殺し見殺し皆殺し*5
アレットは中央広場へ向かう道すがら、人間達を次々に殺していった。
飛び回りながら2本のナイフを使って戦うのが、アレットの最も得意とする戦い方である。この、攪乱や不意打ちといった面の強い戦い方は、『蝙蝠らしくていいじゃねえか』とソルに大層喜ばれた覚えがある。アレットと似た戦い方をする者は多く在れど、斯様に軽やかで素早い戦い方でありながら王都警備隊の副長を務められるほどの腕を持つ魔物はアレット以外に居ない。
……こうして戦うのは久しぶりだった。
風を切って飛んで、人間を掠めていくようにしてナイフで切りつける。翼を翻して宙返りすると、そのまま反転してもう一撃。変則的で不規則で、軽やかで素早く少々卑怯。……そんなアレットの戦い方は、人間に化けていては実現不可能なものである。
ずっと人間に化けていたアレットにとってはあまりにも久しぶりの戦い方だ。久しぶりすぎて、勘を取り戻すのに少々時間がかかりそうだ。
人間を1人、また1人と殺していくにつれ、アレットは今まで人間に化けていた自分が魔物へと戻っていくような気持ちがした。この感覚を待ち望んでいたのだと、アレットは思い知る。やはり自分は魔物で、人間を殺すべき存在である、と。
「先輩、流石ですね!でも俺だって負けませんよ!」
パクスは四肢で地を駆けながら、愚直なまでに真っ直ぐ、人間へ向かっていく。
アレットのような軽やかさこそ無いものの、全身の筋肉と魔力を使って突進していくパクスはそれなりに速い。襲われる人間からしてみれば、ほんの数秒のことだろう。そしてパクスの体躯で飛びかかったなら、それだけで人間如きの骨など砕ける。更にそこへ牙が迫れば、人間の喉笛は容易く食い千切られるのだ。
……銃を持たない人間如き、魔物の戦士にかかればこの程度である。
アレットもパクスも、今までの鬱憤を晴らすように、存分に殺しながら広場への道を急ぐのだった。
中央広場では、既に乱闘が始まっていた。
その中で最も目立っていたのは、間違いなくガーディウムであろう。
白銀の毛並みを日の光に輝かせ、アイスブルーの瞳は破壊と殺戮だけを見据え、その爪で、牙で、手当たり次第に人間を引き裂いていく。
その勇猛果敢な戦いぶりに、広場に居た魔物達は存分に鼓舞されていた。ガーディウムに続け、とばかり、人間達に向かって次々襲い掛かっていく。
そして、最も目立たないながら最も多く人間を殺しているのはソルであった。
ソルは魔物達に混じって人間を次々に殺している。漆黒の翼が翻れば、そこに居た人間はあっという間に死んでいった。
……ガーディウムもソルも、混戦状態がそれなりに向く性質なのである。
ガーディウムはなりふり構わず突進していき、手あたり次第に人間を殺す戦い方が得意である。よって、多くの敵が集まっている混戦はそう悪くない状況と言える。
そしてソルは、身軽で器用だ。人間の攻撃を人間にぶつけさせながらも自分の攻撃は確実に人間に当てる。そんな真似ができる魔物はそう多くないが、ソルはそれをやってのける。
今、広場に居る魔物達はそう多くない。
アレットとパクスが集荷所から救い出した魔物達が10程度に、市井に居た戦えない魔物達が50程度。それに対して人間の兵士はアレットが半分程度毒で削ったものの、300か400か。はたまた、兵士ではない人間も混じって、より多くなっているのかもしれない。
そして、銃もまた、残っている。……個人個人で所有していた銃は、各兵士の自室にて保管されていたため、倉庫の火災と鎮火による被害を受けていないのである。
「怯むな!撃て!」
……そして、人間達に向かっていった魔物達へ、銃が向けられる。その内の何丁かは実際に弾を撃ち出し、向かってきていた魔物の内の1体を撃ち抜いた。
ぎゃあ、と悲鳴が上がる。撃たれた魔物がその場に倒れ、血が飛び散る。……それを見て魔物達は、恐怖を思い出した。
