破滅への行進*5
「お待たせしました。さて、今回はどのようなご用件で……」
やがて、レオとアレットが『どこを見てくるか』を打ち合わせた後、大神官はやってきた。
やってきた大神官は如何にも人のよさそうな微笑みを浮かべているが、その裏の緊張を隠しきれていない。『一体何が出てくるんだ』と言わんばかりの警戒ぶりにアレットは少々可笑しく思う。
「シャルール・クロワイアントの居場所を教えろ」
そして、そんな大神官を慮ることもなく、レオは容赦なく切り込んでいった。
「奴には国家転覆の容疑が掛かっている」
「な……な、何故ですか?シャルールは敬虔な信者です。それが何故、国家転覆など」
「それはこっちが聞きたいくらいだ」
戸惑う大神官に、レオはいよいよ苛立ちを露わに詰め寄る。今にも胸倉を掴んで揺さぶりそうなほどの様子に、アレットは『適当なところで止めに入ろう』と決めた。
「言え。シャルールはどこに居る」
「そ、それは……」
「言うつもりが無いっていうならそれでもいいが、現状、大聖堂自体にも嫌疑が掛かってるんだから、それを分かった上で黙るんだな」
大神官からしてみれば、まるで身に覚えのない内容で詰め寄られている訳である。生きた心地がしないことだろう。だが、アシル・グロワールを切り捨てて第一王子側に付こうとした行いへの報い……情勢を読めずに動いた己の愚かさの報いとして、受け入れるしか無いのである。
「シャルールは……彼は、行方不明に、なっておりまして」
そして慌てて口を開いた大神官は、間違えないように、ゆっくり、言葉を選んで喋る。
「勇者様方が大聖堂を去られた直後から、ずっと誰も姿を見ていないのです」
それからレオによる尋問が続いたが、結局、新たな情報は何も手に入らなかった。
それはそうである。本当にシャルール・クロワイアントは『行方不明』なのだ。大聖堂は隠そうとしている訳でもなく、洗いざらいすべてを告白しているにもかかわらず、これなのである。
「……そうか、成程な」
勿論、これではレオの怒りと疑いを鎮めることはできない。大神官もそれは分かっているのだろうが、ここで偽の情報を流してでも助かろうとするほどには、彼の肝は据わっていないらしい。『私ならやるけどなあ』とアレットは思いつつ、まあこんなものか、と大神官を見つめる。
「しかし、一体何故、シャルールが……?彼は一体、何をしたのですか?敬虔な信徒に見えた彼が、明らかな罪を犯した、ということでしょう?」
だが、流石に多少の探りを入れる程度の能はあったらしい。大神官はあたかも『自分もシャルール・クロワイアントを疑い始めた』というような素振りを見せつつ、ちら、とレオの様子を窺う。
「それをお前が知る必要は無い。しらばっくれてるだけならすぐ話した方が身のためだと思うけどな」
だが、レオの態度はこのそっけなさである。大神官には何一つ情報を与えない。……これはアレットと事前に打ち合わせておいたことであった。
もし、アレットが事前に言っていなければ、レオは相手を追い詰めるために洗いざらいすべての情報を与えていたことだろう。そうなれば、大聖堂側に動く隙を与えてしまう。アレットとしては、ここで大聖堂を確実に潰したいのだ。大聖堂側にはできる限りのボロを出してもらいたく、その為には情報を与えない方が良い。
このまま放っておけば、大聖堂側はこちらの情報を得ようと動いてくれるだろう。そうなればつけ入る隙がいくらでも生まれる。
そしてそこに……義憤のために少々盲目的になっているレオを、嗾ければいいのである。
客室に案内されたアレットとレオは、一度そこで荷解きを行い……そして、ひとまず集合する。
「やっぱり怪しいね」
「だな。まあ、素直にシャルールの居場所を吐くとは思ってなかったけど。あれは大神官も一枚噛んでるってことか」
レオはもう既に『大聖堂はシャルール・クロワイアントと組んでエクラの墓を狙った』という先入観に囚われている。それによって、大神官にも不信感しか覚えていないらしい。
「まあ、シャルール・クロワイアントの単独行動にしては色々と難しいところもあるよね。怪物をつくるにしてもその材料を1人で用意するの、大変なんじゃないかと思うし……それに、勇者の遺体を欲しがるのは、大聖堂の方じゃないかと思うし」
「は?大聖堂にそんな動機、あるか?」
「だって祀れるじゃない」
「……あー、成程な。それも考えられるのか……」
アレットの言葉に、レオはげんなりとした顔で頷く。
……勇者とは、神の力を授かった人間だ。少なくとも、大聖堂の教義ではそのようにされており、人間達の一般的な認識もそんなところであろう。
つまり……勇者とは神の力の現れ。神を崇拝する大聖堂であるならば、勇者のその力をもまた、崇拝する動機がある。そして、『聖遺物』である勇者の遺体など、大聖堂に納めておきたいものの筆頭であろう。実際、アレットの知らないことではあったが、大聖堂の地下にはかつての勇者の遺骨が納められた場所があるくらいなのだ。
「まあ、ただ祀りたいだけであんなことするのは愚かだと思うから、何か別の理由があるんだとは思うけれどね……」
アレットが動いて嫌疑を掛けなかったとしても、大聖堂はいずれ、エクラの遺骨の一部でも大聖堂に納めないか、と打診してきた可能性はある。尤も、かつて大聖堂が散々邪魔してきた第二王子が新王となってしまった以上、それを申し出るのは難しかったかもしれないが。
