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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第六章:憧憬【Somnium pacis sicut sol】
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秘密*5

「おーおー、結構派手にいったなあ」

 ソルは、崩れゆく人間の城を眺めて、ひゅう、と口笛を吹く。軽薄なようにも見える仕草だが、文句を言う者はここに誰も居ない。

「おおおー!すごい!流石は隊長!ますます強く格好良くなりましたね!すごい!すごい!」

 そしてパクスのあまりにも緊張感の無い喜びの声にも、誰も文句を言わない。

 ……それはそうである。唯一この2名に何か言えるであろう立ち位置に居るフェル・プレジルは、ソルの魔法の威力に只々、畏れにも似た感情を抱いていたのだから。

「これでビビッてくれりゃあいいが」

 ソルは崩れた城の一角を眺めて薄く笑いながらそう言って……ちら、と横目にフェル・プレジルを見る。

「それとも、人間ってのはこの程度じゃあビビらねえくらい、太々しいか?」

 漆黒の瞳に射竦められて、フェル・プレジルはただ、そこで黙りこくることしかできなかった。




「ま、あんたに聞いてもしょうがねえか。ここにこうして来てる以上、あんたはそれなりに賢いんだろうし、賢くねえ奴らが今、城に居るんだろうからな」

 ソルはそう言って、優しい嘲笑を浮かべる。フェル・プレジルはようやく動くことを思い出したらしい。ぎこちなくもソルに向き直って、緊張に満ちた表情を浮かべた。

「で、話ってのは何だ」

「……そちらの目的を聞きたい」

 フェル・プレジルの問いに、ソルは『ほう』と頷きつつ……やおら、パクスを振り返る。

「目的、目的、ねえ……そうだな、なんて言ったらいいと思う、パクス」

「はい!人間の撲滅です!これくらいは俺もちゃんと覚えてますよ!」

「おーおー、そうだな、もうちょっと言い方を考えような……」

 ……そして、フェル・プレジルがますます緊張を露わにする中、ソルはなんとも気が抜けるような心地を味わいつつ、パクスをぱすぱすと翼で軽く叩きつつ……フェル・プレジルを安堵させるように言ってやる。

「……まあ、撲滅ってのは気にしなくていい。今日のところはひとまず、ビビッてもらえりゃそれでいいんだ」


「……威嚇、ということか?」

「ま、そんなところだな」

 ソルは答えつつ、ため息を吐く。

 ……この作戦は、ヴィアを通じてアレットから伝えられていた。

 アレットは、勇者達を引き連れて魔物の国へ向かう。そしてそこで、うまく勇者を操り、指揮下に置く。

 ……そしてその間、ソル達は人間の国の魔力を回収し……回収が終わったなら、次はいよいよ、『魔王』として人間達の前に立つ。

 人間の城には今、勇者が居ない。だからこそ、『魔王』の脅威は人間にとって強く強く印象付けられるはずである。それこそが、ソル達の狙いであった。

 そう。『人間の国が勇者を欲する状況』を生み出すのである。そうすることで、アシル・グロワールを国から追い出した第一王子に矛先が向き、国が割れる原因となる。そしてそこへ、アシル・グロワールが帰国したならば……本人らの意思に関係なく、争いが起こるだろう。

 人間を根絶やしにする。その気持ちは、パクスの言葉通りだ。ソルの気持ちも変わらない。

 ……その為には、徹底的に人間同士で争わせるべきなのだ。『魔王』という人間に共通の敵が矢面に立って戦えば、人間共の団結を助長することになるだろう。団結されたらたまったものではない。何せ、勇者は魔物より少ない魔力で、魔物を遥かに凌ぐ能力を得てしまうのだから。

 そんな相手と戦うなら、各個撃破は大前提として……やはり、あわよくば同士討ちを、となるだろう。




「今、魔物の国に勇者が送り込まれてる。知ってるか?」

「ああ」

 ソルは少々考えつつ、アレットを思い出してそれらしく言葉を重ねていく。

「俺達としちゃあ、魔物の国からすべての人間が撤退してくれるんなら、これ以上危害を加える気はねえ。代々の魔王も、魔物の国を護ることだけを望んできた。侵略なんざ望んでない。お前らと違ってな」

