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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
最終章:ただいま【arreT】
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続く物語

 ……そうして世界は、数百年、数千年の時を経て、巡る。




「いよいよだな」

 地面に走る亀裂の奥には、禍々しい気配が渦巻く空間が広がっている。

「ああ……ようやく、魔王を倒せるんだな……!」

「へへ、楽しみだ。やってやろうじゃねえか!」

「神よ、どうか私達をお守りください……」

 意気込む仲間達を見て、勇者は覚悟を固める。

 ……この空間に飛び込めば、その先に異世界があり、そこに諸悪の根源である魔王が居るという。あの亀裂から漏れ出る力……瘴気、と勇者達が呼ぶものが、世界を変えてしまったのだ。


 元々、ここは鉱山だった。燃料になる石が採れることで有名な場所で、それ故に、多くの人が集って地面を掘り進めていた。

 だが、掘り進める内に、この亀裂が生じ、そこから瘴気が溢れ出すようになった。

 瘴気を浴びた植物が意思を持って歩き出すようになり、瘴気を浴びた虫が巨大化して魔物となった。

 それらの魔物が出始めただけなら、まだよかった。それらは簡単に駆除ができ、また、駆除した後には瘴気が染み込んだ宝玉が生まれて、それが非常に美しく、高値で売れた。国は大いに盛り上がり、更に、その宝玉が良い燃料になると知れてからはますますの繁栄が生まれたのである。

 その時は、瘴気を多くの者が望んでいた。その力を手にして、暮らしがより発展していった。瘴気をより多く手に入れようと、亀裂を広げる国策が打ち出され、はじめは肘から指先くらいまでだった亀裂が人の通れる大きさにまで広がり、更に広がり……そうしてより多くの瘴気が流れ込んでくるようになって、国は大いに沸いたのだ。


 ……だが、やがて、瘴気は人を蝕み始めた。

 瘴気に触れた人は人ならざる力を得るようになり、それを巡って争いが起きた。多くの人が死んだ。そうして瞬く間に、国が滅び、世界が変わっていった。

 瘴気は国の中だけに留まらず、世界中へ広がっていき、世界全体が大きく様変わりしてしまった。……勇者の出身地もまた、瘴気に侵され、人は人ならざる力を得て惑い、そしてその力のせいで争いが起き、また人が死んでいった。

 ……そうして混沌に満ちてしまった世界に生まれたのが、今の勇者だ。

 勇者は神の加護を得て、ここまでやってきた。多くの争いを圧倒的な力で収めながら旅をして、遂に、この元凶たる亀裂まで辿り着いたのである。

 数々の伝説や信託めいた予感から、この先に諸悪の根源たる魔王が居るのだと、理解できている。

 その魔王を倒し、亀裂を塞ぎ、再び、世界に平和を取り戻す。その為に勇者達はここまで来た。

「皆、行くぞ!」

 勇者は仲間達と共に、亀裂へと飛び込む。それは、世界を超え、別の世界へと至る道。

 瘴気が渦巻く中を、勇者達は落ちているのか、昇っているのか、それすら分からなくなり……。


「よく来たな、勇者よ」

 そしてふと上下の感覚が戻って来た時。目の前には明らかに異質な生き物が待ち構えていたのである。




「お前が、魔王……!」

 勇者はすぐさま剣を抜く。だが。

「初めて顔を合わせる仲だというのに、そのように殺気立ってどうした」

 魔王はまるで、身構えなかった。『争うつもりはない』とでも言いたげな様子で、魔王は笑う。

「馬鹿言うんじゃねえ!お前らが俺達の世界を侵略してきたことくらい、分かってんだ!」

「私達の世界を、混沌から救い出すために……私達はあなたを、倒します!」

 仲間達も揃って武器を手に、魔王へ向かう。すると、魔王は勇者達を見て……ふ、と、ため息を吐くのだ。

「やはり、そうか。……異世界に勇者が生まれたと分かった時点で、こうなることは予想していたが」


 魔王の言葉に驚いたのは、勇者である。

「俺が勇者になったことを、知っていたのか……?」

「おや。そちらは何も知らぬと見えるな」

 勇者が混乱する中、魔王は何とも思っていないような顔で、勇者の知らないことを言う。

「魔王の強大な魔力が勇者を生むというのなら、逆に言えば、勇者が生まれた時に魔王が生まれるということだ。……異なる世界同士が繋がったことで我ら魔物はお前達の存在を知り、そして、余が誕生したことで、どこかに勇者が生まれたことを知った。となれば、まあ、人間が侵略してくるということも予測できる」

「侵略、だと……!?」

 魔王がもたらした情報について考えるより先に、感情が動いた。

『侵略』と、魔王は言った。まるで、勇者達が侵略者であるかのように言う。瘴気を送り込んできた張本人が。……勇者にとっても、仲間達にとっても、許せない言葉である。

「先に手ェ出してきたのはそっちだろ!今更被害者面しようってか!?」

 仲間の一人が気色ばんで今にもその手の斧を振りかぶろうとする。

 ……だが、魔王はそれを、腕の一振りで止めた。

 そう。文字通り、止められたのだ。仲間は動かそうとしていた体を動かせなくなり、驚愕に目を見開く。

 恐怖に固まる体をなんとか動かして見れば、仲間の影から生え出た漆黒の腕が、手足を捕まえているのである。

「どちらが先か、など、最早大した意味は無いな。勝手に亀裂を生み出し、我らの魔力を奪っておきながら何を言うか、と我らが言うこともできよう。或いは、数千年前のことを持ち出せば、やはりお前達人間が悪、ということになろうな」

