反乱*4
「……へ?アシル殿下が、城に?……ああー、成程なあ。そういう目的か、これは」
レオ・スプランドールの言葉に、フェル・プレジルも納得したような顔をする。ついでに、少々面白そうな顔もするあたり、この手の話が嫌いではないらしい。
「兄さん、どういうこと?」
一方、エクラには話がよく分かっていない様子で、兄に説明をせがむ。それにレオ・スプランドールは少々表情を緩めつつ、答えてやった。
「こいつが城から追い出されたら、こいつに会いたい第二王子はどうなる?城を離れるだろ?更に、城じゃあ一緒に居られないともなれば、城に居ることすらやめるかもしれない。第二王子はこいつに心底、惚れてるみたいだからな」
「……まあ」
エクラは少々頬を赤らめて、ちら、とアレットを見た。アレットは恥じ入るようにそっと俯くしかない。とくに赤らんでもいない頬を手で押さえつつそうしていれば、『フローレンが恥ずかしがってる……』とエクラがにっこり笑う。フェル・プレジルも何やらにやにやしているあたり、やはりこの手の話が好きらしい。
「……ってことだ、フローレン。アシル殿下が求婚でもしてきたらどうする?」
「ええー……え、えええ……そ、そんな」
心底返答に困る言葉をフェル・プレジルから投げかけられて、アレットは只々、困る。心の底から、困る。非常に、困る。アレットの魔物としての生は100年を超えて久しく200年にも近い程になっているが、その長い生の中で最も複雑な心境であるかもしれない。
「い、いけませんよ、そんなの。騎士団長殿がお城を追い出されるようなことになっては……」
「そうは言っても、アシル殿下が望んでそうするなら俺達には止められねえしなあ」
アレットはひとまず自身の感情などは表明せず、とりあえずアシル側の行動を否定しておくが、フェル・プレジルはますますにやにやと笑みを深めるばかりである。
「そ、それこそが第一王子側の狙いなのでは!?騎士団長殿を城から追い出し、王位継承の座から下ろすための……そうした謀略なのですよ、これは!」
「まあ、それはアシル殿下と直接話した方がいいだろ。殿下が王位を欲していないなら、城から出るのはむしろ、嬉しいはずだ」
「そんな……」
勇者が3人揃うのは、まあ、アレットとしては、そう悪くない状況である。ただ、一歩間違えばアレットが瞬殺される布陣を自ら用意してしまっているようなものでもあるため、少々、緊張せざるを得ない。
第一王子側が、何故、アシル・グロワールを殺すでもなく追放したいのかも、よく分からないのだ。その状況で自分の動きを制限されるような、『アシル・グロワールと恋仲である』という設定を付け加えられてしまうと、非常に、動きにくい。
「私は、騎士団長殿にこそ、王位が相応しいと、思っているのですが……」
……そして何より、アシル・グロワールに国を諦められてしまっては、困る。彼には内乱を起こし、人間の国を消耗させる役割を果たしてもらいたいというのに。
「まあ、本人が望まないならそれもしょうがない。俺だって、アシル殿下が国を治める方が安定しそうだとは思うが、それをアシル殿下が望まれるかは別の話だ。その上で、アシル殿下は、王位はほっといてもお前のことは放っておかないだろうさ」
「そ、それは……」
フェル・プレジルの言葉にアレットは『それだと困るんだよなあ』と思いつつ、ちら、とレオ・スプランドールを見る。
「俺から見ても、中々の惚れこみ様だと思ったけどな」
「レオ・スプランドール殿までそんなことを!」
「ああ、俺のことは、レオ、でいい。エクラのことだって名前で呼んでるだろ」
どこか面白そうにアレットを見てくるレオ・スプランドールを見て、アレットは『こいつのこともよく分からない』と内心頭を抱えたい気持ちでいっぱいになる。レオ・スプランドールはアレットが魔物だということを知っている。知っているからこそ、より警戒しなければならないのだが……。
「……まあ、この大聖堂と王家から逃れるまでは、仲よくやろうぜ。お互いにな」
レオ・スプランドールはそう言って、少々気まずげに笑った。……どうやら、相手はそういうつもりでいるらしい。アレットの正体を知っていても、アレットの力は分かっている。今はアレットに頼り、アレットを利用してこの状況を脱出することを優先しているらしい。
「……分かった。レオ。よろしくね」
アレットはにっこり笑って、レオ・スプランドールと握手を交わした。どこかで裏切られるであろうと思われても、今はアレットとしても、レオ・スプランドールを手中に収めておきたい。
そんなつもりは一切気取られぬように、アレットはただ、にっこりと笑うにとどめたが。
