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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第六章:憧憬【Somnium pacis sicut sol】
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愚者の抵抗*8

 王城の中に勇者達が踏み入る。抵抗しようとするものは最早ほとんどおらず、精々、この動乱に巻き込まれてはたまらない、とばかりに逃げ出す者達ばかり。

 使用人達が、出入りの商人達が、学者や文官、神官達が……そして貴族の面々が、次々に逃げ出し、部屋に隠れ、或いは城門から外に出ていく。

 ……アシルもレオも、そうした人々を追うようなことはしなかった。逃げたければ逃げればいい。今まで第一王子の派閥についていたとしても、今後行いを改めるならそれでいい。未来で障害になるようなら、その時改めて殺せばいいだけのこと。

「いよいよだな」

「ああ」

 レオはエクラを残してきている以上、少々焦りと不安を抱えていた。同時にアシルもまた、母を喪っていよいよフローレン以外に何もなくなった、というところで少々不安定だ。

 だが、そんなことは両者ともに、言葉に出さない。

 アシルは、愛する者の為、理想の国そして理想の未来の為に、ただ突き進むしかない。それだけが希望であり……そして、その希望は『これだけでいい』と思わせるまでに強く明るい。だから最早、迷うこともない。

 そしてレオは、今まで傀儡として何も思わず考えずに成してきた所業の清算として、やはりこの道を突き進むしかない。魔物と人間が争わなくとも済む世界が生まれたなら、そこに、自分が勇者になった意味を見出せるような、そんな気がするのだ。

 ……そうして突き進む勇者達は、あっさりと玉座の間へと到達した。そこには案の定、王と第一王子が構えており……扉を開けた瞬間、銃が数発、撃たれた。

「この程度か」

 だが、大した痛手でもない。勇者相手に銃の数発程度、何の意味も無いのだ。

 そう。これこそが勇者の力。理不尽なまでの力を目の当たりにして、王の表情が絶望に歪む。

「お久しぶりです、父上、兄上」

 絶望の淵に居る2人に、アシルはにやりと笑いかけた。かつて自分を殺そうとした者と、それを黙認してきた者。どちらも自分にとっての敵である。その敵がこのように絶望しているのを見れば、感慨深かった。

「覚えておられるか、兄上。あなたは幼少の頃、俺を殺そうと毒入りの飴玉を下さったが」

 一歩近づいてそう言えば、かつて自分を殺そうとした相手が恐怖を表情に滲ませる。かつてはもっと堂々として、自分を殺すことにも何の躊躇いも見せなかったというのに。それが今や、すっかり立場が変わった。

「俺は今でも覚えている。毒に胃の腑を焼かれる苦しみも、助けが来ない絶望も……倒れた俺を見て笑っていたお前への憎しみも、全て」

「来るな!」

 一発、銃弾が放たれる。だが、それだけだ。避けることすらしなくていい程に、銃の狙いは定まっていなかった。第一王子の手はみっともなく震えて、最早銃を満足に構えることすらできないらしい。

 後ろの方で、逸れた銃弾が弾かれる音が聞こえる。振り向けば、フローレンが拾ってきたらしい鉄の大盾を構えて、銃弾を阻止していた。

 フローレンは盾の後ろへ咄嗟に庇ったらしいレオを確認して、それからアシルへ『こちらは大丈夫です!』と緊張気味の笑顔で伝えてきた。アシルはよくできた未来の伴侶の姿に満足し、笑顔で一つ頷くと……国王へと視線を戻した。

「長かったな、こうなるまでに。……ただ、俺を冷遇しようとする分には耐えられた。耐えてやるつもりでいた。それがこの国のためになると信じていた。だが」

 一呼吸おいて、アシルは笑う。盾を構えて共に戦ってくれる愛しいものを、もう一度確かめて。そして、彼女を守る決意を固めて。

「フローレンにまで手を出した以上、お前らを許すわけにはいかなくなった」

 兄と父は、気づいただろうか。気づいてもらわなければならない。何が自分達の過ちであったかをしっかりと理解した上で、死んでもらいたい。アシルはもう一発銃声を発した銃に魔法をぶつけて銃身をひしゃげさせてやりつつ、言葉を続けた。