 如何にも本心をちらりと見せたように見せかけて少々鋭く釘を刺してやりつつ、ソルは笑う。

「……ってことだ。だからもしあんたがあの城に居る連中に話ができる立場なら、奴らに言ってやってくれ。『今すぐ勇者を呼び戻せ』ってな」

「……成程な」

 フェル・プレジルは頷き、何かに納得したように呟き、俯く。それから間を置いてソルの目を見据えてきた。

「ならば、そのようにしよう。国王に俺の言葉が届くかは分からないが……最善は、尽くす」

「ああ、そうしてくれ。そうしてくれる分には、これ以上攻撃する気はねえ。……勿論、ふざけた真似をしたらその限りじゃあねえが」

 ひとまず話はここまで、とばかり、ソルは人間の城から視線を外す。

 ……アレットのように、と意識しながら『これ以上攻撃する気は無い』などと言ってみたが、多少はアレットらしく振舞えただろうか。

 ここに居ない仲間を想って、ソルは少々笑う。

 夜空をひらひら舞う姿そのままに、軽やかに、気配も無く、嘘を吐く。そんなアレットの姿を今までも頼もしく思っていたが、実際に自分がそうする立場になってみると、改めてアレットの凄さがよく分かる。

 腹心の部下、背中を預ける副隊長に再会できたなら、そんなことを伝えてみようか。そうソルは思う。

「……再会、しなきゃなあ」

 そしてそう呟きながら、門の前で何か揉め始めた様子の人間達を眺め……そして、彼らが何か動き始めたのを見て、ソルもまた、身構えた。




 一方。

「どういう、ことだ……?」

 アシル・グロワールは只々、混乱していた。

 目の前の愛しい存在が告白してきた内容は、人間1人の思考を奪うことなど容易い程の重さと大きさを持っていた。

「そのままの意味です。私は元々人間でした。しかし……傭兵団の他の兵士達に裏切られ、私は死にました」

 ただ、混乱するばかりの中でも、フローレンが少しばかり悲し気に、それでいて努めて平然と、そう振舞うのを見て、アシル・グロワールは悲しみと愛おしさを感じてもいた。

「気が付いたら、この姿でした。私は魔物として生まれ変わってしまったのです」

 フローレンが見せた翼に目を留めて、『ああ、魔物のそれだな』と思うと同時、『美しい』とも思う。

 黒絹のように滑らかで軽そうなそれは、悍ましいものに見えなかった。こうも繊細な細工物が自然に生まれたならば、随分と奇跡的ではないか、とさえ思った。

「はじめは、魔物として生きようとしていました。胸の奥に、どうしても、私を裏切った人達への怒りがあったから。でも……」

 フローレンの長い睫毛がふるり、と震える。その睫毛の向こうに見える、柘榴か紅玉のような瞳が、じわり、と潤んで瑞々しい。

「それも、空しくて。気づいたら、人間のふりをして生活するようになっていました。自分が魔物だなんて忘れて、普通の人間らしく居る時、なんだか救われたような心地だったんです」

 数度、瞬きをして潤んだ目を誤魔化して、フローレンは疲れた笑みを向けた。

「……もし生まれ変わることができたなら、今度こそ、魔力を持たない普通の人間として生まれたかったのに」

「フローレン……」

 美しかった。フローレンは、只々、美しかった。それこそ、魔物への嫌悪も突然の告白への戸惑いも、全て消し飛ぶ程に。

 ……だが、アシル・グロワールは延々とフローレンに見惚れてもいられない。当のフローレンは不安そうにしている。ここで、自分がただぼんやりしていたら、余計にフローレンを不安がらせるだけだろう。

「ごめんなさい、急にこんな話をして。そして、今まで黙っていたことも。……言わなければ裏切りになると思いながらも、言わなければこのままでいられる、と、思って、しまいました」

