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私達に棺は必要ない  作者: もちもち物質
第五章:魂の在処【superbus bellator】
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魔王*2

「なんだと?俺の元を去ろうというのか?」

 アシル・グロワールが途端に焦燥を露わにしてきたのを見て内心で笑いつつ、アレットは尚も沈痛な表情で続ける。

「身分が違い過ぎます。それに、立場が、あなたの隣に居るにはあまりにも……違い過ぎるんです」

「そんなものは関係ない!」

 ますます強く語調を荒げるアシル・グロワールの前で、アレットは……俯きがちに、言った。

「関係ない、とは思えません。だって騎士団長殿は、王子様なのですよ?この国を、率いていく方です。だから……私はあなたの足枷になってしまいます。私は、私は……あなたの望みを妨げる存在には、なりたくないのです!」

 アレットの悲痛な声を聴いて、アシル・グロワールはただ黙って、そんなアレットを見つめていた。

 ……だが。

「いや、関係ないんだ、フローレン」

 俯いたアレットの顎にそっと指をかけて上向かせながら、アシル・グロワールは優しい微笑みを浮かべる。

「俺の望みは、王位ではないからな」


「へ?……な、なりません、騎士団長殿!あなたは、あなたは、王位を望むに足る器の持ち主です!それが、どうして……」

「他にもっと大切なものを見つけたからだ」

 アレットにそう微笑みかけて、アシル・グロワールはそう言う。

「王位など、要らない。城に居場所が無いというなら、喜んで出ていこう。ああ、そうだ。俺を裏切った祖国くらい、捨ててみせるさ」




「騎士団長殿……」

 ……実に、感動的である。

 だが、困る。

 何故なら、アシル・グロワールには人間の国を滅ぼしてもらわなければならない。だから、アレットはアシル・グロワールがフローレンへの思いなど口にするより先に、言うのだ。

「……私は、騎士団長殿が王位に就くべきだと思っています」


「能力ある者を不当に追い出して、王位にしがみ付こうとする者が王になるなど、許されてはいけないと、思います」

 アレットは強硬に、それこそ先程までのアシル・グロワール並みに焦燥を露わにして話し始める。

「だって、騎士団長殿は誰よりも、様々なことに励んでおられます!私達が付いていきたいのは、第一王子ではなくあなたなのです!……大切な人が蔑ろにされていて、黙っているわけには、参りません」

「フローレン……」

 アシル・グロワールは胸を打たれたような、そんな表情でアレットを見つめる。自分をこれほどまでに想う人間が、今まで周囲に居なかったのかもしれない。

「だから……だから、どうか、多くを望んでください。私は、もっと騎士団長殿に高望みをしてほしいのです!」

 ましてや、『高望み』など。それを現実味も無くただ押し付けてくる母親と、それを阻止しようと押さえつける兄と。それらに囲まれて、どうして『高望み』など、できただろうか。

「あなたが王になれば、この国はきっと、もっと、良くなる。私のような者が、人々と手を取り合って堂々と生きていられるような、そんな世界を創ってくださる。そう、思えるのです」

 そして……理想。

 それを抱くことすらなく生きていたアシル・グロワールに、今、初めて理想の国の姿が見えたのだ。

 愛しい者が迫害されない世界。それを自分が生み出したなら、『フローレン』はより、喜ぶのではないか、と。それを果たした暁には、『フローレン』は自分と共に在ることを受け入れてくれるのではないか、と。

「あの、騎士団長殿に王位より大切なものがおありだというのならば、それは勿論、手に入れるべきです!しかし……それは、王位と共に、両方手に入れることができるものでは、ないのですか?もし、両方手に入るならば、是非、両方を望んで頂きたいのです!」

 ……『フローレン』のような者が受け入れられる世界ができたなら、その時は、自分が王城に居ながらにして、『フローレン』を正妻とすることもできるのではないか、とも、アシル・グロワールは考えただろう。




