表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第二章:希望と独善【Spem relinquere】
27/181

珍妙な協力者*3

 翌朝。

 アレットは目を覚まし、大きく伸びをする。

「6人になると見張りの交代が楽になっていいなあ」

 アレットの横では、姫が寝ている。そして少し離れたところにガーディウムが眠っており、そこから少し離れて、ヴィアが眠っていた。どうやら今はソルとパクスが見張りをしているらしい。

 アレットはそっと寝床を出て、ヴィアの様子を見に行った。……ヴィアは実にスライムらしく、そこで寝ていた。即ち、人間の形に似せて体を保つこともせず、でろり、ととろけて服の間から染み出すようにして地面に広がっているのだ。

 ……そもそもスライムとは、不定形。何かの形を模すことが無いわけではないだろうが、ヴィアのように服を着こみ、人間や一部の魔物のような形状になって生活するスライムは非常に珍しい。

 よってアレットはヴィアが本当にスライムなのかどうかも含めて少々疑っていたのだが……今の様子を見る限り、本当にスライムで間違いなさそうである。

 変なやつだなあ、と思いながら、アレットは皆を起こさないようそっと洞窟を出る。そしてそこで見張りの任と同時に朝食の支度も行っているソルとパクスを見つけた。

「おはよう」

「おはようございます、先輩!よく眠れましたか!?」

「うん。よく眠っちゃった」

 こうした野営に際し、アレットが朝まで眠れることはそう多くない。大抵は夜の見張りの任に就くものなのだが……今回はヴィアがアレットの代わりに入ったことで、アレットは久しぶりに、朝陽を浴びて目覚めることができた。

「アレット。悪いがこっち、手伝ってくれ。パクスに任せてると芋が皮とともに消える」

「あはは。分かった」

 パクスの手には小さなナイフと芋があるが、芋の皮むきは順調とは言い難い様相を呈していた。……要は、パクスはあまり器用ではないのだ。

 しょんぼりした様子のパクスから芋とナイフを受け取ると、アレットはするすると皮を剥いていく。それを見たパクスは『やっぱり先輩はすごい!』と元気な顔になってしまった。

「今日のご飯、何?」

「ヴィアがため込んでた芋とお前が人間からせしめてきた押し麦と干し肉をまとめて煮る」

「うわあ、雑」

「どうせ煮込んどけば美味くなるだろ。多分」

 ソルはアレットが剥いた芋を適当に刻むと、火にかけた鍋にどんどん放り込んでいく。鍋では既に、押し麦と干し肉が煮込まれているようだった。

「……適当にここら辺の草も入れとくか。よし」

「えええ……」

 更に、ソルは思い立ったように飛び立っていくと、数分で草の束を持って帰ってきた。この季節に採れる野草はそう多くないが、それでもソルはそれらを見つけて来たらしい。

 そして、ソルは採ってきた野草を適当に刻んでは鍋に放り込んでいく。なんとも計画性のない調理であったが、アレットが恐る恐る味見してみると、それなりに美味いものが出来上がっていた。

 押し麦は随分煮込まれていたのか、とろりと蕩けるような食感になっており、そこに干し肉から煮出された旨味と塩気が絡む。芋もすっかり煮込まれて、ほろりとしながら滑らかな味わいだ。ソルが適当に放り込んだ野草の中に香草の類があったらしく、干し肉の臭みは掻き消され、調和した味わいとなっていた。

「あれだけ雑に作って美味しいものができるのがいつも不思議なんだよなあ……」

「これが隊長の力だ。よく敬え」

 ソルはけらけらと笑いながら、煮込まれた粥を椀に取り分け始めた。それを見たパクスは早速、洞窟の中の面々を起こしに行く。パクスもソルの料理が『何故か美味くなる』ということを知っているので、その足取りは実に軽やかであった。


 そうして姫とガーディウムとヴィアも起こされてやってきて、ソルの『適当粥』なるものを囲んで朝食となった。

「ふむ。中々美味いではないか」

「ね!ね!美味いですよね!そうなんですよ!ソル隊長が作ったご飯は何故か美味しいんですよ!すごく雑なのに!雑なのに!」

 姫が粥を一匙食べて表情を綻ばせると、パクスはまるで自分が褒められたかのようにぱたぱたと尻尾を振って喜んだ。それを見てソルは楽しそうにくつくつ笑う。

「そうだな。ソルは何故か料理が上手い。俺とソルが2人で暮らしていた間も、大抵はソルが作っていたが」

「お前が作ると肉を焼いただけになるからなあ……」

 ……そういえば、アレットがソルとガーディウムと再会した時に焼いた肉を食べさせられたが、あれはガーディウムの仕事だったのかもしれない。『肉を焼いただけ』が得意であるらしいガーディウムをちらりと見て、アレットはくすくす笑った。