「だよな……あーくそ、これはいよいよ、お前頼りだな」
「ふふ、任せて。私が同行しててよかった、って思ってもらえるように頑張るから」
……何にせよ、大聖堂の思惑は、大聖堂の知らないところで決まるのだ。
アレットの手によって。
アレットは適当に外の様子を窺う。
窓の外はそろそろ夕暮れてきており、アレットが動くのに丁度良さそうであった。曇り気味な天気もいい。光の少ない夕闇はアレットにとって大歓迎である。
「レオは少し寝てて。疲れてるでしょ」
「いや、俺は……」
「今回のことがなくても、ずっと働き詰めじゃない。それじゃ体、壊しちゃうよ」
窓の外を確認したアレットは、レオを振り返ってにっこり笑う。慈愛すら感じさせる笑みは、何か言おうとしていたらしいレオを容易に黙らせる。
「……そうだな。ちょっと、疲れた」
「うん。遠慮なく休んで。あなたの体を第一に考えてね」
自らの疲労を認めたレオに、アレットはまた、微笑みかける。……疲労を明かすくらいには、レオはアレットに弱みを見せても良いと考えているのだろう。良い傾向である。
「おやすみなさい。起きた時にはとびきりの報告ができるように働いてくるね」
「ありがとうな。おやすみ」
アレットはレオの部屋を出て……さて、と、自分の客室へ戻る。そして頃合いを見計らって窓から外に出るのだった。
何を捏造するかを決めるにあたって、アレットは『できるかぎりレオを怒らせられるようなもの』にしようと決めていた。
レオを動かすにあたって、最も簡単なのは『怒り』を煽ることだろう。エクラを喪った悲しみを怒りに変え、エクラの墓を荒らされかけた恐怖を怒りに変え……そうしてレオは、今、暴走している。
単純な人間は、単純な感情で動かすに限る。下手に頭を使わせるよりも、何も考えさせず、ただ盲目なままに動いてもらった方が制御が容易い。
となれば、捏造するものの方向は自ずと決まってくる。レオを最も簡単に怒らせる方法は、エクラを使うことだろう。
エクラの墓を暴く。エクラの遺体を利用する。エクラの名誉を傷つける。……そういったことを大聖堂が目論んでいたとなれば、レオの怒りは間違いなく、大聖堂を滅ぼす。
ついでに、エクラを使っておけば、『同じ勇者として』という名目でアシルも動く理由になる。大聖堂を名実ともに潰すことができるのだ。
……ということで。
「とりあえず、骨があればそれっぽいかなあ……」
アレットは、適当な墓を1つ掘り起こすことにした。
その夜。アレットはレオの部屋を訪ねて、例の物を見せることにした。
「これが大神官の部屋から見つかった」
アレットが取り出したのは、人骨である。……先程墓の下から掘り起こしてきたものである。当然、大神官の部屋から発見されたものではないが、そんなことは些事である。
「これ……骨、だけど、まさか、人の、か……?」
「多分ね」
獣の骨だと考えることもできるだろうが、当然ここは人骨ということで通す。その方がより非人道的であり、大神官の悪事の証拠として相応しいだろう。
「それから、これも」
そして、こちらは本当に大神官の部屋から出てきた帳面を取り出す。
「これは寄付金の横領の証拠。こっちは何かの魔法について書いてあるもの、だと思う」
……帳面の内1つは、大聖堂へ納められた寄付金を大神官が私的に利用していることの証拠であった。いわゆる、裏帳簿、というものなのだろう。
そしてもう1つは、恐らくシャルール・クロワイアントが書き残した物だ。筆跡に覚えがある。シャルール・クロワイアントが行方不明になってから、シャルール・クロワイアントの部屋を漁って見つけたものだろう。大神官には使えもしないだろうに、この帳面を大切に保管していたらしい。
……帳面に記されている魔法は、魔力を抽出し移動させるための手段程度であったが、どうとでも言いがかりはつけられる。『勇者エクラの遺体から神の力を奪おうとした』などと言ってやれば、十分な説得力と共に大きな打撃になるだろう。
「これはいよいよ……大聖堂を潰さなきゃならねえな」
「うん」
どのみち、横領は事実である。ずっと敵対してきたアシルの判断によって裁かれるならば、間違いなく死刑となるはずだ。そこに他の悪事も上乗せされるかどうかは、大神官にとっては最早どうでもいいことだろう。
「この魔法は……この魔法を使って、エクラから、魔力を奪おうとした、ってことか……?」
「そう、かもしれない」
アレットは俯きつつ、レオの唖然とした呟きに応える。……恐らく、大神官はこの魔法を行使するほどの魔力すら持ち合わせてはいないだろう。こんな帳面を持っていても、まるきり無用の長物であったというわけである。
だが、そんなものは関係ない。冤罪も含めたその罪全てを、勇者達によって裁かれるというだけなのだから。
「じゃあ、早速アシル様にお手紙を出すね」
「ああ、そうしてくれ。……ついでに、新王陛下に断っておいてくれ。『レオ・スプランドールは大神官を拘束するからよろしく』ってな」
アレットがペンを持つと、レオは剣を手に部屋を出て行った。
……これで大聖堂も、潰れる。アレットはにっこり笑って、アシルへの手紙をつづり始めるのだった。