反乱*7
レオはアレットを連れて、大聖堂の中庭の一角、人の目の少ない場所へと向かっていった。冬だというのに草木の手入れが成されており、清貧をよしとする大聖堂の場所にしてみれば、少々華やかにも見えた。
「それで、話したいことと聞きたいことって?」
「いや……その」
古びたベンチに座ってアレットが隣を示せば、レオは少し離れて座る。そして口ごもり、何か言おうとしては止め、また何か考え始める。
「……うまく、纏まってねえけど」
「それでもいいよ」
挙句、言い訳を挟んでからようやく、レオは尋ねてくる。
「その……ヴィアは、どうしてエクラを助けたんだ?」
「ええー……知らないよ。ヴィアはヴィアだし、私は私だし……聞こうにも、ヴィアはもう、死んじゃったみたいだし」
迷いに迷ったらしいレオとは対照的に、アレットはあっさりとそう答えた。……実際、ヴィアの考えの全てが分かっていたわけではない。嘘は吐いていない。
「……本当に、死んだのか」
一方、レオはヴィアの死に少々衝撃を受けているらしかった。
「うん。エクラさんがヴィアの遺体……ああ、えーと、水ね?それを、瓶詰にして持ってきてくれたの」
「ああ……そうか」
レオは何とも気まずげにそう言って、視線を地面に落とす。脚の間で組んだ手の指が落ち着きなく意味も無く動く。何を言うべきか考えているんだろうなあ、とアレットは察したが、特に何を言うでもなくレオの話を待つ。
「魔物と話したのは、初めてだった」
やがて発されたのは、どこか虚ろで……それでいて、思慮、というものを少しばかり感じさせるような声だった。
「魔物の中には言葉を発する奴も居るっていうのは知ってたけどな。だけど、それと話したのは、初めてだった。それで、その……俺がしてきたことは何だったのか、考えてみて……ほら、牢屋の中は、時間だけはたっぷりあるし、他にやることも無いし」
どうやら、投獄されていたことで、レオに今までに無い感覚が芽生えたらしい。勿論、シャルール・クロワイアントに裏切られたことや、そもそも投獄されたことなどの衝撃がそのきっかけになったことは間違いないだろうが。
「それで、何か結論は出た?」
アレットはひとまず、そう聞いてみる。この勇者が何を思い何を考えているのかは把握しておいた方がいい。
「……よく分からねえ」
レオから返ってきたのはそんな言葉だった。どうやら、時間があって思考するに至っても、考えを纏める能力は無いらしい。まあ、そうだろうなあ、とアレットはどこか安心する。急に賢くなられても、怖い。
「でも……なんか、間違ってた気がする。シャルールに言われた通りに動いてたけど、それが正しくなかった気がしてな」
それでもようやく己の無知と浅慮を自覚したらしいレオは、あちらこちら言葉を濁しながらぽつぽつと話していく。
「……元々は国を作ろうとしてたんだ。それも、シャルールに言われて、だけどな」
「ああ、それについては色々と聞きたかったんだよね。騎士団長殿が事実上国を追放されそうな今、あなたが魔物の国に作ろうとしてた王国っていうのも随分と『都合がいい』ように思えて」
アレットがレオの顔を覗き込むと、『やっぱり第二王子のこととなると急に興味が出てくるんだな……』とレオはそんなことを呟く。まあ、アシル・グロワールはアレットにとって一番に利用できる駒だ。最後に残しておくのもアシル・グロワールになりそうであるので、当然、知るべきことは知り、殺すべき時に殺せるよう、基板は整えておかなければならない。
「元々は、シャルールが『勇者様に王位が譲られることはまずありませんが、勇者様が王位を狙っていると誤解される可能性はあります。ですので先んじて、あなたが治めるべき国を作っておいて独立しましょう』って提案してきた話だったけどな。でも、今考えれば俺を追い出すための口実だったってことだよな」
シャルール・クロワイアントは適当なところでレオ・スプランドールを処分するつもりであったようなので、まあ、確かに口実だったのだろう。そして……アシル・グロワールに、魔物の国を与える、という算段だったはずだ。
……ならば。
