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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第一章:反逆【Perversa terra】
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来たる朝へ*2

 アレットは目を覚ます。ゆさゆさ、と優しく揺すられて起きれば、そこはフローレンや子供達と共に居た地下室ではなく、枯れ芒の野原である。

 そっとアレットを覗き込むのも、フローレンの琥珀色の瞳ではなく、ソルの漆黒のそれ。

 ……ああ、夢じゃなかった。


 寝起き特有のどこかぼんやりとした現実味の無い感覚の中、アレットは上体を起こし、自身の下に敷かれた枯草を握りしめ、これが現実だと思い知る。

 だが、眠りに就く前よりはずっと、マシな気分だった。

 もう二度と来ない愛おしい日々の記憶に蓋をして、今はただ、前を向く。死んでいった魔物達の残した道を、踏みしめて進んでいく。

 そうすることでしか、彼らに報いる術が無いのだから。

 ……そして、今のアレットには、かつての日々を思い出し、懐かしみ愛おしみ、そして悲しむ余裕が無い。もう一つでも悲しみの錘を乗せられてしまったなら、アレットは動けなくなってしまいそうだった。

 だからアレットは立ち上がる。

 それは前向きながら、ある種の逃避。それでいて、きっと確かな未来へと繋がる行動。小さくとも、意味のある一歩。

 自分を揺すり起こしたソルと目を合わせると、ソルは『見張り』と口の動きだけで伝えてくる。アレットはそれに『交代ね。了解』とアレットはやはり口の動きだけでソルに伝えて、眠る場所をソルに譲った。

 ……夕焼けを宵闇が侵食し始めた空を見つめて、アレットはただ、今の自分にできることを成すべく動き始める。




 ソルは、『任せた』とアレットに伝え、ぽん、とアレットの肩を叩いて、先程までアレットが寝ていた場所にころりと寝転び、眠り始めた。

 ……ソルの隣を見てみれば、パクスが丸くなって眠っていた。ソルが声を潜めていた理由である後輩の寝姿を見て、アレットは微笑む。成程、可愛い後輩が折角眠っているのだから、起こしてしまいたくはない。

 敬愛する隊長とかわいい後輩を起こさないよう、アレットは彼らから離れた位置へ移動しする。そして、周囲へ目を向けて、見張りの任を全うすべく動き始めた。

 ……ソルが交代したのは、疲れからだけではない。

 今、まさに太陽が沈んでいる。夕暮れから夜明けまではアレットの時間だ。ソルがアレットを副長として置いている理由の一つは、ソルは太陽の出ている時刻を担当し、アレットは太陽が沈んでいる間を担当できる、というものなのである。

 アレットは立ち上がると、大きく伸びをして……凛と、前を向いて見張りの任務に就く。アレットの目には、夜の闇を通してずっと先までしっかり見えている。

 見渡す限り、人間どころか魔物も居ない。動物すら見当たらなかった。

『人間が現れたら殺してやるのになあ』などと、見張りとしては少々不埒なことを考えながら、アレットはじっと、見張りの任務を遂行するのだった。




 ……そうしてアレットが見張りを始めて少しすると、もそ、と音がする。

 見てみると、レリンキュア姫がもそもそと起き出していた。王宮の寝床には程遠い、枯草の寝床から起き上がった姫は、こき、と首を回して大きく伸びをすると、ふ、と息を吐いた。……そして。

「ガーディウム。代われ」

 アレット達の反対側を見張っていたらしいガーディウムの方へ、颯爽と歩いていった。

「姫。しかし」

「命令であるぞ。代われ」

 そして遠慮しかけたガーディウムを姫はじろりと睨み上げ、有無を言わさぬ語調で迫る。……そこまでされて姫を突っぱねる程、ガーディウムも頑固ではない。ましてやつい半日前、『命は粗末にするな』と言われたばかりのガーディウムは、姫の言葉を素直に受け入れることで忠誠の表明とした。