そうして勇者が2人揃った大聖堂では、とにかく、大神官とシャルール・クロワイアントが慌てていた。
夜になって、アレットが再び盗み聞きに入ったところ、2人が大いに慌てている様子を見ることができたのである。
「一体どうして、レオ・スプランドールが……脱獄してきたというのか?ならば、脱獄犯を王都へ送り返す、という訳には……」
「いかないでしょうね。何せ相手は勇者です。どのような武力で相手を牢まで運ぶというのですか?」
「い、妹を人質にとって」
「大神官様。その妹も、勇者なのですよ……?」
……どうやら、レオ・スプランドールをどうすればいいか、2人とも考えあぐねている様子であった。
恐らく、彼らとしては、レオ・スプランドールには死んでおいてもらった方が都合がよかったのだ。その上で、エクラには『お兄さんは離れたところで暮らしている』とでも嘘を吐いて、手紙を偽造するなりしながら、レオ・スプランドールの生存を仄めかし続ければ、それでエクラを操作する材料にはなっただろう。
だが、その本人が来てしまった。脱獄するなどあり得ない、と踏んでいた相手がいきなり脱獄してやってきたのだから、大聖堂としてはどう反応して良いのやら、分からないのだろう。
……アシル・グロワールのことは潰したい。エクラ・スプランドールは取り込みたい。そして、レオ・スプランドールは余分だったのだが、エクラを操るための材料にできるため、表立って殺すことはできない。だが、シャルール・クロワイアントに不信感を抱く勇者など、生かしておいても利点は無い。
だが、武力にはなる。アシル・グロワールを潰すための武力として運用できれば、レオ・スプランドールの価値も生まれるが……果たして、レオ・スプランドールをどのように御すことができるのか。大神官もシャルール・クロワイアントも、すっかり悩んでいる様子であった。
「むう……処刑がここまで長引く予定ではなかったはずだろう」
「エクラ・スプランドールの出現で全てが狂いました。あれによって、アシル・グロワールを大聖堂の勇者として飼い殺すこともできなくなり、表立って王家への不信を口にしたエクラを王家側につけるわけにもいかなくなってしまい……そして何より、レオ・スプランドールを処刑できなくなりました」
「こっそり殺害しておくわけにはいかなかったのか」
「以前も申し上げました通り、民衆からの反発が予想されましたので……。アシル・グロワールがやったことにするにせよ、エクラの存在が残れば、王家への風当たりが強くなってしまいます。本末転倒です」
アレットの懐で、ぷるるん!と小さなヴィアが体を震わせた。『先見の明があったでしょう!』という自慢らしいので、アレットは服越しにヴィアをつついて労っておく。
「……うーむ、多少の風当たりの強さは容認してでも、目的を遂行すべきだったのではないか?甘い対応をしたがために、またこのように、レオ・スプランドールの出現という事態になってしまったではないか」
「それも悪い面ばかりではありませんよ。アシル・グロワールを使う予定が狂いはしましたが、エクラとレオ・スプランドールを使えば、より我々の目的を達成するのが早くなります。そして、アシル・グロワールはそのついでに処分できるでしょうから」
シャルール・クロワイアントの考えが読み切れないが、奴らがスプランドール兄妹を何かに使おうとしていることは確からしい。
アレットは内心で『まあ、その2人もすぐ、大聖堂の言うことを聞かなくなっちゃうんだけれど……』と思いつつ、人間2人による儚い計画を聞き続ける。
……結局、主に大神官が慌てて不安がっており、それをシャルール・クロワイアントが宥めている、という状況が見えるばかりで、あまり役に立つ情報は得られなかったが。
アレットは客室に戻り、ふう、と息を吐く。
「おう、お疲れ」
「ああ、お疲れ様です。フェル・プレジル殿」
アレットがにっこり笑うと、フェル・プレジルは軽く手を挙げてそれに応えた。
「エクラさんは?」
「レオの客室に行った。ま、一晩くらいは兄妹水入らずにさせてやった方がいいだろうと思ってな。……その分、お前が俺と同室で2人になっちまうのは申し訳ないが。その、大丈夫だ。誓って不埒なことはしないからな」
「あはは、大丈夫ですよ。私、フェル・プレジル殿のことは信頼しております」
少々慌てて言い訳じみた言葉を重ねたフェル・プレジルに笑ってみせて、それから、アレットは隣の客室の様子に耳を澄ませて、にっこり笑う。……どうやら、エクラとレオは楽しく話しているらしい。積もる話もあるだろう。今晩、彼らを一緒にしておいてやりたいというフェル・プレジルの考えも分かる。