「じゃあ、勇者に魔物の国の魔物を片付けさせておいてから、その勇者を殺す、っていう筋書きだったのかな」
大方そんなところだろう、とアレットが推察すると、レオはなんとも複雑そうな顔をする。魔物であるアレットから『魔物を片付けさせる』という言葉が出てきたことについても、自分がかつて魔物を『片付けた』ということについても、気まずい思いをしているらしい。
「名目は幾らでも立ちそうだもんね。そっか、それでかあ……」
「……まあ、そういうことだ。わざわざ魔物の国の王都を占領して、城を破壊せずそのまま使ってるのもそういう理由だ」
アレットは『決して、そのままじゃないし破壊もされてるんだけどな』と思いつつ、それを表情には出さずに頷く。
……人間達は、アレット達が共に笑いあった空間のことなど知らない。どうでもよいものを覚えてはおかない。だから、彼らにとっては『破壊せずそのまま使っている』ということになるのだ。間違っては、いない。
「だから、まあ……お前が魔物の国に帰ったら第二王子もついていくだろうし、そうすれば晴れて、魔物の国の魔物の掃討作戦が行われるだろうし……っていうことだろ?更に、俺とエクラも戦力に数えられてるのかもしれねえけど」
「どうせ最後に全員まとめて殺しちゃうから、魔物殺しの名声をいくら稼がれても問題ない、ってことだよね?」
「ああ。今まで俺が魔王討伐以外に目立った功績を得られなかったのも、俺を生かすか殺すか迷ってたからだろうな」
レオがもし、処分されず一生飼い殺しにされることになっていたら、レオが名声を得ないように細工された上で働かされていたことだろう。そうでなければ、人間の国の中の民衆の声は、勇者を王に、と騒ぎ始めたかもしれない。
「まあ、大体分かったよ。やっぱり魔物の国は人間の国で王にしたくない人間をやるための場所として運用される予定だったんだね」
「あそこの資源が欲しいってのは本当だろうけどな。シャルールがよく言ってたから」
「あー、そうか。そうだね。魔物の国の領土とそこにある資源を手に入れるために、魔物を全滅させたいし、けれど、そのために使った勇者も邪魔だから処分したい、っていうことかあ……欲張りだなあ」
一通り、人間側が企んでいたことの一角が見えたところで、アレットはため息を吐きつつベンチの背もたれに体を預けた。
……思うところは、ある。いくらでも。レオの言葉に対し、怒りを覚えないわけでもない。
レオが今更魔物との対話の可能性を見出したとして、死んだフローレンや仲間達は帰ってこない。身勝手な反省より、その首と魔力を差し出してほしい。
だが……今はまだ、その時ではない。アレットは自身を抑え込んで、ただ、ため息を吐くだけに留めた。
「それで、あなたは今後も騎士団長殿の側につく、ってこと?」
改めて、アレットがそう問えば、レオははっきりと頷いた。
「ああ。まあ、処分されそうな奴同士でつるんでた方がいいだろ。……それに、どっちかっつうと第一王子の方が死ねばいいと思ってるしな」
「うわあ」
アレットはにっこりと笑って見せながら、『第一王子が死ぬまであと何日ぐらいだろうなあ』などと考える。まあ、まだ先のことだろうが。
「あなたは騎士団長殿とは、どちらかというと仲が悪いんだと思ってたけど」
ついでにそう聞いてみれば、レオは『うぐ』と詰まりつつ、やがて、なんとも気まずそうにぼそぼそと答える。
「そりゃ、婚約者を、寝盗っちまったし……」
……まあ、今やどちらもリュミエラに対して何も思っていない様子であるので、今となってはどうでもいいのだろうが。それでも、2人がリュミエラを巡って対立していたのは確かである。気まずくもなるだろう。
「でも、その割には今、騎士団長殿に対して、好意的、というか……えーと」
更についでに、アレットは聞いてみることにした。
「……その、私との仲を応援するような素振りを見せてるのは、なんで……?」
……どうにも意味が分からないレオの行動について。これが今、一番レオについて分からない情報の1つであろう。
「え、そりゃあ……まあ、婚約者の分の埋め合わせは、した方がいいか、って……」