ガーディウムに鼓舞されソルに煽られて、興奮混じりに人間達を襲っても……3年間で染みついた恐怖は依然として皆の胸の内にある。銃で撃たれて死んでいった同胞。人質を取られて動けなくなった戦士。見せしめとして生きたまま焼かれて死んだ子供……。
……銃声は、そういったものを魔物達に思い出させるのに十分だった。
だが。
「銃のほとんどは偽物だ!怯むな!」
アレットが叫ぶ。
実際、あれだけの魔物に向けて銃の引き金が引かれて、それでも倒れた魔物は1体のみ。……なら、数で押せば十分に押し通れる。
「殺されるより先に殺せ!今動かなかったら、魔物は永遠にこのままだ!」
アレットの声に魔物達ははっとしたようになり……そして、愚かしいまでに真っ直ぐ、銃を持った人間達に向かって突進していった。
……そして同時に、アレットの声は人間達にも動揺を生んだ。
「あ、アレット……!?お前、何故、魔物に……!」
つい昨日、アレットが茶を振る舞い、配膳を手伝い、世話をしていた兵士。それが今、アレットの目の前で愕然としていた。
まるで信じられない、というような表情を浮かべてただアレットを見つめる兵士達。そしてその隙をアレットやソル、他の魔物達が見逃すはずはない。
あっという間に人間が数人、死んでいく。混乱と動揺に侵食されて統率を失った人間など、恐れるに足りない。
「アレット!お、おい、嘘だろ!?つい昨日、一緒に飯食ってたじゃないか……」
人間達はアレットを『正気に戻そう』としているらしかった。或いは、アレットが既に正気であることを感じ取った上で、慈悲を乞おうとしているのか。
アレットは黙って人間達の喉を、首を、胸を裂いていく。容赦は全く無い。躊躇いも、遠慮も無い。
つい先程、王城を出てすぐに魔物を撃ち殺した人間達のように。何も考えず、何も感じずとも、相手を殺すことができる。
銃声と悲鳴が響いている。
アレットが数人の人間を殺す間に、1人、また1人と魔物も死んでいく。
それだけ、銃の力は圧倒的だった。
銃を撃たれればほぼ例外なく、魔物達は死ぬ。銃弾を見てから避けるような真似ができるのは魔物の中でもごく一部。ソルのような者だけだ。実際に、今戦っている市井の魔物達は次々と、銃にやられて死んでいる。
……人間が魔物に対抗できてきた理由がこれだ。銃の圧倒的な性能こそが、魔物を今まで人間の支配の下に縛り付けていた。
今もアレットを狙う銃口が複数ある。だがアレットは怯まず、その中から『本物の』銃を持った者を見分けて、それから殺していく。アレットにはそれができる。人間に混じって生活していたからこその技であった。
それからもアレットは、『本物の』銃を優先して人間を殺していった。そうすることで人間達の戦意を削ぐことができ、魔物の命を救うことができる。
そして、人間達の戦力が減っていけば……。
「姫!お迎えに上がりました!」
ガーディウムの、吠えるような声が聞こえる。見上げれば、処刑台の上に連れられた姫の下に、ガーディウムが到達しているのが見えた。
バキン、と破壊音が響く。ガーディウムが姫の枷を破壊したらしい。
「姫、失礼します!」
そしてガーディウムは姫を横抱きにすると、颯爽と処刑台から飛び降りた。
「う、撃て!」
人間達はそれを見て慌てて、銃を構え、撃つ。……だが、その多くは弾も火薬も込められていない見せかけだけのもの。一部、弾を発する銃があったとしても、それらは弾が撃ち出される前にアレットによって封じられるか、はたまたソルのナイフによって銃弾を弾かれるに終わるか。
あおーん、と、遠吠えが響き、パクスが勢いよく人間達の中へ突っ込んでいく。無謀な戦い方ではあるが、その勢いに人間達は怯み、姫とガーディウムを通すための隙が生じる。
「行くぞ!姫を奪わせるな!」
ソルが声を上げれば、魔物達はすかさず、姫を守るように人間との間に割って入る。その内の何人かが撃たれ殺されても、その間に別の魔物が銃を持った人間を殺している。
……そうして、姫を逃がすための道が生まれていく。