「それに、私だってあの2人は一緒にしておいてあげたかったので」
「そうか……ま、そうだよな。真っ当な感性の人間なら、皆、そう思うに決まってる」
フェル・プレジルは穏やかな笑みを浮かべつつそう言って、仲の良い兄妹の様子に思いを馳せているらしい。人のいい人間らしいことである。
「ところでそっちはどうだった」
「大神官様が大いに慌ててらっしゃいましたよ」
そしてアレットは、先程まで盗み聞きしてきた内容を伝える。とは言っても、大神官とシャルール・クロワイアントが話していた内容は全て、然程重要ではなさそうであったが。
……だが。
「まあ……その、『本来ならばアシル・グロワールを使う予定だった』と奴らが話していたのは気になりますね」
1点、気になるところがあるとすれば、そこだろう。
奴らの元々の計画とは、何だったのか。
本来の計画も、ただ、『アシル・グロワールを不正な勇者として糾弾し、王位継承の座から蹴落とす』という、ただそれだけのことだったのでは。
「あー……そうだよなあ。それは確かに、気になる」
フェル・プレジルも身を乗り出して、アレットの話に乗る。
「今までの諸々を見る限り、今、連中はアシル殿下を殺したいように見える。なんでそこまでしたいのかは分からんが、よくよく考えると、殿下を『勇者の力を持った対抗者』と見た時、確かに殿下は邪魔だな」
「そう。武力で計画を邪魔される可能性が残るので、王位継承のことがなくとも、勇者にしてしまった時点で騎士団長殿のことは始末する予定だったんだと思います。でも、それだったら何故、騎士団長殿を利用する計画なんて、立てたのでしょう……」
第一王子の勢力は、始末しなければならない武力をわざわざ生み出して、それを理由にアシル・グロワールの立場を悪くしようとした。
……実に回りくどい。アシル・グロワールを勇者にする以外にも幾らでも、彼の信用を損なわせるような工作はできたはずである。
なのにどうして、わざわざアシル・グロワールに魔力を与え、勇者にしたのだろう。
「うーん……?どこかで戦わなきゃいけない用事でもあったか?」
「戦う用事、ですか……」
何か、見落としている気がする。アレットはそんな気持ちで、大聖堂の客室の窓から夜空を眺める。ソルの羽のような漆黒の夜空はアレットの心を落ち着かせ、魔物の国への郷愁を一欠片、残していく。
……魔物の国は、今、どうなっているだろう。
そんなことを考えて、アレットは……何かに思い当たって、はっとする。
「お疲れ」
そんなところへ、レオ・スプランドールがやってきた。窓からではなく、ごく普通に、廊下から戸を開けて入ってきた。窓から出入りするのはアレットくらいなものらしい。
「お。エクラさんはどうした?」
「寝たから一旦、こっちに来た。そっちの様子も聞いておきたかったからな」
レオ・スプランドールが欠伸混じりにそう言うのを聞いて、アレットは報告などさて置いて、まず、彼に尋ねることにした。
「……ねえ、レオ。1つ聞かせてほしいのだけれど」
アレットは頭が痛いような気持ちになりつつ、考えを整理して、尋ねる。
「魔物の国にあなたが新しい国を作ろうとしていた、ということについて、詳しく聞かせてほしい」
「は?今更か?」
レオ・スプランドールは不思議そうに首を傾げる。アレットが盗み聞きをする、という話を聞いていたため、その報告が最初だろうと思ったのだろう。だが、アレットはそれどころではない。
「……国外追放された騎士団長殿が魔物の国に流れ着くことを想定されているような気がして」
アレットとしては、新たに芽生えた考えについて、しっかり考察しておきたいのだ。
そう。
……魔物達が人間の国の滅亡を願っているように、人間達もまた、魔物の国を潰しにかかっているのではないか、と。
その為に、このような回りくどいことをしているのではないか、と。そう、思い当たってしまったのだ。
……その時だった。
「ん?なんか騒がしいな」
窓の外が妙に騒がしくなる。アレット達は皆それぞれに、窓の外へ首を出して、窓の外、大聖堂の入り口付近を覗き込み……。
「私を入れないというのならば今ここで、門扉を叩き切ってでも入るぞ!」
剣呑なことを言っている騎士団長……アシル・グロワールの姿を、見つけたのだった。
「騎士団長殿!騎士団長殿ー!」
アレットが満面の笑みで手を振り、声を上げれば、アシル・グロワールの顔が上向く。そして、窓から顔を出すアレットの姿を認めるや否や、その険しかった表情は一気に和らぎ、明るい笑顔となる。
「……フローレン!」
アレットも笑顔を返しつつ、内心でもまた、にっこりと笑う。
……これで、3人の勇者が集まった。