「パクスは……ま、今は食えねえもんはギリギリ作らねえが、美味いもん作ることはそう多くねえんだよなあ……」

「はい!隊長に教えてもらったので!」

 ソルが教えて尚、『食えねえもんはギリギリ作らねえ』という段階であるパクスは何故か誇らしげに尻尾を振りつつ胸を張った。……尚、パクスの入隊直後は『調理させてはいけない期待の新人』と呼ばれていたものである。

「ヴィアはどうだ?お前、料理はできるか?」

 そこでソルがそう尋ねると、ヴィアは頭部にこぽり、と泡を生じさせて、首を傾げた。

「……ふむ。それに答えるのは少々難しい。やってやれないことはないだろうが……私は料理というものをしたことが無くてね」

「えっ!じゃあ生肉食べてたのかー!まあ生肉は生肉で美味しい!分かる!」

「いやいや。そもそも我らスライムというものは、食物をほとんど必要としないものなのだ」

 ヴィアの言う通り、スライムはものを食べずとも生きていける。何せその体は水と魔力だけでできているようなものなのだから。

「水さえあればそれで十分。それ以上のものは……まあ、言ってしまえば嗜好品だ。そして私には、料理の趣味は無くてね」

 スライムにとっての食事とは、嗜好品だ。無くても困らない程度のものでしかない。よって今も、ヴィアはほんの少量だけ粥を乗せたスプーンを体にずぶずぶと沈めて、そこで粥をのんびりと消化し始めた。透明な粘液の中に散らばっていく粥を見ていると、なんとも不思議な気持ちにさせられる。気づけばアレット達は、まじまじとヴィアの頭を眺めていた。

「……ま、まあ、このように、ものを食べるとあまり見目の良くないことになるものだからね。あまり好き好んで物を食べることはないのだが……」

 ヴィアは粥が混ざった自分の体を恥じるようにそっと帽子を深く被る。そんなヴィアの様子を見て、なんとなくアレットとガーディウムはヴィアから目を逸らしたが、ソルは特に気にせず、そして姫とパクスは益々まじまじとヴィアを見つめた。

「ほう。中々面白いではないか。もっと食え。食物から得られる魔力もあろう?」

「い、いや、しかし私は」

「つまりお前、体の全部が胃みたいなものかー!すごいなー!すごいなー!腹いっぱいどころか、全身いっぱいまで食べられるなんて!」

 ヴィアは少々躊躇う様子を見せていたが、姫が勧めれば、やがて観念したように粥を体の中へと入れ始めた。そうしている間にも、最初に体内に混じった粥は細かく溶かされていき、やがて、僅かな濁りとなって体に混じるのみとなっていく。

「ええと、それ、味は分かるの?」

「恐らくは。……私が感じている『味』がお嬢さんが感じているものと同じものだとは限りませんがね。まあ、これは『美味い』ですよ」

 そういうものか、とアレットは納得する。まあ、つまり、ヴィアなりに食べ物について感じるものはある、と。

「面白いもんだな。スライムがものを食うかなんて知らなかった。スライムの知り合いはほとんどいなかったし、お前ほど喋るやつなんて猶更居なかったからな」

「ははは。だろうね。私自身、スライムの中では相当な変わり者だろう」

 ヴィアは笑って、また一匙、粥を体の中に入れていく。こぽり、と頭部で生じた気泡は、ヴィアなりの笑顔の表現であるらしい。アレットはそれが分かってきているので、ヴィアの泡を見てつられて笑う。

「じゃあ、そんな変わり者が人間の集落を襲うならどうするか、聞かせてよ」

 アレットがそう申し出れば、ヴィアは少し驚いたようにアレットの方を見て、そしてそこで、やや好戦的な笑みの形に細められた赤い瞳を見つけるのだ。

「私達、次は最西端の開拓地を襲う予定なんだ」




「ここから西の、あの人間の開拓地を?それは素晴らしい!」

 ヴィアはにんまりと笑うように、泡をふわりと歪めてみせた。……が、その直後、こてん、と首を傾げる。

「……して、何故?理由を聞いても?」

「うーん……それはヴィアの働きを見せてもらってからの方がいいかな」

 アレット達の目標は、ひとまず西の神殿において神の力を姫にまた一つ取り戻させることである。……だが、それを人間達に知られるわけにはいかない。アレット達はとにかく、勇者に見つかるわけにはいかない。勇者と出会ってしまえば、今のアレット達には万に一つも勝ち目がないのだから。