だが。
「逃がすものか……!」
彼らの前に立ちはだかり、銃を構える人間がいる。
アレットのことを気にかけ、茶をやたらと気に入り、よくアレットに話しかけていた人間。『兵士長』の役職を持つその人間は、ガーディウムとレリンキュア姫とを睨みつけ、銃の引き金に指をかける。
……だが。
「兵士長!」
アレットがすかさず呼べば、彼の意識は一瞬、逸れた。
あれだけアレットのことを気にかけていたのだ。もしや、と思って呼んでみたが、上手くいった。兵士長はアレットの声の方へと意識を向け……そしてそこで、翼を広げて迫るアレットを見つける。
アレットの翼と、手に握られたナイフとを見て絶望の表情を浮かべる兵士長に、アレットは笑ってみせる。その背の翼をはためかせ、一気に距離を詰める。周囲の人間達がはっとして動くが、間に合わない。そして兵士長自身も、手にした銃をアレットに向け直すが……迷いながら構えられる銃など、あまりにも遅すぎる。アレットのナイフに対抗するには、あまりにも。
「迷ってたら駄目ですよ、兵士長。そんなんじゃ私は殺せない」
……兵士長が銃の引き金を引くより先。アレットは、兵士長の喉をナイフで突いていた。
戦場で指揮を執るはずの者が殺された。
そうもなれば、人間達の混乱は計り知れない。
まだ頭の回る人間達は『今すぐ姫を殺せ』と動いたが……その時にはもう、姫を連れたガーディウムが広場を抜けて走っている。
アレットも彼らを追おうと翼を広げる。……だが。
「ア、レット……」
……喉を突かれ、血をどくどくと流し、ひゅうひゅうと呼吸にならない呼吸を繰り返しながら、兵士長がアレットの足首を掴んでいた。だが……その目にあるものは、憎悪ではなく、微かな憧憬に似た何か。死にかけて幻覚でも見ているのか、それとも。
「……笑っちゃう。いくらでも魔物を撃ち殺してきただろうに、私を殺すのは迷っただなんて」
いずれにせよ、邪魔である。アレットは兵士長の手を蹴って払うと、今度こそ動かなくなったそれを無視して、ガーディウムの援護に回るべく、また宙へと飛び立つ。
「続け!姫をお守りしろ!」
ソルもまた、ガーディウムを先導するように飛んでいく。パクスの吠える声も後ろから続いてくるのを聞いて、アレットはガーディウム達を追い……人間の支配の及ばない場所、王都の外を目指して進むのだった。
進む道すがら、魔物の死体も、人間の死体も多く見つかった。
……中央広場での混乱は、既に王都全体を呑み込んでいる。人間と魔物が殺し合い、互いの仲間達を救うべく、奮闘していた。
お陰で、ガーディウムと姫を中心とした魔物の一団は、楽に進むことができた。ある程度の数の人間なら、先頭を進むソルとアレット、その後に続くガーディウムが片手間に殺せば事足りる。
銃を持った人間は、流石にそう多くは無い。銃を持った人間達の多くは広場に足止めされたままだ。彼らにしても、銃の球と火薬を込める隙に次々と殺されていくものだから、そろそろ銃を運用するのも難しくなってきた頃だろう。
元々、銃は乱戦には向かない。味方にあたるかもしれず、また、弾を込める時間があまりに大きな隙となるのだから。だからこそアレット達は、できる限り混乱の様相を呈するよう、戦場を攪乱し続けていたのである。
……立ちはだかる人間達は十分に払える数。銃は追いつかない。兵士長は死んで、人間達の統率は取れていない。
そうして遂に、王都の端の街門が、見えてきた。
……だが。
「待て、門の前に何か居る!」
ソルがそう、警告を発したのとほぼ同時。
轟音が響き、雷がアレット達の前に落ちる。
……そして。
「逃がさないぞ、悪しき魔物よ!」
雷を纏って目の前に現れたのは、少年と青年のあわいにあろう年頃の人間。
雷電の如き金の髪を揺らし、その美しい顔に怒りと責任感とを漲らせ、魔物達を睨むその瞳は『神の加護』を受けた者特有と言われる、青空の青。
……勇者が、そこに居た。




