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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第二章:希望と独善【Spem relinquere】
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西へ*3

「おお、アレット。よくぞ戻った」

 開拓地から見えない程度に離れた草原で、アレットはレリンキュア姫と合流した。

「向こうの方、結構派手にやってませんか?」

「ま、多少暴れさせてやってもよかろう」

 2人はくすくすと笑い合うと、鉱山の方を眺める。

 ……鉱山では多くの魔物達が働かされていた。ならば、彼らを見捨てていくことはできない。そう考えたアレット達は、アレットが開拓地の人間達を引き付けている間に、ソルとパクスとガーディウムが鉱山で少々暴れてくる、という計画を立てたのだ。

「物資の方はどうだ」

「ええ。こんなかんじですよ」

 ソル達が戻ってくるのを待つ間、アレットは姫と物資を見て笑い合う。ひとまずの物資はこれで手に入れることができた。後はその場その場で調達していけばなんとか当面は凌げるだろう。


 そうしてアレット達が待っていると。

「悪い。待たせたな」

 ソル達がのんびりとやって来た。その背後では、開拓地が人間達の悲鳴に包まれている。

「彼ら、大丈夫かな」

「ああ。数で押せるだろ。……鉱山の中に居た人間は殺した。後はあいつらがやることだ」

 ソルはそう言うと、アレットが持ってきた物資を見て、『おお、いいねえ』と笑う。

「開拓地の人間を皆殺しにすれば、そこが鉱山で働いていた者達の住処となるだろう。彼らもそれで生きていけるはずだ」

「後は、人間がここに連絡に来た時にどうするか、ってとこだが……鉱山に居た中にも戦える魔物は多かった。大丈夫だろ」

 鉱山で働かされていた魔物達は解放されて、人間達の場所を奪い、そこで生きていくだろう。……そして、そうなれば王都に未だ居るであろう多くの人間の兵士や勇者の目は、ひとまず、そちらへも向けざるを得ない。

 ……アレット達を追う人間達が分散されるなら、それに越したことは無いのだ。人間達に立ち向かう者が多ければ多い程、アレット達は動きやすくなる。

「あいつら、無事にやっていけるといいなあー……」

 勿論、パクスの願う通り、鉱山に居た魔物達が奪った開拓地で今後も健やかに暮らしていってくれることを、アレット達は願っている。

 ……だが、開拓地の魔物達にも犠牲が出ることは如何ともし難い。

 これからもきっと、そうだろう。未来のために今、犠牲になる魔物達は、これからも増えていくはずだ。

 王都の街門で、勇者に立ち向かっていった魔物達のように。




「ああー!毛布っていいですねえー!毛布!毛布!毛布!もふっ……」

「うるせえ!騒いでないで早く寝ろ!」

 その夜。山沿いに西へ向かって進んだアレット達は、程よい洞穴を見つけてそこで野営することにした。

 昨夜のような、野原で寝具も無く眠っていたのとは違う。野営用の寝具がきちんと揃った上で、更に、野営に丁度良い場所も見つけられた。

 ……まあ、そのような事情を抜きにしても、パクスが毛布にはしゃぐのも無理はないかもしれない。何せ、パクスはずっと、厩に繋がれて干し草の上で眠る生活を続けてきたのだ。

 極めて久しぶりの毛布にパクスは満面の笑みを浮かべて騒ぎ、そして、ソルによって顔面にもう一枚毛布を投げつけられて更に幸せそうな顔をする。こんな調子であるので、ソルも苦笑してこれ以上の注意を諦めた。

「ま、これはアレットの功績だからな。しっかり感謝して毛布に包まれろよ?」

「はい!アレット先輩!ありがとうございます!」

「はいはい。パクスが幸せそうで何より。私も働いた甲斐があったっていうものだよ」

 アレットも笑いつつ、なんとも穏やかな気持ちで息を吐く。

 ……これからアレット達は西へ向かう。西の神殿に眠る神の力を姫に宿せば、姫が魔王へとまた一歩近づくのだ。

 だが……。

「よーく眠っとけよ。西の方に進めばもっと地形が険しくなる。ゆっくり眠れるのも今日が最後かもな」

 ソルが笑いながらパクスを脅かす言葉通り。ここから先は、険しい山の続く地帯になる。野営するには厳しいかもしれない。時には山肌で眠るようなことも出てくるだろう。

「いや、あと一度は確実にゆっくり眠れる日があるだろうな」

 だが、ガーディウムは笑ってそう言った。

「この先の開拓地……人間が住む最西端が、そこにあるだろう」

「あー、そこ襲えば、人間のベッドは俺達のもの、か。いいじゃねえか」

 これから先、アレット達はできる限り人間達の物資を奪いながら旅をしていくことになるだろうが……人間がうろついているとは思いにくい山脈地帯においては、集落を襲うことが唯一の補給手段となるだろう。




