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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第六章:憧憬【Somnium pacis sicut sol】
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愚者の抵抗*5

 魔王が襲来してから、一月。

 人間の国では、何人かの人間が新たに死んだ。

 まず、『勇者を呼び戻してくれ』と陳情してきた警備の兵。

 次に、フェル・プレジルを悼み、今の王家を正す、などとして活動を続けていた一般市民。

 そして、『重大な機密』を漏洩した執政官。

 ……彼らが死んでいく度に、王都は静かになっていった。王からの指示に従う者が増え、以前のように円滑に、物事が回り始める。民衆は次第に、従順になっていった。

 無論、民衆の心までもが従順になったなどと楽観視するほどには、王も王子も愚かではない。民衆の心は相変わらず、王家への不信と勇者への渇望を宿したままであろう。

 ……だが、それでもいい、と考えた。

 腹の内で何を思っていようが、従順な態度をとってみせるならそれでいい。国を脅かそうと行動するならば問題だが、そう思うだけならば問題にならない。

 そう。人の心など、どうでもいいのだ。過程に意味は無く、結果だけに意味があるのと同じように。

 だが……人の心が人を動かすのだということも、重々承知の上である。今、民衆は恐怖から生まれた慎みによって制御されているが、その恐怖を打ち消すほどの希望が現れたならば、すぐさまそちらへ心は移り……そして、この国を脅かすだろう。

「勇者を帰還させてはいけない」

 つまり、第一王子がとるべき方策は、至極単純。

「魔物の国からやってくる船は、全て沈めろ」

 明確な、敵対。そして、防衛。

 ……奇しくも、状況は魔物の国との戦争に近しくなってきた。魔物が勇者に置き換わっただけである。

 それを苦々しく思いつつも、王も王子も、最早どうすることもできない。

 ここで民衆の機嫌取りをするのは愚策である。ならば、終いまで一貫して、恐怖と支配によってこの国を安定させていくしか、道は残されていないのだ。




 ……そして一方、勇者達は。

「出発して一月で戻ることになるとはな」

 船に揺られていた。

 行きと同じように、しかし、行きよりも多くの人数で。……何せ、魔物の国の各地から集まった兵士達を引き連れての撤退となったのだから、数が増えるのも致し方ないことである。

「戻ると決まってからが案外長かっただけで、決まったのは到着した翌日だろ?魔物の国で特に何かしたわけでもねえしな……」

「でも、よかった。争いが無いのは良いことでしょう?」

 レオとエクラも笑って、アレットを見つめる。

「うん……本当に、夢みたい」

 アレットは勇者達の視線を受けて、にっこりと笑う。

「本当に、ありがとう。よりよい未来を、選んでくれて」

 人間の兵の撤退は、フローレンのために行われたようなものである。無論、元々レオが魔物との戦いに疑問を抱いていたり、エクラがヴィアという奇妙な魔物に嫌悪を抱かなかったり、といった下地もあったのだろうが……一番の要因はやはり、『フローレン』と、フローレンに惚れてしまった哀れなアシル・グロワールであろう。

「魔物も人間も、これ以上争わなくて済むような世界を……必ずや、創るぞ」

 アシル・グロワールはそう言ってアレットに笑いかける。アレットもそれに笑い返して、『よし、いいかんじ』と確かめた。

 このまま勇者達が人間の国へ帰還したならば、間違いなく、人間の国は割れる。

 第一王子と王がどのようにして現在も治世を行っているかは分からないが、どうせ、つつけば崩れるような状況になっているに違いない。崩れかけの楼閣に乗せるには、勇者3人はあまりにも重い錘となるだろう。

 ……そうなるように、ソル達が動いているはずなのだ。アレットは何ら疑うことなく、作戦を予定通り進めることにする。頭の中で予定を組み立て、振る舞いを付け足し……。


 その時だった。

「総員警戒!前方に……前方に、敵、が……!」

 あり得ない声が、甲板に響く。人間の国へ向かう最中の船だ。それも、もうじき到着、という頃の。

 それが『敵襲』とは何事か。まさか、海のものが人間の船を襲ったか。アレットは諸々を懸念しつつ、船の前方を見て……。

「……うわあ」

 慄く。

 港には、ずらり、と巨大な銃が並んでいた。




「な、なんだよ、あれは」

 アレットよりも慌てていたのは、レオであった。人間達にさんざん利用された挙句処刑されかけたというのに、未だ、人間に敵意を向けられることに不慣れであるらしい。

「……大砲だ」

 そして、幼い頃から毒殺されそうになったりなんだりと碌な経験が無いアシル・グロワールは、今回も多少は、落ち着いているらしかった。

「銃と仕組みは似たようなものだ。より大きく重い銃だと思えば、概ね合っている。試作中だと聞いていたが……そうか、完成したのか」

「そ、そんなこと言ってる場合かよ!」

 アシル・グロワールの落ち着きぶりを見て、レオはますます焦燥を強める。エクラだけでも守らねえと、などと言いつつ忙しなく去っていこうとし……そして、アシル・グロワールに引き留められる。

