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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第七章:裁き【arrêt du soleil】
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裁きの手

 その時、人間達は何を思っただろう。

 恐らく、巫女とやらに導かれ、魔力の増減の激しい新大陸へ向けて、希望と不安を胸に船を進めていたのだろう。

 だが、そんな希望は全て打ち砕かれる。

 孤独な魔王は、誰よりも強い。




 アレットは闇で形作られた手を伸ばして、人間の船を握り潰す。矢を射かけられたが、それを全て闇の手で薙ぎ払う。薙ぎ払ったついでに船の帆柱を叩き折ってやれば、人間達の悲鳴が海の上を漂った。

 ソルから受け継いだらしい力は、人間達を存分に殺すのに役立っていた。同時に、アレットに仲間達の存在を思い出させる。

 独りじゃない。そう思えることで、アレットは守るべきものを思い出し、力を取り戻し、迫り来る人間達へ立ち向かうことができる。


 それほど、時間はかからなかった。

 十を下らない人間達の船は、全てが海の藻屑となり果てた。魔力の多そうな人間は皆捕まえて、陸へと放り投げた。そうでない人間の幾らかが木っ端にしがみ付いて生きながらえようとしていたが、容赦なく火球を放つ。

 ……中に1人、少々強い人間が居た。剣に炎を纏わせて、船上からアレットを狙っていたその人間は、どこか懐かしいような気配がした。

 そう。まるで、勇者のような。

 ……だが、アレットはくすくす笑いながら、それを腕の一振りで叩き潰す。勇者めいた人間は少々耐えようとしていたが、それもすぐに潰え、船の甲板に勇者らしきものの残骸が残るばかりとなった。

 アレットはそれも拾い上げ、適当に陸へと放り投げる。魔力はできる限り手元に集めていくべきだ。最終的な管理は魔物が行えばいい。この世界の仕組みになど、任せていられない。


 ……そうしている内に、侵略してきた人間達は、死に絶えた。本気でこの土地を奪おうとしていたのであろう布陣をいとも簡単に叩きのめしてやったのだ。少々の達成感と爽快感を味わいながら、アレットは、呟く。

「でも、これで終わりじゃ、ないよね」

 人間の残骸が海に浮かんでは沈んでいく。いい眺めだが、これで満足するわけにはいかない。

 ……これで終わりではない。むしろ、これが始まりなのだ。

『魔王』アレットの戦いの、始まりなのだ。




 アレットは魔物の国へと帰る。そして、多くの魔物達を集め……そこで、全て、話すことにした。

 この世界の仕組み、そして、この世界の未来について。


 この世界は、魔力を均一にしようと働く。それは、誰の意思でもなく、ただ、現象として、そう在るのだ。

 その結果、魔力を持って生まれてくる魔物達の集う魔物の国には魔力が多く、魔力を持たない人間ばかりの人間の国には魔力が少なく……だから、人間の国には、魔力の差が一定以上に大きくなった時、勇者が生まれるのだ。

 そして恐らく勇者は、魔力を人間の国に与える目的以外に、魔物を殺して魔物の国の魔力を減らすことをも目的にしている。そのようにできている生き物だから、勇者は、あれ程の力を持っているのだろう。

 ……もしかしたら、人間が長らく魔物の国を侵略しようとしていたのは、魔物を殺すことで魔力の偏りを減らそうと思う心が働いていたためかもしれない。今となっては、確かめようもないが。

 一方、魔物の国でも魔力の調整は行われていた。

 そう。魔王による、魔力の分配である。

 かつての魔王達は皆、魔力を皆に分け与えた。……恐らく、そうすることで魔力の偏りを少なくし、勇者が生まれにくくなるように調整していたのだろう。歴代の魔王が強くなりすぎないようにしていたのは、強すぎる勇者を生まないようにするためだったのだろう。

 ……強すぎる勇者は魔王を脅かすだけでなく、多くの弱い魔物達までもを危険に晒すから。そんな魔物達を守ることが、魔王の役割であったから。

 魔物の国でも長い時を経て、魔力の偏りを無くすことの意味は忘れ去られた。だが、魔王のその行為だけは残って、続き……。

 ……そして、人間が、全てを壊した。


 人間側に強い勇者が生まれたのは、魔物の国に魔力が偏り過ぎたからだったのだろう。そしてその偏りは、魔物達ではなく……人間達から、生まれたのだ。

 そう。人間達は銃を手に、魔物の国へ侵略してきた。やがて人間達は魔物の国を開拓し始め、そこには開拓地に送り込まれる者……人間達の中で排斥されてきた魔力持ちの人間が特に、集まり始める。

 そうすることで、歴代の魔王が築いてきた平穏が崩された。人間達の手によって、魔力の均衡は崩れたのだ。

 更に、そうして人間の国から魔物の国へと魔力が流出していった結果、強い勇者が生まれてしまった。レオ・スプランドールはこの世界からの梃入れのようなものだったのだろう。


