は魔物の国へ侵略してきたのだろうか。
アレットはふと、そう思う。
人間が魔物の国を襲う理由は、『領土拡大のため』と推測されている。……あくまでも推測だ。人間が掲げている大義名分は『悪しき魔物を滅ぼす』というものでしかないので、それ以上の何かを知りたければ推測するより他にない。
アレットは人間に混じって生活するうちに、人間達の侵略の理由について『領土拡大のため』という推測を立てた。人間達は穏やかな環境の人間の国でぬくぬくと増え、その数が増えすぎたあまり土地が足りないのだという。そのせいで内乱に発展しかねない、とまで聞こえてきた。……少なくとも、荷運びの仕事をしたり、開拓地で働いたりしている人間達の間では、そういった話が囁かれている。
……だが、人間の上層部からしてみれば、領土は勿論、そこにある資源が重要だったのではないだろうか。魔物達より技術を発展させた人間であるならば、魔物の国に眠る多くの資源を自分達こそが『有効利用』してやろうと目論んでいてもおかしくない。
「いや、でも、魔物の国を滅ぼそうとするのでもなければ、そもそも火薬は必要ない、のかな……?」
……まだ疑問は残る。疑問は残るが……人間達の目的など、知らなくてもいい。人間達を殺しに殺して、最後に生き残った者を拷問にでも掛ければよい話だ。
アレットは考えを打ち切り、また、火薬づくりに打ち込み始めるのだった。
そうして一日かけ、アレット達は火薬を作り続けた。爆弾なる物がどんどん出来上がり、加工せずそのまま壺に詰められた火薬もそれなりの量となった。それを見たヴィアは満足気に頷く。
「これだけあれば十分でしょう。……力の無い人間が魔物を殺すに至ったように、スライムだって人間を殺せる。一人残らず。そう、一人残らず!」
ヴィアは両腕を広げて愉快そうにそう言うと、ふとその細長い体を折り曲げるようにして身を屈め、姫にそっと囁いた。
「一人残らず、人間を殺しましょう。誰も逃がさない、ということが重要です。違いますか?姫君」
「……ま、その程度は分かるか。流石、変わり者のスライムだけはある」
そう。ヴィアの言う通り、ここから先で人間の集落を襲うなら、そこで一人も残さないことが重要となる。
一人でも逃がしてしまえば、そこから情報が漏れる。魔物の姫が何処へ向かったかも分かってしまうかもしれない。少しでも、こちらの情報は落とさないに限るのだ。併せて、人間が誰も彼も死んでしまえば、滅びた集落の発見が遅れる。対応のために勇者が動く可能性も低くなるだろう。
『神殿を巡り神の力を得ようとする魔物の姫』でなくとも、『処刑から逃げ出した魔物の姫』の旅ならば、当然、そのように動くべきだ。アレット達もこれに同意する。
「そして、できる限り人間達に損害を与えるべきだ。違いますか?」
「いいね。悪くない」
ヴィアはソルの笑顔にこぽりと泡を蠢かして応えると、続けた。
「ならば可能な限り、破壊を尽くしてやりましょう。他の人間達が、そこに再び住み始めることを躊躇うくらいに!」
ただ人間を殺すだけでは、次の人間がやってきて同じことになる。人間達へ大きな損害を与えようと思うのであれば、できるだけ、人間達がその土地で成し遂げてきたものを破壊してやるのがいい。
例えば、耕した土地を荒らしたり。集めた鉱石を粉々にしてやったり。建てた家屋を破壊したり。蓄えを奪ってやったり……。ごく小さな行動ではあるが、塵も積もれば何とやら、とも言う。アレットはヴィアの意見に賛成だ。
「であるからして……私はこう、提案致します」
そしてヴィアは、最後にこう、言った。
「爆破してやりましょう、と」