「落ち着け。我々は勇者だぞ」

『勇者』。そう呼ばれて、レオは少しばかりの落ち着きを取り戻し、同時に、覚悟を思い出したらしい。

「立ち向かえばいい。あれは船や建造物の破壊には丁度いいが、その分狙いが定まりにくく、また、弾も大きい。狙って撃ち落とせないこともないだろう」

 半ば無謀な言葉に聞こえる。だが、それを裏付けるのは、『勇者の力』だ。

 人間が得るには大きすぎるそれが、3人分も揃っている。……そう考えれば、大砲の数門程度、何ら問題ではないようにも思えてくるのだ。

「兄さん。私は何をすればいい?」

 そこへエクラがやってくる。自分も『勇者』だ、と言わんばかりの、そんな勇ましい表情で。

「お前は船室に……いや」

 ……そして、レオは、観念した。

「お前は勇者の力を使え。追い風を起こして船を速めるぞ」

 エクラを船室に避難させたところで、この船が被弾したら船室もろとも船が沈む。ならば、エクラを隠しても意味が無い。守りたいエクラも含めて全員で、人間の国の防衛に立ち向かうべきだ。

「よし……俺も腹括ったぜ」

「それは何よりだ」

 身構えるエクラとレオを見てアシル・グロワールは薄く笑い……そして、いよいよ迫る港と、港に並んだ大砲とを眺めて、嘲笑った。

「所詮は愚者の抵抗だな、兄上」

 何故なら彼は、『勇者』であるので。




 人間の国の港は、大いに混乱していた。何せ、出た指示が『魔物の国からやってくる船は全て撃て』というものであり、そして……魔物の国からやってくる船の帆には、どう見ても王家の紋章が掲げられていたからである。

「あ、あれは帰還した勇者達なのでは……?」

「いや、でも、指示には従わねえと……きっとあれは、船を奪ってやってきた魔物達なんだよ」

 大砲を操る役割を与えられた兵士達は、戸惑う。もしや、味方を撃てと指示されているのではないだろうか、と疑う。……だが。

「構わない。撃て」

 背後から、彼らの上官……第一騎士団長が、そう、指示してくる。

 ……第一騎士団長が『第一騎士団長』になってから、まだ、一月ほどである。第三騎士団長が死に、第一騎士団長までもが魔王によって殺されて、そうして急遽、『第一騎士団長』として任命されたのが彼である。2名いる副団長の内のどちらを騎士団長にするか、という議論の末に選ばれた彼としては、ここで指示に従わず第一王子の支持を得られなくなることは避けたかった。

「しかし、団長……」

「殿下にはお考えがあるのだ」

 妄信的である。……そう自覚しつつも、彼は大砲を構えさせた。あとは点火を待つのみである。

 ……もう一度、迫りくる船を見る。少々怪しい程に速度を上げて迫ってくる船は、確かに、第二王子が乗っていた船である。それを撃つ、ということの意味は分かるが……それでも、『団長』として、彼は動かざるを得なかった。

「撃て!」

 彼の指示に従って、大砲が一斉に火を噴いた。


 だが、飛んで行った砲弾は人間達の予想を裏切る。

 なんと、砲弾は船に届く前に消えたのだ。

 ある砲弾は突風に流され。ある砲弾は雷に撃ち落とされ、ある砲弾は炎に押し返され。

 そうして砲弾が全て船を避けて海へ落ちるのを見て、只々、人間達は圧倒される。

「な……何が起こった!?」

 騎士団長の声に、誰も答えない。見れば分かるからだ。

 ……勇者。その力は、人間達の叡智によっても覆せない。


 化け物の力を目の当たりにし、第一王子の命を受けた第一騎士団は、ただ……自分達が任務を達成できないであろうことを悟った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 遂に勇者の力が人間に牙を剥きましたね
[一言] クライマックスに近づきつつあるんでしょうか!? 第一騎士団長までもナレ死とは…。
2022/11/05 21:44 退会済み
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