 ……つまり、魔物達は、魔物達の国の中でどんなに努力していても、いつか平穏を崩されるのだ。

 愚かな人間達は、きっと幾らでもやってくる。魔物達の努力を平気で踏み躙り、その上で神の名や正義を口にする。

「だから、このままじゃいけないの」

 アレットは語った。そして魔物達は、アレットの話に聞き入る。

 城で顔を合わせていた文官も。荷馬車を牽かされていた者も。フローレンと一緒に暮らしていた子供達も。……皆、魔物達はアレットの言葉を聞き、その意味を理解し、そして、心を一つにする。

「今こそ、世界を、私達の手に。……愚かな人間達が、世界を滅ぼさないように、私達が、人間を滅ぼそう」


 魔物達は1つの意思を持った生き物だ。そして、魔王がそれを導く。

 アレットは今、確かに、魔王だった。

 皆の歓声を聞きながら、アレットは、ここに居ない者達のことを思う。

 ……どうか、見ていてほしい。そんな思いで。




 その日から、魔物達の移住が始まった。

 アレットは魔王として新たな魔物達も生み出し、元々の魔物達と共に海を渡る。そして、元々人間の国であったそこに住まう新たな魔物達と共に、地を耕し、種を蒔き、国を創っていく。

 ……人間達が魔力の偏りを気にしてこちらへ攻め入ってくるというのならば、その偏りを消していけばいい。魔物達が、全ての大地に住まえばいいのだ。

「ああ、種を蒔いているなあ」

 いつだったか、ソルと話したことを思い出す。全てが終わったら何をするか、と。

 国中を巡って、種を蒔きたい、とアレットは話した。皆が好きな花を咲かせたい、と。

「今は花よりは、麦とか芋とかばっかり蒔いてるけれどね……」

 苦笑しつつ、アレットはのんびりと大地を歩いていく。これから魔物の土地になっていく大地は、アレットが歩けば零れた魔力で潤っていく。

 魔物達が笑い合いながら、大地を拓いていく。人間が住んでいた痕跡を消して、そこに、新たな暮らしを生み出していく。

 ……春に相応しい、はじまりの光景だ。アレットはのどかで平和な……ずっと待ち望んでいた光景を見ながら、かつて王城であった場所へと赴く。

「人間の王は愚かだったね。国を食い潰して自分のために使おうとしたんだから」

 アレットは、王城であった場所を見上げ……そして、受け継いだソルの力、闇の手を以てして、完膚なきまでに、王城であったそれを、破壊していく。

「魔物の王はね、自分を食わせて、国のために使うんだよ」

 壊れていく王城に、アレットは清々しい心地を味わった。破壊は再生の裏返し。大きな音を立てて崩壊していく石材は、これから来る魔物達の未来の下敷きとなっていくのだろう。……そう。世界が魔物達のものとなる、その未来の。

「……いや、王だけじゃなくて、全ての魔物が、そうするんだ。そう、してきたんだ」

 魔物達は皆で同じ方向を向いている。人間達のように、つまらない諍いなどしない。皆で意思を一つにして、今、人間達から世界を取り戻そうとしているのだ。

「私も、そうする。皆がそうしてきたみたいに」

 善も悪も無く。ただ、自分の、そして、自分の愛した者達の正しさを信じて。

 アレットはかつての人間達の王城を叩き壊して、にっこりと笑った。




 そうしてアレットは、東の海岸に立つ。

 勇者らしきものを船の上で叩き潰した時から、また次の勇者がやってくるだろう、とアレットは踏んでいた。……だからこそ、もう、待ってなどいられない。

 魔物は、もう、迷わない。この世界の全てを、魔物達の手に。……そうすることでしか、平穏を得られないのなら、そうするまで。


 アレットは飛んでいく。東の国へ。

 東の国の上空に差し掛かった時、地上からは人間達のざわめきが聞こえてきた。信じて送り出した船が不帰の道を辿ったことは、既にここの人間達にも分かっているのかもしれない。遠くの魔力をも感じ取ることができる巫女が居るならば、今、アレットがここにやってきた意味もまた、理解していることだろう。

 アレットが空から見下ろしていると、人間達は矢を用意し、アレットに向けて構え始めた。中には魔法を使う者も居るらしかったが、アレットが見渡す限り、今のアレットの脅威になりそうな者は居ない。

 ……だが、それは、アレットにとっての話である。この人間達が魔物の国へと乗り込んだなら、多くの魔物が死ぬだろう。

 だからこそ、アレットは、もう守りに徹してなどいられないのだ。

「私は魔王アレット。死んでいった全ての魔物の棺であり、そして、人間を滅ぼし永久の平穏を齎す者なり」

 アレットはずっと前から決まっていた覚悟を再び胸に、人間達へと語りかける。

「愚かなる人間よ、私は多くは望まない。仲間達を返せとも、人間の愚かさを顧みろとも言わない」

 ……言葉を、人間達は絶望の表情で聞いていた。

「ただ、滅びなさい」

 アレットは、微笑みながらその裁きの手を地上へと振り下ろした。

次回更新は1月5日を予定しております。皆様、良いお年を。

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― 新着の感想 ―
[良い点] さらっと魔物を増やしてるーっ お風呂に入ったのだろうか…… [一言] 世界終焉RTAはじまるよー!
[一言] とうとうアレットちゃんにも魔王の自覚が芽生えたんですね。 モグラ叩きになるのかどうか。 どうぞ良いお年をお迎えください。
2022/12/30 20:08 退会済み
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