 深々と頭を下げるフローレンを見て、アシル・グロワールは動いた。

 最早、混乱は頭の隅へと追いやられていた。ただ、目の前の愛おしい存在を放っておくことなどすべきではない、と、ただそれだけで理性を引き戻し、動く。

「……似たようなものだ。俺だって」

 そっと、フローレンの肩に片手を添えて、もう片方の手でフローレンの顔をそっと上向かせる。

「勇者が『魔物』じゃないなんて、どうして言える?」

 そして、アシル・グロワールがそう言った途端、フローレンの目の奥に動揺が走った。


 小柄で華奢な女傭兵。魔力を持って生まれたばかりに国を追われ、そして過酷な傭兵業に身を投じ、命を安く買い叩かれて戦場へ向かい……そうして生きてきた美しい少女の境遇に、どこか、今の自分を重ねても居た。

 そう。2人目の、かつ腹違いの王子として生まれたばかりに国を追われ、そして勇者としての力を都合よく扱われて、不要になったとなればまた、国を追い出される。そんな自分の境遇に近いものを感じて、より深く、フローレンに共感する。

 ……自分には、支えてくれる騎士団の者達が居た。そして何より、フローレンの存在が支えだった。だが、フローレンは自らに生えた翼を見つけた時からずっと、孤独に耐えてきたのだろう。そう思えば、フローレンにより深く自分の内面を曝け出すことも、厭う気にはなれなかった。

「俺は、俺が怖い」

 勇者には似つかわしくないような、そんな言葉を吐き出して、緩くため息を吐く。

「行き過ぎた力だと思う。神が俺に与えたもうたものだとしても……こんなもの、平和になった後にはまるで不要だ」

 ずっと胸の内にあり、しかし、ずっと言えなかった言葉。自分自身の未来が明るくないことなど、ずっと前から察していた。それこそ、勇者になるよりも前、兄に毒を盛られたあの日からずっと、思っていたのだ。

「居ない方がいい。俺など」

 ……自分さえ居なければ。

 悲劇に浸ったようなそんな安っぽい感傷も、フローレンと共通するものだと思えば途端に上等なものに思えてくる。

「……私もです。私だって、居なければよかったんです」

 フローレンもまた、自分と同じ言葉を口にする。それを見て、アシル・グロワールは言葉にできない、仄暗い喜びのようなものが胸の奥に湧き上がるのを感じた。

「……ごめんなさい。なんだか少し、嬉しい、って思ってしまいました。騎士団長殿も、同じように思っていたなんて」

「そうか。俺も、嬉しい。ようやく自分自身の気持ちに整理が付いたような、そんな心地だ。……そして、同じように思う者が他に居るなら、その思いを分かち合うこともできるだろう、と思っている」

 喜びと同時、かすかな光が胸の内に差し込んでくるように感じた。

 それは、自分やフローレンのような者が生きていける世界を創るのだ、という、目標。

 ……或いは、希望、とでも言うべきものかもしれない。


「フローレン。お前が居てくれてよかった」

「……まだ、お傍に置いていただけるのですか?私はもう、人間じゃないのに?」

「俺だって似たようなものだ」

 フローレンと目を合わせて、アシル・グロワールは微笑む。

「お前が魔物だろうと、関係ない。お前がお前である限り」

「騎士団長殿……」

 今、アシル・グロワールは希望に満ちていた。最早、自分達の前に立ちはだかる障壁など無いに等しい。そんな風にも思えた。

 これから何をするにしても、きっと、上手くいくだろう。そんな風に錯覚しそうなほど、気分が高揚している。何故なら、フローレンが自分を見つめているから!

「……ところで、俺のことを名前で呼んでくれるのではなかったのか?楽しみにしていたのだが」

「あ……」

 ついでに、意地悪半分期待半分でそう言ってみれば、フローレンが、もじ、と少々身じろぎする。

「……では、僭越ながら……ええと」

 フローレンは、ちら、とアシル・グロワールの目を見て、それから恥ずかしそうに視線を外し……ぽそ、と呟いた。

「……アシル様」

 恥じらいから伏し目がちに視線を落とし、そして頬をほわりと赤らめて。そうして発された呟きが、アシル・グロワールに活力を与えた。


「フローレン。お前に婚約を申し込みたい」

 そう、言わせてしまう程に。

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― 新着の感想 ―
[一言] 騎士団長殿はかわいそ可愛いから何も知らないままに亡くなってほしいなあ
[一言] コロコロコロコロ
[良い点] ヒューーー!!! って素で言ってしまいましたラストに。 騙されて幸せなままアレットに看取られてほしいなぁ…
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