「……少し、考える時間が欲しいな」

 アシル・グロワールはそう言って、アレットをじっと見つめる。そしてアレットの存在を確かめるようにすると、笑みを浮かべた。

「何せ、俺は今まで高望みなんてしたことが無かった。それを急に、高望みしろと言われてもな」

「ああ……そう、ですよね。出過ぎたことを申しました。騎士団長殿がお望みでないことを、私は……」

「いや、分からんぞ。案外、俺も高望みするようになるかもしれない」

 アレットが縮こまるようにしていると、アシル・グロワールはますます笑みを深めて言った。

「……妙な気分だ。野心などとは縁遠い性格だと思っていたのだがな」

「野心、ですか」

 首を傾げて尋ね返せば、アシル・グロワールは窓の外、暮れゆく空を眺めてただ笑った。




 さて。

 アレットは、ここからどのようにして魔物の国へ勇者達を連れていくべきか、考えていた。

 勇者達を一度人間の国から引き離すことで、人間側の戦力を大幅に削りたい。その間に、ソル達が人間の国にある魔力を回収していく手筈なのだから。

 ついでに、アシル・グロワールが後戻りできなくなってから『実は私、魔物なんです』と明かす方が何かと都合がよいため、やはりここは、アシル・グロワールだけでも魔物の国へ連れていきたいところなのだが……。


 こんこん、とドアがノックされる。それを聞いてアレットが戸を開けに出向けば、そこに立っていたのはレオである。

「あ、お前も一緒だったのか」

「うん。どうしたの?」

 アレットが首を傾げていると、レオは少々気まずげにアシル・グロワールを見て、それからアレットをまたちらりと見て……言った。

「あー、そっちは、結局この後どうするんだ、って聞きに来た」

「どうする、とは……?」

 要領を得ないレオの話にアシル・グロワールが困っていると、レオは何やら思い切ったらしく、思い切った言葉を発した。

「……魔物の国に、行かないか」




「その、そっちはどのみち国外追放されそうなんだろ?なら、魔物の国に逃げるのも手だろ」

「……まあ、確かに我々が魔物の国へ行ったなら、兄上達の警戒はひとまず解けるだろうな」

 アシル・グロワールはそう呟いて、ふむ、と唸る。

 現状、アレットが推察した通り、第一王子達は魔物の国の征服を望んでいるらしい。その為に勇者達が必要であり……その為なら、多少、アシル・グロワールや他の勇者への警戒を緩めざるを得ない。

「……それで、俺は第一王子に復讐したい」

 そしてレオはそんなことを唐突に言ったかと思えば、その青空色の瞳の奥にめらりと憎悪を燃やしてアシル・グロワールをじっと見据えるのだ。

「俺を好きなように使った挙句、見殺しにしようとしたあいつを許さない。……それなら、あんたと利害が一致するだろ」

 アシル・グロワールとしては、この申し出はあまりにも唐突で、かつ、予想していなかったものだっただろう。何せ、彼はレオのことをどちらかといえば敵と考えていたのだから。

「……復讐、か。俺のことはいいのか」

「……あんたについては、俺も奪ったりなんだり、してるからな」

「ふむ。そうか……」

 だが、レオの返答を聞いて、アシル・グロワールはふと、表情を崩した。『しょうがないな』というように。

「そういうことなら、魔物の国へ一度渡るのも悪くはないな。兄上を油断させておくためにも」

 そしてアシル・グロワールは決断する。数々の言葉に踊らされ、希望に憑りつかれて、生まれて初めての野望を胸に。

「魔物の国へ行こう」

 ……後戻りできない決断を。




「……おーおーおー、まさか、人間がいるとはなあ」

「なっ……何故、魔物がこんなところに」

 ソル達が魔力に惹かれて向かった先、古びた聖堂には、1人の人間が居た。

 多少、見覚えがある。レオ・スプランドールの従者として活動していた男……シャルール・クロワイアントだろう。

「そりゃ、決まってんだろ。お前と同じさ。ここの魔力を頂きに来た」

 そして、ソルはにやりと笑う。……この人間自身は碌に魔力を持っていないらしいが、それはそれ、だ。

 ここに来たということは、魔力を欲してきたのだということ。そして……魔力を操る手段を持っている、ということだ。

 そんな人間は、殺しておくに限る。

「さあて、早速だが……死んでもらう!」

 ソルはすぐさまナイフを抜き放ち、そして、そんなソルより先にパクスが飛び出し、後にベラトールが続いていったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] アシル氏、王冠要らないっ。って言うつもりだったのね、、、、、
2022/10/08 20:51 退会済み
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