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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第一章:反逆【Perversa terra】
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殺し見殺し皆殺し*2

「はじめまして、アレットです。傭兵としてこっちで戦っていましたが、戦いが終わってからは荷運びの仕事で食い繋いでいました。また戦えそうで嬉しいです。どうぞよろしく」

 その日から、アレットは王城で兵士達と共に生活することになった。

 挨拶ついでにぺこり、と頭を下げてにっこり微笑んでやれば、人間の兵士達はアレットを拍手をもって歓迎した。

 ……アレットは最も到着の早い義勇兵であった。要は、人間の国からやってくる義勇兵達は未だ到着していないのである。予定通りに事が運んだとしても、義勇兵が到着し始めるのは明後日以降になるだろう。

 そんな中なので、アレットは唯一の『新入り』だ。元々兵士達とは馬車での面識があり、王城の人間とも荷運びの仕事をする中で顔を合わせたことがある。となれば、アレットが人間達の中に溶け込むまで、そう時間はかからないのだ。

「その若さで傭兵、それも立派に生き残ったということか。なら腕が立つということだろう?」

「あはは、どうだろう。でも、ただ魔物相手に無駄死にするつもりはありませんよ。それは自信があります」

「君のような娘さんも傭兵として戦わなきゃならないなんて……嫌な世の中だな」

「そうですか?私は結構、向いてると思ってますよ」

 兵士達の興味と好意の混ざった質問に答えながら、アレットは人間達に愛想を振りまいてやる。彼らを如何に油断させるかが今後の作戦の成否にかかわってくるのだから当然だ。

「なあ、アレット。またあの茶が飲みたい。用意してくれるか?」

「はい!喜んで!」

 兵士の申し出にも笑顔で応え、アレットは早速、茶の準備に取り掛かるのだった。




 王城には様々な人間が居るが、おおざっぱに分けると概ね三種類である。

 まずは物品および城内の管理を行う者。

 武器の管理だけは兵士が行っているようだったが、多くの食料や衣類、薬の類は倉庫番によって管理されている。彼らは物品の出納を台帳に記入して管理したり、金銭のやり取りを記録したりと諸々の働きをしている。

 尚、彼らの中の一部が、この城に住まう人間達の世話も担っている。ここに取り入れば、毒を盛ることも容易いだろう。


 続いて、城の外の管理を行う者。

 こちらは城の一角を居住区として割り当てられているらしいが、要は、人間の国から派遣され、魔物の国の開拓を任せられた者達らしい。西の開拓地をはじめとして、各地を人間にとって住みよい環境に整えていくのが彼らの仕事である。

 尤も、城に住まうような者は直接働くことは少なく、あくまでも下請けが実作業を行っているようだったが。

 こちらは取り入っても直接の利益はなさそうだ。無論、長期的に見れば何か得られるものはあるのだろうが……今のアレットにはそんな暇は無い。


 そして、三種類目の人間は……兵士だ。

 ……今、この城で最も権力を有する者は誰か、と探ってみれば、兵士であった。

 無論、兵士と言っても様々である。平民が試験や訓練を経て城の兵士として登用されたものもあれば、貴族の家の出らしい者が高位の職に就いている場合もある。

 権力を有しているのは当然、後者。位の高い兵士である。

 城へやってきた兵士達はすぐさま、城のあちこちにまで支配の手を伸ばし始めた。兵士以外の者達は、概ね兵士達に尽くすべく働き始めた。

 ……こうなったのはひとえに、人間達にとってもそれだけレリンキュア姫の公開処刑が重要だからである。

 今、人間達は戦うことに重きを置いている。公開処刑の日、魔物達が反乱を起こすことは既に織り込み済みというわけなのだろう。或いは魔物達が特に何をするでもなくとも、市井の魔物達を殺し始めるつもりなのかもしれない。

 如何に、人間達が戦う気でいるか。

 それを思い知って、アレットは少々、身震いする。だが……だからこそ、アレットがここに居る意味があるのだ。

 戦うつもりで準備を進めてきた人間達を、内部から攻撃してやるのだ。そうすることで……そうすることで、少しでも、犠牲になる魔物の数を減らさなくてはならない。




「こんにちはー」

 アレットは城の厨房へ向かう。毒を盛る時のことを考えて、今の内から厨房に入り込んでおいた方がいいだろうと考えたのだ。

「ん?あんたは?」

「義勇兵として志願しました。アレットです。ええと、お茶を淹れたいので薬缶を貸していただけないかな、と」

 料理を担っているらしい人間達はアレットを見て『見慣れない顔だな』と不審がっていたが、義勇兵と名乗れば概ねアレットの素性を察したらしい。納得した様子で頷いていた。

「お茶、というと……?」

「ええと、兵士の皆さんが南からこっちに来る時の道中、私もご一緒してたんですけれど、そこでお出しした薬草茶がお気に召したらしくて。直々のご注文だったものですから」

「成程な。薬缶ならそっちにあるよ。使い終わったら返してくれ」

「ありがとうございます!」

 厨房の人間は厨房の隅に置いてあった薬缶を示すと、ふと息を吐いた。

「それにしても、茶、ねえ。……長らく飲んでないな」

 厨房に居る人間としては、少々不思議な言葉である。アレットは首を傾げた。

「えっ?この辺りだと茶葉が少ないんでしょうか」

 ちなみにアレットは、この城に茶葉が存在することを既に知っている。アレットが王都へかつて運んできた荷物の中には人間の国から運び込まれた茶葉の缶があったのだ。だからこそ、『長らく茶を飲んでいない』という人間の状況には少々の疑問があったのだが……。

