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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第六章:憧憬【Somnium pacis sicut sol】
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破滅への行進*7

 公開処刑の朝は、よく晴れて青空が美しかった。

 人間の国は魔物の国より早く春が訪れる。雪は融け、日差しはすっかり明るい、麗らかな春ののどかな朝。……そんな日に、神に仕える者達がごっそり処刑される。なんとも似つかわしくない血生臭さであった。


 王城前の広場に処刑台が置かれると、民衆はざわめく。

 ここ最近は、処刑が多い。というのも、アシルが即位する以前、第一王子と前王が、粛清のために片っ端から処刑を繰り返していたからである。

 アシルに情報を送った者も、兵器の使用を止めるよう訴えた兵士も、皆、処刑台の露と消えた。それを民衆は覚えているため、国が新しくなった今も、処刑台を見て、少々不安な、落ち着かない気分となる。

 勿論、公開処刑は娯楽でもある。再建途中の王都であるならば、娯楽も然程多くは無い。そんな中、非日常の気配を感じて喜ぶ者もまた、それなりに居る。

 ……そうして、罪人達が連れてこられる。その姿を見て、民衆はざわめいた。

 何故なら、処刑台へ連れてこられた者達は皆、聖職者であったから。

 ……何せ、聖職者というものはほとんど、民衆に対して優しいのである。その裏で暴利を貪っていたことも知らず、また、実際、ほとんど冤罪で処刑される神官も居る中では、民衆の困惑も至極当然であろう。

 民衆の中では、『何故神官様達が処刑されるのだろう』『濡れ衣なのではないか』『アシル陛下は即位を機に、この国の全てを支配するつもりで大聖堂を潰すのでは』などと囁かれるほどである。

「これより、刑を執行する!」

 そして、処刑台で朗々と声を上げるのは……レオ・スプランドール。王になれなかった勇者だ。レオが大聖堂の罪人達の罪状を読み上げていくのを聞いて、民衆は、また、思う。

『これは本当に、恐怖政治の始まりなのではないだろうか』と。




 処刑が終わった広場の掃除を手伝いながら、アレットは手ごたえを感じていた。

 やはり、民衆は『勇者』を恐れている。


 勇者は、敵に対しては最高の人材である。しかし、敵の無くなった平和な世界には必要のない代物だ。

 自分達を守っていた剣が自分達に向けられるのではないか、と思えば、民衆は皆、勇者に対して委縮するだろう。そして一部の人間は委縮するに留まらず、反発を覚えるはずだ。

 大聖堂は祈りの機関でありながら、民衆の声を聴き弱者を救う機関でもある。その大聖堂の上層部をまとめて勇者が処刑した、となれば……たとえ本当に神官らが悪事を働いていたとして、民衆の疑念は深まるばかりなのである。

 そしてやはり、レオに処刑の進行役を担わせたのは正解だった。……今回、レオを進行役に、と勧めたのはアレットだったのだが、そのおかげで、民衆には『勇者』への疑いが生まれた。そして、民衆の疑念はアシルにも伝わり……いずれ、アシルからレオに対しての疑念へと変わっていくだろう。

 人間達は協力しさえすれば強いのに、こんなにも簡単にバラバラになる。

 だから、『魔物』という共通の敵を見失った時、人間は、こんなにも、弱い。

 アレットは皮肉な現実を見、広場のざわめきの中から様々な囁きを聞き取り……にっこりと、笑うのだった。




「これで一安心、だな」

 一方、レオはまるで民衆の意思に気づいていない様子であった。公開処刑の進行役を終えたレオは、一仕事終えた後の清々しい表情で安堵の息を吐いていた。

 民衆の不安そうな様子を見逃さずにいたならば、到底安堵などしていられないのだろうが……良くも悪くも、レオ・スプランドールは少々能力の足りない人間なのである。

「お疲れ様。疲れたでしょう」

 そんなレオに、アレットは茶を持って行く。……ここ最近ですっかり、レオの茶の好みは把握した。甘い香りのする茶葉で甘めのミルクティーを作ってやると、レオは喜ぶ。レオは存外、甘党であるらしい。

「まあな。でも、まあ……ちょっと落ち着いた」

 レオは礼を言ってアレットからカップを受け取ると、嬉しそうに茶を飲んだ。疲れた体には甘い茶がより美味く感じられることだろう。レオの表情を見て、アレットもにっこり笑いつつ、レオの向かいの席に座って茶を飲む。