「……フローレンのおかげで、俺にも理想が生まれた。こういう国にしたい、と思えるようになった。彼女は俺の道しるべだ。冷たい暗闇の中でも明かりを灯して俺を導いてくれる。だから俺は、彼女のためにもこの国を変えなければ」

「一体、何を……正気か、アシル!」

 アシルの言葉に、国王が叫ぶ。

「正気だ」

 そして次に響いた国王の叫びは、絶叫。または、断末魔。

 アシルの剣は、容赦なく国王の肩口から胸にかけて、ばっさりと切り裂いていたのである。すぐに首を刎ねなかったのは、返答を聞かせてやりたかったから。そして、多少は苦しみを長引かせてやりたかったからだ。そう、かつて、毒を飲まされ助けも求められなかった、自分のように。

「そう。俺は正気だ。おかしいのはお前達だ。何故、罪のない民を、兵を、巻き込んで殺した?魔王への対抗策が欲しかったなら、何故、勇者を追放した?」

「……強すぎる力は、国を、乱す」

「正しき力に乱れる国は、果たして本当に在るべき姿といえるか?我ら勇者は神に選ばれし存在。それを拒絶するならば、それは即ち、正義の拒絶だ」

 苦し気に声を漏らす国王の前で、よく見えるように剣を振りかざす。

「お前達が悪だ」

 そして振り下ろした剣は、今度こそ国王の首を刎ね飛ばした。


 目の前で父王が殺されたのを見た兄の狂乱ぶりに、アシルはまた笑う。

 自分を殺そうとして笑っていた奴も、殺される側になったらこのざまだ。少し空しいくらいにあっけない。かつては恐ろしく強大な相手だとも思っていたのだが……こんなに簡単に絶望させられるなら、もっと早く、動いておいても良かったかもしれない。

「さて、兄上。言い残すことはあるか?或いは、墓石に刻む言葉の希望などは?」

「な、何を言っている。まさか、本当に、殺す気ではない、だろうな……」

 兄の目がちらりと動いて、生き残る道を探るのが見えた。だが、そちらには黙ってレオが剣を構える。……更に。

「アシル様!」

「ああ、フローレン。すまない、まだ終わっていないんだ」

 アシルの表情が緩む。希望と安寧の源である最愛の『フローレン』が追い付いてきたのを見て、アシルは微笑み……そして、いよいよ紙一枚分の隙すら消え失せた布陣の中、兄が後ずさるのを見下ろす。

「……そろそろ終わりにしよう。あなたは下手を打った。恨むなら、どうぞご自分を」

「待て、アシル!たすけ……」

 そして最後の一撃は、自らの手で。

 アシルは積年の恨みを込めて、兄の胸を剣で刺し貫いたのだった。




「呆気ないものだ」

 剣に付着した血を国王のガウンでふき取って、鞘に納める。当分、この剣を抜く日は来ないだろう。どうか来ないでくれ、とアシルは祈る。

 ……呆気ない終わりであったが、これは終わりであり、はじまりでもある。この国はこれから大きく変わっていくのだ。愛するフローレンが苦しまずに生きていけるような……レオ・スプランドールが苦悩せずに済むような……そんな国へと、変わっていくのだ。

 そう思えば、胸の内を満たすのは復讐を終えた寂寥感ではなく、希望と喜びとなる。特に……隣に、最愛の者がいてくれるなら。

「さて……新王として、国民に挨拶すべきか」

 笑いかけると、フローレンは微笑みを返してくれた。それがまた、アシルの心を穏やかにする。肉親を殺した直後ではあったが、落ち着いて、未来のことを考えられるような心地になれた。

