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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第一章:反逆【Perversa terra】
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殺し見殺し皆殺し*6

 勇者。

 人間にして魔法を使う者。『神の加護』を受けているとされ、その力は魔物の戦士を凌駕する程に強い。

 魔王を殺した者であり、魔物の国が人間に支配される直接の原因となった者でもある。

 ……そんな者が、何故、ここに。


 アレット達がどよめく間にも、勇者は動く。

 その瞳の奥に何かが煌めいたかと思えば、すかさず宙に雷が走る。雷はアレット達の後方に落ち、魔物達の幾人かを殺していった。

 更に、勇者は剣を抜いて迫り来る。アレットとソルは姫を守るガーディウムの前に出て、勇者の攻撃を受け止めるべく動く。……だが。

 一瞬にして迫った勇者の剣が、アレットに肉薄する。

 反撃に出る余裕などなかった。勇者の剣はアレットがつい一瞬前まで居た場所へ正確に振り下ろされており……そして、すぐに再び迫りくる。

 紙一重、なんとか躱した刃がギラリと煌めき掠めていくのを見て、アレットはどこか現実味の無い感覚に侵食されていく。

 それは、死の感覚。

 圧倒的な勇者の力を目の当たりにして、アレットはただ、『勝てない』と、思った。そして、自らの死を、すぐそこに感じる。




 ビシリ、と音が響き、アレットの眼前で光が歪む。

 ガキン、と勇者の剣がそこで止まったのを見て、アレットは自分の目の前に透明な壁が生じていることをようやく知った。

 次いで、ビシビシビシ、と音は響き渡っていき、氷でできた透明な壁はその厚さを増していく。勇者が憎々しげに顔を歪めてアレットの後方……レリンキュア姫を睨みつける。

「ふん。魔王を襲名しておらぬ妾とて、この程度はできる。舐めるなよ、人間」

 そしてガーディウムに守られながら、姫が不敵に笑った。




 氷の壁はひとまずアレットとソルを勇者から守ったが、根本的な解決にはならない。勇者が剣を振るう度、氷の壁には亀裂が生じていく。

 だが、姫は強かった。

「食らえ!」

 姫が示した先で、氷の壁が変形する。氷の壁を打ち壊さんとしていた勇者に向けて、幾本もの棘が生じていく。

 これには勇者も回避に移らざるを得ない。下手に氷の壁に近づけば、足元から凍り付かされて身動きを封じられた後、氷の棘に刺し貫かれて死ぬだろう。

 更に、姫の指が宙に模様を描けば、凍てつく冷気が吹き荒れて何もかもを凍り付かせていく。勇者へすかさず這い寄った冷気は、まるで死神の手のように勇者の足元を絡め取り……勇者の足を地面ごと凍り付かせて、その場に留め付けた。

 そして動きを封じられた勇者は……姫が生み出した氷の壁に呑み込まれ、閉じ込められる。

 ……これが、魔王として育てられた、魔王の器に足るものを持つ魔物の力なのだ。アレット達とは一線を画す。

 このままいけば、かの勇者ですら倒せるのではないかと、そう錯覚させられる程に姫の魔法は強力であった。

 ……だが。

 氷が、揺れる。

 ビシリ、ビシリ、と、分厚い氷に亀裂が入りつつある。……勇者は氷に閉じ込められて尚、何事もなく生きているらしい。

「まだまだ……!」

 そして姫が次なる魔法を放とうとした時……姫の唇から血が漏れた。

「ひ、姫っ!」

 それを見たガーディウムは血相を変えて姫を止めにかかった。……魔法が得手ではない者にも、姫の身に何が起きているのかは分かる。

 ……魔力を使いすぎているのだ。魔王としての魔力を持っていないレリンキュア姫が、魔王の魔法を行使している。それは即ち……彼女が彼女の生命維持に使うべき魔力を削っているということに他ならない。




 ガーディウムは頭が真っ白になるような感覚を覚えた。

 ……ガーディウムは、魔法の使用過多によってこのように血を吐く者を、今までに一度だけ見たことがある。

 それは、3年前。……ガーディウムと同じく、『姫君の盾』として働いていた同僚の姿だった。

 彼は、身体を強化する魔法に特化したガーディウムとは異なり、体の外に魔法を放つことを得意としていた。その能力を見込まれて、レリンキュア姫の魔法の師としても働いていた程で……魔王と姫を除けば魔物の国随一、とも言われていたのだ。

 だが……その彼も、3年前のあの日、死んだ。

 姫とガーディウムを逃がすため。勇者直属の少数精鋭部隊である『白き星』を、たった1人で食い止めるために。

 限界を超えて魔法を行使した彼もまた、血を吐いていた。そうしてその生命の全てを、姫を逃がすための魔法に費やし……死んだ。恐らくは、あの場に残った他の『姫君の盾』達も、共に。