「最近は……その、どうも、気分ばっかり先走っちまってな……」

 レオの言葉を聞いて、アレットは『それはいいね』と内心で笑う。焦り、先走ってくれればその分やりやすくなる。

「しょうがないよ。でも、時々は立ち止まって周りを見てね」

「分かってる。分かってるが……立ち止まると、どうにも、考えなきゃいけないもんだから」

 ……レオは未だ、エクラの死から立ち直れていない。当分、立ち直れないだろう。もしかすると、生きている間には立ち直れないのかもしれない。

 だが、それでいい。それでこそ、アレットもやりやすいというものだ。

「エクラの為にも、さっさとシャルールを見つけ出して、始末して、もう二度とあんなことが無いような、そういう世界を創らなきゃ、って思うのに、どうも、何からやっていいんだかわからねえ」

 一方でレオはそれこそが悩みであるらしい。一応、自分のやみくもな働き方には自覚があるのだろう。

「とりあえず誰かのために動いていれば気は紛れるし、少しでも前に進めるならそれがいいし……だからまあ、働ける環境があるのはありがたいよな」

 少々自嘲的に笑って、レオはまた、カップを傾ける。アシルとは異なり、洗練されていない、粗野な所作である。だが、殊更目障りというわけでもないそれをアレットは眺めてから……ふと、彼を呼ぶ。

「あのね、レオ」

 アレットは、茶のカップに視線を落としながらそう呼びかけ……二呼吸ほど置いてから、レオの目を見て、切り出した。

「エクラさんが、行った場所があるんだ」


「……エクラが、行った、場所?どういうことだ」

「ヴィア……ええと、私の仲間の魔物が、一緒に行ってた場所、らしいんだけれど。そこでエクラさんは、勇者になったって、言ってた。……そこを探ってみたら、何か、見つかるかも」

 何も見つからないと知りつつ、アレットはそう、提案する。

 そして、暗闇の中を手探りで彷徨っているようなレオの心に希望の光が差し込むのを、確かに見て取ったのだ。




「また、レオに同行してもよろしいでしょうか」

 そうしてアレットはまた、アシルにそう、申し出ることになった。

 時間を置かずに、2度目。……愛しのフローレンが自分から離れて他の者と一緒に行動してばかりいる、となれば、アシルは少々、不安に思うらしかった。

「……フローレン。お前は意図的に、レオ・スプランドールの傍に居ようとしているようだが」

「はい。私なら、エクラさんの話ができますから。……本当なら、フェル・プレジル殿がいらっしゃれば、彼が適任だったのでしょうが」

 だが、アレットが悲し気にそう返答すれば、アシルは問い詰めることはしなかった。『フローレン』は、移り気なわけではない。ただ、万人に対し、慈愛を向けているだけなのだから。

「分かった。そういうことなら……また、約束は忘れずにいてくれ」

「はい。勿論です!今度は1週間もあれば戻ってこられると思いますので」

 アレットは笑ってアシルに返事をすると、すぐさま、レオと共に旅立つため、アシルの部屋から退室するのだった。




 ……そうして、アレットは度々、レオと共に城外へ出た。

 エクラがヴィアと共に行った精霊の聖堂には当然何も無く、その次に改めてレオとエクラの家だった場所を探索し、他の聖堂も見て回り……時には王都の中であっても、共に墓の見回りを行うなど、とにかく一緒に行動することを多くした。

 王都の外へ出る時にはアシルに報告をしていったが、王都の中での活動については、特に報告しなかった。その方がより、アシルはアレットの動向に目を向けてくれるだろうと考えたのである。

 また、革命の中で仲間や兄弟、恋人らを亡くした者達には、レオ程ではないにせよ親身になって接し、共に悲しみ、そして励まし合って過ごした。そうすることで、『大切な人を喪う悲しみに寄り添いたい』というフローレンの名目が成り立つ。こうなれば、アシルはレオを警戒したくとも警戒できない。

 何故ならレオはフローレンに優しく励まされるべき立場の弱者であり、フローレンはそれに救いの手を差し伸べる慈愛の持ち主である、というだけなのだから。そんな『弱者』を警戒するなど、あまりに狭量だろう。アシルにプライドがある限り、少なくとも表立っては、レオを警戒することはできないのだ。内心にわだかまりを抱えたまま。

 ……そう。アレットがレオに殊更に優しく接するのは、アシルの内心をかき乱すためである。

 そして……いよいよレオが暴走し、民意を失った時。その時には、アシルがレオに引導を渡すことになる。その時、決断の後押しをするのは、きっと、レオに対する嫉妬心となるだろう。




