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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第五章:魂の在処【superbus bellator】
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魔王*6

 ざぶり、と波が寄せては打ち付け、白く砕けてはまた、戻っていく。太陽の光をちらちらと反射する水面が、眩しい。

 そんな景色を眺めて、アレットはぼんやりとしていた。

 ……ここは魔物の国へ向かう船の上であり、その船を抱く海の上である。その波にゆらゆらと揺られて、ただ、アレットは世界の命運を変え得る一行と共に、この船の上に居るのだ。

 前回、魔物の国から人間の国へ渡ってきた時よりも、海は穏やかだ。もうじき冬が終わるのだろう。春の気配を漂わせる海をぼんやりと眺めて、アレットはただ、仲間達の無事を案じていた。

 ……ヴィアは、情報を渡せただろうか。ベラトールは、無事か。パクスは今も元気に尻尾を振っているか。そして、ソルは。

「どうした、フローレン」

「騎士団長殿」

 声を掛けられて思考を中断させられる。それを少々憎く思いつつ、そんなことはおくびにも出さずにアレットは戸惑うように微笑んで見せた。

 アシル・グロワールは穏やかな笑みを浮かべて、アレットを見つめている。……その表情はなんとも幸せそうなもので、人間の国を追われて魔物の国へ向かう王子の顔にはとても見えない。

「いい景色だな」

 アシル・グロワールはそう言って、海風に髪を靡かせる。白銀の髪が陽光を反射して、海と同じくらいに眩しい。

「ええ……本当に」

 アレットもにっこり笑ってそう答えつつ、ただ、海の向こうへと思いを馳せる。

 魔物の国。これから勇者達が『征服』へと乗り出す場所であり……だが、その勇者達3人の内、少なくとも1人は既に、魔物との戦いを避けようとしている。そんな状況だ。愛する故郷を、自分の国を守るためにも、アレットはここから上手く、舵取りしていなかなければならない。

「魔物の国、か……あそこに新たな拠点を作り出すことができれば、兄上に対抗する力になるだろうな」

 アレットの内心を知らず、アシル・グロワールはそう言って少しばかり、表情を険しくする。


 ……今回の出立に伴って、王城は荒れた。

 第二王子であり勇者であるアシル・グロワールその人が自ら国を出ていく、という状況に、人々は大いに戸惑ったのである。

 第一王子派の者達は『ようやく諦めたか』と笑むか、或いは、『何か裏があるのでは』と訝しむか。そして第二王子派の者達は、『どうして殿下が魔物の国へ追いやられねばならないのだ』と憤るか、『この国もいよいよ終わりか』と嘆くか。

 そして民衆もまた、2つに割れていた。アシル・グロワールが市井で戦い怪物を退けたあの日から、『勇者』は単純な人々の憧れではなくなった。自分達からかけ離れすぎた力を持つ脅威としても、認識されたのである。

 民衆はアシル・グロワールについて、『離れてくれるなら安心できる』と胸を撫でおろしたり、『あれほど国に貢献した王子が追いやられるとは』と国の行く末を案じたり、好き勝手に囁きあっている様子であった。

 ……そんな中での出立だ。人間の国を華々しく出て『遠征』に向かう第二王子の姿は、果たして、人々にどのように受け止められたのだろうか。少なくとも、第一王子からは満足気に頷かれていたが。


「フローレン、聞いてくれるか」

『国を追われる悲劇の王子』であり『諸悪を滅ぼすために自ら死地へ向かう勇者』であるアシル・グロワールは、人間の国と魔物の国とを隔てる海の上、そう、アレットに前置いてから話し始めた。

「俺は、魔物の国に新たな国……人々が暮らす土地を作ろうと思う。……レオ・スプランドールが試みていた案だが、奴と共にもう一度、進めてみたい。そしてある程度の権力を手に入れられた暁には……兄上を、追い落とす」