レオはしどろもどろになりつつも答えるが……『埋め合わせ』など間違ってもその埋め合わせに使われる本人に言うべきではないだろう。レオにそういった気遣いは無いらしいので、仕方ないが。
「……まあ、ほら、なんだ、対立してるのも、もう、馬鹿らしいからな。力になれるところは力になりたいと思うのは、当然だろ」
「あ、そう……え、あの、私が魔物だっていうことについては、いいの?魔物をおすすめしてることになるけど」
「お前がそう悪い奴には思えねえし……ヴィアの件もある。魔物も、そう悪い奴ばっかりじゃねえのかな、って、思った。それに……」
レオは少々、躊躇うように、だが確かに、言った。
「魔物であるお前が第二王子の傍にいれば、魔物の国の掃討作戦が、変わるかもしれないだろ。そうなったら、もしかしたら、もう俺達は戦わなくてもいいかもしれないから」
……アレットは、レオについて、思う。
こいつは善人である。善なる、人間である。
そして、愚かだ。どうしようもなく。
「そう。まあ、そういうつもりなら、別にいいけど」
アレットはさらりと流してにっこり笑う。
「じゃあ、そろそろ戻ろうか。騎士団長殿が心配するだろうし……」
「お、おい。まだ聞いてねえことがある」
だが、立ち上がりかけたアレットの手を掴んで、レオは引き留めた。
「……お前は、第二王子のこと、どう思ってるんだよ」
……そして、何とも答えにくいことを聞かれる。『愛している』とでも答えてやれば満足だろうが、それではあまりにも、現実味に欠ける。レオはそれでも欺けるだろうが、他の人間に知れた時、その人間までは欺けないだろう。
「よく分からないよ。そういうこと、じっくり考える機会なんてなかった。私、生きるのに精一杯だったから」
結局、それらしく、かつ当たり障りのない答えを発することになる。人間相手にはこういった返答が無難であると、アレットは既に学んだ。
「……そうか」
少々恥じらうような顔をして伏し目がちにしておいてやれば、レオは何やら、アレットの表情から勝手に何かを見出して納得したらしい。その表情の裏には何の感情も無いというのに。
「ま、そういうことなら……覚悟しておいた方がいいぜ。あの第二王子様がお前を逃がすとは思えねえ」
「あはは……ご忠告痛み入ります」
アレットが苦笑いすれば、レオはにやりと笑って、ベンチから立ち上がる。丁度その時、『フローレン!』と名を呼ぶ声が聞こえてきて、2人で顔を見合わせて笑うことになったが。
……噂をすればなんとやら、という奴である。アシル・グロワールが愛しのフローレンを探しにやってきたらしい。
アシル・グロワールはアレットを見つけて笑顔になり、そして、愛しのフローレンがかつての恋敵と一緒に居たらしい様子を見て、すぐ険しい表情になった。だが、アレットが『どうなさったのです、騎士団長殿。お疲れですか?どこか痛むところが?』と身を案じてやれば、多少、機嫌を良くしたらしい。つくづく、アシル・グロワールは『フローレン』を餌にすれば機嫌取りができる分、安上がりである。
「その……フローレン。妙なことを聞くが、お前宛てに、兄上から手紙が届かなかったか」
だが、そんなことを考えていたアレットは、はっとする。……そういえばそういう手紙が来ていたことを、アシル・グロワールは知らないはずだ、と。
「もしかして、騎士団長殿のところにも?」
試しにそう、聞いてみると……アシル・グロワールは渋い顔で言った。
「……『フローレンは二度と、お前の元へは帰らない』、という内容の言伝が届いた」
「……へ?」
「ん……?お前が、そのように返事を出した、のでは……?」
……そしてアレットはしばし、アシル・グロワールと見つめ合って……笑い出す。
「あはは、そんなことがあるわけないじゃないですか!ふふ……私、第一王子にお返事は出していませんよ」
どうやら第一王子は随分とつまらない策略を目論んだらしい。それも、アシル・グロワールがレオを脱獄させて自身も城を出る、などということが起きたため、辻褄が今、合わなくなろうとしているが。
「お互いのお手紙、確認しましょう。それで、今後の話を、しなければ」
アレットは少々意味ありげに微笑んだ。
……いよいよ、事態が大きく動こうとしている。