 アレットがレオと共によく行動するようになり、レオは次第にアレットと共に居たがるようになっていった。要は、エクラの代わりとしてアレットを見ているのだろう。或いは自分に優しく手を差し伸べる存在に、少々依存気味なのかもしれないが。

 レオはアレットを誘って見回りに出かけ、休憩時間にはアレットとよく話し、そしてエクラについてぽつぽつと語り合い……慎ましやかに、しかし確実に、親交を深めていった。

 ……そんな哀れなレオは、その一方で民衆からより恐れられるようになっていったのである。

 レオはアレットと共に王都の見回りを行い、そこで悪事でも見つけようものならすぐさま罪人を捕らえたのだ。特に、大聖堂から少々離れて遊び惚けていた神官の1人を見つけてしまった時には、烈火のごとく荒れ狂い、すぐさまその神官を処刑台へ上らせたのである。

 大聖堂は今、上層部の神官をごっそり失って、動乱の様相を呈している。そこにアシルが送り込んだ神官が入り込み、実質、王家に従属する大聖堂へと生まれ変わろうとしているところだが……やはり、実働であるレオにこそ、民衆の恐れは向いたのであった。

 ……だが、レオは気づかない。まだ。




「あー、お前が淹れた茶、やっぱり美味いよな。今回のはちょっと味、違うけど」

 レオはアレットが淹れた茶を飲んで、表情を緩める。穏やかな表情を浮かべていれば、彼は恐ろしい勇者でもなく、ただの素朴な青年に見えた。

「ふふふ。美味しいでしょ。レオが好きそうだと思って淹れてみたんだよ」

『お湯を沸かす時にリンゴの皮を入れてね……』と簡単に説明すると、レオは少々驚いたような顔をする。

「驚いたな。なんだよ、俺が好きそうなもの、分かるのか?」

「当然。あなたの好みはもう大体、分かるよ。大事な友達のことだもの」

 アレットはさらりとそう言って、にっこり笑う。

「……とは言っても、あんまり甘めのお茶は淹れてこなかったから、勉強しながら、だけれど。今日のは、厨房の子に教えてもらった奴なんだ」

「わざわざ調べたのかよ」

「そりゃあ……最近、レオ、疲れてるみたいだし。できることは、したいじゃない」

 大した事でもないし、とアレットが少々照れたような様子で言ってやれば、レオは少々しどろもどろに曖昧な返事をしつつ、少々忙しなく茶を飲み始める。

「……あ、いけない。報告の時間だ」

 そこでアレットは、カップを置いて立ち上がる。アシルへの報告の時間が決まっているのだ。その時間に合わせて仕事を済ませておけば愛しのフローレンと会話する時間が取れる、と気づいたアシルによる提案であったが、アレットとしてもアシルに諸々を吹き込む時間がゆったりとれるのはありがたい。

「行ってくるね。また戻ってきて片付けるから、飲み終わったらカップ、そのまま置いておいて」

 アレットはその場にレオを残して、アシルの部屋へと向かうことにした。




 レオは、ぼんやりとフローレンを見送った。細く小さな後ろ姿が曲がり角の向こうへ見えなくなってしまうと、妙に不安な気持ちになる。

 アシル・グロワールのところへ行ったんだな、と思うと、今度は焦りにも似た、そんな気持ちさえ湧き上がってきた。

 レオの茶の好みを、レオが自覚していない部分まで知っているフローレン。レオが疲れているから、と、自分だって疲れているだろうにわざわざ新しく甘めの茶の淹れ方を教えてもらいに厨房へ通ったことも、レオへ投げかけてくれる気遣いの言葉も、色々な場所へ同行してくれることも、エクラについて何度も何度も辛抱強く話しに付き合ってくれることも……全てがありがたく、そして、手放し難かった。

 そう。手放し難い。


 ……そうしてフローレンが消えた曲がり角を見つめて、レオは、気づいてしまう。

 いつの間にか、フローレンを愛していたことに。


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[良い点] アレットの傾城ぶりは更に磨きが掛かっていますね。 アシル殿下の時は想定外だったかもしれないけど、経験が活きているのか今回は確信犯でやってるんだろうなあ。 魔物である事を明かして尚、"人の真…
[良い点] コロッといく勇者達! 泥沼の予感! [一言] 脳内でヴィアのアレットへの称賛が聞こえた気がしました。
[一言] 根本的な価値観が魔物だからこそ傾国の美女ができるんだろうな… 哀れ勇者。
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