「ひとまず次の目的は、最西端の開拓地を滅ぼし、我らが魔物の手に取り戻すこと、だな」

 姫はそう言うと、指先に魔法の火を灯して、その火を枯れ枝の中へそっと落とした。途端、枯れ枝は見事に燃え上がり、小さな焚火となって周囲を照らした。

「……ところで、姫様ぁ」

「なんだ」

 そんな姫の様子を見ていたパクスは、物怖じすることなく姫に問いかけた。

「俺、姫様の魔法を見て、思ったんですけれど……俺にも、姫様みたいな魔法を使えますかね?」

 パクスの素朴な問いかけに、姫はころころと笑う。

「難しかろうなあ」

「ええー……俺も姫様みたいに火を出したり氷を出したりしてみたいですよー」

 パクスは如何にも残念そうにそう言って、耳をへにょ、と垂れさせる。

「向き不向きというものがあろう?『犬には犬の、鳥には鳥の、魚には魚の戦い方がある』のだ」

 姫は魔物の戦士達の教本のはじめに載っている言葉をそらんじてみせた。パクスは勿論、アレットもソルもガーディウムも学んだ教本の内容である。

 ……魔物達は皆、異なった特性を持っている。魔力の多寡はあるにせよ、得意も不得意もそれぞれだ。

 例えば、ソルは空を飛び、素早く鋭く攻撃することを得意としているが、実はそれほど体力が無い。敵の攻撃を受け止め続けるような戦い方はできず、結果、敵の攻撃を引きつけつつも全て躱して戦うことになる。

 アレットはソルと同じく空を飛ぶが、ソル程は速くなく、攻撃の鋭さも劣る。だが、ソルより小回りが利き、器用だ。夜にも目がよく利き、そして、人間の中に紛れて戦うことができるのが何よりの特徴だろう。

 パクスは、とにかく愚直である。真っ直ぐに駆け、体当たりし、噛みつき、引き裂き、敵の攻撃を受けつつも自分が倒れるより先に相手を殺す。そういった戦い方を得意としており、下手な小細工は彼の持ち味を損なう。ガーディウムも概ね、パクスと似た性質だろう。

 ……そして、レリンキュア姫は体外に魔法を編み上げることができる。魔法を編むのには時間がかかり、その間はどうしてもある程度無防備になるが……その分、強力かつ大規模な攻撃を仕掛けることができるのだ。

「魔法を放つことだけが強さではない。お主はお主の戦い方で戦えばよかろう」

 姫はそう言ってパクスをあしらうが、パクスは尻尾をばたばたさせながら食い下がる。

「そうかもしれませんけどー、姫様、魔法以外も強いじゃないですか!向き不向きって言うなら、俺に向いてることほとんど全部姫様できるじゃないですかあ!」

「そうか?妾はお主らのように肉体を用いて戦うのは然程得意ではないぞ?」

「えっ、そうなんですか!?」

「ま、武装していない人間を殺すに困る程ではないがな」

 だよね、と思いつつ、アレットは頷いた。……姫が人間の顎を蹴って首を折っている場面を、つい今朝方見たばかりである。次期魔王の名は伊達ではない。

「流石にソルのように銃弾を見てから避けるようなことは叶わぬ。ガーディウムやお主のように、敵陣に真っ直ぐ突っ込んでいくような戦略は取れん。アレットのように人間に混じって攪乱するような戦い方も不向きだ」

「成程……」

 パクスは納得したように頷いて、そして、首を傾げた。

「……えーと、それで、俺が魔法を使うのは難しいんですね?」

「そうであろうな。まず、魔力が足りんだろう。魔法を体外に放つには、体の外に溢れるほどの魔力が必要なのだぞ」

 姫は苦笑して、ほれ、と爪の先に火を灯してみせた。

 燃料も何もなく燃える炎は、姫の魔力によるもの。いわば、体の外に溢れさせた魔力を用いて生み出しているものなのだ。

「……ま、妾はお主より、体内の器が小さいのであろうな。だからこそ、魔力は早くに体外へ溢れていくのやもしれん。……ま、つまりお主は魔法を放つ代わりに、その魔力全てを体内で受け止め、体を強化しているのであろう」