 アシル・グロワールの目に、ぎらり、と復讐の意思が光る。

「俺のみならず、お前にまで手出ししようとしたこと、決して許しはしない」

「騎士団長殿……」

 今まで復讐など考えても居なかっただろうに、そのアシル・グロワールが今、復讐に燃え、人間の国を打ち滅ぼさんとしている。アレットはその感慨に浸りながらも、アシル・グロワールの復讐をどのように舵取りしていくか思索を巡らせる。

 今のままでは、アシル・グロワールは手始めに魔物の国を滅ぼそうとしかねない。それは何としても止めねばならず……そして、人間の国へと攻め入るような口実を作り上げねばならない。

「フローレン」

 アレットが考えていると、アシル・グロワールは幾分緊張した様子でまた言葉を発する。先程までとは異なる表情で。

 ……復讐よりもアシル・グロワールが大切にしているであろうものについて話そうとしているのだな、と察したアレットは、まるで何も察していない表情のまま、きりり、とアシル・グロワールを見つめた。

「はい、何でしょう、騎士団長殿」

「その……なんだ」

 アレットが見つめ返せば、アシル・グロワールは少々頬を赤らめて口ごもり、意味も無く咳払いなどをする。アレットはそれを不思議そうな目で見つめ返してやりつつ、じっと、アシル・グロワールの言葉を待ち……。

「……俺は、玉座など要らないと思っていた。それより欲しいものが、見つかったからな。だが、それを欲するならば、むしろ誰よりも貪欲に玉座を……我らの国の頂点を、求めるべきだと、考え直した。だから俺は、このように魔物の国へ出向き、兄上と戦う決意を固めたのだ」

「な、成程……?」

 アレットはただ、『何かに感づきつつもそれに気づかないふりをする田舎者』のようなふりをしながら、それでもアシル・グロワールから目を逸らさずに話を聞く。アシル・グロワールはそんなアレットを見て少々決意が揺らいだような、そんな表情を見せたが……それでも、彼は口を開いた。

「フローレン。……俺は、お前が欲しい」

 ずっと言いたかったであろうに、ずっと言わなかった言葉。それを、ようやく、アシル・グロワールは口にしたのである。




「わ、私……?勿論です、騎士団長殿。許されるのであれば、ずっとお傍でお仕えします。私は……」

「そうではないのだ」

 如何にも『現実を受け止めきれていない』というように振舞ってやれば、アシル・グロワールは少し不安そうな顔をしつつ、言葉を重ねる。

「国の玉座に着いた、その暁には……隣で、お前に微笑んでいてほしいのだ。その、側近としてでは、なく……伴侶として」

 伝わっているだろうか、というような不安と、伝わったとして受け入れてもらえるだろうか、というような不安。その2種類の不安をアレットは受け止め、ぽかん、とし……そしてすぐさま、否定しにかかる。