 そんなかつての光景をありありと思い出し、ガーディウムは……たまらず、姫に掴みかかっていた。

「なりません、姫!」

 魔法を止めさせなければならない。姫の命を、ここで潰えさせるわけにはいかないのだ。

 繰り返してはならない。ましてや、命を費やす役を、姫に担わせるわけにはいかないのだ。姫をここで死なせてしまうなら、一体、何のために皆、死んでいったのか。

「離せ、ガーディウム!魔王様を殺し、我らを蹂躙したあの憎き怪物、ここで殺してやらねばならぬ!」

 だが姫は血を吐きながらも勇者を睨む。氷の壁の向こう、氷塊に翻弄されつつもこちらを見ている、かの仇の姿を。

「そもそも……妾がここでやらねば、どうする?この状況を打破する方法が、他にあるか?」

 勇者は、いずれ、氷の壁を突き破ってこちらへ到達するだろう。そして勇者が再び迫れば……その時、姫諸共、皆、死ぬ。3年前のあの日のように。

 であるからして、今、この状況で生き延びるために……ガーディウムは、唯一の答えを導き出した。

「……無礼を承知の上で申し上げる。姫には、転移の魔法を用いて頂きたい」


「なっ……」

 姫が絶句する。それもそのはずだろう。

 ……転移の魔法とは、王城の脱出経路にも使われていた魔法だ。遠く離れた地点同士を結ぶ魔法であり……通常であれば、儀式を行って地点と地点を結んだ後に行う魔法である。

 だが、儀式も無しに……結んだ地点も無しにこの場で転移の魔法を行使するならば、それは即ち、行き先の決まっていない移動を行え、ということだ。

 それでもこの場に留まるよりは、生き残れる可能性がある。……逆に、この場に残っていては、必ず死ぬ。ガーディウムはそう、考えている。

「だが、この場の魔物を皆、運ぶなど。魔力が到底、足りぬ」

 姫が狼狽した様子を見せる。……ガーディウムの意図したところを理解していない訳ではないだろう。ただ、理解するには惨い選択を、ガーディウムが強いているだけなのだから。

「……もとより、彼らを救うことはできますまい。運ぶのはほんの数人。大規模な儀式は必要なかろうと思われます」

 ガーディウムは、ちら、と、後続の魔物達を見やる。

 勇者達の軍勢を前に、立ち竦むか、はたまた逃げ出すか。或いは殺されるか……そういった弱い魔物達の姿を見て、だが、それでもガーディウムは言わなければならない。

「王都警備隊隊長ソル。副長アレット。その配下のパクス。そして姫ご自身。4名分の転移でしたら、この場でも行使できましょう」


 姫の目が見開かれる。じっとガーディウムを見つめる目が、揺れる。

「それでも多大なる魔力を消費することも分かっております。魔力は俺のものを差し上げましょう」

「……死ぬ気か、ガーディウム」

 咎めるような姫の言葉には答えず、ただ、ガーディウムは姫に決断を迫る。

「とにかくこの場から逃げるのです。今の我々では、勇者には勝てない。だが……姫が生きて、魔王の力を得られたのなら……!」

 ここまで積み上げてきたもの。積み上げては崩されてきたもの。それらを思い、ガーディウムは祈るように、声を絞り出した。

「我々は……その時、ようやく、勇者に勝てるかもしれないのです!」




 ほんの数秒、姫は躊躇った。その金の瞳を瞼の内に収めて、祈るように、数秒。

 ……そして。

「……時間稼ぎを」

 姫は、遂に命じるのだ。

「3分、用意せよ」

 この場からの撤退を。……この場に居る多くの魔物達を、見殺しにする選択を。




「ソル!アレット!パクス!時間を稼げ!今から3分だ!」

 ガーディウムが吠えるのを聞いて、アレットははっとしながらナイフを構える。

 勇者は姫の氷の壁の内に閉じ込められているが、氷を破って出てくるのは時間の問題だろう。そして勇者以外にも、人間の兵士達は居る。……奴らを、姫に近づけるわけにはいかない。

「3分経ったら、姫様のもとへ集まれ!転移の術を用いてこの場から脱出する!いいな!」

 ……転移の術。

 それはアレットも、話には聞いたことのある魔法だ。即ち、この場から即座に脱出するための……。

「……ここに居る魔物達は見殺しにする、ってか」

 ソルがそう、呟いた。……アレットもまた、街門付近で立ち竦む魔物達を見る。……だが。

「……それでも、やるしかねえな!」

 ソルが足に握ったナイフを構え直して飛び立つ。空に翻る漆黒の翼を見て、アレットも覚悟を決めた。

「何としても、姫を逃がそう!」

「はい!」

 アレットもソルに続いて飛び立ち、パクスもまた、アレットの後を追って地を蹴った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] この、そうだよなあ、勇者が強い攻撃で死ぬんならそれこそこれまでに何度も死ぬ機会6あっただろうしなあ……となる絶望感 どんな初見殺しでも耐えきるタフネスと反撃で倒せる火力を併せ持ち最強に見え…
[一言] 序盤の負けイベント!
[一言] 最高戦力が脱落…!? アレットちゃん、指名手配されそう。
2022/04/27 23:24 退会済み
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