「そんな暇が無い、ってことだよ。これから兵士さん達も増えて、ますます忙しくなるしな。……ま、それももうしばらくの辛抱か」

 ……人間の言葉を聞いて、アレットは納得する。

 魔物の国は、人間達にとっては辺境だ。人間の数も(少なくとも人間にとっては)然程多くないのだろう。最低限の人員で魔物の国の管理と統制を行っているのだから、1人1人が忙しくなるというのは仕方の無い話だろう。

「そっか……ああ、なら、淹れたら一杯お持ちしますよ」

 アレットは厨房の人間にそう、笑顔で申し出る。

「ついでに、何か雑用があったら手伝います。何でも言ってください」

「いいのかい?そんな、兵士として戦う人が……」

「ええ。気にしないで。元々、雑用係みたいなものでしたし……戦うのも好きですけれど、雑用も嫌いじゃないんです」

 笑顔でそう答えて、アレットは『じゃあ、薬缶お借りしますね』と薬缶を手に厨房を後にした。

 ……ひとまず、厨房に潜り込むのは容易そうである。




 兵士達に茶を振舞い、少々歓談した後、アレットは厨房で芋の皮を剥いていた。

 小さなナイフで器用に素早く皮を剥いていくアレットを見て、人間達はアレットの手際の良さを褒めた。……かつて城でフローレン達の手伝いをしていたこともあったが、それが役に立ったらしい。

 厨房での雑用は細々としつつも数が多い。芋の皮を剥いたら塩漬け肉の塩抜きをし、次に食器を洗って拭き、更に続いて水を汲みに井戸へ出る。

 ……兵士達が増えた分、厨房は慌ただしかった。これから更に義勇兵が到着し、城は騒がしくなっていくはずなのだが、大丈夫なのだろうか。勿論、大丈夫でない方がアレットとしてはありがたいのだが。

「アレット、ありがとう。本当に助かるよ」

「えへへ。何かあったら何でも言ってくださいね!」

 くるくるとよく働くアレットに、厨房の人間達はすぐ慣れたらしい。すっかり厨房の一員となって夕餉の支度をするアレットを、誰も不審に思わない。不審に思っている暇もない程忙しい、ということなのだろうが、とにかくアレットからしてみればとても都合がいい。

 毒を盛るとしたらどこで行うか。井戸水の汲み置きがいいか、スープの鍋がいいか……。アレットはその下見がてら、厨房の中でよく働き、ついでに厨房の人間達の信用をも勝ち取ることに成功したのだった。




 厨房に潜り込むのと同様に、兵士達の中にも潜り込まなければならない。……だが、厨房で働いているとそれなりに機会が訪れるものである。

「さあさあ皆さん!沢山食べてくださいね!」

 アレットが兵士達のための食堂へと大鍋を運び込むと、待機していた兵士達は驚いた顔でアレットを見た。

「お、おい、アレット。お前、なんで鍋なんか持ってる?」

「厨房が忙しかったみたいなのでお手伝いしてきました!さあさあどうぞ並んでくださいね!よそいますよ!」

 にっこり笑ってアレットがそう言えば、兵士達は感心したように、あるいはぽかんとしつつアレットの前に並んでいく。アレットは大鍋に入った芋と玉葱と塩漬け豚の煮込みを木の椀によそってやりつつ、兵士達1人1人に手渡していく。物資の少ない中でも丁寧に調理された煮込みは、それなりに味も良いはずだ。

 アレットは煮込みを取り分けつつ兵士達と一言二言言葉を交わし、ついでに兵士達の顔を覚えていく。鎧を脱いでしまえば、兵士と厨房の人間の区別がつかなくなる可能性が高い。ある程度は覚えておかなければ、今後の動きに差し支える。

「お茶もありますよ。これは厨房からじゃなくて私が淹れたものなので、大したお味じゃないですけれど」

 ついでに茶がたっぷり入った薬缶とコップを鍋の横に設置しておくことで、兵士達は各自、勝手に茶を注いでいく。こうしておくと横顔も併せて覚えられるので便利なのだ。

「おお、気が利くじゃないか。俺はこれを中々気に入っているんだぞ、アレット」

「ありがとうございます、兵士長さん」

 兵士の中でも高位の者は、優先して覚えた。もう彼のことは顔も匂いも覚えたので、どこで出会ったとしてもすぐ分かる。

「だが……」

 兵士長は、ちら、と兵士達の列を見て、それから茶の入った薬缶を見て……言った。

「次からは薬缶2つ分、頼むぞ」

 どうやら、茶がそろそろ売り切れになるようだ。まあ、喜んでもらえているなら何より、とアレットは微笑むばかりであるが。


 ……ちなみにこの茶はアレットが好む薬草茶である。ヨモギや月光草、胡蝶楓、北天木の葉などを乾燥させて焙じて煎じただけのものであるが、中々に風味がよく、まろやかな渋みとコクのある甘みが絶妙なのだ。

 そして材料の1つである胡蝶楓は、ごく僅かながら中毒性および依存性があることが魔物の中ではよく知られている。よって、生後50年未満の子供には与えないようにしているのだが……まあ、人間達がこの茶を気に入ったのなら何よりである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] なんかアレットちゃんの毒花にならやられてもいいかなと思い始めてる私は多分サクコロされちゃう [一言] サクッとコロコロ
[一言] 生後50年未満の子供…アレットちゃんいくつでしたっけ。 多分大将とか一部のお偉いさん以外はほぼ全員当てはまってしまうのでは… シャブ漬けイイね!
2022/04/23 11:14 退会済み
管理
[一言] 子供!?
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