「そうですね。きっと皆、喜びますよ」

 そっと寄り添って微笑むフローレンを見て、アシルは強く、幸福を感じた。これ以上の幸せなど存在するだろうか、とさえ思う。

「さあ、アシル様。国民が待っていますよ。……あ、国王陛下、とお呼びした方がよろしいですか?」

「勘弁してくれ。……どうかお前は、そのまま俺の名を呼んでいてくれ」

 くすくすと笑うフローレンを一度抱きしめて、アシルは玉座の間から続くバルコニーへと向かう。

 バルコニーに出れば、町の広場が一望できた。そこには、王城の様子を見にやってきた民が詰めかけており、そして、彼らは皆、アシルの姿を見て静まり返る。

「……聞け!」

 そこでアシルは、凛と声を張り上げた。よく通る声が涼やかに響き渡り、民は期待を滲ませてアシルを見上げる。

「悪しき治世を行っていた国王と第一王子は、死んだ!民の嘆きと神の憂いの代弁者として、勇者アシル・グロワールが奴らを討ち取った!」

 剣を掲げて見せれば、民衆は大いに沸いた。月光に煌めいた刀身は、先程王と王子を斬り殺したものだが、血を拭われ、今やすっかり、生々しい戦いの気配からは遠い。

 ……そこへ、ふと、フローレンがやってくる。気になってそちらを見てみると……フローレンはいたずらっぽく笑って、その手に持った王冠を見せた。

「それは……」

「これはもう、あなたのものです」

 フローレンは笑って、そっと、冠を差し出してきた。死んだ国王の頭上にあったものだ。確かに、新王として、この王冠が相応しいのはアシルだろう。

 だがアシルはそれを受け取ることはせず……ただ、片膝をつく。小柄なフローレンにも届くように、と。

 フローレンははじめこそ、きょとん、としていたが、すぐアシルの意図を汲み取った。笑って、それでいて厳かに、冠をのせる。

 民衆が見上げる中、アシルの戴冠式が終わった。革命直後の、粗野で飾らない戴冠式だ。式とも言えないような代物だが……だからこそ、この盛り上がった空気の中に似つかわしい。

 王冠はアシルの頭上に輝いて、民衆の視線を集めた。……この王冠も剣と同様、血に塗れたものだ。だが、フローレンが一通り拭き上げたらしく、細部に血が残っていても、概ねはそれらしく見える。そもそも、民衆からはどうせ見えまい。

 民衆を見渡してみれば、喜びと希望に満ち溢れているばかりである。先程までの凄惨な戦いのことなどすっかり忘れたように歓声を上げ、新たな王の誕生を祝っているのだ。

「これほどまでに民衆から望まれて即位する王は初めてかもしれませんね」

 フローレンが笑うのを見て、アシルも笑い返す。

 これからの国のことを思い、自分のことを思い、そしてフローレンのことを思い……ただ、幸福であった。




 ……こうして、第二王子アシル・グロワールによる革命が終わった。

 父も母も兄も、血の繋がりのある者が皆死に絶えるという凄惨な結末を迎えたものの、アシルの表情は晴れやかであった。

「さあ、皆の者、宴だ!……今までの悪しき治世によって死んだ者を弔い、そして、彼らへのはなむけのために、この国をより良くしていくことを誓って……新たに生まれ変わるこの国の、誕生を祝って!」

 歓声が上がる。今までの治世に不満を抱いていた民衆は、アシルの台頭を心から歓迎したのである。


 そうして、人類の歴史に残る日が終わっていく。

 ……尤も、人類の歴史『が』残るかどうかは怪しいが。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ソルとパクスはどこにいるんでしょう? [一言] 未来の伴侶とか言っちゃってるし、第二王子様改め新国王様…ちょっと王族にしてはハニトラに弱すぎませんか? アレットちゃんが可愛すぎるのがい…
2022/11/09 23:20 退会済み
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