 姫は指を振って火を消すと、そう言って微笑んだ。……その微笑みに、パクスはぱっと表情を明るくする。

「えっ!?俺はもう魔法を使ってるようなものっていうことですか!」

「ま、そういうことになろうな。体の強化も立派な魔法ぞ?」

 姫の言葉を聞いたパクスは、なあんだー!と喜び、尻尾をぶんぶんと振った。……が。

「……でも、それはそれとして、俺、姫様みたいに火を出したり氷を出したりしてみたいなあー……」

 ……そう言って、姫に今度こそ『諦めろ』と切って捨てられるのであった。




 そうして、夜。アレットとガーディウムが見張りに立つことになった。2人は洞窟の外に出て、そこで不審なものが無いか目を光らせる。

 だが、何も起こらなければ仕事が無いのが見張りというものである。そして長時間にわたって緊張状態で居るわけにもいかない。よって、アレットとガーディウムは自然と雑談をすることになる。

「ガーディウムって、夜目は利くの?」

「ソルよりはな。アレットほどではないだろうが」

 アレットはまだ、ガーディウムと共に戦った経験がさほど無い。つい先日の王都での戦いが、その唯一なのだから。

 仲間の能力を知らないということは、戦う上で致命的だ。できることとできないことをしっかり把握していてこそ、連携ができる。……少なくとも、ソルはそう考えていた。王都警備隊の魔物達はソルの方針に従って、自らの能力を偽ることなく、得意不得意を申告していたものだ。

「だが、俺は鼻が利く。人間の匂いがあればすぐに分かるだろう」

「そっか。なら安心。……私もそれなりに鼻や耳は利く方だけれど、夜はやっぱり目に頼りがちかもしれない。見える分、尚更ね」

「ほう。そういうものか。……なら、俺達が組んで見張りの任に就くのは、中々良い組み合わせか」

「あはは。そうかも。お互いに補い合えるもんね」

 アレットはガーディウムと笑い合い、前方を見据える。

 洞窟の外はやはり荒れた山肌となっており、人間の気配はまるで無い。アレットの目には夜の帳が下りた大地の遥か遠くまでが見渡せているが、それでもやはり、人間の姿は見つからなかった。




 それからアレットはガーディウムと雑談などしながら、のんびりと見張りの任に就いていた。

 ガーディウムの経験談は、非常にためになった。『王女の盾』として戦っていたガーディウムならではの戦い方、戦闘訓練の様子、城での生活や実際に姫を守って戦った経験の数々はアレットにとって非常に勉強になる物語のようであった。

 ……また、ずっと姫の傍に仕えていたガーディウムであるので、姫の話にも事欠かなかった。

 昔から豪胆な方で、時にはガーディウムをはじめとした護衛達の出る幕が無いような戦いを見せたこともあった、だとか。華美な服装を好みはしないが、似合うことは自覚していたのでその狭間でよく悩んでおられた、だとか。酒を好む割に酒に弱い、だとか。

 アレットは姫のことをそう多くは知らなかったが、ガーディウムからぽつぽつと話を聞くにつれ、よりレリンキュア姫が身近に感じられるような、そんな気持ちになったのである。


「成程な……あのパクスという青年はさぞかし周囲から可愛がられてきたのだろうと思っていたが、正にその通りであったか」

「うん。つい、ね。つい、パクスを見ると皆で甘やかしちゃうものだから……まあ、甘やかされてもちゃんとした戦士に育ったからいいんだけれどさ」

「そうだな。よい隊長と副長を見ながら育った故かもしれん」

「あはは。ならいいんだけれど……」

 そうして会話をしていた2人であったが、ふと、アレットは言葉を途切れさせて、周囲を見渡す。

「どうした?」

「いや……何か、来る」

 アレットの感覚に、何か、引っかかるものがあった。……それは、決してそう大きくない気配。だが、確実に、居る。

 人間のものであるならば、もっとはっきりと分かるはずだ。アレットの目に姿が見えるであろうし、そもそも、ガーディウムの鼻に引っかからないのがおかしい。

 だが……アレットの、目でもなく、鼻でもなく……耳に。確かに、聞き慣れない音が、聞こえてきたのだ。


 その時、わおーん!と、パクスの悲鳴が聞こえた。

「な、なんだ!?くそ、洞窟の中か!」

 ガーディウムは、すぐさま洞窟の中へ駆け戻る。

 ……外は見張っていた。洞窟で野営の準備をする前、確かに中を確認もした。だが、何故、洞窟の中に、襲撃が。

 その答えを、アレットはうっすらと感じつつ……ガーディウム程は急がずに、洞窟へと戻るのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 火薬を水に濡らした策士、ご登場かしら
[一言] パクス、一体何が…?とは言っても雰囲気的に緊急事態ではなさそうですね。 狼の魔物は満月の夜遠吠えする…とかだったらガーディウムも同じこと起きそうですし、姫様の寝相がものすごく悪くヘッドロッ…
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