 そうしてガーディウムがパクスの隣に寝転ぶと、そのまま眠り始めた。彼も、疲弊していない訳がないのだ。あれほどの無茶な戦いぶりをしていたのだから。

 ……そんなガーディウムを愛おしむように見つめていた姫は、やがて、アレットへと目を向ける。

「アレット。そちらへ。……そ奴らを起こすのは少々忍びないのでな」

 そして姫は、小声でそう囁いてアレットを誘う。

 涼やかな姫の声に応えて、アレットは姫と共に寝ている者達から離れた場所へと移動した。……そして。

「ご挨拶が遅れましたが、王都警備隊副隊長アレット。魔物の未来を切り開く刃となるため、参上致しました」

 姫の足元にて片膝をつき、首を垂れる。魔物の戦士として最大の敬意を示す礼など、随分と久しぶりだった。

「久々であるな、このような畏まった挨拶をされるのは」

 姫としても、このような礼は久しぶりのものである。魔物の国が健在であったころ以来なのだから。

 アレットの礼を見て、過去の一片を取り戻したように思えた姫は、ころころと鈴を転がすように笑った。

「まあ、そう固くなるな。楽にせよ。今は妾とて一介の魔物の戦士に過ぎぬ。同じ立場同士、堅苦しいことは止めにしようではないか」

「そういうことでしたら」

 少々砕けた様子の姫に合わせて、アレットも礼の構えを解く。姫はその場に腰を下ろしたので、アレットもそれに倣って姫の横に座った。

 そして互いに、夕闇の帳の降りていく空を見つめ……。

「……失望したか」

「え?」

 そして、唐突に切り出された言葉にアレットは少々面食らう。

 はっとして姫を見てみれば、姫は真っ直ぐに空を見たまま、表情を変えずに居た。

「『次期魔王』でありながら、多くの同胞を犠牲にし、勇者相手に逃げ惑うことしかできぬ妾に。失望したか」

 いっそ清々しい程にきっぱりとした問いかけに、アレットは幾分、気圧された。だが、ここで言葉を濁しては無礼にあたる。……兵士と姫という関係上ではなく、同じ魔物の戦士としての、無礼に。

「いいえ。失望などとんでもない」

 アレットは心の底からの本心を、姫に伝えることにした。

「……そもそも何かを望むということ自体、長らく忘れていたのですから」

 姫はアレットの答えに少々、目を瞠った。そして、表情を苦らせる。

「……そうか」

 姫がどのようなことを考えているか、アレットには大凡、想像がつく。

 誇り高く気高く優しい姫は、自らが率い、守るべき魔物達をそのような境遇に置いていたことを悔いているのだろう。自らにもっと力があれば、とも思っているかもしれない。……そんな姫の心を見通しながら、アレットはそっと、言葉を付け加える。

「ええ。ですから久しぶりに、気持ちが湧きたつような思いです」

 アレットの言葉に、姫は少々不思議そうな顔をした。……だが、これはアレットの本心なのだ。

 大切にしていたものを失い、それでも尚、戦おうと前を向くアレットの、心からの言葉であった。

「姫は我らの希望。何かを望むということすら忘れかけていた私達に、再び望みを与えて下さった」

 自らの心を確かめるように、アレットは言葉を紡いでいく。

 ……そうだ。アレットには今、望みがある。

 悲しみの淵に一度沈み切ったアレットは、ゆっくりと眠って目覚めた今、悲しみから這い出して再び、明るく健やかな希望と復讐の念、そして人間への憎悪を心に灯していた。

「必ずや、人間を打ち倒しましょう。そして再び、魔物の国を繁栄させるのです」




「……そうだな」

 姫は、ふ、と笑うと、迷いを振り払うように立ち上がった。

「つまらんことを問うたな。忘れろ」

「忘れませんよ。私が自分の為すべきことを再確認できた、大事な問いかけでしたから」

 姫に合わせてアレットも立ち上がってそう言えば、姫はなんとも面白そうに笑った。

「アレット。お主、中々に強かよの。気に入ったぞ」

「恐悦至極、です」

 アレットもにっこり笑って……ふと、遠くを眺めて益々笑みを深くした。

「ま……何よりも先に、我らがやらねばならぬことは1つよ」

 姫もアレットと同じ方を見て、にっ、と唇を弧の形へ変える。……それは、獲物を狙う、誇り高き竜の笑みである。

 アレットは姫と共に、飛び立つ。

 ……荷運びでもしているのだろうか。遠くに人間の影が、見えていた。

「飯を調達するぞ。特にガーディウムはよく食うのでな」

「あはは。こっちもパクスがよく食べるんですよ。1匹残らず仕留めましょう」


 ある種の逃避であったとしても、前向きに。確かな未来へと繋がる行動を。小さくとも、意味のある一歩を。

 今できることを、少しでも。前へ前へと動き続けている限り、倒れずに居られる。そんな気がするから。

 ……アレットは姫と共に、哀れな人間達を殺しにかかった。


第一章終了です。次回更新は5月4日(水)を予定しています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前作終了から寝かせて寝かせてやっと一章まで読み終えました。ギャップに耐えられそうになかったのでビクビクしながらでした。 お姫様を助けられなくてさらなる絶望に染まる展開も考えてましたけど、希…
[一言] 序盤の負けイベから同胞を失いながらの撤退戦…ハードな展開ですわ 人間サイドはちょっと不穏な空気が漂って居るけれど、アレットサイドは何かほんわかしてて(してない)良きですね。
[一言] 一章の終わりまで追いつきました。 前作とは打って変わってダークな世界観で、 相容れない者たちの生存と誇りをかけた戦いに引き込まれます。 そんな中でアホかわいいパクスに癒される……
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