 魔王がもう一度腕を振ると、影の手は消えた。だが、心に刻まれた恐怖までもは、消えない。圧倒的な力を目の前にして膝をつき、崩れ落ちそうになる体を必死に支える。

 だが、それでも。

 それでも勇者達は、立ち上がる。

「今更、自分達の正義を疑うようなことはしない……俺達は、混沌に落ちた俺達の世界、滅ぼされた国の為、お前達に復讐する!」

 仲間の一人……亀裂のある国にかつて暮らしていたこともある者が、吠える。この中で誰よりも瘴気を憎み、その先に居るという魔王を憎んできた者の言葉だ。十年もの間、長く瘴気に苦しめられてきた者の、血の通ったその言葉に、勇ましい声に、皆が再び立ち上がる。

 そうだ。忘れてはならない。この胸の内にあるのは、魔王を倒すという強い決意。瘴気に苦しめられてきた人間達の、義憤と復讐に駆られた思いだ。


「復讐、か……人間よ。一つ、聞かせてもらおう」

 そんな勇者達を無感動に眺めて、魔王はふと気になった、というように尋ねてくる。

「お前達は、復讐の果てに何があると思う?」




 これから復讐されるという時に何を、と、勇者は戸惑う。

 先程からずっと、魔王の真意が見えない。魔王が自分達の知らないものを知っているような口ぶりであるのがどうにも癪に障る上、こちらを何とも思っていないような態度が只々気にくわない。

「……復讐は何も生まない、なんて説教する気か?」

「説教するつもりはないがな。まあ、復讐の果てにあるものは、無だ。何もなくなった、大地だ」

 魔王はふと笑う。懐かしい、というような表情に、勇者の胸の内がざわめく。

「悲しみも怒りも、全てが眠りについた後の……何もない、まっさらな、大地。それが、復讐の後に残るもの」

「何が言いたい!御託を並べるのもいい加減にしろ!」

 胸の内のざわめきを切り払うように、勇者は魔王に立ち向かう。剣を振るい、その剣が纏う光ごと、魔王に叩きつける。


「おや。何も知らぬ人間風情が、早まったものだ」

 勇者の剣が、砕ける。

 神の力を借りて鍛え上げたはずの鋼が。神の加護の光を纏った刃が。いとも容易く、魔王に触れるや否や、砕け散ったのである。

「こうして無遠慮に攻め込んでくるのでもなければ、お前達の過ちたる亀裂を封じ、互いに何も無かったことにもできたものを」

 少々悲し気な魔王の言葉は、最早、勇者達の耳に入らない。

 人間達の希望が砕けたという事実をまだ、受け入れられない。だが、勇者の足元で、砕け散った剣の破片は空しく輝くばかりである。

「よいか、人間。よく聞け。復讐とは、その先の未来のためにあるのだ。未来のための、過程に過ぎぬ。……お前達は、まさか、復讐が終点だなどと思っているのではあるまいな?」

 剣の破片からのろのろと顔を上げて、勇者は魔王を見上げる。

「人間よ。お前達には、復讐の先の展望があるか?その先を行く覚悟があるか?復讐が生んだ復讐をも踏み躙って進み続ける気概があるか?まっさらな大地に生み出したいものが、あるか?……或いは、その大地に眠ることを、幸福だと思える心は?」

 魔王は満足気に、笑っていた。

「我らには、あるぞ」




「余は魔王。愛する同胞の棺たる大地を守る者」

 魔王の手に、魔力が渦巻く。それは、神の加護を容易く吹き消し、勇者達へと迫りくる。

「人間よ。さあ、再び滅ぶがよい」

 目の前の強大すぎる存在を見て、勇者はただ、絶望した。

完結しました。あとがきは活動報告をご覧ください。

また、本日より『Stranger in strange town with NIWATORI』を開始しております。よろしければそちらもどうぞ。

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― 新着の感想 ―
[一言] だれも幸せになってない気がする アレット以外の生き残った魔物達は幸せなのかな アレットがひとりぼっちで眠りについたときはすごく寂しかったけど、後世にアレットの意思が受け継がれてるようで少しは…
[良い点] 仲間を失っていく過程が、読むためのカロリーが高い作品でした。 それでも最後まで読ませるおもしろさは流石です。 アレット魔王の魔力から生まれた子は、アレットに似てもふもふ好きかなとか想像し…
[良い点] 愛着のあるキャラクターと次々とお別れをしなくてはならず、悲しく、またやり切れない切なさを感じながらも美しい生き様だなと思いました。 作者さんの文章が読み易くてどの物語も引き込まれます。有…
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