「え……えええ!?は、伴、侶……?お、恐れ多いです、騎士団長殿!そのようなもの、私に許されるはずがありません!」

「だからこそ、新たな国を築くのだ」

 慌てふためくアレットの手を握って、アシル・グロワールはまるで詰め寄るかのように、アレットへと囁く。

「お前のような……魔力を持った者でも生きていけるように、俺は、国を作り替える。二度と、お前のように悲しむ者を、生み出さないように」

「……そんなこと、私が望んでも、よいのでしょうか」

 アレットは混乱より先に希望を見出したような顔で、アシル・グロワールを見上げた。アシル・グロワールもまた、期待と希望を目に、アレットをじっと見つめ……。

「……少し、お時間をください。魔物の国に着く日には、必ず、覚悟を決めます」

 アレットはそこで、アシル・グロワールから離れる。だが、それは拒絶ではなく……あくまでも、彼を受け入れるために時間が必要だから。そういった態度で。

「フローレン」

「私、騎士団長殿に、お話ししなければならないことが、あるんです。ですから、どうか、先程のお話は、私の話を聞いた後に」

 アレットはそう言って、俯き……それから顔を上げて、恥じらうようにそっと、微笑んで見せた。

「もし、私の話を聞いても、それでも、まだ……その、望んでいただけるなら、その時はどうか、アシル様、と、お呼びさせてくださいね」

 アレットは照れたようにそれだけ手早く言って、失礼します、と、さっさと駆けていくことにした。


 甲板に取り残されたアシル・グロワールはしばらくぽかんとしていたが……『フローレン』の話のことよりも、『アシル様』と動いた小さな唇が頭に残っていた。

「……ああ、待っているぞ、フローレン」

 そしてアシル・グロワールは頬を赤らめながら、ますます強く、『フローレン』を渇望するようになったのである。

 不幸なことに。




 ソルは懐にヴィアを入れ、隣にパクスを従えて、人間の国を動き回っていた。

 動き回るのは、主に、夜。人間達の目が届かない時刻だ。

 ソルも元々夜目があまり利かない性質だが、人間以下ということはない。特に、ベラトールの魔力をまるごと得て、更に魔王を名乗って魔王の宝玉を身に着けるようになってからは、以前より余程、夜目が利くようになっていた。

 だから、ソルは夜空を飛び、パクスはそれを追いかけるようにして地を駆っていく。その速度は人間達の持つどのような技術にも勝る。事実、ソルとパクスを遠くながら見つけた人間も居たが、彼らは皆、速すぎる魔物達を認識することはできず、ただ夜風が吹いた、という程度にしか思わなかったのである。

 ……そうしてソルは、人間の国の魔力を、次々に回収していった。精霊の聖堂を巡って魔力を吸い上げ、その近くの村落に居た魔力持ちの人間を食らい、人間の国の魔力という魔力を枯らすべく、凄まじい速度で動き回った。

 土地勘などまるで無い人間の国であったが、魔力を辿るように動けば、道に迷うことも無かった。不明瞭な魔力があっても、それはパクスが嗅ぎ分けて知らせてくれた。更に、多少、ヴィアが人間であった頃の名残の知識が役に立つこともあった。

 ソルは急いだ。それは、人間の国の王家がソル達の存在に気づくより先に全てを終わらせたかった、ということ以上に……これ以上、大切な仲間を待たせるわけにはいかないから。ただ、それに尽きる。

「……もしかすると、俺達だけでも人間共を滅ぼせるかもな」

「勇者が居ない間になら、何とかなっちゃうかもしれませんよね!よし!やりますか!やりましょう!わおーん!」

「まあ待ちたまえ。人間の国がどのような切り札を持っているか分からない。ここは慎重に行くべきだろう。お嬢さんの為にも!」

 魔物達は皆、アレットを思う。

 大切な仲間。同じ意思、同じ魂を持つ者。

 ……そんな彼女のためにも。そして、アレット以外の、全ての魔物達の為にも。一刻も早く全てを終わらせねば、と思えば、どうにも気が急く。

「まずは、あいつに文句言われねえだけの『魔王』にならなきゃな」

 それでもソルは前を見据えて、次なる魔力へと飛んでいくのである。急く気を押さえつけて、ただ、目の前の目標だけを見据えて。

 焦りは魔王に似合わない。ただ、悠々と構えていればいい。

 失われていったものを嘆く必要も無い。それらは全て、ここにある。自分達の魂、意思の中に。

「待ってろよ、アレット」

 ソルは希望と決意に満ちた目で、ただ、夜空を見据え、飛んだ。

第五章終了です。第六章開始は10月22日を予定しております。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おつかれさまでした! ついにクライマックスですね……はたしてここからどのような劇がまっているのか
[一言] 第5章お疲れ様でした! お体にお気をつけて! ∠(`・ω・´) 騎士団長、ちゃんとコクれましたね。 でも私コウモリなんです。と言われたらどう反応するんでしょうね。 可愛さ余って憎さ百倍? …
2022/10/15 00:06 退会済み
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