 ……よって、まだ、どことどう繋がっているか分からないヴィアにその計画を伝えるのは躊躇われた。話す時は、ヴィアに全幅の信頼を置いた時。アレットはそう、考えている。

「そうだな。ま、ひとまずやってみせてくれ」

 ソルもアレットに同意して、ヴィアの背中を翼でぱふぱふと軽く叩く。

「成程、成程。つまり、次の戦いが私を君達に認めさせる舞台だということかな?」

「そう考えても良いぞ。ま、既にある程度の有用性は示しておるが……やはり妾は、直接その者の力を見定めたい性分でな。どうだ、ヴィア。やってくれるか」

 姫がそう言ってにやりと笑うと、ヴィアは少々大仰に、両手を開いて『とんでもない』とでも言うかのように軽く振ってみせた。

「私自身には、何の力もありません。人間と真正面から向かい合って勝つ能力は無く、それどころか不意を突いたとしても勝てるかどうか怪しいような……そんな、みじめで哀れなスライムです」

 そう言って……しかし、ヴィアの頭部で、ごぽ、と泡が踊る。

「だが、お役に立ってみせましょう。姫君の望みとあらば、やらないわけにはいきますまい?」

 ヴィアは立ち上がって、まるで姫をダンスに誘うかのように一礼する。

「つきましては、ご協力頂きたいのですが……」

 更に続いた言葉を、アレット達は少々わくわくした気持ちで聞いたのだった。




「こちらが私の貯蔵庫です。どうぞ、足元に気を付けて」

 ヴィアに案内されてアレット達が向かったのは、洞窟の裏側。……山をぐるりと回った反対側にある穴であった。

 その中にはヴィアがこれまでに溜め込んだらしい物資の数々があった。

「食べ物、ほとんど無いねえ」

「ええ、まあ……ほとんど食べる必要が無いのでね。食料と言えば、昨夜ガーディウム殿に提供させていただいた芋くらいなものですよ」

 今朝の粥に入っていた芋は、ヴィアから提供されたものであったらしい。体力の回復に良いとされている芋であったので、もしかすると食料ではなく薬として蓄えられていたものなのかもしれなかった。

「お。酒じゃねえか」

 そしてそれらの中に、ソルが酒の壺を見つける。どうやら、食料はともかく酒は蓄えてあるらしい。

「お前、酒は好きな性質か?」

「まあ、紳士の嗜みとしてね。酒は命の水とも言う。水を食らうスライムにぴったりだ。そうは思わないかね?」

「それは知らんが、俺も酒は好きでね。こんな時でもなかったら一杯頂いてるんだがなあ」

 ソルは少々悔しそうに酒の壺をつつく。……尚、ソルは酒好きではあるものの、然程酒には強くない。自制が効く分、滅多に酷いことにはならないが……偶にぐでぐでに酔いつぶれてしまったりすると、大抵、パクスとアレットがソルを介抱していたものである。主にパクスがソルを運び、アレットがソルの部屋の鍵を針金で開け、酔い覚ましを処方する、という組み合わせで。

「こちらは……薬か?」

「如何にも。ま、こんな体ではあるが、薬の類が効かないわけじゃあない。……それに、薬と何とやらは使いよう、とよく言うだろう?」

 アレットの見る限りでも、薬の中にいくつか毒が並んでいるのが分かった。確かに、力のないスライムが戦うならば毒物を使うのは悪くない手段だろう。

「毒を使って最西端の開拓地を潰す、って?」

「いやいや。折角、私の能力を誇示する機会を頂くのだ。少々派手にやりたいところだね」

 ヴィアはそう言ってこぽこぽと泡を動かした。

「これを使うのさ」

 ……そしてヴィアが示したのは、薬の瓶や薬草の束が並ぶ一角。そこの壺の蓋を開けてみると……。

「……あ」

 アレットには見覚えのあるものが、そこに入っていた。

 黒くさらさらとした、独特の香りを持つ粉末。

 ……火薬である。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] スライム、村を襲う。 昔のホラー映画になるのかと思った。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